手とおまけの肩を

 気がつけばいつも差し出される手を待っている。幼い頃も、今も。あのときはアル中の親父がいる家にどう帰ればいいかわからなくて、今はどう生活すればいいかわからなくて。
 そんなとき困っている新太を一番に見つけて、いつもためらいなく手を差し伸べるのは、誠司だった。まず誠司が目ざとく新太を見つけて、それに気づいた楓士雄やマドカが引っ張っていく。一つ年下とはいえ、三人とも意思が強くて新太には心強かった。
 中学、高校と進学するたびに、誠司と楓士雄の二人は"それぞれ違う意味で"ヤバいやつ、として噂になった。噂でしか聞かないほどにかつての縁は遠くなり、どうしようもない問題を前に、新太は手を引いてくれる誰かを求めた。差し出された手はドラッグが切れたせいでひどく震えている。
 それでも、新太にはそれ以外すがる手がなかった。

「学校、いいのか」
「大丈夫。いい気分転換だよ、こんな時間に学校休むのも」
 震える手から開放され、また誠司が新太に手を差し出すようになった。誠司は自分の手よりももっと大きな"支援"があることを新太に教えた。支援には手続きが必要だ。月曜朝十時の鬼耶区役所は、それなりに混んでいる。一人では何かと大変だろうと誠司が着いてこなければ、新太はまた気後れして動けなくなっていたかもしれない。区役所には区役所に来る人間分の生活が蠢いている。だから滅入る。番号札が呼ばれるのもずいぶん先だ。
「寝てていいよ、番号呼ばれたら起こすし」
「……」
「まあ寝にくい椅子だけどさ」
「いや、そうじゃなくて、」
「あっ、肩使う?」
 わざわざ学校をサボってまで着いてきてもらった誠司を差し置いて、自分一人だけ寝るなんてできるわけがない、と言いたかった。でも誠司の優しさまで拒みたいわけじゃない。左隣の肩は新太にだけ開かれている。
「……使う」
「良かった。どうぞ」
「……ありがと」
 頭を肩に委ねたときの違和感は、誰かの肩にもたれかかること自体久しぶりだからか。誠司の言う"良かった"の意味もわからない。それでも誠司に促される通り目を閉じると、他所の生活の気配が薄れて、少し楽になる。いつの間にか握られている左手が暖かく、幼い頃誠司に見つけられたときのように、ただその手に握られていようと思った。
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