シロツメクサの夢

淀川の河川敷で事件関係者の子どもと遊んでいた私は、シロツメクサの指輪を作ってもらった。懐かしい遊びだ。四葉のクローバーはなかなか見つからないが、シロツメクサ自体はいくらでも群生している。よく晴れた午後だったので、野草はより大きく開こうとしているように見えた。
 子どもと別れたあと、少し離れた風下で喫煙していた火村に「そこのさみしいおじさんにも指輪をやるわ」と私は絡み、その場で指輪を編んでやる。左手の薬指を選んでも、彼は特にそのことには言及しない。
「枯れない指輪がいいな」
「煙草でうっかり燃やしかねんからな」
「そこまで粗忽者じゃねえ」
 そうは言いながらも火村は右手だけで煙草をしまう。火村のオンボロベンツは本屋に寄りたい私を梅田まで乗せることになっていた。
 本屋で植物製の指輪は危なっかしいかな。
 私は指輪を解いて手帳のメモページへ挟んだ。うまく行けば押し花になるだろう。ハンドルを握る火村の指にはまだ指輪が巻き付いている。
「ユニバにな」
「今から行くか?」
「いや最後まで聞け。ミッキーの耳的な被り物がユニバにもあるんやけど」
 しかし園内のアトラクションを反映させたために、ミッキーほど統一感はない。ただその沿線にいる人々がぬいぐるみのような被り物をしていれば、ああユニバかな、ぐらいにはわかる。
「関西の夢の国はアクセスが良いから、30分もあれば天王寺からでも梅田からでも行けるけど、行きはまだ買ってないからええとして、帰りはどっちの駅でももうほとんど夢の効力が切れてるな」
「被りたくなったらいつでも呼んでくれ」
「絶対思ってへんやろ。もし、夢の効力が切れるのが他の乗客が増えるせいなら、車で帰るならしばらく消えへんのかな」
「後部座席の子どもはいいが、運転席にいたらそうは行かないんじゃねえか」
 確かに。車という枠に守られても、夢の国の空気を密封することはできない。外からの視線によって、次第に普段の生活の空気に置き換わっていく。窓の外を見るために頬杖をついた左手の薬指から、微かに草の香りがした。
「淀川の空気ならいつでも吸いに来たらいいじゃねぇか。夢の国でもないんだから」
「せやなぁ……」

 渋滞に巻き込まれなければ、十三から梅田までは瞬きするほどの時間しかかからない。またな、と言う火村の左手にはまだ指輪がある。
 せめて北白川まで、夢を枯らすなよ。
 頼りない指輪には酷な願いを込めて、私は彼より少し軽い左手をあげた。
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