秘密

 「これはマイクロトフ様。カミュー様をお捜しですか? カミュー様ならあちらで、とあるご婦人とご歓談中ですよ」
 少し前から姿が見えないカミューを捜して城下へと下りてきたマイクロトフへ、通りすがりの住民が声を掛けた。まだ何もいていないのにカミューを捜しているのだと気付かれやや気恥ずかしくなったが、律儀なマイクロトフは丁寧に礼を言って、住民が教えてくれた方角を目指す。
 ほどなくして、カミューは見つかった。そこはカフェのテラス席で、向かい側には相手の女性の後ろ姿も見える。だがマイクロトフは、顔を見ずともその女性を知っている気がした。なぜなら、彼女は――。
「やあ、マイクロトフ。私を捜しに来たのか」
「あら。私、お邪魔かしら?」
「はっ、母上!? なぜカミューと二人でこのような所におられるのですか!」
 なんと女性はマイクロトフの母で、カミューと二人で優雅なティータイムを楽しんでいる真っ最中だった。父ではなく、よりにもよって年下の青年であるカミューと。これでは「女性に目がない赤騎士団長殿は、人妻にも手を出している」と噂されても仕方がないではないか。
 顔を引き攣らせて固まっているマイクロトフに、何年も前に成人した息子を持つ女性とは思えない可憐さを持つマイクロトフの母はうふふ、と上品に笑う。
「心配しないで。私がカミューさんをお茶に誘ったのよ。街中で偶然お会いしたついでに、じっくりお話したくてね。お父さんは、街道の村に買い出しに出かけているわ」
「そ、そうですか……」
「マイクロトフ、お前もそこに座るといい。お前のお母上殿と二人きりでは、またあらぬ噂を立てられてしまうからな。私は女性であれば赤ん坊からご老人にまで手を出していると思われているようだから」
「どこの誰がそんな噂を流しているのかしら。カミューさんは、とても一途な方でいらっしゃるのに」
「一途?」
 二人の間の席に座りつつ首を傾げたマイクロトフを見て、カミューは親友の母に再び視線を移すと、しー、と唇に人差し指を当ててみせた。マイクロトフの母もはっとしたように片手を口元に当て、ふふふ、と意味ありげな微笑を浮かべる。
「……何です?」
「うふふ。内緒」
「ふふ。秘密だ」
「……」
 顔を見合わせて笑い合うカミューとおのれの母に、マイクロトフは太く凛々しい眉を寄せた。いくら何でも仲が良過ぎるだろう。それに、赤の他人であるカミューには言えて、実の息子である己に言えないこととは何だ。母とカミューの間の「秘密」を追求しようと口を開きかけたマイクロトフに、カミューがメニュー表を差し出す。
「今日は私の奢りだ。お前も何か頼むといい」
「まあ。誘ったのは私なのですから、私がご馳走しますと言いましたのに」
「いえ、男が二人もいながらレディに奢っていただくわけには。どうか遠慮なさらずに」
「そう……ありがとう。では、今回は息子ともどもご馳走になります。マイクロトフ、後日ちゃんとお返しするのよ」
「わ、分かっております! 言われずとも、常日頃からそうしています」
「ええ。貴女の息子さんは、とても律儀な男です。ですから、心配は要りませんよ」
 カミューの言葉にマイクロトフの母は安堵し、「やっぱりあなたはお父さんそっくりね」と笑った。マイクロトフはやや恥ずかしそうに身を縮こませたが、カミューもマイクロトフの父が見た目も性格も息子とそっくりだと知っているので、「そう照れるな。褒めているんだぞ」と軽く背中を叩く。
 きゃっきゃと盛り上がっている親友と母に挟まれたマイクロトフは終始居心地が悪そうにしていたが、優雅なティータイムを終え、自身の母を自宅まで送ってから、マイクロトフは盛大に溜め息を吐いた。そんな親友を見て、カミューはおかしそうに笑う。
「いやあ、やはりお前のお母上は相変わらずお可愛らしい人だな。お父上が今でもぞっこんなわけだ」
「……言いたいことは山ほどあるが、もういい。だが、これだけは聞いておきたい。母上はお前のことを『一途』だと言っていたが、あれはどういうことだ?」
 マイクロトフの問いに、カミューは「まだそのことを気にしていたのか」と口にし、少し間を置いてから続ける。
「言葉どおりさ。お前のお母上はロックアックス中に蔓延はびこる噂に流されず、私の本質をきちんと見抜いておられる。それがどれだけ心強いことか」
「……それはつまり、お前には既に想っている相手がいるということか?」
「例えば、の話だ。私は、好きになった相手にはとことん尽くすタイプだぞ? ――さて、そろそろ城に戻ろう。やるべき仕事はまだまだ残っているからな」
 一瞬ではあったがマイクロトフに上目遣いの悪戯っぽい笑みを向けてから、カミューは身を翻して歩き出した。今のは何だ、とマイクロトフはどぎまぎしつつも、親友の後に続く。
 言えない、その相手はもしや――だなんて。
 言わない、その相手は他ならぬ――だから。
 城へ近付くにつれて、二人の表情は徐々に赤・青騎士団長のそれへと変わって行く。それぞれの想いを胸に秘めながらもマイクロトフとカミューは部下の騎士たちに迎えられ、ロックアックス城へと帰還したのだった。
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