Initium
「カミュー、準備はできたか?」
「ああ。待たせたな、マイクロトフ。――衣装よし、髪型よし、と。今日も一日、励むとするか」
「そうだな。頑張ろう」
姿見で衣服や髪型の乱れが無いか確認した後、マイクロトフとカミューは向かい合い、「いってらっしゃいのキス」よろしく軽く唇を触れ合わせた。顔を離すとカミューが悪戯 っぽく笑い、マイクロトフを先に行かせるべく横に退く。
「お前のことだ、本来ならばパートナーには、留守を任せてから仕事に出たかっただろう。だがあいにく私は夫の帰りを健気に待つ貞淑な妻などではなくお前と同じ騎士、しかも今は副長でね。陰になり日向になり、騎士団長殿を傍 でお支えする役目があるからな」
「ああ……おかげで毎日、とても助かっている。今後も苦労をかけると思うが、よろしく頼む」
真剣な表情で感謝を述べるマイクロトフに、カミューは笑顔で頷く。
マイクロトフとは長い付き合いだが、彼の誠実な人柄は、昔からまったく変わっていない。そこにカミューは惚れ込んでおり、また部下の騎士たちも、そんなマイクロトフだからこそ一心に慕ってついてきてくれているのだ。
⚔⚔
現マチルダ騎士団団長・マイクロトフと同副長・カミューが部下たちの協力を得て挙式し、「夫夫 」となってから、まもなく。
式を挙げてからも部下たちは非常に協力的で、「お次は新居ですね」「俺、少し前に良さげな空き家を見つけたんですよ。ゆくゆくはマイホームを持たれるにしてもお二人は新婚さんでいらっしゃるのですから、やはり二人きりでゆったり過ごせる家が必要だと思うんですよね」と口々に言い、なんと数日後には、本当に二人の家を用意してしまった。つくづく良い部下たちを持った――というより、その異常な積極性が怖いくらいだ。
「騎士団長」「騎士団副長」という立場上さすがに毎日帰るわけにはいかなかったが、特に大きな動きが無さそうな時は今までどおり赤・青騎士団副長が代理を務めるとし、部下たちも「何かあったら呼びに行きます」と言ってくれたため、今回初めて「新居」で一夜を過ごした。必要最低限の家具は揃っている家で、寝室に置かれたベッドは真新しく大の男が二人で寝ても余裕があるくらいに大きなものだったが、マイクロトフもカミューも互いの匂いが染み込んでいない寝具に物足りなさを感じ、家を出るぎりぎりの時間まで睦み合った。付き合いこそ長いが、正真正銘の「アツアツの新婚夫夫」だ。
城下から城へ揃ってやってきたマイクロトフとカミューへ、騎士たちは「団長、副長、おはようございます!」と元気に挨拶をした。カミューは「ああ、おはよう」と爽やかに返したが、マイクロトフはどこか照れ臭かったのか「……おはよう」と普段よりも控えめで、ヒュー! と冷やかした遠慮のない青騎士の脇腹へ、別の青騎士が肘鉄砲を食らわせ黙らせるという一幕もあった。側 で見ていた赤騎士たちは呆れ顔を向けたが、その実彼らもカミューの幸せそうな様子に安堵し、これからも変わらずお支えしようと改めて誓う。
カミューの部屋へ向かうと赤騎士団副長が掃除に勤しんでいて、花瓶にも真新しい花が生けられていた。彼は二人に気付くと「おはようございます」と穏やかに挨拶し、綺麗になった室内を眺めて小さく頷いてから、ようやくマイクロトフとカミューに向き直る。
「初めて新居で過ごした夜はいかがでしたか? ……と、聞くだけ野暮というものですね。それにしても、ここ最近は平和なものです。小から中程度のレベルの問題は山積みですが、団長と副長が城に缶詰めにならなければならないほどの大きな問題は、しばらく起こっていません。私と青騎士団副長殿は約三年もの間あなた方の代理を務めていたので、大抵のことは対処できます。ですのでご夫夫となられた記念に、ハネムーンへ行かれてみては?」
マイクロトフとカミューは反射的に顔を見合わせ、「ハネムーン」と赤騎士団副長の言葉を復唱した。ハネムーン――新婚旅行とは、結婚したばかりの新婚夫婦で赴く旅行のこと。約三年グラスランドや近隣地域を旅していた時も新婚旅行気分を味わってはいたが、単なる「恋人」から「夫夫」というよりいっそう強固な関係性へと変わったばかりの二人が行う最初の旅は、特別な意味を持つことになるのだ。
「ハネムーン、か……それは考えていなかったな」
「……」
「だが確かに、比較的世情が安定している今が好機かもしれないな。またいつ、どこで何が起こるか分からないんだ。以前のように年単位で空けさえしなければ、今一度旅に出てみてもいいんじゃないか?」
「し、しかし……」
カミューは前向きだが、人一倍真面目で責任感も強いマイクロトフは案の定、難色を示した。そんなマイクロトフへカミューが、誘うような上目遣いと甘い囁きで迫る。
「……我々は『新婚夫夫』だぞ? 愛するパートナーのお願いが聞けないとでも?」
「お、お前っ、こんな所で……!」
「……コホン。カミュー様、旦那様とのいちゃいちゃは二人きりの時になさってください。いくらご夫夫とはいえ、節度は守っていただきませんと」
どこまでも冷静な赤騎士団副長に「ああ、つい。すまないな」と軽く詫びると、カミューは赤面して固まっているマイクロトフの胸を軽く小突いてから離れた。これからもこのようなやりとりを度々 見せつけられるのだろうかと赤騎士団副長は溜め息を吐き、人前ではできる限りストイックであろうとするマイクロトフへ、そっと憐憫の眼差しを向ける。だが生真面目な伴侶へのそんな視線を見ても、カミューはどこ吹く風だ。
「うちの副長がいいと言っているんだ。行こう。どこへ行きたい?」
「突然言われてすぐに決められることでは……今日の仕事が終わった後にでも、じっくり話し合おう。……『ハネムーン』と呼べる旅は初めの一度きり、だからな」
「マイクロトフ……」
「ゴホン! ハネムーンを提案した私にも原因はあるのでしょうが、いちゃいちゃされるのはお仕事が終わった後で、なおかつ二人きりになられた時になさってください。私どもが居た堪れなくなりますので」
「す、すまない」
「うーん、今のも私が悪いのか? 甘い雰囲気を醸し出したのはこの男のほうなんだが」
――もうやだこの夫夫。これ以上ツッコむ気も失せた赤騎士団副長は、早々にこの場から離れることに決めた。
今日も特に大きな問題は起こらず普段どおりに仕事をこなし、それぞれの副長に残りの雑務を任せたマイクロトフとカミューは、再び新居へ帰ることができた。二人はさっそくソファーに腰掛け、世界地図を広げながら新婚旅行先を相談し始める。
「今回はどんなに長くとも、一か月程度の休暇で済む場所がいいだろうな。新同盟軍の本拠地にいた頃のようにビッキー殿のテレポートに頼れるわけではないから、行って帰ってくるだけでも相応の日数がかかる。となるとやはりデュナン国内、もしくはその近隣諸国で済ませるのが妥当だろう。何かリクエストはあるか?」
「む……俺が最も興味のあったグラスランドやゼクセン連邦への旅は、もう済ませてしまったからな……お前のほうこそ、行きたいと思っている場所はないのか?」
「無いわけではないが、先程私が出した条件に合う所といえば、やはりトラン共和国のどこかが有力候補になるだろうな。本音を言えばハルモニア神聖国や酒の名産地として有名なカナカン、群島諸国にファレナ女王国あたりへは足を運んでみたいんだが」
「いずれも遠過ぎるな。カナカンでぎりぎり、といったところか。だが、ハルモニア神聖国は……距離だけで言えば最も近いが、気軽に足を踏み入れていい場所ではないだろう。そもそもあの国はかつてのハイランド王国、現ハイイースト県と同盟関係にあったくらいだ。ここ数年は静かだが、いつ何をしてくるか分かったものではない。いくら身分や名を偽って潜入したとしても、俺たちは面が割れている。だから、こちらからは近付かないほうがいい」
「もちろん分かってる。本当に行こうとは思っていないよ。ただ、謎多き大国として興味はある……それだけさ。――では最初の目的地はカナカン、帰りにトラン共和国の寄れる所に寄るというコースでいいか?」
「ああ、それでいい。……行き先がどこであれ、お前と二人で行くことに意義がある。新婚旅行とは、そういうものだろう?」
マイクロトフの言葉に、カミューがふ、と小さく笑う。彼はマイクロトフの肩に甘えるように寄り掛かると、「初めは乗り気ではなかったくせに」と囁くように言い、マイクロトフもカミューの柔らかな髪を撫でながら、「三年も騎士団を空けていたんだ。あれから一年どころか半年も経たないうちに再び空けるとなると、普通は躊躇 うだろう」と、低く落ち着いた声音で囁き返す。
「だがお前も満更ではなかった、と」
「ああ言われた直後に、実現するなら今しかないと思い直してな。団長である俺や副長であるお前の代わりは両騎士団の副長でも務まるが、一人の人間としての俺やお前の代わりは、誰にも務まらない。だから、この機を逃してはならないと思ったんだ。――せっかくお前とこうして夫夫になったんだ、交際中にはできなかったことも、二人で少しずつ叶えて行こう」
「……そうだな」
至近距離で見つめ合い、柔らかく微笑み、そっと唇を重ねる。明日は、不在にする間の仕事の引き継ぎや旅の準備で忙しくなりそうだ。

翌日。
マイクロトフとカミューが新婚旅行の話をすると両騎士団の騎士たちは諸手を挙げて賛成し、それぞれの副長を中心に仕事が割り振られて行った。まさしく「皆で作る騎士団」だ。
少し早めに仕事を切り上げた二人は馴染みの店で旅に必要な物資を買い揃え、中でもマイクロトフを子供の頃から知る老店主からは「マイクロトフ坊っちゃんは騎士団に入ってからずっと、カミュー君と一緒だねえ。もしや、カミュー君をお嫁さんにでもするつもりかい?」と強 ち間違いではないことを言われてマイクロトフをどきりとさせ、カミューを少しムッとさせた。二人が夫夫となったことはまだ城下の民には公言していないが、常に共に行動し、グラスランドへ旅立つ前以上に甘い空気を醸し出している様から、ただの親友同士ではないことに気付いている者は決して少なくはないだろう。城下の民全員に知れ渡るのも、もはや時間の問題だ。
行く先々で相変わらずの仲の良さを揶揄 われながらも、ひととおりの買い物を終えてからいったん新居へ戻り、「またしばらく帰って来られなくなるから」と、夕食は城下で最も気に入っているレストランで摂ることにした。この店で接客をしてくれた若い女性店員はなぜか二人の関係を知っており、「もしかして新婚旅行ですか? 素敵ですね! お二人はもう〝ご夫夫〟なのでしょう? 風の便りで、騎士団の皆さんだけで結婚式も挙げられたと聞きました。しばらくお会いできなくなるのは寂しいですが、どうぞ良い旅を」と笑顔で送り出してくれた。思わず動揺するマイクロトフとは裏腹にカミューは多くの女性を虜 にしてきた柔和な笑みと紳士的な態度で礼を述べ、自分たちを祝福してくれた女性店員へチップをはずんでレストランを後にする。
「……どこから情報が漏れたんだ……」
「ははは。この手の話題は、どれだけ隠していても必ずと言っていいほどどこかから漏れて、あっという間に広まってしまうものさ。そもそもお前はここに帰ってきてからすぐに、城下の宝石店で私の婚約指輪を作らせただろう。その時点で店主には、贈る相手の想像がついていたんじゃないか? 元々我々の仲は、多くの人々に疑われていたわけだし」
片手で顔を覆うマイクロトフとは対照的に朗らかに笑ったカミューが、不意に得意の上目遣いでマイクロトフを下から覗き込んだ。そして。
「――私はもう、我々の関係は公 にしてもいいのではないかと思うんだがな。男同士、ましてやこの街を守る存在である騎士団長と副長のそういった関係を受け入れられず、反発する者もあるかもしれない。だが住民全員に好かれることなど不可能な上に、我々とて『騎士である前に人間だ』。他人からどう思われようと私がお前を愛していることに変わりはないし、私の伴侶はお前だ。……お前は、私が伴侶であることを恥じているのか?」
「は、恥じてなど……! ただお前が言ったとおり、俺たちの関係を受け入れられない者も少なからずいるだろうと考えた上での配慮だった。……だが確かに、いつまでも隠し通す必要はないのかもしれないな。お前を選んだのは他ならぬ俺である上に、今のお前は俺の伴侶だ。この熱い気持ちと夫夫であるという事実は、誰にも変えることはできない」
カミューの少し悲しそうな問いを、マイクロトフは即座に否定する。――そう、もうただの恋人ではなく、永遠の愛を誓った「夫夫」なのだ。未 だに女の影が無いからと城下の女性たちに下手に期待を抱かせるよりも、二人は既婚者であり、互いが人生のパートナーであることを公言してしまったほうが、今後のためにもいいだろう。
「……しかし、どう公表すればいい……? まさか住民たちを一か所に集めて宣言するというわけには……」
「堂々としていればいいんじゃないか?訊 かれたら正直に答えて、頑なに隠したり誤魔化したりしなければいい。それでいいさ」
完全に吹っ切れたらしいカミューを見て、マイクロトフも明日からの新婚旅行を機に、未だ燻る迷いを捨てようと決意した。
そして、翌朝早く――
マイクロトフとカミューは両騎士団の騎士たちと早起きの住民たちに見送られ、ロックアックスを出発した。
彼らの関係をはっきりとは知らない住民たちからは「長旅から帰られたばかりだというのに、またお二人で旅に出られるのですか?」と尤 もな言葉を掛けられたが、二人が「我々は夫夫となったので、一か月ほど新婚旅行へ行ってまいります」と宣言すると大半の者は仰天し、だが嫌悪を示すことなく祝福してくれた。きっと再びの旅から帰って来る頃には、「現騎士団長と副長は夫夫である」ことはロックアックス中に広まっているだろう。
基本は徒歩で、場所によっては馬を借りて、まずはデュナン国の南方にあるトラン共和国を目指した。途中の街や村の観光は後回しにし、旅の最終目的地であるカナカンへ辿り着くために、ひたすら南下を続けた。決して楽な道のりではなかったが、約三年もグラスランドやその近隣国を巡る旅をしていた二人には乗り越えられないものではなく、懐かしい仲間や不可思議な力を持つ者の協力も得て、ロックアックスを発っておよそ半月後にはカナカンに到着した。
酒の名産地というだけあってカナカンはのどかな風景が広がる地方で、ロックアックスにも出回っていた質の高いワインをはじめビールや清酒といった酒も作っており、土地の大半が多種多様な田畑だった。二人は酒蔵を巡って色々な酒を試飲させてもらい、各酒に合うように作られた数々の料理も堪能し、数日間の滞在を経て気に入ったいくつかの酒を土産にカナカンを離れ、帰路に就いた。トラン共和国の観光は、これからだ。
あと半月という制約もあり立ち寄ることができたのはほんの数か所だったが、中でも「門の紋章戦争」と呼ばれる戦を治めた解放軍が本拠地としていたトラン湖の古城や、トラン共和国の首都であるグレッグミンスターをじっくりと見学・散策できたのは収穫だった。「生きていれば、そのうちまた旅をする機会もあるだろうさ。だからこの旅が最後だと思わずに、今回行けなかった所は次の楽しみに取っておこう」とカミューに言われ、マイクロトフも「そうだな」と頷く。
こうして約一か月に渡るハネムーンを終え、マイクロトフとカミューはロックアックスへと帰還した。予想していたとおり現在の二人の関係は街中に知れ渡っており、行く先々で無事の帰還を喜ぶ声や夫夫になったことに対する祝福の言葉を掛けられた。そして二人が不在にしていた間の団長役を務めていた赤騎士団副長からは「なんでもデュナン統一戦争時に親交があったという方からご結婚祝いらしき品が届いておりますよ」と謎の袋を渡され、新居へ戻り開封した途端に二人で固まった。なんと中にはいわゆる「大人のおもちゃ」や男性用のセクシーランジェリーといったアダルトグッズが入っており、「結婚おめでとさん。いつくっつくのかとヤキモキしていたが、聞くところによると式まで挙げたらしいな。当然今もアツアツなんだろ? これは俺からのほんの気持ちだ。下着のサイズは適当だからちゃんと着られるかは分からんが、夜の生活のマンネリ化にぜひ役立ててくれ」と書かれた手紙が添えられていた。この文体と荒く力強い筆跡は間違いなくお節介なあの男、ビクトールのものだ。
「……これ、どうする? 今夜試しに使ってみるか?」
「使わない!! な、なんというものを……!」
「さすがにこの妙な形の器具の使い方は知らないし、こんなスケスケの下着は……お前が着る分には止めないが」
「着るわけがないだろう!!」
「では、私に着てほしいと?」
「……」
「……今、想像したな? さすがは私限定のムッツリスケベだ」
「き、着なくていい。何を身に着けたところで、お前はお前だ。どうせ最後には脱ぐのだから――」
「この無骨者」
ぷい、とそっぽを向いてしまったカミューに、マイクロトフは大いに困惑した。まさか、着てみたかったのだろうか。だが、断じてそのような趣味は。すっかり困り果てているマイクロトフに拗ねたふりをしていたカミューはぷっと吹き出し、「冗談だ。私にそんな趣味はないよ。だからこれは部下たちに聞き込みをして、必要としていそうな者にやろう」と言って、全てを袋の中へと戻した。ビクトールには悪いが、自分たちは互いの身一つで「間に合っている」のだ。
マイクロトフとカミューが約一か月ぶりの新居にて、身一つで「アツアツな」一夜を過ごした、翌日。
午前の仕事を終えた二人は城下のカフェでランチを楽しんだ後、少し寄り道をしつつロックアックス城へと戻ろうとしていた。中でも様々な食材店が立ち並ぶ通りに入り肉屋の前を通りかかると、店主から「ご結婚祝いに」とステーキに良さそうな塊肉を贈られ、丁寧に礼を述べてその場を離れてから、二人で顔を見合わせる。
「……いただいたはいいが、この肉はどうすれば……」
「自宅で焼いて食べてください、ということだろう。せっかく自分たちの家があるのだから、外食ばかりに頼るのではなくそろそろ自炊にも挑戦しろ、と。――いい機会だ、今日の夕飯は家でステーキにしよう。肉を焼くのは結構得意だからな」
そう言って少し得意げな顔をするカミューへ、マイクロトフは「そうだったな」と頷く。
「確かに旅の最中 にお前が焼いてくれた肉は、いつも加減が絶妙で美味かったな。それに、まだただの騎士だった頃にお前が厨房を借りて作ったというオムレツも絶品だったぞ。あれも再び食べることができたら嬉しい」
「そんな昔のこと、よく覚えているな……あれは単に母からの手紙を読んでホームシックになって、どうしても母の味を再現したくて気まぐれで作ったものさ。まあお前がまた食べたいというのなら、当時の記憶を手繰り寄せて作ってみてもいいが。ただし、必ずしも上手くいくとは限らないぞ。なにせかなりのブランクがあるからな」
「それでもいい。ぜひ頼む」
愛する者に、新居で手料理を。まさかその相手が同性で自分が作る側になるとは思ってもみなかったが、この男が喜んでくれるのならば、なんでもしてやりたい。こんな「当たり前の日常」を味わえることにカミューはもちろんマイクロトフも改めて幸せを噛み締め、今夜を楽しみに二人は城へと戻って行った。
午後の仕事も終えてロックアックス城を後にした二人は、調理に必要な諸々の材料やステーキの付け合わせにする野菜等を買い足してから新居に帰った。
身軽な服装になってからまだ一度も使ったことがなかったキッチンに立ち、カミューはメイン料理の調理を、マイクロトフは後ろで皿を並べたり料理と一緒に食べるパンを切ったり等の補佐的な役割を担うことにする。
「ふふ。新居で料理だなんて、ますます本格的な新婚生活が始まった感があるな」
「そうだな。こんなに早くこのような生活ができるようになるとは、思ってもみなかった」
「全ては背中を押してくれた部下たちのおかげだ。いつか彼らも家に招待して、手料理を振る舞ってやらないとな。今はまだ、それができるだけの技量は無いが」
「これを機に、俺も料理を学ぶべきか。毎回お前だけに作らせるというのも……」
「共に学べばいいんじゃないか? 本屋へ行けば、料理の本なんていくらでも売っている。お前は物覚えがいいから、すぐに上達するさ。二人で腕を磨けば記念日に互いの好物を作り合うこともできて、さらに楽しくなるだろう」
「……そうだな」
年の割には古い価値観を持つマイクロトフのことだ。てっきり「男子厨房に入らず」の精神を持ち出してくるかと思ったが、己 が同性であるおかげか共に学ぶ姿勢を見せてくれたことに、カミューは嬉しくなる。
「では、始めるとしようか。……繰り返すが、オムレツを作るのはあの時以来だ。あまり期待はするなよ?」
「大丈夫だ。もし失敗したとしても、俺が全て平らげてやる」
胸を張るマイクロトフに、「これは絶対に失敗できないな」とカミューが笑う。
かくして新居のキッチンにて、初めての夕飯作りが始まった。
「……ふう。なんとか形には、なった……」
「素晴らしいな。さすがはカミューだ」
出来上がった料理をテーブルに並べ、二人は席に着いた。ステーキとオムレツ、パンとスープにワイン。初めてにしては色取りも美しく、なかなかに豪華な夕飯だ。
「では、さっそく」
「ああ、召し上がれ。美味いといいんだが」
珍しくうきうきとした様子でナイフとフォークを手にするマイクロトフを、カミューはじっと見つめる。
マイクロトフが真っ先に手を付けたのは、自身がカミューにリクエストしたオムレツだった。ナイフとフォークを使って切ると中からとろりと卵が溢れ出て、その出来栄えにマイクロトフは感心し、カミューは安堵する。無事、上手くいったようだ。
「ん、美味い。理想のオムレツだ。もはや、プロの域に達している」
「ははは、それは言い過ぎだ。いくらお前と私の仲とはいえ、人に失敗作を食べさせるわけにはいかないからな。しばらくぶりだったが、母からしっかり習っておいて良かったよ。習いたての頃は失敗続きで、それでも食べてくれた家族には申し訳ないことをした」
「父上と兄上も食べてくれたのか? いい家族じゃないか。……やはりお前は愛されている。もし再びカマロへ行くことがあれば、今度こそ腹を割って話せるといいな」
「……そうだな。次の手紙に、お前と生きることを許してくれた父と兄にも感謝の気持ちを綴るつもりだ」
カミューの言葉に、マイクロトフは励ますように力強く頷く。
それからも二人は初めての「おうちごはん」を楽しみ、後片付けも協力し合いながら行 った。すっかり元通りになったキッチンを見て満足げな笑みを浮かべ、腹ごなしに夜の散歩でもしようと、外へと出る。
「……今夜は満月か。綺麗な月だ」
「例の丘へ行けばもっと身近に感じられるのだろうが、だからといってわざわざ城まで行って、馬を出すのもな。今宵は街中から眺めるとするか」
「そうだな。月明かりと街灯に照らされた通りを歩くのも、悪くはない」
散歩とはいっても、佩剣はしている。いつ如何 なる時も、不測の事態に対処できるように――それは二人が現役の騎士であり、何より新生マチルダ騎士団を率いる騎士団長と副長という身分でもある以上、常に意識していることだ。
幸い会話をしたのは彼ら同様に夜の城下を出歩いていた見知った民や巡回していた部下たちのみで、一度も剣を抜くことなく自宅へと戻ってきた。坂や階段が多いロックアックスの街は、少し歩くだけでもいい運動になる。満腹感もいくらか落ち着いて、あとは寝る時間までのんびり過ごすことができそうだ。
「……幸せだな」
「……ああ」
二人でソファーに腰掛け、どちらからともなく顔を見合わせる。
だがそれは、穏やかなものでは決して無く。互いの瞳に隠し切れない熱が灯っていることを見出して、目の前の相手が己と同じ欲を抱いているのだと分かる。
「カミュー」
「ああ……やはり、夕飯のステーキが原因か? それに今日は、満月と来ている。これは抑えが効かないな。困ったものだ」
「……いいか?」
「ふふ、相も変わらず始める前だけは律儀だな。……私もお前と同じさ。分かるだろう?」
ふ、と目を細めてカミューがマイクロトフの逞しい首に手を回すとすぐさま二人の唇が重なり、そのまま両者の体はカミューを下にしてソファーに深く沈み込む。
「……っふ、はぁ……っ、ソファーでは、これ以上はやめておこう。下手をすれば、壊れる」
「っ、ふぅ……そうだな。下手をすれば、床に落ちる」
「はは、それじゃ興醒めだ。……まだ少し早い気もするが、体が疼 いて仕方がない。素直にベッドへ行こうか」
「そうしよう。俺は今すぐに、お前を抱きたい」
「ふ……これはまた、朝まで抱き潰されるコースかな」
すっかり体が火照ったマイクロトフとカミューは互いの腰を抱きながらふらふらと寝室まで移動し、勢いよくベッドへとなだれ込む。
二人分の熱い吐息と忙 しない衣擦れの音が、深く愛し合う新婚夫夫のとびきり甘い夜の始まりを告げた。
――彼らの新婚生活は、まだ始まったばかり。
「ああ。待たせたな、マイクロトフ。――衣装よし、髪型よし、と。今日も一日、励むとするか」
「そうだな。頑張ろう」
姿見で衣服や髪型の乱れが無いか確認した後、マイクロトフとカミューは向かい合い、「いってらっしゃいのキス」よろしく軽く唇を触れ合わせた。顔を離すとカミューが
「お前のことだ、本来ならばパートナーには、留守を任せてから仕事に出たかっただろう。だがあいにく私は夫の帰りを健気に待つ貞淑な妻などではなくお前と同じ騎士、しかも今は副長でね。陰になり日向になり、騎士団長殿を
「ああ……おかげで毎日、とても助かっている。今後も苦労をかけると思うが、よろしく頼む」
真剣な表情で感謝を述べるマイクロトフに、カミューは笑顔で頷く。
マイクロトフとは長い付き合いだが、彼の誠実な人柄は、昔からまったく変わっていない。そこにカミューは惚れ込んでおり、また部下の騎士たちも、そんなマイクロトフだからこそ一心に慕ってついてきてくれているのだ。
⚔⚔
現マチルダ騎士団団長・マイクロトフと同副長・カミューが部下たちの協力を得て挙式し、「
式を挙げてからも部下たちは非常に協力的で、「お次は新居ですね」「俺、少し前に良さげな空き家を見つけたんですよ。ゆくゆくはマイホームを持たれるにしてもお二人は新婚さんでいらっしゃるのですから、やはり二人きりでゆったり過ごせる家が必要だと思うんですよね」と口々に言い、なんと数日後には、本当に二人の家を用意してしまった。つくづく良い部下たちを持った――というより、その異常な積極性が怖いくらいだ。
「騎士団長」「騎士団副長」という立場上さすがに毎日帰るわけにはいかなかったが、特に大きな動きが無さそうな時は今までどおり赤・青騎士団副長が代理を務めるとし、部下たちも「何かあったら呼びに行きます」と言ってくれたため、今回初めて「新居」で一夜を過ごした。必要最低限の家具は揃っている家で、寝室に置かれたベッドは真新しく大の男が二人で寝ても余裕があるくらいに大きなものだったが、マイクロトフもカミューも互いの匂いが染み込んでいない寝具に物足りなさを感じ、家を出るぎりぎりの時間まで睦み合った。付き合いこそ長いが、正真正銘の「アツアツの新婚夫夫」だ。
城下から城へ揃ってやってきたマイクロトフとカミューへ、騎士たちは「団長、副長、おはようございます!」と元気に挨拶をした。カミューは「ああ、おはよう」と爽やかに返したが、マイクロトフはどこか照れ臭かったのか「……おはよう」と普段よりも控えめで、ヒュー! と冷やかした遠慮のない青騎士の脇腹へ、別の青騎士が肘鉄砲を食らわせ黙らせるという一幕もあった。
カミューの部屋へ向かうと赤騎士団副長が掃除に勤しんでいて、花瓶にも真新しい花が生けられていた。彼は二人に気付くと「おはようございます」と穏やかに挨拶し、綺麗になった室内を眺めて小さく頷いてから、ようやくマイクロトフとカミューに向き直る。
「初めて新居で過ごした夜はいかがでしたか? ……と、聞くだけ野暮というものですね。それにしても、ここ最近は平和なものです。小から中程度のレベルの問題は山積みですが、団長と副長が城に缶詰めにならなければならないほどの大きな問題は、しばらく起こっていません。私と青騎士団副長殿は約三年もの間あなた方の代理を務めていたので、大抵のことは対処できます。ですのでご夫夫となられた記念に、ハネムーンへ行かれてみては?」
マイクロトフとカミューは反射的に顔を見合わせ、「ハネムーン」と赤騎士団副長の言葉を復唱した。ハネムーン――新婚旅行とは、結婚したばかりの新婚夫婦で赴く旅行のこと。約三年グラスランドや近隣地域を旅していた時も新婚旅行気分を味わってはいたが、単なる「恋人」から「夫夫」というよりいっそう強固な関係性へと変わったばかりの二人が行う最初の旅は、特別な意味を持つことになるのだ。
「ハネムーン、か……それは考えていなかったな」
「……」
「だが確かに、比較的世情が安定している今が好機かもしれないな。またいつ、どこで何が起こるか分からないんだ。以前のように年単位で空けさえしなければ、今一度旅に出てみてもいいんじゃないか?」
「し、しかし……」
カミューは前向きだが、人一倍真面目で責任感も強いマイクロトフは案の定、難色を示した。そんなマイクロトフへカミューが、誘うような上目遣いと甘い囁きで迫る。
「……我々は『新婚夫夫』だぞ? 愛するパートナーのお願いが聞けないとでも?」
「お、お前っ、こんな所で……!」
「……コホン。カミュー様、旦那様とのいちゃいちゃは二人きりの時になさってください。いくらご夫夫とはいえ、節度は守っていただきませんと」
どこまでも冷静な赤騎士団副長に「ああ、つい。すまないな」と軽く詫びると、カミューは赤面して固まっているマイクロトフの胸を軽く小突いてから離れた。これからもこのようなやりとりを
「うちの副長がいいと言っているんだ。行こう。どこへ行きたい?」
「突然言われてすぐに決められることでは……今日の仕事が終わった後にでも、じっくり話し合おう。……『ハネムーン』と呼べる旅は初めの一度きり、だからな」
「マイクロトフ……」
「ゴホン! ハネムーンを提案した私にも原因はあるのでしょうが、いちゃいちゃされるのはお仕事が終わった後で、なおかつ二人きりになられた時になさってください。私どもが居た堪れなくなりますので」
「す、すまない」
「うーん、今のも私が悪いのか? 甘い雰囲気を醸し出したのはこの男のほうなんだが」
――もうやだこの夫夫。これ以上ツッコむ気も失せた赤騎士団副長は、早々にこの場から離れることに決めた。
今日も特に大きな問題は起こらず普段どおりに仕事をこなし、それぞれの副長に残りの雑務を任せたマイクロトフとカミューは、再び新居へ帰ることができた。二人はさっそくソファーに腰掛け、世界地図を広げながら新婚旅行先を相談し始める。
「今回はどんなに長くとも、一か月程度の休暇で済む場所がいいだろうな。新同盟軍の本拠地にいた頃のようにビッキー殿のテレポートに頼れるわけではないから、行って帰ってくるだけでも相応の日数がかかる。となるとやはりデュナン国内、もしくはその近隣諸国で済ませるのが妥当だろう。何かリクエストはあるか?」
「む……俺が最も興味のあったグラスランドやゼクセン連邦への旅は、もう済ませてしまったからな……お前のほうこそ、行きたいと思っている場所はないのか?」
「無いわけではないが、先程私が出した条件に合う所といえば、やはりトラン共和国のどこかが有力候補になるだろうな。本音を言えばハルモニア神聖国や酒の名産地として有名なカナカン、群島諸国にファレナ女王国あたりへは足を運んでみたいんだが」
「いずれも遠過ぎるな。カナカンでぎりぎり、といったところか。だが、ハルモニア神聖国は……距離だけで言えば最も近いが、気軽に足を踏み入れていい場所ではないだろう。そもそもあの国はかつてのハイランド王国、現ハイイースト県と同盟関係にあったくらいだ。ここ数年は静かだが、いつ何をしてくるか分かったものではない。いくら身分や名を偽って潜入したとしても、俺たちは面が割れている。だから、こちらからは近付かないほうがいい」
「もちろん分かってる。本当に行こうとは思っていないよ。ただ、謎多き大国として興味はある……それだけさ。――では最初の目的地はカナカン、帰りにトラン共和国の寄れる所に寄るというコースでいいか?」
「ああ、それでいい。……行き先がどこであれ、お前と二人で行くことに意義がある。新婚旅行とは、そういうものだろう?」
マイクロトフの言葉に、カミューがふ、と小さく笑う。彼はマイクロトフの肩に甘えるように寄り掛かると、「初めは乗り気ではなかったくせに」と囁くように言い、マイクロトフもカミューの柔らかな髪を撫でながら、「三年も騎士団を空けていたんだ。あれから一年どころか半年も経たないうちに再び空けるとなると、普通は
「だがお前も満更ではなかった、と」
「ああ言われた直後に、実現するなら今しかないと思い直してな。団長である俺や副長であるお前の代わりは両騎士団の副長でも務まるが、一人の人間としての俺やお前の代わりは、誰にも務まらない。だから、この機を逃してはならないと思ったんだ。――せっかくお前とこうして夫夫になったんだ、交際中にはできなかったことも、二人で少しずつ叶えて行こう」
「……そうだな」
至近距離で見つめ合い、柔らかく微笑み、そっと唇を重ねる。明日は、不在にする間の仕事の引き継ぎや旅の準備で忙しくなりそうだ。

翌日。
マイクロトフとカミューが新婚旅行の話をすると両騎士団の騎士たちは諸手を挙げて賛成し、それぞれの副長を中心に仕事が割り振られて行った。まさしく「皆で作る騎士団」だ。
少し早めに仕事を切り上げた二人は馴染みの店で旅に必要な物資を買い揃え、中でもマイクロトフを子供の頃から知る老店主からは「マイクロトフ坊っちゃんは騎士団に入ってからずっと、カミュー君と一緒だねえ。もしや、カミュー君をお嫁さんにでもするつもりかい?」と
行く先々で相変わらずの仲の良さを
「……どこから情報が漏れたんだ……」
「ははは。この手の話題は、どれだけ隠していても必ずと言っていいほどどこかから漏れて、あっという間に広まってしまうものさ。そもそもお前はここに帰ってきてからすぐに、城下の宝石店で私の婚約指輪を作らせただろう。その時点で店主には、贈る相手の想像がついていたんじゃないか? 元々我々の仲は、多くの人々に疑われていたわけだし」
片手で顔を覆うマイクロトフとは対照的に朗らかに笑ったカミューが、不意に得意の上目遣いでマイクロトフを下から覗き込んだ。そして。
「――私はもう、我々の関係は
「は、恥じてなど……! ただお前が言ったとおり、俺たちの関係を受け入れられない者も少なからずいるだろうと考えた上での配慮だった。……だが確かに、いつまでも隠し通す必要はないのかもしれないな。お前を選んだのは他ならぬ俺である上に、今のお前は俺の伴侶だ。この熱い気持ちと夫夫であるという事実は、誰にも変えることはできない」
カミューの少し悲しそうな問いを、マイクロトフは即座に否定する。――そう、もうただの恋人ではなく、永遠の愛を誓った「夫夫」なのだ。
「……しかし、どう公表すればいい……? まさか住民たちを一か所に集めて宣言するというわけには……」
「堂々としていればいいんじゃないか?
完全に吹っ切れたらしいカミューを見て、マイクロトフも明日からの新婚旅行を機に、未だ燻る迷いを捨てようと決意した。
そして、翌朝早く――
マイクロトフとカミューは両騎士団の騎士たちと早起きの住民たちに見送られ、ロックアックスを出発した。
彼らの関係をはっきりとは知らない住民たちからは「長旅から帰られたばかりだというのに、またお二人で旅に出られるのですか?」と
基本は徒歩で、場所によっては馬を借りて、まずはデュナン国の南方にあるトラン共和国を目指した。途中の街や村の観光は後回しにし、旅の最終目的地であるカナカンへ辿り着くために、ひたすら南下を続けた。決して楽な道のりではなかったが、約三年もグラスランドやその近隣国を巡る旅をしていた二人には乗り越えられないものではなく、懐かしい仲間や不可思議な力を持つ者の協力も得て、ロックアックスを発っておよそ半月後にはカナカンに到着した。
酒の名産地というだけあってカナカンはのどかな風景が広がる地方で、ロックアックスにも出回っていた質の高いワインをはじめビールや清酒といった酒も作っており、土地の大半が多種多様な田畑だった。二人は酒蔵を巡って色々な酒を試飲させてもらい、各酒に合うように作られた数々の料理も堪能し、数日間の滞在を経て気に入ったいくつかの酒を土産にカナカンを離れ、帰路に就いた。トラン共和国の観光は、これからだ。
あと半月という制約もあり立ち寄ることができたのはほんの数か所だったが、中でも「門の紋章戦争」と呼ばれる戦を治めた解放軍が本拠地としていたトラン湖の古城や、トラン共和国の首都であるグレッグミンスターをじっくりと見学・散策できたのは収穫だった。「生きていれば、そのうちまた旅をする機会もあるだろうさ。だからこの旅が最後だと思わずに、今回行けなかった所は次の楽しみに取っておこう」とカミューに言われ、マイクロトフも「そうだな」と頷く。
こうして約一か月に渡るハネムーンを終え、マイクロトフとカミューはロックアックスへと帰還した。予想していたとおり現在の二人の関係は街中に知れ渡っており、行く先々で無事の帰還を喜ぶ声や夫夫になったことに対する祝福の言葉を掛けられた。そして二人が不在にしていた間の団長役を務めていた赤騎士団副長からは「なんでもデュナン統一戦争時に親交があったという方からご結婚祝いらしき品が届いておりますよ」と謎の袋を渡され、新居へ戻り開封した途端に二人で固まった。なんと中にはいわゆる「大人のおもちゃ」や男性用のセクシーランジェリーといったアダルトグッズが入っており、「結婚おめでとさん。いつくっつくのかとヤキモキしていたが、聞くところによると式まで挙げたらしいな。当然今もアツアツなんだろ? これは俺からのほんの気持ちだ。下着のサイズは適当だからちゃんと着られるかは分からんが、夜の生活のマンネリ化にぜひ役立ててくれ」と書かれた手紙が添えられていた。この文体と荒く力強い筆跡は間違いなくお節介なあの男、ビクトールのものだ。
「……これ、どうする? 今夜試しに使ってみるか?」
「使わない!! な、なんというものを……!」
「さすがにこの妙な形の器具の使い方は知らないし、こんなスケスケの下着は……お前が着る分には止めないが」
「着るわけがないだろう!!」
「では、私に着てほしいと?」
「……」
「……今、想像したな? さすがは私限定のムッツリスケベだ」
「き、着なくていい。何を身に着けたところで、お前はお前だ。どうせ最後には脱ぐのだから――」
「この無骨者」
ぷい、とそっぽを向いてしまったカミューに、マイクロトフは大いに困惑した。まさか、着てみたかったのだろうか。だが、断じてそのような趣味は。すっかり困り果てているマイクロトフに拗ねたふりをしていたカミューはぷっと吹き出し、「冗談だ。私にそんな趣味はないよ。だからこれは部下たちに聞き込みをして、必要としていそうな者にやろう」と言って、全てを袋の中へと戻した。ビクトールには悪いが、自分たちは互いの身一つで「間に合っている」のだ。
マイクロトフとカミューが約一か月ぶりの新居にて、身一つで「アツアツな」一夜を過ごした、翌日。
午前の仕事を終えた二人は城下のカフェでランチを楽しんだ後、少し寄り道をしつつロックアックス城へと戻ろうとしていた。中でも様々な食材店が立ち並ぶ通りに入り肉屋の前を通りかかると、店主から「ご結婚祝いに」とステーキに良さそうな塊肉を贈られ、丁寧に礼を述べてその場を離れてから、二人で顔を見合わせる。
「……いただいたはいいが、この肉はどうすれば……」
「自宅で焼いて食べてください、ということだろう。せっかく自分たちの家があるのだから、外食ばかりに頼るのではなくそろそろ自炊にも挑戦しろ、と。――いい機会だ、今日の夕飯は家でステーキにしよう。肉を焼くのは結構得意だからな」
そう言って少し得意げな顔をするカミューへ、マイクロトフは「そうだったな」と頷く。
「確かに旅の
「そんな昔のこと、よく覚えているな……あれは単に母からの手紙を読んでホームシックになって、どうしても母の味を再現したくて気まぐれで作ったものさ。まあお前がまた食べたいというのなら、当時の記憶を手繰り寄せて作ってみてもいいが。ただし、必ずしも上手くいくとは限らないぞ。なにせかなりのブランクがあるからな」
「それでもいい。ぜひ頼む」
愛する者に、新居で手料理を。まさかその相手が同性で自分が作る側になるとは思ってもみなかったが、この男が喜んでくれるのならば、なんでもしてやりたい。こんな「当たり前の日常」を味わえることにカミューはもちろんマイクロトフも改めて幸せを噛み締め、今夜を楽しみに二人は城へと戻って行った。
午後の仕事も終えてロックアックス城を後にした二人は、調理に必要な諸々の材料やステーキの付け合わせにする野菜等を買い足してから新居に帰った。
身軽な服装になってからまだ一度も使ったことがなかったキッチンに立ち、カミューはメイン料理の調理を、マイクロトフは後ろで皿を並べたり料理と一緒に食べるパンを切ったり等の補佐的な役割を担うことにする。
「ふふ。新居で料理だなんて、ますます本格的な新婚生活が始まった感があるな」
「そうだな。こんなに早くこのような生活ができるようになるとは、思ってもみなかった」
「全ては背中を押してくれた部下たちのおかげだ。いつか彼らも家に招待して、手料理を振る舞ってやらないとな。今はまだ、それができるだけの技量は無いが」
「これを機に、俺も料理を学ぶべきか。毎回お前だけに作らせるというのも……」
「共に学べばいいんじゃないか? 本屋へ行けば、料理の本なんていくらでも売っている。お前は物覚えがいいから、すぐに上達するさ。二人で腕を磨けば記念日に互いの好物を作り合うこともできて、さらに楽しくなるだろう」
「……そうだな」
年の割には古い価値観を持つマイクロトフのことだ。てっきり「男子厨房に入らず」の精神を持ち出してくるかと思ったが、
「では、始めるとしようか。……繰り返すが、オムレツを作るのはあの時以来だ。あまり期待はするなよ?」
「大丈夫だ。もし失敗したとしても、俺が全て平らげてやる」
胸を張るマイクロトフに、「これは絶対に失敗できないな」とカミューが笑う。
かくして新居のキッチンにて、初めての夕飯作りが始まった。
「……ふう。なんとか形には、なった……」
「素晴らしいな。さすがはカミューだ」
出来上がった料理をテーブルに並べ、二人は席に着いた。ステーキとオムレツ、パンとスープにワイン。初めてにしては色取りも美しく、なかなかに豪華な夕飯だ。
「では、さっそく」
「ああ、召し上がれ。美味いといいんだが」
珍しくうきうきとした様子でナイフとフォークを手にするマイクロトフを、カミューはじっと見つめる。
マイクロトフが真っ先に手を付けたのは、自身がカミューにリクエストしたオムレツだった。ナイフとフォークを使って切ると中からとろりと卵が溢れ出て、その出来栄えにマイクロトフは感心し、カミューは安堵する。無事、上手くいったようだ。
「ん、美味い。理想のオムレツだ。もはや、プロの域に達している」
「ははは、それは言い過ぎだ。いくらお前と私の仲とはいえ、人に失敗作を食べさせるわけにはいかないからな。しばらくぶりだったが、母からしっかり習っておいて良かったよ。習いたての頃は失敗続きで、それでも食べてくれた家族には申し訳ないことをした」
「父上と兄上も食べてくれたのか? いい家族じゃないか。……やはりお前は愛されている。もし再びカマロへ行くことがあれば、今度こそ腹を割って話せるといいな」
「……そうだな。次の手紙に、お前と生きることを許してくれた父と兄にも感謝の気持ちを綴るつもりだ」
カミューの言葉に、マイクロトフは励ますように力強く頷く。
それからも二人は初めての「おうちごはん」を楽しみ、後片付けも協力し合いながら
「……今夜は満月か。綺麗な月だ」
「例の丘へ行けばもっと身近に感じられるのだろうが、だからといってわざわざ城まで行って、馬を出すのもな。今宵は街中から眺めるとするか」
「そうだな。月明かりと街灯に照らされた通りを歩くのも、悪くはない」
散歩とはいっても、佩剣はしている。いつ
幸い会話をしたのは彼ら同様に夜の城下を出歩いていた見知った民や巡回していた部下たちのみで、一度も剣を抜くことなく自宅へと戻ってきた。坂や階段が多いロックアックスの街は、少し歩くだけでもいい運動になる。満腹感もいくらか落ち着いて、あとは寝る時間までのんびり過ごすことができそうだ。
「……幸せだな」
「……ああ」
二人でソファーに腰掛け、どちらからともなく顔を見合わせる。
だがそれは、穏やかなものでは決して無く。互いの瞳に隠し切れない熱が灯っていることを見出して、目の前の相手が己と同じ欲を抱いているのだと分かる。
「カミュー」
「ああ……やはり、夕飯のステーキが原因か? それに今日は、満月と来ている。これは抑えが効かないな。困ったものだ」
「……いいか?」
「ふふ、相も変わらず始める前だけは律儀だな。……私もお前と同じさ。分かるだろう?」
ふ、と目を細めてカミューがマイクロトフの逞しい首に手を回すとすぐさま二人の唇が重なり、そのまま両者の体はカミューを下にしてソファーに深く沈み込む。
「……っふ、はぁ……っ、ソファーでは、これ以上はやめておこう。下手をすれば、壊れる」
「っ、ふぅ……そうだな。下手をすれば、床に落ちる」
「はは、それじゃ興醒めだ。……まだ少し早い気もするが、体が
「そうしよう。俺は今すぐに、お前を抱きたい」
「ふ……これはまた、朝まで抱き潰されるコースかな」
すっかり体が火照ったマイクロトフとカミューは互いの腰を抱きながらふらふらと寝室まで移動し、勢いよくベッドへとなだれ込む。
二人分の熱い吐息と
――彼らの新婚生活は、まだ始まったばかり。
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