HiGH&LOW〜THE STORY OF ZOMBIE〜

『俺は生きてるよ』
 ゾンビでいることは寂しい。ゾンビ同士で群れたって他人じゃなく自分の身体の一部みたいに見えたし、自分も巨大な『何か』の一部でしかないようで、居心地が悪かった。
 だから電池が切れようとしているスマホが震えたとき、楓士雄は相手も確認せずに手癖でそれだけ返信した。どうせ画面の大半が割れてよく見えないのだ、ゾンビでない知り合いと会えるなら誰でも嬉しい。電池が切れて真っ暗になった画面に己の姿が写る。
(ああ、誰が来てもこんな姿で会うのはやべぇわ)
 顔色はわからないが、食べたもので腹が変な形に膨れている。一度無理にでも出すしかない。
 徘徊して迷い込んだ屋内にちょうどいい高さの椅子を見つけ、楓士雄は全力で腹を押しつけた。
 ゾンビの胃は食べたものを消化をしない。何度か喉を詰まらせながら滑り落ちた吐瀉物の多くは、原形を留めていた。内訳は手や腕の肉がまず一番に多く、手袋、石、ガラス片などが続く。口からこぼれ落ちたガラス片は爪ぐらいの大きさで、唾液でつやつやと光った。
 このガラスが俺の歯だったら良かったのに、と楓士雄はぼんやりと思う。
 歯がなければ噛めない。
 噛めなければ、人間を食いちぎることはできない。
 人間を食いちぎってゾンビを移さないなら、俺はゾンビじゃない。
 ゾンビじゃない俺は、『花岡楓士雄』だ。
 巨大な『何か』の一部分じゃない。


 しばらく使われていない籐椅子は、ゾンビの握力に耐えきれず、バリバリと壊れていく。吐いた分、新たな"一部"を増やせと『何か』が楓士雄に命令した。『何か』は視界を奪う。人の体温を持つ熱源か、そうでないか。視界に映るのはそれだけで、その熱源に出会うまで『何か』によってゾンビの足は動き続けた。
 一人のゾンビは歩き出す。『何か』に歩かされながら、少しの希望がゾンビの視界を曇らせる。
(きっと俺にメッセージを送ったやつは、『花岡楓士雄』が生きてるって信じてる。俺と同じように)
(早く会いてえな、誰か……)
 視界の端に熱源が横切り、ゾンビは振り向いた。視界が徐々に晴れていく。熱源は灰色の制服を身にまとっていた。
 懐かしさで胸がいっぱいになる。ずいぶん前に乾ききった眼球も、昔のように濡れて輝くような気がした。お前が俺を呼ぶのを、俺はずっと待っていた。

「楓士雄、」
「さっちー、久しぶり」
8/8ページ
スキ