愛する君の生まれた地で
もうすぐ、怒涛の一年が終わろうとしている。今年は実に「変化」に富んだ年だったなと、マイクロトフは夜風に吹かれながら、一人物思いに耽った。
最も大きな「変化」はやはりマチルダ騎士団から離反し、新同盟軍の一員として戦ったことだろう。あの時の決断が人生を大きく変えたことは間違いない。
また、自身が立っている場所も今までとは違う。ここは己 の故郷であるマチルダ騎士団の本拠地・ロックアックスでも新同盟軍の本拠地でもなく、グラスランドのカマロ自由騎士団という異国の騎士団の領地だ。両騎士団は古くから親交があったが、マイクロトフが実際に足を踏み入れたのは今回が初めてである。
では、なぜ彼がここにいるのか? それはマイクロトフと長い付き合いの親友・カミューが深く関係している。今も隣に立っているカミューがここの出身であり、デュナン統一戦争終了後、マチルダ騎士団再建を経て故郷へ帰省すると言い出した彼に、マイクロトフが半ば強引についていくことにしたからだ。
ここでカミューを見送れば、彼は二度と帰って来ないかもしれない。そんな危うさがカミューにはあり、またマイクロトフ自身も、そうなる前に親友に伝えたいことがあった。そしてカミューがいよいよグラスランドへと旅立つ日の前夜にマイクロトフはカミューへ長らく秘めていた想いを告げ、晴れて二人の仲は進展した。つまり、親友から恋人へと変わったのである。
どれもこれも、マイクロトフ自らが選び取ったことだ。マチルダ騎士団からの離反、友の旅への同行、友への一大告白――拒絶されてもおかしくはないことばかりだったのに、カミューはこれらの選択全てを受け入れてくれた。いつだってカミューはマイクロトフと共に在り、固い絆で結ばれている最高のパートナーだ。そんな恋人の「実家」で、一年の最後の日から新たな一年の始まりを共に過ごす――人生、何があるか本当に分からないものだ。
マイクロトフが傍 らのカミューに目を遣ると、カミューもマイクロトフに視線を寄越した。美しい青年は柔らかく微笑み、自らの思いを口にする。
「……今年は、実に濃い一年だったな」
「そうだな。俺も同じことを考えていた」
「とことんお前に振り回された年だったが、お前のやり方に賛同し、全てを受け入れたのは私の意思だ。お前は異国の地で年を越すのはやや心細いかもしれないが、お前にグラスランドの景色を見せることができただけではなく、私の実家にまで招待することになって……まるで、自分に都合のいい夢でも見ているかのようだ。長年抱いていた夢が、今年だけでほとんど叶ってしまった」
「ああ……俺もだ。やはり自ら行動を起こし、思いを口にすることは大切なのだと、改めて思い知った。あの日の夜に俺がお前の旅に同行することを決め想いを告げなければ、二度と会うことは叶わなかったかもしれない。あと一歩踏み出さなかったことを、そして愛する者を手放してしまったことを、生涯後悔する羽目になっていただろう」
「マイクロトフ……」
マイクロトフが行動派な男で本当に良かったと、カミューは思う。もし彼が己と同じタイプの慎重な人間だったなら、互いへの想いを秘めたまま別れることになっていただろう。別れたからと言ってこれだけ深く愛している者への想いを断ち切れるわけは無く、それこそ生涯後悔する羽目になっただろう……。
だからカミューも、もう一歩踏み出そうと決意した。家族にはマイクロトフを「マチルダ騎士団で行動を共にしていた無二の親友」と紹介したが、実際はそれ以上の存在であることを正直に伝えてしまおう、と。既に母からは「手紙の文面からも伝わってきたけれど、本当に仲がいいのね」と笑われたが、まさか恋仲にあるとまでは思っていないはずだ。
「……マイクロトフ」
「何だ? カミュー」
恋人に名を呼ばれたマイクロトフが再びカミューに目を遣ると、彼はやや間を置いてから小声で切り出す。
「……年が明けたら、私の家族に……お前との実際の関係を、正直に話そうと思う」
「!」
驚きに目を見開き息を呑んだマイクロトフとは対照的に、カミューは表情も声のトーンも変えずに続ける。
「お前と深い仲であることを伝えてしまえば、余計な世話を焼かれることは無くなる。父や兄はいい年をして未 だ独り身の私だけでなく、お前のことまで心配していたからな。それに私が連れてきたやけにいい男として、お前は既に注目の的になっているんだぞ。特に独身女性たちが色めき立って、なんとかしてお前と接触しようと画策しているようだ。むろん私は気が気でないし、お前だって困るだろう」
「それは……確かに、困るな」
「だろう? だから、アピールする必要があるんだ。『この男は私のものだ』『この男以外の者を愛するつもりは毛頭ない』とね。幸い私は次男坊だから長男である兄のように家督を継ぐ必要はないし、何が何でも跡継ぎを残さなければならないわけでもない。だがまあ……同意は得られないだろうな。いつも私の味方でいてくれた母は理解を示してくれるかもしれないが、父や兄は……」
「……」
カミューと、彼の父や兄との関係はやや複雑だという話は聞いている。父は家督を継ぐ者である長男にばかり目をかけ、カミューの兄は幼い頃から頭の回転が速く剣の腕も立った弟に焦りや妬みを抱き、「兄は弟を守るものだ」という名目でカミューの台頭を許さず、常に自身の下に付き従わせた。とはいえ彼自身に騎士としての才覚が無かったわけではなく、カミューが出て行ってからは一人前のカマロの騎士として日々を過ごしていたようだが、弟がマチルダ騎士団の赤騎士団長にまで上り詰め、一度は騎士団から離反したもののその後新同盟軍でも数々の功績を挙げたという輝かしい話は、嫌でも耳にしていただろう。マイクロトフが実際にカミューの兄と対面した時も兄弟間の空気はどこかぎくしゃくとしていて、決して和やかとは言えないものだった。カミューの帰還を心から歓迎していたのは彼の母と、凛々しく成長したカミューに心を奪われた女性たちや一部の男性のみだったという印象だ。
そうした背景を知っているからこそできる限り力になろうと、マイクロトフは思った。カミューの家族に認めてもらい、「あなたにならば我が息子、我が弟を託してもいい」と言われるくらいに。実質これは、カミューとの結婚の許しを請うことと同義だ。
(……結婚、か。カミューと共に生きることを選んだ以上、いずれは……)
マイクロトフは拳を握り締め、憂いを帯びたカミューの横顔を見据えた。強い視線に気付いたカミューもマイクロトフを振り向き、二人は静かに見つめ合う。
「――カミュー。俺は、例えお前のご家族がどれだけ俺を疎 んじようとも、お前を諦めるつもりはない」
「!」
「認めないと言うのならば、認めていただけるまで何度でも頭を下げよう。だからお前がご家族に真実を打ち明ける際には、俺も同席させてほしい。俺がどれだけお前を大切に想っているか、この口から直接お聞かせしたい」
マイクロトフのあまりにも真っ直ぐな視線を受けて、カミューの琥珀色の瞳が微かに揺らぐ。なんと力強く、なんと頼もしい言葉なのだろう。この男ならばその誠実さをもって頑固な父や兄をも魅了し、同性のパートナーと人生を共に歩むことを快諾してくれるのではないだろうか。
胸に湧き上がる恋人への熱い感情を押し隠し、カミューはふ、と息を吐き出した。それからふと悪戯っぽい笑みを浮かべ、上目遣いでマイクロトフの精悍な顔を見上げる。
「それは心強いな。ありがとう、マイクロトフ。しかしこれではまるで、両親から結婚の許可を貰う時の挨拶のようだな」
「そう思ってくれても構わない。俺をここに招いたのは、そういった意味も含んでいるからではないのか?」
「……っ」
ほんの軽い気持ちで放った言葉が真正面から受け止められ、カミューは閉口した。どうやらマイクロトフには、既に己を生涯の伴侶にする心づもりがあるらしい。深く愛し合ってはいるものの決して安定しているとはいえない今の関係をこのままなんとなく続けて行くのではなく、より安定した強固な結びつきを、彼は求めているのだ。
「っはは……こうなったらもう、後には引けないな。柔軟な母はともかく、頭の固い父や兄を説得するのはかなり難しいぞ? まあどうしても許しを得られなかったら、いっそ駆け落ちでもするか」
「それではお前が困るだろう。そうならないよう、誠心誠意努める所存だ。だから、お前も諦めるなよ?」
カミューの冗談めかした言葉に、マイクロトフは至極真面目に答える。
行動力に長け、いつでも真剣なこの男がいてくれるからこそ、立ち止まらずに前へと進むことができる。カミューにとってマイクロトフは、もはや恋人以上の存在だ。
「ところで、話は変わるが……ここでは、何か新しい年の訪れを祝う儀式のようなものはないのか?」
マイクロトフの問いに、カミューは暗く静まり返った家々を眺めつつ肩を竦めた。そして、
「あるにはあるが、なにせここは古臭い伝統を重んじるグラスランドだからな。せいぜいが空が明らんできた頃に皆が起き出して、日の出を見ながら一年の無病息災を祈る儀式をささやかに行う程度さ」
「古臭いなどと……己の故郷をそう悪く言うな。伝統を重んじるのは、決して悪いことではないぞ。マチルダ騎士団にも、多くの慣習が残っていただろう。……ロックアックスでの年越しは、常に賑やかなものだった。だから今年はこうしてお前の生まれ育った地で静かに新年を迎えるのも新鮮でいいと、俺は思う」
そう言ってわずかに口元を綻ばせたマイクロトフへ、カミューは「そうか」と短いながらもどこか嬉しそうに答えた。それを感じ取ったのか、マイクロトフは穏やかに続ける。
「むろん、隣にお前がいるからだ。お前がいなければ、例えロックアックスに留まっていたとしても空虚な日々を送ることになっていただろう。お前が、俺の居場所なんだ」
「……やれやれ、すっかり私にべったりになって。困った奴だ。とはいえ私もまったく同じ気持ちだからな、人のことは言えないが。今更お前のいない日々など、考えられんよ」
「カミュー……」
二人の熱を帯びた視線が交わり、相手に触れたいと思う気持ちが湧き上がる。だがここは外であり、まだ誰にも自分たちが恋仲であることは公言していない。全ては明日――日が昇り、新たな一年を迎えてからだ。
「……明日は早い、そろそろ寝ようか。さすがに『今夜は無し』、だぞ?」
「分かっている! お前は俺を何だと――」
「だがせめて、これくらいは」
カミューの柔らかな唇が、マイクロトフの唇にほんの一瞬押し当てられる。唖然とするマイクロトフから顔を離し、カミューは「おやすみ、マイクロトフ。明日はよろしく頼むぞ」と言い残して去って行ってしまった。一人残されたマイクロトフは一気に火照 った頬を両手で押さえ、深く溜め息を吐く。
外からの、しかもカマロ自由騎士団と親交のあるマチルダ騎士団からの客であるマイクロトフには、一際 立派な来客用の家屋が用意されている。生家で一夜を過ごすカミューとは離ればなれなのでやや寂しくはあるが、その分、一人でじっくり考える時間もあるということだ。
(……いや、何を深く考える必要がある。俺はただ、カミューへの想いを全力で伝えるだけだ。それでいい)
来客用の家屋の室内は広く一人で使うにはもったいないくらいだったが、手入れが行き届いていて、快適に過ごせそうだ。マイクロトフは手早く装備を解いて入浴を済ませると、これまた広く立派なベッドに横たわった。一人きりで眠るのは久しぶりでやや物足りなさを感じたが、カミューとの今後は、明日の己にかかっていると言ってもいい。よってマイクロトフは少しでも英気を養おうと目を閉じ、やがてそのまま眠りに落ちて行った。慣れない環境に疲れが溜まっていたのか、夢を見ることはなかった。
そして、翌日――
早朝に起床し、新しい年の訪れを祝う伝統儀式を見守ったマイクロトフとカミューは、カミューの家族との昼食の際に、いよいよ話を切り出した。
予想していたとおりカミューの母はすぐに理解を示してくれたが、父と兄は案の定顔を強張らせ、だがカミューはもちろんマイクロトフも如何 に互いを大切に想っているか力説し、説得を試みた。
しかし、その結果は――カミューの父からの『二度とこの地に足を踏み入れるな』という勘当宣言で終わった。強制的に叩き出されはしなかったものの、明日にはここから出て行けと、厳しい言葉を投げかけられたのだ。
「大方予想どおりだったな」と無理やり笑ってみせたカミューを、マイクロトフはそっと抱き寄せた。「息子はお前にはやらん」と言われたわけではなく「出て行け」と言われたのだから、それに従うのみ。明日朝早くにここを発とう。お前には、俺がいる――マイクロトフの言葉に、カミューは寂しそうに笑って頼もしい恋人の肩に顔を埋 めた。
さらにその翌日の早朝に、二人はカミューの生まれ故郷であるカマロの地から旅立った。カミューは一度も故郷を振り返ることなく前を行き、マイクロトフはそんな恋人を守るように、無言でその後ろに付き従った。ただし彼だけが知り得る、とある「秘密」を抱えたままで。
その「秘密」が何であるかは、二人が約三年の旅を終えてロックアックスへと戻り、マイクロトフがカミューに婚約指輪を贈った日の夜に判明するのである。
最も大きな「変化」はやはりマチルダ騎士団から離反し、新同盟軍の一員として戦ったことだろう。あの時の決断が人生を大きく変えたことは間違いない。
また、自身が立っている場所も今までとは違う。ここは
では、なぜ彼がここにいるのか? それはマイクロトフと長い付き合いの親友・カミューが深く関係している。今も隣に立っているカミューがここの出身であり、デュナン統一戦争終了後、マチルダ騎士団再建を経て故郷へ帰省すると言い出した彼に、マイクロトフが半ば強引についていくことにしたからだ。
ここでカミューを見送れば、彼は二度と帰って来ないかもしれない。そんな危うさがカミューにはあり、またマイクロトフ自身も、そうなる前に親友に伝えたいことがあった。そしてカミューがいよいよグラスランドへと旅立つ日の前夜にマイクロトフはカミューへ長らく秘めていた想いを告げ、晴れて二人の仲は進展した。つまり、親友から恋人へと変わったのである。
どれもこれも、マイクロトフ自らが選び取ったことだ。マチルダ騎士団からの離反、友の旅への同行、友への一大告白――拒絶されてもおかしくはないことばかりだったのに、カミューはこれらの選択全てを受け入れてくれた。いつだってカミューはマイクロトフと共に在り、固い絆で結ばれている最高のパートナーだ。そんな恋人の「実家」で、一年の最後の日から新たな一年の始まりを共に過ごす――人生、何があるか本当に分からないものだ。
マイクロトフが
「……今年は、実に濃い一年だったな」
「そうだな。俺も同じことを考えていた」
「とことんお前に振り回された年だったが、お前のやり方に賛同し、全てを受け入れたのは私の意思だ。お前は異国の地で年を越すのはやや心細いかもしれないが、お前にグラスランドの景色を見せることができただけではなく、私の実家にまで招待することになって……まるで、自分に都合のいい夢でも見ているかのようだ。長年抱いていた夢が、今年だけでほとんど叶ってしまった」
「ああ……俺もだ。やはり自ら行動を起こし、思いを口にすることは大切なのだと、改めて思い知った。あの日の夜に俺がお前の旅に同行することを決め想いを告げなければ、二度と会うことは叶わなかったかもしれない。あと一歩踏み出さなかったことを、そして愛する者を手放してしまったことを、生涯後悔する羽目になっていただろう」
「マイクロトフ……」
マイクロトフが行動派な男で本当に良かったと、カミューは思う。もし彼が己と同じタイプの慎重な人間だったなら、互いへの想いを秘めたまま別れることになっていただろう。別れたからと言ってこれだけ深く愛している者への想いを断ち切れるわけは無く、それこそ生涯後悔する羽目になっただろう……。
だからカミューも、もう一歩踏み出そうと決意した。家族にはマイクロトフを「マチルダ騎士団で行動を共にしていた無二の親友」と紹介したが、実際はそれ以上の存在であることを正直に伝えてしまおう、と。既に母からは「手紙の文面からも伝わってきたけれど、本当に仲がいいのね」と笑われたが、まさか恋仲にあるとまでは思っていないはずだ。
「……マイクロトフ」
「何だ? カミュー」
恋人に名を呼ばれたマイクロトフが再びカミューに目を遣ると、彼はやや間を置いてから小声で切り出す。
「……年が明けたら、私の家族に……お前との実際の関係を、正直に話そうと思う」
「!」
驚きに目を見開き息を呑んだマイクロトフとは対照的に、カミューは表情も声のトーンも変えずに続ける。
「お前と深い仲であることを伝えてしまえば、余計な世話を焼かれることは無くなる。父や兄はいい年をして
「それは……確かに、困るな」
「だろう? だから、アピールする必要があるんだ。『この男は私のものだ』『この男以外の者を愛するつもりは毛頭ない』とね。幸い私は次男坊だから長男である兄のように家督を継ぐ必要はないし、何が何でも跡継ぎを残さなければならないわけでもない。だがまあ……同意は得られないだろうな。いつも私の味方でいてくれた母は理解を示してくれるかもしれないが、父や兄は……」
「……」
カミューと、彼の父や兄との関係はやや複雑だという話は聞いている。父は家督を継ぐ者である長男にばかり目をかけ、カミューの兄は幼い頃から頭の回転が速く剣の腕も立った弟に焦りや妬みを抱き、「兄は弟を守るものだ」という名目でカミューの台頭を許さず、常に自身の下に付き従わせた。とはいえ彼自身に騎士としての才覚が無かったわけではなく、カミューが出て行ってからは一人前のカマロの騎士として日々を過ごしていたようだが、弟がマチルダ騎士団の赤騎士団長にまで上り詰め、一度は騎士団から離反したもののその後新同盟軍でも数々の功績を挙げたという輝かしい話は、嫌でも耳にしていただろう。マイクロトフが実際にカミューの兄と対面した時も兄弟間の空気はどこかぎくしゃくとしていて、決して和やかとは言えないものだった。カミューの帰還を心から歓迎していたのは彼の母と、凛々しく成長したカミューに心を奪われた女性たちや一部の男性のみだったという印象だ。
そうした背景を知っているからこそできる限り力になろうと、マイクロトフは思った。カミューの家族に認めてもらい、「あなたにならば我が息子、我が弟を託してもいい」と言われるくらいに。実質これは、カミューとの結婚の許しを請うことと同義だ。
(……結婚、か。カミューと共に生きることを選んだ以上、いずれは……)
マイクロトフは拳を握り締め、憂いを帯びたカミューの横顔を見据えた。強い視線に気付いたカミューもマイクロトフを振り向き、二人は静かに見つめ合う。
「――カミュー。俺は、例えお前のご家族がどれだけ俺を
「!」
「認めないと言うのならば、認めていただけるまで何度でも頭を下げよう。だからお前がご家族に真実を打ち明ける際には、俺も同席させてほしい。俺がどれだけお前を大切に想っているか、この口から直接お聞かせしたい」
マイクロトフのあまりにも真っ直ぐな視線を受けて、カミューの琥珀色の瞳が微かに揺らぐ。なんと力強く、なんと頼もしい言葉なのだろう。この男ならばその誠実さをもって頑固な父や兄をも魅了し、同性のパートナーと人生を共に歩むことを快諾してくれるのではないだろうか。
胸に湧き上がる恋人への熱い感情を押し隠し、カミューはふ、と息を吐き出した。それからふと悪戯っぽい笑みを浮かべ、上目遣いでマイクロトフの精悍な顔を見上げる。
「それは心強いな。ありがとう、マイクロトフ。しかしこれではまるで、両親から結婚の許可を貰う時の挨拶のようだな」
「そう思ってくれても構わない。俺をここに招いたのは、そういった意味も含んでいるからではないのか?」
「……っ」
ほんの軽い気持ちで放った言葉が真正面から受け止められ、カミューは閉口した。どうやらマイクロトフには、既に己を生涯の伴侶にする心づもりがあるらしい。深く愛し合ってはいるものの決して安定しているとはいえない今の関係をこのままなんとなく続けて行くのではなく、より安定した強固な結びつきを、彼は求めているのだ。
「っはは……こうなったらもう、後には引けないな。柔軟な母はともかく、頭の固い父や兄を説得するのはかなり難しいぞ? まあどうしても許しを得られなかったら、いっそ駆け落ちでもするか」
「それではお前が困るだろう。そうならないよう、誠心誠意努める所存だ。だから、お前も諦めるなよ?」
カミューの冗談めかした言葉に、マイクロトフは至極真面目に答える。
行動力に長け、いつでも真剣なこの男がいてくれるからこそ、立ち止まらずに前へと進むことができる。カミューにとってマイクロトフは、もはや恋人以上の存在だ。
「ところで、話は変わるが……ここでは、何か新しい年の訪れを祝う儀式のようなものはないのか?」
マイクロトフの問いに、カミューは暗く静まり返った家々を眺めつつ肩を竦めた。そして、
「あるにはあるが、なにせここは古臭い伝統を重んじるグラスランドだからな。せいぜいが空が明らんできた頃に皆が起き出して、日の出を見ながら一年の無病息災を祈る儀式をささやかに行う程度さ」
「古臭いなどと……己の故郷をそう悪く言うな。伝統を重んじるのは、決して悪いことではないぞ。マチルダ騎士団にも、多くの慣習が残っていただろう。……ロックアックスでの年越しは、常に賑やかなものだった。だから今年はこうしてお前の生まれ育った地で静かに新年を迎えるのも新鮮でいいと、俺は思う」
そう言ってわずかに口元を綻ばせたマイクロトフへ、カミューは「そうか」と短いながらもどこか嬉しそうに答えた。それを感じ取ったのか、マイクロトフは穏やかに続ける。
「むろん、隣にお前がいるからだ。お前がいなければ、例えロックアックスに留まっていたとしても空虚な日々を送ることになっていただろう。お前が、俺の居場所なんだ」
「……やれやれ、すっかり私にべったりになって。困った奴だ。とはいえ私もまったく同じ気持ちだからな、人のことは言えないが。今更お前のいない日々など、考えられんよ」
「カミュー……」
二人の熱を帯びた視線が交わり、相手に触れたいと思う気持ちが湧き上がる。だがここは外であり、まだ誰にも自分たちが恋仲であることは公言していない。全ては明日――日が昇り、新たな一年を迎えてからだ。
「……明日は早い、そろそろ寝ようか。さすがに『今夜は無し』、だぞ?」
「分かっている! お前は俺を何だと――」
「だがせめて、これくらいは」
カミューの柔らかな唇が、マイクロトフの唇にほんの一瞬押し当てられる。唖然とするマイクロトフから顔を離し、カミューは「おやすみ、マイクロトフ。明日はよろしく頼むぞ」と言い残して去って行ってしまった。一人残されたマイクロトフは一気に
外からの、しかもカマロ自由騎士団と親交のあるマチルダ騎士団からの客であるマイクロトフには、
(……いや、何を深く考える必要がある。俺はただ、カミューへの想いを全力で伝えるだけだ。それでいい)
来客用の家屋の室内は広く一人で使うにはもったいないくらいだったが、手入れが行き届いていて、快適に過ごせそうだ。マイクロトフは手早く装備を解いて入浴を済ませると、これまた広く立派なベッドに横たわった。一人きりで眠るのは久しぶりでやや物足りなさを感じたが、カミューとの今後は、明日の己にかかっていると言ってもいい。よってマイクロトフは少しでも英気を養おうと目を閉じ、やがてそのまま眠りに落ちて行った。慣れない環境に疲れが溜まっていたのか、夢を見ることはなかった。
そして、翌日――
早朝に起床し、新しい年の訪れを祝う伝統儀式を見守ったマイクロトフとカミューは、カミューの家族との昼食の際に、いよいよ話を切り出した。
予想していたとおりカミューの母はすぐに理解を示してくれたが、父と兄は案の定顔を強張らせ、だがカミューはもちろんマイクロトフも
しかし、その結果は――カミューの父からの『二度とこの地に足を踏み入れるな』という勘当宣言で終わった。強制的に叩き出されはしなかったものの、明日にはここから出て行けと、厳しい言葉を投げかけられたのだ。
「大方予想どおりだったな」と無理やり笑ってみせたカミューを、マイクロトフはそっと抱き寄せた。「息子はお前にはやらん」と言われたわけではなく「出て行け」と言われたのだから、それに従うのみ。明日朝早くにここを発とう。お前には、俺がいる――マイクロトフの言葉に、カミューは寂しそうに笑って頼もしい恋人の肩に顔を
さらにその翌日の早朝に、二人はカミューの生まれ故郷であるカマロの地から旅立った。カミューは一度も故郷を振り返ることなく前を行き、マイクロトフはそんな恋人を守るように、無言でその後ろに付き従った。ただし彼だけが知り得る、とある「秘密」を抱えたままで。
その「秘密」が何であるかは、二人が約三年の旅を終えてロックアックスへと戻り、マイクロトフがカミューに婚約指輪を贈った日の夜に判明するのである。
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