ドール・ミーツ・白玉団子
パキン。
乾いた音を立てて、あなたの両耳はあなたの頭を離れ、わたしの左右の手の内に包まれる。あなたの見開かれた両目。あなたから離れて、あなたの体温を失っていく穴の開いた凹凸のかたまり。
わたしもあなたも人間ではないから、取れた箇所から血が噴き出したりしない。あなたの耳は金具と金具をひっかけるような形で頭にくっついていたのだ。
なぜ、こんなことが起きたのかというと。
★
「わたし」とは、とあるおもちゃ工場の中で生み出された、女の子の形をしたお人形だ。
お人形だけれども実際は人間ぐらいの大きさで、好奇心を持ち、その好奇心の赴くままに動くことができる。きっと人間が端から見ると「生きている」ように見えただろう。
そして「わたし」が「あなた」と認識しているのは、ドールを生み出した工場で働く、人の形を模したロボット、通称ロボロイドのうちの一人だ。
おもちゃ工場で働くために自律し、ドールによって各々に特技を見出されたこれらの機械もまた、人によっては「生きている」ように見えるかもしれない。
しかしドールやロボロイドを観測できる人間はもういない。それでもロボロイドたちは工場のために出勤する。役割ごとに四色に塗り分けられたロボロイドは、日を決めて工場に通う。
各色ごとに五、六体はストックがあって、出勤しない者は近くの建物で休んでいる。休むための建物は、かつて人間が大量に勤めていたときの名残でいくらでも余裕があった。同じ扉、同じ部屋の形を縦に積み重ねて作ったような建物はかつて団地と呼ばれていた。
ドールは好奇心のままに動く。
だから工場に落ちていたお菓子の本を見つけ、お菓子の作り方を知り、その過程で必要な確認事項を親しいロボロイドに教えてもらおうとした。
ロボロイドは工場の中にいるときは仕事を優先する。だからドールは団地に帰ろうとするロボロイドの跡を付けた。
工場周辺にある人工物は団地ぐらいで、今が冬でなければもっと草木は勢いがあっただろう。往復で踏み固めた場所が道になり、団地と工場をつなぐ。
ロボロイドとドールの頭上には、葉を落とした木々の枝。
その隙間を埋めるように星が瞬いている。
★
わたしは建物に入ろうとするあなたの肩を後ろから叩く。わたしは笑い、あなたは少し驚いた顔をする。
あなたはわたしが開いた本の中身を読み、首をかしげる。そして材料を書いたところを指差して、首を横に振る。
ここにはない、ってことだろうか。
なくてもやってみたい!なぜないの?
わたしの疑問が伝わったのか、あなたは髪をいじりながら少し考える。そしてわたしの頭を慰めるように撫で、そのとき髪を少し引っ張って、そこからピカピカの銀の硬貨をわたしに差し出す。
もちろんわたしは髪の毛に硬貨を貯めていない。わたしの襟や肩の飾りから、背中からも続けて出てきて、わたしの手のひらには銀色が溜まる。
ふしぎでピカピカ光ってきれい。
でも、はぐらかされているような気がする。
わたしが欲しいのは、お菓子の作り方で、
<<耳たぶぐらいの柔らかさになるように生地を捏ねます>>
これをやってみたいのだ。
だからわたしはあなたの両耳を両手で掴む。
銀の硬貨は地面に落ちる。
上下左右に耳を引っ張ると、あなたはわたしの手を耳から剥がそうとする。
そのうち、乾いた音が建物に響く。
柔らかさと硬さが混ざったあなたの一部を、わたしは手のひらに乗せたまま、親指だけで触れてみる。
あなたが度々見せるように、突然耳が別の道具に変わったり、何もないところから硬貨が出てきたりはしなかった。それでも不思議な触り心地。人間はこれを作ろうとしていたの?
もっと触ってみようと思いかけた瞬間、わたしの手の平から両耳はなくなっていた。
あなたはすばやく両耳を取り返し、慎重に、元々あったように耳を元の位置に嵌め込んだ。
左右上下に軽く引っ張っても外れないことを確認する。あなたは小さなため息をつく。
あなたはどこからともなくお皿ぐらいの大きさの銀の硬貨を取り出し、わたしに手渡した。わたしの後ろに移動すると、わたしの髪をかき上げて首の近くを指でつつく。
硬貨に映るわたしの頭にも、耳が一対生えている。
(次からは自分のを触ってごらん)
あなたはそう言いたげな顔をして、けれどすぐに空を見上げた。
空から白くて小さな粉が降ってきた。
お菓子の本に載っていた材料だ!
ジャンプして掴んで、手を開いたらその白い粉は消えていた。
★
あなたがたの想像通り、ドールが掴もうとしたのは雪である。
ドールはまだ雪を知らない。ロボロイドは雪の存在は知っているものの、低温により自らが適切に動かせなくなることの方が脅威だった。
自室に毛布を取りに行き、ついでに他のロボロイドの部屋を訪ねて、片面が割れて使わなくなったディアボロを借りた。
ドールはまだ団地の前で雪を掴まえようと奮闘していた。雪の勢いは少しずつ強くなっている。
ロボロイドはディアボロの割れていない面を上にして置いた。雪が吹き込まない階段の踊り場に腰掛けて、毛布を己に巻き付ける。
過去のデータを鑑みれば、おそらく外にいるドールが埋もれてしまうほどの積雪にはならない。
ロボロイドは毛布の中で目を閉じ、自身の電源を落とした。
★
上から降ってくるお菓子の材料は少し冷たくて、でもわたしが手の中で握りしめると消えてしまう。
わたしが触れなかった周りの植物や、いつの間にか置かれていたお椀の中には、ゆっくりと白いものが積もっていく。
お椀の中のものと、自分の耳たぶを交互に触る。お椀の半分ぐらいを手にとって、捏ねる。
力を込めるとみっしりと固くなる。これでは耳たぶより硬い。
量を減らして、力を込めずに握る。さっきよりは柔らかい。
今度はかたまりを握らずに手のひらの上でコロコロ転がす。かなりいい感じ。これでいこう。
わたしは想像する。あなたが目覚めたとき、わたしの作ったたくさんのお菓子に囲まれていたら。
あなたの驚く顔を想像すると、楽しみで落ち着かなくて何だか踊りだしたくなる。これを叶えるためには、もっともっと作らなくては。
★
ドールは疲れを知らぬ軽やかな動きで雪を集めながら、小さな球を作り続けた。
吐く息は白く、手や鼻先は赤くなっていたが、咎める者はいない。
翌朝、朝日とともにロボロイドは起動する。
自身の目の前まで雪の小さな球が敷き詰められ、ドールが差し出した割れたディアボロの椀の上にも、山盛りの雪の球。
ロボロイドの顔を見たドールは満足したように笑い、銀世界へ駆け出していく。
ドールの白いドレスは朝日と雪の反射を受けて、ロボロイドの網膜に眩く映った。
乾いた音を立てて、あなたの両耳はあなたの頭を離れ、わたしの左右の手の内に包まれる。あなたの見開かれた両目。あなたから離れて、あなたの体温を失っていく穴の開いた凹凸のかたまり。
わたしもあなたも人間ではないから、取れた箇所から血が噴き出したりしない。あなたの耳は金具と金具をひっかけるような形で頭にくっついていたのだ。
なぜ、こんなことが起きたのかというと。
★
「わたし」とは、とあるおもちゃ工場の中で生み出された、女の子の形をしたお人形だ。
お人形だけれども実際は人間ぐらいの大きさで、好奇心を持ち、その好奇心の赴くままに動くことができる。きっと人間が端から見ると「生きている」ように見えただろう。
そして「わたし」が「あなた」と認識しているのは、ドールを生み出した工場で働く、人の形を模したロボット、通称ロボロイドのうちの一人だ。
おもちゃ工場で働くために自律し、ドールによって各々に特技を見出されたこれらの機械もまた、人によっては「生きている」ように見えるかもしれない。
しかしドールやロボロイドを観測できる人間はもういない。それでもロボロイドたちは工場のために出勤する。役割ごとに四色に塗り分けられたロボロイドは、日を決めて工場に通う。
各色ごとに五、六体はストックがあって、出勤しない者は近くの建物で休んでいる。休むための建物は、かつて人間が大量に勤めていたときの名残でいくらでも余裕があった。同じ扉、同じ部屋の形を縦に積み重ねて作ったような建物はかつて団地と呼ばれていた。
ドールは好奇心のままに動く。
だから工場に落ちていたお菓子の本を見つけ、お菓子の作り方を知り、その過程で必要な確認事項を親しいロボロイドに教えてもらおうとした。
ロボロイドは工場の中にいるときは仕事を優先する。だからドールは団地に帰ろうとするロボロイドの跡を付けた。
工場周辺にある人工物は団地ぐらいで、今が冬でなければもっと草木は勢いがあっただろう。往復で踏み固めた場所が道になり、団地と工場をつなぐ。
ロボロイドとドールの頭上には、葉を落とした木々の枝。
その隙間を埋めるように星が瞬いている。
★
わたしは建物に入ろうとするあなたの肩を後ろから叩く。わたしは笑い、あなたは少し驚いた顔をする。
あなたはわたしが開いた本の中身を読み、首をかしげる。そして材料を書いたところを指差して、首を横に振る。
ここにはない、ってことだろうか。
なくてもやってみたい!なぜないの?
わたしの疑問が伝わったのか、あなたは髪をいじりながら少し考える。そしてわたしの頭を慰めるように撫で、そのとき髪を少し引っ張って、そこからピカピカの銀の硬貨をわたしに差し出す。
もちろんわたしは髪の毛に硬貨を貯めていない。わたしの襟や肩の飾りから、背中からも続けて出てきて、わたしの手のひらには銀色が溜まる。
ふしぎでピカピカ光ってきれい。
でも、はぐらかされているような気がする。
わたしが欲しいのは、お菓子の作り方で、
<<耳たぶぐらいの柔らかさになるように生地を捏ねます>>
これをやってみたいのだ。
だからわたしはあなたの両耳を両手で掴む。
銀の硬貨は地面に落ちる。
上下左右に耳を引っ張ると、あなたはわたしの手を耳から剥がそうとする。
そのうち、乾いた音が建物に響く。
柔らかさと硬さが混ざったあなたの一部を、わたしは手のひらに乗せたまま、親指だけで触れてみる。
あなたが度々見せるように、突然耳が別の道具に変わったり、何もないところから硬貨が出てきたりはしなかった。それでも不思議な触り心地。人間はこれを作ろうとしていたの?
もっと触ってみようと思いかけた瞬間、わたしの手の平から両耳はなくなっていた。
あなたはすばやく両耳を取り返し、慎重に、元々あったように耳を元の位置に嵌め込んだ。
左右上下に軽く引っ張っても外れないことを確認する。あなたは小さなため息をつく。
あなたはどこからともなくお皿ぐらいの大きさの銀の硬貨を取り出し、わたしに手渡した。わたしの後ろに移動すると、わたしの髪をかき上げて首の近くを指でつつく。
硬貨に映るわたしの頭にも、耳が一対生えている。
(次からは自分のを触ってごらん)
あなたはそう言いたげな顔をして、けれどすぐに空を見上げた。
空から白くて小さな粉が降ってきた。
お菓子の本に載っていた材料だ!
ジャンプして掴んで、手を開いたらその白い粉は消えていた。
★
あなたがたの想像通り、ドールが掴もうとしたのは雪である。
ドールはまだ雪を知らない。ロボロイドは雪の存在は知っているものの、低温により自らが適切に動かせなくなることの方が脅威だった。
自室に毛布を取りに行き、ついでに他のロボロイドの部屋を訪ねて、片面が割れて使わなくなったディアボロを借りた。
ドールはまだ団地の前で雪を掴まえようと奮闘していた。雪の勢いは少しずつ強くなっている。
ロボロイドはディアボロの割れていない面を上にして置いた。雪が吹き込まない階段の踊り場に腰掛けて、毛布を己に巻き付ける。
過去のデータを鑑みれば、おそらく外にいるドールが埋もれてしまうほどの積雪にはならない。
ロボロイドは毛布の中で目を閉じ、自身の電源を落とした。
★
上から降ってくるお菓子の材料は少し冷たくて、でもわたしが手の中で握りしめると消えてしまう。
わたしが触れなかった周りの植物や、いつの間にか置かれていたお椀の中には、ゆっくりと白いものが積もっていく。
お椀の中のものと、自分の耳たぶを交互に触る。お椀の半分ぐらいを手にとって、捏ねる。
力を込めるとみっしりと固くなる。これでは耳たぶより硬い。
量を減らして、力を込めずに握る。さっきよりは柔らかい。
今度はかたまりを握らずに手のひらの上でコロコロ転がす。かなりいい感じ。これでいこう。
わたしは想像する。あなたが目覚めたとき、わたしの作ったたくさんのお菓子に囲まれていたら。
あなたの驚く顔を想像すると、楽しみで落ち着かなくて何だか踊りだしたくなる。これを叶えるためには、もっともっと作らなくては。
★
ドールは疲れを知らぬ軽やかな動きで雪を集めながら、小さな球を作り続けた。
吐く息は白く、手や鼻先は赤くなっていたが、咎める者はいない。
翌朝、朝日とともにロボロイドは起動する。
自身の目の前まで雪の小さな球が敷き詰められ、ドールが差し出した割れたディアボロの椀の上にも、山盛りの雪の球。
ロボロイドの顔を見たドールは満足したように笑い、銀世界へ駆け出していく。
ドールの白いドレスは朝日と雪の反射を受けて、ロボロイドの網膜に眩く映った。
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