誘惑に屈さない理由(わけ)

 ここのところ街道の村に出入りする商人たちの荷を狙う賊が出没しているという噂を聞き、青騎士団長マイクロトフは、数名の青騎士たちと共に賊討伐へと向かった。この任務はマチルダ騎士団のトップである白騎士団長ゴルドー直々のめいという名目だったが、ゴルドー自身は初め「我々がわざわざ出向くようなことではない、放っておけ」と対応に消極的で、「我らが騎士団の領内で起こっていることですぞ! にもかかわらず、見て見ぬふりをなさるおつもりですか!?」とマイクロトフから詰め寄られたことで、渋々討伐許可を出したという有様だ。「ただし、お前たちだけでなんとかしろ。わしやカミューを巻き込むなよ」との条件付きで、だが。
 元より白騎士団にははなから期待していなかったが、何かと行動を共にすることの多い赤騎士団長カミューの協力を得られないのは、少々痛手だった。たかが賊の討伐などに赤・青両騎士団の団長を向かわせたくないと考えたのだろう。いつだって最前線で体を張る役目を担うのは、マイクロトフ率いる青騎士団だ。
 街道の村付近に着くと、賊はすぐに見つかった。彼らは商人たちから奪った武器防具を身に付けているせいか一見手強そうに見えたが、所詮はただの盗っ人集団でしかなく、日々鍛錬を積み戦闘経験も豊富な騎士たちの敵では無かった。手下たちは次々と縄に掛けられ、すっかり孤立無援となった首領もマイクロトフとの一騎打ちの末に敗北し、捕らえられた。素性を隠すために纏っていたと思われる長いローブを剥ぎ取った直後、騎士たちは驚きの声を上げ、マイクロトフも目を見開く。
「女!?」
「それがどうしたのさ。女がかしらで悪いかい? まあ、あんたらみたいないかにもウブで頭も固そうな騎士様には信じられないんだろうけどね。あたしらみたいなならず者の集団じゃあ、珍しくもなんともないことだよ」
 ローブの下から現れたのは大抵の男をとりこにするような、豊満な肉体を有する女だった。マイクロトフよりやや年上に見えお世辞にも美人とは言い難いが、まるで夜の歓楽街で男を誘惑する娼婦のような妖しい色香を纏っている。
 両手を後ろ手に縛られた女首領は、無言で目の前に立ったマイクロトフを見るなりうっとりと目を細め、媚びるような甘い声音で語りかける。
「あんたがそっちのアタマだね? よく見たらイイ男じゃないか。顔も良ければガタイもいい、剣の腕も一流……きっと、あっち・・・のほうも強いんだろうね」
「……」
「なっ……、なんて下品な女だ! 我らが団長にそのような……!」
「うるさいよ、その他大勢は黙ってな。――ちょうど揃いも揃ってブサイクで、そこいら中をうろつく畜生どもよろしくひたすら腰を振るしか能のない手下どもの相手に飽き飽きしていたところなんだ。……どうだい? あたしと寝てみるってのは。あたしの体はどんな男も虜にしてきたし、テクニックの面でも満足させる自信があるよ」
 女首領は、マイクロトフにその豊かな胸を押し付けるように身を乗り出しながら妖艶に誘った。背後に立つ青騎士たちに押さえ付けられさすがにそれは叶わなかったが、女首領を見下ろしたまま何も言わないマイクロトフに、青騎士たちは不安を覚え始める。
「だ、団長……」
「まさか応じられるおつもりでは、ないですよね……?」
「安心しろ。応じるつもりは全く無い」
 ようやくおのれの意思を口にしたマイクロトフに青騎士たちは一斉に安堵し、女首領は舌打ちする。
「なんだい、つまらない男だね。誰もが欲しがるこの体をタダで抱かせてやるって言ってるのに、それを無下にするなんて」
「俺は、貴女のようなふしだらで、自らの身を大切にしない女性が嫌いだ。何より、話す言葉にも品がない」
「ふしだら? 品がない? そりゃそうさ。あたしとあんたじゃあ、お育ちが違うからねえ。女はおとなしく男に守られ、貞淑であれとでも? ハッ、くだらない。あんたみたいな堅物でも、あたしが今ここで裸になれば、体が正直に反応してこの体を求めざるを得なくなるはずさ」
 わずかな隙を突いて女首領は再び身を乗り出すと、マイクロトフに迫った。だがマイクロトフの表情はいつになく冷めたもので、動揺している様子もない。
「……ふん。こうなりゃ、何が何でも堕として――」
「――俺には、心に決めた人がいる」
 突如マイクロトフの口から飛び出した言葉に、女首領が、青騎士たちが動きを止めた。マイクロトフは、左手の拳を胸に当てつつ続ける。
「俺が契りを交わしたいと思う相手は、一人しかいない。その人以外にこの身と心を捧げるつもりは、毛頭ありません」
「……団長……」
「へえ……つまりあんたはいまだ童貞で、その女に律儀に操を立ててるって言うのかい。もったいないことだねえ。あたしは、あんたが欲しくてたまらない。あんたのさぞご立派だろう一物に突かれる想像をしただけで、股が濡れて――」
「どこまでも下品な方だ。貴女と話すことは、もうありません。その価値も無い。……この者たちを厳重に拘束し、城下の入口へ。街の中には入れるなよ」
 マイクロトフが女首領たちに背を向けると、彼の長く真っ青な隊服が翻る。ひらりと馬に跨ったマイクロトフの顔は無表情に近く、本当にこれ以上取り合う気は無いようだ。
 だがその実マイクロトフは、口を滑らせてしまったことをひそかに後悔していた。賊たちはマイクロトフの言う「心に決めた人」を女性だと思い込んでいるようだが、部下である青騎士たちには「その人」が誰であるのか、間違いなく分かってしまっただろう。
 そんな動揺をおくびにも出さず、マイクロトフは先頭に立った。その後ろに捕らえた賊たちを連行する青騎士たちが続き、一行はロックアックスに向かって馬を走らせた。

「やあ、戻ったかマイクロトフ。その様子だと、任務は無事やり遂げたようだな」
 ロックアックスに戻ると街の入口にはカミューが腕組みをして佇み、帰還したマイクロトフと青騎士たちを笑顔で迎えた。次々に下馬する一行を眺め、その視線が女首領へと移った途端、カミューは腕組みを解いて琥珀色の瞳をわずかに見開く。
「これは驚いた。噂の集団に、貴女のようなレディがいらっしゃるとは。――失礼。私はマチルダ騎士団赤騎士団長を務めておりますカミューと申します。白騎士団長ゴルドー様の命により、あなた方のお話相手にと」
「お話ぃ? 話じゃなくて、処罰の間違いだろう。それともそこの堅物男の代わりに、あんたがあたしの〝お相手〟をしてくれるのかい?」
「……お相手?」
 目を瞬くカミューのかたわらにすかさず歩み寄ったマイクロトフは、妖しい笑みを浮かべている女首領へ険しい視線を向ける。
「まだそのようなことを……これ以上、下品極まりない言葉を口にしないでいただきたい。不愉快だ」
 己とは別のベクトルで女性を敬っているはずのマイクロトフが、目の前の妖艶な女性に対して嫌悪感を露わにしている。いったい二人の間に何があったのだろうかと興味を惹かれたカミューだったが、マイクロトフの反応から見るに、大方の予想はついた。この女首領はマイクロトフの好みのタイプからは大きく外れた人間であり、生粋のロックアックス育ちゆえにどこかお上品さが抜けないマイクロトフには受け入れ難い存在なのだろう。
 それでも騎士団の領内を荒らし回った罪で処分は下さなければならず、マイクロトフはカミューと共に彼らが商人たちから奪った「お宝」を全て取り上げ、今後は盗賊業から足を洗い真っ当に働いて金を稼ぐことを条件に、賊たちを釈放した。ただし女首領と手下たちは再び組んで悪さが出来ないよう敢えて引き離し、特に女首領は結果的にマイクロトフに打ち負かされたものの、その確かな武術の腕前から、ミューズ市国の市長を務めるアナベルの護衛として雇われることとなった。
 別れる直前に、元女首領は言った――「あんたが言っていた人間が誰なのか、分かっちまった気がするよ。でもその様子じゃあ、お望みどおりになるのはまだまだ先のようだね。まあ、せいぜい頑張るこったね」と。彼女の言葉を聞いたカミューに「何のことだ?」と尋ねられ、内心で冷や汗を掻きながら「何でもない」と懸命に平静を装うマイクロトフへ、青騎士たちは「(団長、ファイト……!)」と心の中でひっそりとエールを送ったのだった。
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