シン・ウルトラマン
人間は、夢を見る。
厳密にいえば、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返し、レム睡眠時に脳内で再生した記憶や感情を起床時まで保持している。それは神永新二の身体と融合している私にも発生した現象だった。
書物を読み人間の身体・社会・文化への理解を深めていたときの私に、それは初めて発生した。神永の勤めていた機関には膨大な量の書物が格納されていて、私は効率的に人間を学ぶことができた。昼間流し込んだ情報と同じ情報が眼前を流れる。私はもうこの情報を取り入れたことがあると気づく。ページを繰る手は銀色で、私は神永の姿ではない。眼前に人の気配があり、顔をあげると神永新二が立っている。私を見つめている。喜怒哀楽の感情は読めない。
「君はなぜ、」
全てを言い終わらないうちに、私の視界は神永新二が生前住んでいた居室の天井へ変わる。
睡眠は終了し、私の手は神永と同じ質感へ戻っていた。
ザラブ星人を撃退した。
神永新二の身体は数日の拘束により疲れているようだった。人間に見つからず穏やかに眠れる場所が必要だ。私は彼と初めて出会った森へ飛んだ。自然が作った横穴に身体を横たわらせる。土や植物の湿った匂いがする。亡くなった彼もこの匂いを嗅いだだろうか。
私はウルトラマンの姿で、夜の東京を飛んでいる。ビル、車、人々の持つ電子機器の灯り。だれも私を見上げないが、だれかが私を見ている。私はそのだれかを見つけ出そうとする。いつの間にか日は昇り、私は眠っている森までたどり着いた。まだだれかの視線は続いている。
「私を見ているのはだれだ」
私の問いに答えは返ってこなかった。
ただ、私が熱線で切り開いた山の岩肌に神永は腰掛け、眩しそうにこちらを見上げていた。
頬に冷たい何かが触れる。朝露が落ちたのだ。
横穴から這い出して、神永の死んだ場所へ向かう。
神永新二の死体は存在しない。スペシウム一三三で彼の死後の形状を模したものをそこに置いているだけだ。
彼が何者であったのか。生前を知らない私には、彼の人体の情報しか残されていない。私を神永と呼ぶ禍特隊の仲間は、もう生前の彼ではなくウルトラマンの私を神永と認識し、新たに信頼を構築しようとしていた。外部から同一視されても、私には彼のことはわからない。
メフィラス星人は去った。
ゾーフィは太陽系もろとも地球を焼き尽くすとゼットンを残した。
私は私の意思で、最後まで人間と共に抗うことを決めた。
夢の中の神永は、相変わらず私を見つめているだけだった。
私の身体は海の底へ沈んでいく。私が自分自身だと認識している身体は神永のもので、しかし精神はもう私のものだった。融合が進んだ身体は普通の人体より幾分強化され、高所から海に落ちても死なない。
私は夢を見ている。身体が薄暗い闇の中をゆっくりと落ちていく。ゼットンの放つ熱線のまばゆさが目の内側で明滅している。
夢ならば、ここに君はいないのか。
目を開くと神永が同じようにゆっくりと闇の中を落ちている。穏やかに微笑みながら私の手を握った。
「記憶は脳だけに宿っているわけではない。俺の皮膚、内臓、神経は君に生かされて、夢から君を見ることができた。呼んでくれて嬉しかったよ、ウルトラマン」
「君は、会話ができたのか」
「きっと君が理解したんだ。だから、俺と話せている」
「わからない。夢の仕組みも、人間も、君についても、私はまだ知らない。もっと知りたいんだ」
「君がそう願うなら、この夢から覚めるんだ。ウルトラマン」
神永の私の手を握る力が強くなる。深い闇から一気に引き上げられる。これは目が覚める感覚だ。私の身体と神永は遠ざかる。彼は闇の中から叫んだ。
「君が次に見るべき夢はここではない!人間と生き延びた先にある、未来だ」
厳密にいえば、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返し、レム睡眠時に脳内で再生した記憶や感情を起床時まで保持している。それは神永新二の身体と融合している私にも発生した現象だった。
書物を読み人間の身体・社会・文化への理解を深めていたときの私に、それは初めて発生した。神永の勤めていた機関には膨大な量の書物が格納されていて、私は効率的に人間を学ぶことができた。昼間流し込んだ情報と同じ情報が眼前を流れる。私はもうこの情報を取り入れたことがあると気づく。ページを繰る手は銀色で、私は神永の姿ではない。眼前に人の気配があり、顔をあげると神永新二が立っている。私を見つめている。喜怒哀楽の感情は読めない。
「君はなぜ、」
全てを言い終わらないうちに、私の視界は神永新二が生前住んでいた居室の天井へ変わる。
睡眠は終了し、私の手は神永と同じ質感へ戻っていた。
ザラブ星人を撃退した。
神永新二の身体は数日の拘束により疲れているようだった。人間に見つからず穏やかに眠れる場所が必要だ。私は彼と初めて出会った森へ飛んだ。自然が作った横穴に身体を横たわらせる。土や植物の湿った匂いがする。亡くなった彼もこの匂いを嗅いだだろうか。
私はウルトラマンの姿で、夜の東京を飛んでいる。ビル、車、人々の持つ電子機器の灯り。だれも私を見上げないが、だれかが私を見ている。私はそのだれかを見つけ出そうとする。いつの間にか日は昇り、私は眠っている森までたどり着いた。まだだれかの視線は続いている。
「私を見ているのはだれだ」
私の問いに答えは返ってこなかった。
ただ、私が熱線で切り開いた山の岩肌に神永は腰掛け、眩しそうにこちらを見上げていた。
頬に冷たい何かが触れる。朝露が落ちたのだ。
横穴から這い出して、神永の死んだ場所へ向かう。
神永新二の死体は存在しない。スペシウム一三三で彼の死後の形状を模したものをそこに置いているだけだ。
彼が何者であったのか。生前を知らない私には、彼の人体の情報しか残されていない。私を神永と呼ぶ禍特隊の仲間は、もう生前の彼ではなくウルトラマンの私を神永と認識し、新たに信頼を構築しようとしていた。外部から同一視されても、私には彼のことはわからない。
メフィラス星人は去った。
ゾーフィは太陽系もろとも地球を焼き尽くすとゼットンを残した。
私は私の意思で、最後まで人間と共に抗うことを決めた。
夢の中の神永は、相変わらず私を見つめているだけだった。
私の身体は海の底へ沈んでいく。私が自分自身だと認識している身体は神永のもので、しかし精神はもう私のものだった。融合が進んだ身体は普通の人体より幾分強化され、高所から海に落ちても死なない。
私は夢を見ている。身体が薄暗い闇の中をゆっくりと落ちていく。ゼットンの放つ熱線のまばゆさが目の内側で明滅している。
夢ならば、ここに君はいないのか。
目を開くと神永が同じようにゆっくりと闇の中を落ちている。穏やかに微笑みながら私の手を握った。
「記憶は脳だけに宿っているわけではない。俺の皮膚、内臓、神経は君に生かされて、夢から君を見ることができた。呼んでくれて嬉しかったよ、ウルトラマン」
「君は、会話ができたのか」
「きっと君が理解したんだ。だから、俺と話せている」
「わからない。夢の仕組みも、人間も、君についても、私はまだ知らない。もっと知りたいんだ」
「君がそう願うなら、この夢から覚めるんだ。ウルトラマン」
神永の私の手を握る力が強くなる。深い闇から一気に引き上げられる。これは目が覚める感覚だ。私の身体と神永は遠ざかる。彼は闇の中から叫んだ。
「君が次に見るべき夢はここではない!人間と生き延びた先にある、未来だ」
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