早春散歩

 肉の焼ける臭いや化学薬品の臭い、もともと街に溜め込まれていた臭いが混じって、その街はいつも澱んでいた。何度も爆発や火事に見舞われて傾いた建物たちが、上空を覆って街に大きな蔭を落とす。それでも倒壊寸前の建物の先にほんの僅かに見える空は、光に溢れていた。
「お前、ここ崩れたらどうすんだよ」
「どうって……崩れたら崩れんだろ」
「いやだから、崩れたらスモーキーの…」
 墓が、と続けようとして俺は口ごもった。乾燥したその響きを口にするのは、なんとなく忌まわしい。
「しかたねえじゃん、無名街はボロボロだからさ。ここがこわれたら、それまでだよ」
「薄情だな」
「確かにここにスモーキーは埋まってるけどさ……なんつーかさー……。違くね?たぶん、俺や、無名街の人間は、お前とは死んだヤツへの礼儀?が違うんだと思う」
 男は言葉を探しながら、ぐちゃぐちゃの髪をかきむしった。その礼儀を俺が実感を持ってわかることは、きっとないだろう。俺にはわからない絆が、スモーキーとルードの間にはあったし、これからもありつづける。だから間違いなく、ここに眠る男の魂は、天国にいる。
「アッ!!じゃあここ壊れたら俺を拝みに来ればいいんじゃね?!俺生きてるよ!?」
「ハァ?何でお前拝まなきゃいけねえんだよ」
「俺に酒を持ってきて、俺に花くれれば俺が適切に処理できるじゃん。お供えもあるとなおいいけど」
「お前、これ狙ってたのか……」
「いいじゃねーか、俺にも天国見せろよ」
 スキットルを奪おうと、ヒラリと飛び上がった男を躱す。男の背後で澄んだ空が輝いた。最期に見た白髪のようなきらめきに、俺は「まだ早いんだよ」と誰かの代わりにつぶやいた。
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