企画短編

 小学校というのは不思議な場所で、鉛筆以外の筆記具を嫌う傾向にありました。
 先生と呼ばれる人々は、いつも筆圧が弱くなるなどというよくわからないけちをつけ、子供が持ち込んだシャープペンシルを取り上げていました。
 小学校を卒業したとき、あなたは初めてシャープペンシルを筆箱に入れる権利を手に入れました。
 しかしこのご時世、文房具屋に行けば視界に入りきらない程の筆記具が並び、それぞれが我も我もと自分の長所をアピールしています。
あなたは自分にあった筆記具がわからずに買っては放置していたと言っていましたね。
 今から3年前、私は1本600円を超える高級品で、ケースに入れられたまま万引き帽子の留め具にくくられ、壁に吊り下げられていました。
 鉛筆と違っていくら使っても消えていかないシャープペンシルに困惑していたあなたは、1本だけよいものを買って使い続けることを選びました。
 なぜそんなことを知っているかって? 私はよく、筆箱の中であなたの会話や独り言を聞いていました。我々文房具というのは、持ち主の言葉を聞くのが数少ない楽しみだったりします。ご存知ありませんでしたか? 私たち、こう見えて周りによく気がつくんですよ。
 さて、こうして高級品の私はあなたの布製の筆箱に収まることになりました。私はシンプルなデザインではありますが、値段相応の使いやすさを持っていました。いくら書いても手が疲れないというのは単なる宣伝文句ではなく事実だったというわけです。あなたはすっかり私に夢中になりました。そして、これ一本があれば、もう一生この手の筆記具はいらないと言っていました。
 しかし、残念ながら形あるものはいずれ滅す運命にあります。諸行無常というやつですね。当然ながら私も例外ではありませんでした。
 はじめは些細な症状でした。入れたはずの芯が、だんだんうまく出てこなくなったのです。この辺りは人間にそっくりですね。「おかしいな」と不思議に思いつつも、あなたはまだ、私を愛用していました。
 そのうちに、入れたはずの新品の芯が、ぼきぼきと折れて出てくるようになりました。それでもあなたは私を使ってくれました。
 とうとう、ペン先のバネがうまく動かなくなりました。そして、机から落ちた衝撃でフック部分が割れたとき、ようやくあなたは私の寿命が尽きたことを悟りました。
 あなたは残念そうにわたしをゴミ箱に捨てました。一見冷たい措置のように見えますが、あなたがいらないものを置いておくと、がらくたとなって部屋の隅に溜まり、埃にまみれてさらにひどい状態になることを私は知っています。あなたもそれを承知していたからこそ、速やかに私を葬ったのです。
 そう、私には全てお見通しです。あなたはすぐに私を買った店に行き、全く同じシャープペンシルを購入しました。気分を変えるつもりで別の色を選んだのは、この際よしとしましょう。
 ともかく、あなたはそれだけ私を気に入っていてくれたのです。
 こうして、あなたの右手には相変わらず私が収まっています。残念ながら、あなたはここにいるシャープペンシルを別個体だと思いこんでいるようですが。
 あらあら、随分と驚いているようですね。おや、何か? いいえ、ちゃんと私は別のシャープペンシルですよ。そういうことにしておきましょう。いいじゃありませんか、謎は多ければ多いほど面白いというものですよ。

(終)
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