剣葬

 陥落したロックアックス城から、一人の男の遺体が運び出されてくる。騎士の誇りを捨ててハイランド王国へ寝返り、新同盟軍のリーダーを務める少年・リオウの義姉であるナナミを死に追いやった(後に一命を取り留めていたことが判明するのだが)張本人であるマチルダ騎士団白騎士団長・ゴルドーのものだ。
 ゴルドーの遺体にはリオウと、現ハイランド皇王・ジョウイによる怒りの痕跡が刻まれ、ひどくいたんでいた。元マチルダ騎士団青騎士団長・マイクロトフと同赤騎士団長・カミューは、複雑な表情でそれを見下ろす。
「……マチルダ騎士団最高位に就いていた男の末路が、これか」
「……」
「もし、あの時……お前と私が騎士団を離れず新同盟軍と敵対していたら、我々も同じ末路を辿っていたのだろうな。おのれの本心を偽り続けたことに対する後悔の念を抱いたままで」
「そうだな。お前や部下たちにはさんざん迷惑をかけてしまったが、俺は今でも、あの時の決断を間違っていたとは思わない。例え同胞から裏切り者とそしられようとも、俺は常に、己の心に正直でありたい」
 そう言って胸に拳を当てたマイクロトフに、カミューはふ、と小さく笑う。この男はいつだって、行動力の塊だ。
「――マイクロトフ殿、カミュー殿。この者の処遇はいかがなさいますか?」
 二人の元へ兵たちがやってきて、恐る恐るといった様子で尋ねてくる。「元」とはいえ、両者はいまだ多くの騎士たちを率いている騎士団長だ。何かを行うにしても、彼らの許可を得るべきだと判断したのだろう。マイクロトフとカミューは再びゴルドーの遺体を見下ろし、静かに答える。
「この者は、リオウ殿のご身内であるナナミ殿をあやめた大罪人です。全てのご判断はリオウ殿、そしてシュウ殿に委ねます。騎士団を離れた身である我々が決めて良いことではない」
「私も同意見です。ですが……その前に今一度、マチルダ騎士として振る舞うことをお許しください。この者は、仮にも我々の主君であった人間ですので」
 不意にカミューがしゃがみ、見開かれたままのゴルドーの両目を指で撫でて閉ざした。それから再び立ち上がり、腰に下げた愛剣・ユーライアをすらりと抜くと、その意図に気付いたマイクロトフも自らの愛剣・ダンスニーを手にし、二人はそれぞれの剣を真っ直ぐに捧げ持つ。
「ゴルドー様――我らがかつての主よ。あなたの行いは決して褒められたものではありませんが、最期までこの地を守り、マチルダ騎士として散ったのは事実。今はただ、あなたの平安を祈りましょう。どうか安らかに」
「かつての主君・ゴルドーよ。俺は幾度もあなたに意見し、しまいには背き、最後まであなたを理解することは叶いませんでしたが、あなたにはあなたなりの矜持があったのでしょう。――我らもまた数多あまたの同胞を討った大罪人ゆえ、我々が正義だとおごるつもりはありません。今はあなたの臣下として、騎士として、安らかな眠りをお祈りいたします」
 二人は剣を構えたまま目を閉じ、亡き主君にしばしの祈りを捧げた。彼らの背後に整列した青騎士たちや赤騎士たちもそれにならい、騎士たちが見せるおごそかな光景を、兵たちはぼうっと眺める。
 やがて祈りを終えて目を開き、剣を納めたマイクロトフとカミュー、そして騎士たちの元へ、この軍の軍師であるシュウがやってきた。彼は言った――「本来ならば晒し首にすべきところだが、貴殿らは同胞たちに剣を向けるというつらい役目を自ら志願し、実際に、よく働いてくれた。その働きに免じて、首と胴体を切り離すことは免除しよう。よって、その男をどうするかは任せる」と。
 シュウの計らいに感謝を述べ、マイクロトフとカミューは部下の騎士たちと協力してゴルドーの遺体を棺に納め、ロックアックス城の郊外に簡素な墓を建てた。「この戦いが終わったら、改めて正式に弔おう」――そう約束して。

 この日から一ヶ月も経たないうちに戦いは新同盟軍の勝利という形で決着がつき、騎士団の再建のためにロックアックスへと戻ったマイクロトフとカミューは真っ先に、街を挙げてゴルドーの葬儀を執り行った。
 ゴルドーに良い感情を持つ者は決して多くはなかったが変化を望まぬ者も一定数おり、また先の戦で身内を失い、マイクロトフとカミュー両名の姿を見た途端に怒りと悲しみに駆られて涙ながらに叫びながら石を投げつけてくる者もあった。民のあまりの非礼に騎士たちは激怒したが、「良い。当然の報いだ」と二人は口にし、容赦なく浴びせられる非難を正面から受け止めつつ、心から詫びた。やがて彼らの誠実さが伝わったのか城下で二人を表立って非難する者は徐々に無くなり、ロックアックスは新たな指導者である青年二人のもとで、元どおりの――否、今まで以上の誇り高き騎士の街として甦って行ったのである。
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