HiGH&LOW〜THE STORY OF ZOMBIE〜

 これ、と暗がりで新太から差し出された小瓶に、誠司は言葉を失った。レッドラム。実物を見たのは初めてだ。不揃いな結晶はここまで逃げた振動で少し欠けて、容器の側面や底に小さな粒がまばらに付着している。なんで、と問いかけた声が震えてしまう。
「なんでって……痛くなくなるらしいから。あと気分もすごく良くなる、らしい。ただ見てたらその後かなりぼんやりしてるから、普通は使わない方がいいけど」
「普通は……」
「『あの日』の、前の日の…いやその前の日の夜か。お袋としょうもない喧嘩してさ。朝も口きかないまま仕事行ったんだけど、朝から帳簿に結構な書き忘れしてたの見つけて。でもまだ全然取り戻せるって範囲だったんだけど、偶然来てた社長にめちゃくちゃ怒られてさ。内心『そんな怒んなくてもいいじゃねえか』って全然素直に聞けなくて!」
 その時の反抗心なんて全く見えない、新太の穏やかな話しぶりに混乱する。新太のシャツの胸ポケットにも同じ小瓶が入っているのに。
「で、一日働いたら気持ちも落ち着くかと思ったんだけど、帰り際に社長にばったり出くわしてさ。顔見たらまた嫌な気分になった。だから社長が話しかけてくる前に、逃げて」
「俺だってちょっと前まですげえ度胸あったんだって、思い出したくて。度胸って言ったって、結局あれじゃ全然だめなやり方だったんだけどさ。キドラのアジト、ちょっと見に行ったんだ。肝試しのつもりで。誰もいなかったけど。で、それとこれはお土産で、お守り。なんか持って帰ったら気が晴れてさ、その後お袋とも仲直りしたんだ」
 一人で長々と話して疲れたのか、軽いため息をつく。「なんで」の理由を包み隠さず話してくれていたのだ。『あの日』の前日に重なった偶然。部分的に聞けばよくあることだ。多分楓士雄やマドカ、特にオロチ兄弟がこの結果を聞いたら怒るだろう。でも誠司は怒る気になれなかった。素直になれないところや、思い切りすぎてしまったところは、なんだか新太らしい。それに今度は事情を打ち明けてくれている。思わずレッドラムを受け取ってしまったし、もし誰かに怒られるなら、次は二人で怒られてみたい。
 そしてこの街の大多数にとっては、もうそんな細かいことを気にする世界じゃなくなってしまった。『あの日』から十日は過ぎているはずなのに、ラジオもテレビも報道してくれない。無視され続ける中、無我夢中で逃げて探して、ほとんどが駄目だった。でも新太は駄目じゃなかった。
「新太もしかして、レッドラムやったこと」
「ない。そんな金なかったし」
「そっか」
「だからもし、効かなかったらごめん」
 効かなかったとき、見えるのはどんな光景なんだろう。安く粗雑に作られた薬物は効果にもムラがあるという。本当にお守りにしかならないかもしれない。お守りならなおさら、中身を暴いてはいけない。
 空が白む。彼らも徐々に動き出す。きっと今日も隠れたり戦ったりの一日になる。そして今日も自分のままで生き延びられたら上出来だ。疲れはあっても前には着実に進んでいる。もうすぐSWORDの外に出れる。
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