甘い休息
「マイクロトフ。少し出かけないか?」
それまでの真面目なやりとりから一転、突然のカミューからの誘いに、サインすべき書類に視線を戻しかけていたマイクロトフは、驚いて顔を上げた。
カミューとてマイクロトフと同じ団長の身、仕事は山積みのはずだ。ある程度はそれぞれの副長等に割り振ることはできるが、団長直々の承認が必要なものも多くあるのだから、決して暇ではないだろう。にもかかわらず、「出かけよう」とは。
「カミュー……お前の所の仕事は終わったのか?」
眉間に皺を寄せつつ尋ねると、
「うん? まったく」
と笑顔で返ってきて、マイクロトフはますます渋面を作った。ならば何故。目でそう問うと、カミューはマイクロトフが思ってもいなかったことを口にする。
「先程からお前は、手を動かしながら私と話をしていただろう? 自分では〝ながら作業〟が上手くできていたと思っているようだが、今日のお前の動きは、普段と比べてキレがない。よって、お疲れなのだろうと思ったのさ」
「む……それは否定はしないが……だからと言って、なぜ出かけようという話になるんだ?」
「なぜって、気分転換に決まっているだろう。作業効率を上げるには、適度な休息が必要不可欠だぞ」
カミューの指摘に、マイクロトフはうっ、と言葉を詰まらせた。実のところマイクロトフ自身にも、疲労と窮屈さを感じている自覚はあった。カミューが目の前にいる手前、持ち前の気力と根性でなんとか平静を保っていたつもりだったが、少しでも気を抜けば意識が飛び、机に突っ伏してしまいそうだった。己 がそんな状態であることを、カミューはしっかり見抜いていたのだ。
「……ふっ、お前には敵わないな」
観念したマイクロトフがそう言えば、
「いや、お前の部下たちでもあっさり気付いたと思うぞ。まあ無理もないか、ここ二、三日くらいは溜まりに溜まった書類仕事に追われていたわけだからな。正直なところ、私もそろそろ限界だったんだ」
と、おおよそ限界が来ているとは思えぬ朗らかさで答えたカミューへ、マイクロトフは「その割には元気そうだな?」と呆れ顔を向ける。むろん、己への気遣いもあるのだろうと知った上でだ。
「しかし出かけると言っても、どこへ行く?」
「とりあえず、ロックアックスからは出たいな。馬に乗る気力と体力があれば、遠乗りに行こう。とにかく、外の空気が吸いたい」
「……同感だ。仕事を途中で投げ出すことに対する罪悪感はあるが、少しの間ならば許されるだろう」
すかさず「お前のサボり癖が移ったかもしれないな」と付け加えたマイクロトフに、「失礼な」とカミューが返す。だがそのやりとりは実に軽妙で、揃って部屋を出る二人の足取りも、どこかうきうきとしたものだった。
ある程度の仕事はそれぞれの副長に任せ、マイクロトフとカミューは馬に乗って、気に入りの丘の上へとやってきた。今日は天気が良い上に暖かい。絶好の散歩、もとい遠乗り日和だ。
それぞれの馬を近くの木に繋ぎ、二人は草の上に腰を下ろした。眼下に広がる景色をしばらく無言で眺め、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。濃い緑の匂いが心地良く、これだけでも癒された気分だ。
「やはり、ここはいい場所だな」
「ああ」
「お前とここに来たのは、これで何度目だろうな? まるで秘密基地のようだ。……しばらく休んで行きたいな」
そう囁いたカミューが、不意にマイクロトフの肩に凭 れかかった。突然の事態にマイクロトフはぎょっとし、「カ、カミュー?」とその名を呼ぶ。
「どうしたんだ!?」
「……どうやら私も、思っていた以上に疲れていたらしい。気が緩んだ途端に、眠気が……」
「……」
何かと慎重で人前を繕いがちなカミューが、己にはこんなにも気を許してくれている。そのことにマイクロトフはひそかな喜びを覚え、肩に感じる重みと温もりに、じんわりと温かな気持ちになった。カミューもまた服越しにマイクロトフの体温を感じ、安心したように体重を預ける。
「……ふふ。今の我々は、傍 から見たら相思相愛のカップルに見えるだろうな」
「またお前はそんなことを……」
「嫌なら撥ね除けてくれていいんだぞ? 勝手に一人で寝ていろ、とな」
「……そうは思っていない」
「はは、お前は優しいな。男にくっつかれても拒まないだなんて」
「相手がお前だから許しているんだ。他の男なら断っている。それに、これが女性だったら大問題だろう」
「そうか? いくら堅物のお前でも、どうせ甘えられるのなら可憐なレディのほうが良かったんじゃないか? そのままいい雰囲気になって、キスをして、マチルダ騎士団随一の堅物男にも、ようやく春が来て……」
「カミュー」
咎 めるようにその名を呼び、マイクロトフは傍 らの親友を見遣った。お前は、俺の気持ちを知っていてわざと焚き付けるようなことを言うのか? そうしたいと思う相手は、ただ一人だというのに。
「……カミュー?」
マイクロトフの鼻先に、カミューの柔らかな髪が触れる。
カミューは目を閉じ、いつの間にか眠りに落ちていた。常になく締まりのない話し方をしているとは思っていたが、限界はとうに訪れていたのだろう。ほどなくして規則正しい寝息が聞こえ始め、狸寝入りではなく本当に眠ってしまったのだと分かる。
「……人を外へ連れ出しておいて先に寝る奴があるか」
溜め息混じりに漏らされた文句とは裏腹に、マイクロトフの表情と声音は、穏やかで優しい。
親友以上の好意を寄せているカミューと二人きりの、静かな時間。その髪や頬に触れたい衝動に駆られたが、己を信頼して気持ち良さそうに眠っているカミューを起こしてしまう事態にならぬよう、上げかけた手をそっと下ろした。その代わりわずかに体を傾け、二人はぴたりと寄り添う形になる。
(この時間が長く続けばいいのに、などと……俺らしくない思考だな。もし俺がこの胸の内に秘めた想いを正直に告げたら、お前は何と答えるのだろうか)
拒絶される気はしないが、本気にされるとも思えない。思わせぶりな態度を取ることが多い割にはドライなカミューのことだ、「一時の気の迷いだ」と躱 し、「同性である私よりも、お前を恋い慕う健気なレディたちを大切にしろ」と諭 してくるだろう。例え彼も己を想ってくれていたとしても。
(だが、それでも俺は……)
諦めたくはないが、あと一歩が踏み出せない。だから今はせめて、この時間と愛する者の温もりを存分に噛み締めよう。マイクロトフは目を閉じ、カミューに倣 ってしばし心身を休めることにした。
「……ん……、……はっ!?」
風に乗って流れてきた鐘の音で、マイクロトフは目を覚ました。見れば辺りは薄暗く、鐘の音は夕刻を告げるものなのだと判明する。
それだけではない。二人はいつの間にか横たわっていて、マイクロトフは仰向けに、傍らのカミューはマイクロトフに寄り添うように横向きで眠っていた。ささやかな幸せを感じている場合ではない――明らかに寝過ぎだ!
「カミュー、起きろ! もう夕方だ!」
「う、んん……あと、5分……」
「駄目だ、今すぐ起きろ! きっと今頃大騒ぎになっているぞ!」
「……おお、さわ、ぎ……?」
ようやく目を開けたカミューの肩から手を離し、マイクロトフは急かすように立ち上がった。鳴り続ける鐘の音はカミューの耳にも届いたらしく、だが彼は慌てる様子もなくゆっくりと体を起こすと、ふあ、と小さくあくびをする。
「よく寝た」
「よく寝た、じゃない! 空の色をよく見ろ、早く立て! すぐに帰るぞ!」
「何を焦っているんだ。もう夕方になってしまったんだ、駆け足で帰ろうがのんびり帰ろうが、大して変わらないだろう」
「……っ」
そう言って立ち上がったカミューは衣服に付いた草を払いつつ歩き出し、「長時間放ってしまってすまなかったな。君も充分に休めたか?」と木に繋ぎっぱなしだった愛馬を宥 めるように優しく撫でた。マイクロトフも「長い時間待たせてすまない。帰ったらお前の好物を普段より多めに用意してやるから、また頼むぞ」と声を掛け、ひらりと馬に跨 る。
「何をしているんだ、カミュー。お前も早く馬に乗れ」
「ん? ああ……あと少し待ってくれ。――ここから見下ろす夕方の風景も、味わい深いと思ってね。沈みゆく夕日に照らされた街並みの美しさと、一日が終わってしまうという寂寥感と。今日は、余計にそれを感じるんだ」
「……カミュー」
ぽつりと呟いたカミューの横顔はどこか寂しげで、馬上の人となっていたマイクロトフは、馬から降りてカミューの斜め後ろに立った。これは、暗に「まだ帰りたくない」と言っているのではないか。お前ともうしばらくの間ここにいたい、と。
いっそのこと後ろから抱きしめて、秘めた想いを告げてしまえば。今のカミューならば、応えてくれるのではないだろうか。マイクロトフの胸がどくん、どくんと高鳴り、一歩、また一歩と、その足がカミューへと近付いて行く。
「こんなことをしている場合ではない、早く城へ戻れ」と自身を叱る自分と、「想いを告げるなら今しかない、勇気を出せ」と叫ぶ自分がいる。青騎士団長としての己を取るか、マイクロトフという一人の男としての己を取るか。己より少し背が低く細身の後ろ姿は、すぐ目の前に。両手を広げ、さらにもう一歩――……。
「――なんて、思わず感傷的になってしまったな。さて、帰るか」
「!!」
振り向いたカミューは、いつもどおりの笑顔で。だがその場で不自然な場所で固まっているマイクロトフを見て、カミューは不思議そうに目を瞬かせる。
「……どうした、マイクロトフ? お前も景色を見たいのなら隣に来ればいいのに、なぜそんな不自然な場所に立っているんだ?」
「い、いや、その……共に景色を見ようと思ったが、やはり一刻も早く戻るべきだと思い直して、引き返そうとだな……」
「早く戻らなければ、このとっておきの場所が他の者にも知られてしまう可能性がある、って? 確かに、それは問題だな。……また折を見て来よう。もちろん、二人でな」
「……ああ」
マイクロトフの横を通り過ぎたカミューが、軽やかな動作で愛馬に跨る。続けて動揺を押し隠したマイクロトフも再び騎乗し、二人は顔を見合わせて頷いた。彼らがそれぞれの愛馬に合図を出すと、マイクロトフの乗る馬を先頭に一列に並び、同じスピードで走り出す。
ロックアックスへ戻ると、案の定城下をうろついていた部下の騎士たちから一斉に詰め寄られたが、カミューが「今日はあまりにも気持ちのいい天気だったから、二人で思わず眠りこけてしまった」と正直に白状すると、騎士たちは深い溜め息を吐きつつ安堵し、だが二度と同じことをしないでほしいと懇願した。本気で心配してくれていた部下たちに謝り倒したマイクロトフとカミューだったが、この決して短くはない外出の間に二人の仲が進展したのではないかと推測する者も多く、彼らは自分たちの団長をできるだけ二人きりにしてやるべくあれこれ手を回し、『赤・青騎士団長の仲を応援し隊』隊員がさらに増えて行ったのは言うまでもない。
それまでの真面目なやりとりから一転、突然のカミューからの誘いに、サインすべき書類に視線を戻しかけていたマイクロトフは、驚いて顔を上げた。
カミューとてマイクロトフと同じ団長の身、仕事は山積みのはずだ。ある程度はそれぞれの副長等に割り振ることはできるが、団長直々の承認が必要なものも多くあるのだから、決して暇ではないだろう。にもかかわらず、「出かけよう」とは。
「カミュー……お前の所の仕事は終わったのか?」
眉間に皺を寄せつつ尋ねると、
「うん? まったく」
と笑顔で返ってきて、マイクロトフはますます渋面を作った。ならば何故。目でそう問うと、カミューはマイクロトフが思ってもいなかったことを口にする。
「先程からお前は、手を動かしながら私と話をしていただろう? 自分では〝ながら作業〟が上手くできていたと思っているようだが、今日のお前の動きは、普段と比べてキレがない。よって、お疲れなのだろうと思ったのさ」
「む……それは否定はしないが……だからと言って、なぜ出かけようという話になるんだ?」
「なぜって、気分転換に決まっているだろう。作業効率を上げるには、適度な休息が必要不可欠だぞ」
カミューの指摘に、マイクロトフはうっ、と言葉を詰まらせた。実のところマイクロトフ自身にも、疲労と窮屈さを感じている自覚はあった。カミューが目の前にいる手前、持ち前の気力と根性でなんとか平静を保っていたつもりだったが、少しでも気を抜けば意識が飛び、机に突っ伏してしまいそうだった。
「……ふっ、お前には敵わないな」
観念したマイクロトフがそう言えば、
「いや、お前の部下たちでもあっさり気付いたと思うぞ。まあ無理もないか、ここ二、三日くらいは溜まりに溜まった書類仕事に追われていたわけだからな。正直なところ、私もそろそろ限界だったんだ」
と、おおよそ限界が来ているとは思えぬ朗らかさで答えたカミューへ、マイクロトフは「その割には元気そうだな?」と呆れ顔を向ける。むろん、己への気遣いもあるのだろうと知った上でだ。
「しかし出かけると言っても、どこへ行く?」
「とりあえず、ロックアックスからは出たいな。馬に乗る気力と体力があれば、遠乗りに行こう。とにかく、外の空気が吸いたい」
「……同感だ。仕事を途中で投げ出すことに対する罪悪感はあるが、少しの間ならば許されるだろう」
すかさず「お前のサボり癖が移ったかもしれないな」と付け加えたマイクロトフに、「失礼な」とカミューが返す。だがそのやりとりは実に軽妙で、揃って部屋を出る二人の足取りも、どこかうきうきとしたものだった。
ある程度の仕事はそれぞれの副長に任せ、マイクロトフとカミューは馬に乗って、気に入りの丘の上へとやってきた。今日は天気が良い上に暖かい。絶好の散歩、もとい遠乗り日和だ。
それぞれの馬を近くの木に繋ぎ、二人は草の上に腰を下ろした。眼下に広がる景色をしばらく無言で眺め、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。濃い緑の匂いが心地良く、これだけでも癒された気分だ。
「やはり、ここはいい場所だな」
「ああ」
「お前とここに来たのは、これで何度目だろうな? まるで秘密基地のようだ。……しばらく休んで行きたいな」
そう囁いたカミューが、不意にマイクロトフの肩に
「どうしたんだ!?」
「……どうやら私も、思っていた以上に疲れていたらしい。気が緩んだ途端に、眠気が……」
「……」
何かと慎重で人前を繕いがちなカミューが、己にはこんなにも気を許してくれている。そのことにマイクロトフはひそかな喜びを覚え、肩に感じる重みと温もりに、じんわりと温かな気持ちになった。カミューもまた服越しにマイクロトフの体温を感じ、安心したように体重を預ける。
「……ふふ。今の我々は、
「またお前はそんなことを……」
「嫌なら撥ね除けてくれていいんだぞ? 勝手に一人で寝ていろ、とな」
「……そうは思っていない」
「はは、お前は優しいな。男にくっつかれても拒まないだなんて」
「相手がお前だから許しているんだ。他の男なら断っている。それに、これが女性だったら大問題だろう」
「そうか? いくら堅物のお前でも、どうせ甘えられるのなら可憐なレディのほうが良かったんじゃないか? そのままいい雰囲気になって、キスをして、マチルダ騎士団随一の堅物男にも、ようやく春が来て……」
「カミュー」
「……カミュー?」
マイクロトフの鼻先に、カミューの柔らかな髪が触れる。
カミューは目を閉じ、いつの間にか眠りに落ちていた。常になく締まりのない話し方をしているとは思っていたが、限界はとうに訪れていたのだろう。ほどなくして規則正しい寝息が聞こえ始め、狸寝入りではなく本当に眠ってしまったのだと分かる。
「……人を外へ連れ出しておいて先に寝る奴があるか」
溜め息混じりに漏らされた文句とは裏腹に、マイクロトフの表情と声音は、穏やかで優しい。
親友以上の好意を寄せているカミューと二人きりの、静かな時間。その髪や頬に触れたい衝動に駆られたが、己を信頼して気持ち良さそうに眠っているカミューを起こしてしまう事態にならぬよう、上げかけた手をそっと下ろした。その代わりわずかに体を傾け、二人はぴたりと寄り添う形になる。
(この時間が長く続けばいいのに、などと……俺らしくない思考だな。もし俺がこの胸の内に秘めた想いを正直に告げたら、お前は何と答えるのだろうか)
拒絶される気はしないが、本気にされるとも思えない。思わせぶりな態度を取ることが多い割にはドライなカミューのことだ、「一時の気の迷いだ」と
(だが、それでも俺は……)
諦めたくはないが、あと一歩が踏み出せない。だから今はせめて、この時間と愛する者の温もりを存分に噛み締めよう。マイクロトフは目を閉じ、カミューに
「……ん……、……はっ!?」
風に乗って流れてきた鐘の音で、マイクロトフは目を覚ました。見れば辺りは薄暗く、鐘の音は夕刻を告げるものなのだと判明する。
それだけではない。二人はいつの間にか横たわっていて、マイクロトフは仰向けに、傍らのカミューはマイクロトフに寄り添うように横向きで眠っていた。ささやかな幸せを感じている場合ではない――明らかに寝過ぎだ!
「カミュー、起きろ! もう夕方だ!」
「う、んん……あと、5分……」
「駄目だ、今すぐ起きろ! きっと今頃大騒ぎになっているぞ!」
「……おお、さわ、ぎ……?」
ようやく目を開けたカミューの肩から手を離し、マイクロトフは急かすように立ち上がった。鳴り続ける鐘の音はカミューの耳にも届いたらしく、だが彼は慌てる様子もなくゆっくりと体を起こすと、ふあ、と小さくあくびをする。
「よく寝た」
「よく寝た、じゃない! 空の色をよく見ろ、早く立て! すぐに帰るぞ!」
「何を焦っているんだ。もう夕方になってしまったんだ、駆け足で帰ろうがのんびり帰ろうが、大して変わらないだろう」
「……っ」
そう言って立ち上がったカミューは衣服に付いた草を払いつつ歩き出し、「長時間放ってしまってすまなかったな。君も充分に休めたか?」と木に繋ぎっぱなしだった愛馬を
「何をしているんだ、カミュー。お前も早く馬に乗れ」
「ん? ああ……あと少し待ってくれ。――ここから見下ろす夕方の風景も、味わい深いと思ってね。沈みゆく夕日に照らされた街並みの美しさと、一日が終わってしまうという寂寥感と。今日は、余計にそれを感じるんだ」
「……カミュー」
ぽつりと呟いたカミューの横顔はどこか寂しげで、馬上の人となっていたマイクロトフは、馬から降りてカミューの斜め後ろに立った。これは、暗に「まだ帰りたくない」と言っているのではないか。お前ともうしばらくの間ここにいたい、と。
いっそのこと後ろから抱きしめて、秘めた想いを告げてしまえば。今のカミューならば、応えてくれるのではないだろうか。マイクロトフの胸がどくん、どくんと高鳴り、一歩、また一歩と、その足がカミューへと近付いて行く。
「こんなことをしている場合ではない、早く城へ戻れ」と自身を叱る自分と、「想いを告げるなら今しかない、勇気を出せ」と叫ぶ自分がいる。青騎士団長としての己を取るか、マイクロトフという一人の男としての己を取るか。己より少し背が低く細身の後ろ姿は、すぐ目の前に。両手を広げ、さらにもう一歩――……。
「――なんて、思わず感傷的になってしまったな。さて、帰るか」
「!!」
振り向いたカミューは、いつもどおりの笑顔で。だがその場で不自然な場所で固まっているマイクロトフを見て、カミューは不思議そうに目を瞬かせる。
「……どうした、マイクロトフ? お前も景色を見たいのなら隣に来ればいいのに、なぜそんな不自然な場所に立っているんだ?」
「い、いや、その……共に景色を見ようと思ったが、やはり一刻も早く戻るべきだと思い直して、引き返そうとだな……」
「早く戻らなければ、このとっておきの場所が他の者にも知られてしまう可能性がある、って? 確かに、それは問題だな。……また折を見て来よう。もちろん、二人でな」
「……ああ」
マイクロトフの横を通り過ぎたカミューが、軽やかな動作で愛馬に跨る。続けて動揺を押し隠したマイクロトフも再び騎乗し、二人は顔を見合わせて頷いた。彼らがそれぞれの愛馬に合図を出すと、マイクロトフの乗る馬を先頭に一列に並び、同じスピードで走り出す。
ロックアックスへ戻ると、案の定城下をうろついていた部下の騎士たちから一斉に詰め寄られたが、カミューが「今日はあまりにも気持ちのいい天気だったから、二人で思わず眠りこけてしまった」と正直に白状すると、騎士たちは深い溜め息を吐きつつ安堵し、だが二度と同じことをしないでほしいと懇願した。本気で心配してくれていた部下たちに謝り倒したマイクロトフとカミューだったが、この決して短くはない外出の間に二人の仲が進展したのではないかと推測する者も多く、彼らは自分たちの団長をできるだけ二人きりにしてやるべくあれこれ手を回し、『赤・青騎士団長の仲を応援し隊』隊員がさらに増えて行ったのは言うまでもない。
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