Seculo seculorum

「……なあ。団長たちの仲って、やっぱりあれから進展したのかな」
 一人の青騎士がぼそりと呟いた言葉に、それまで閑談に興じていた周りの青騎士たちがぴたりと会話を止め、自然と輪を作って距離を縮めた。彼らは自分たちの団長・マイクロトフとその親友である元赤騎士団長・カミューの仲を長らく応援し、旅に出たいと言い出したカミューに同行してもいいものか迷っていたマイクロトフの背中を押した者たちでもある。もはや神聖視すらしているマイクロトフとカミューがしばらく騎士団をけるとなった時は寂しさのあまりに涙を流してしまったが、二人は約三年の時を経てロックアックスへと帰還し、マチルダ騎士団の騎士たちはもちろんロックアックス城下の民たちからも熱烈に迎えられた。相変わらず仲が良過ぎるほど良い二人を見て皆が安堵したわけだが、毎日間近で彼らを見ている青騎士たちは、それだけではない「何か」を感じたのだ。
 顔を寄せ合った青騎士たちは、声を潜めて話し出す。
「そりゃあ、お前……あの団長が騎士団を空けてでもカミュー様についていきたいとおっしゃったのは、カミュー様のことがお好きだからに決まってるだろう。お二人で三年も旅に出ていて、何もなかったと思うか?」
「旅に出てから? 俺はお二人の仲が進展したのは、団長たちが旅立たれた日の前日の夜だと思うね。あれは絶対、告白からの熱い一夜を――」
「お、お前っ、不敬だぞ! まあ、俺もなんとなくそんな気はしているが……」
「タイミングはどうであれ、晴れて結ばれたのであればめでたいじゃないか。お二人は随分長い間お互いを想い合いながらも、敢えて親友であろうと努められていた。そして俺たちは、それがもどかしくて仕方がなかった。だがこれからは、そんな思いはしなくて済む。その代わり、砂糖菓子のように甘~いイチャつきを見せられることになりそうだがな」
「そ、それはそれで……」
「も、もどかしいよりはいいさ! 今まで何度、もう付き合っちゃえよ! と思ったか! でも団長は人前でベタベタすることを嫌いそうだから、俺たちの前ではストイックに振る舞われるんじゃないかなあ」
「だな、公私混同はしなさそうだもんな。でも今のお二人の間に流れている空気って、旅立たれる前以上に甘いんだよなぁ……」
 青騎士たちはうんうんと頷き合い、マイクロトフとカミューが帰還して早々に愛おしそうに目を細めて見つめ合った瞬間を目撃してしまったことを思い出した。あれは、紛れもなく相思相愛の恋人同士が醸し出す雰囲気だった。何よりあのお堅いマイクロトフが、一切照れることなくあのような柔らかな表情をカミューに向けたことに驚いたのだ。
「……いっそ、もうご結婚なさればいいのに」
 この話を始めた青騎士が再度ぼそりと呟くと、周囲の青騎士たちは「それな」と一斉に頷いた。なんとなくではあるが、あの二人は恋仲にはなっても結婚まではしていない。そんな気がしたのだ。

「だ、団長! ひとつ、お尋ねしたいことがあるのですがっ!」
 結局あの後、青騎士たちはシンプルにじゃんけんで質問係を決め、負けた青騎士が思い切ってマイクロトフの私室に突撃した。扉の向こうでは残りの青騎士たちができるだけ自分たちの気配を消して、聞き耳を立てている状態だ。
「何だ?」
 穏やかに返したマイクロトフへ、質問係の青騎士は極度の緊張で何度も深呼吸を繰り返してから、おそるおそる尋ねる。
「あの……そ、そのぉ……団長って、カミュー様のことがお好き、なんですよね?」
「……なぜそのようなことをく?」
「ひっ……! い、いえ、お答えしたくないのなら無理には……」
「――好きだ。以前とは違う意味で。これで満足か?」
「あっ、ありがとうございます! で、では、カミュー様とは恋仲、ということでよろしいのですよね?」
「……」
 まさか部下からこのようなことを尋ねられるとは思っていなかったマイクロトフは、眉間に皺を寄せて目の前の青騎士を見つめた。すると外から何やらガタガタという音と小さな悲鳴が聞こえ、聞き慣れた声がおのれの名を呼ぶ。
「マイクロトフ、私だ。正しくは私だけではないのだが、入ってもいいか?」
「ああ、分かっている。俺の部下たちがすまないな。まったく……」
「あっあっカミュー様、襟首を掴まないでっ……俺たちが悪うございました!」
「おおっ、お許しを……! 俺たちはただ、お二人のことをもっと知りたいだけで……!」
「ならば一人を盾にしたりせず、皆で直接訊けば良かっただろう。今のマイクロトフならば、正直に答えてくれるぞ?」
「おい、カミュー」
 笑顔のカミューと、彼にとん、とんと背中を押されてつんのめるようにマイクロトフの私室へとなだれ込んだ青騎士たちは、慌てて戻ってきた盾役の青騎士の労をねぎらった。そんな彼らの横をカミューが通り過ぎ、彼は勝手知ったる様子でソファーに腰掛けて、すらりとした長い脚を組む。
「……それで? 君たちは、我々の何を知りたいんだ?」
「き、聞こえていたのですか」
「あんなに裏返った声で話していたら聞こえるさ。プライベートを詮索されるのは好きではないが、私とマイクロトフの関係性くらいは知られても困らないからね。まあ、先程そこの男から頑張って聞き出したようだが」
「……」
 カミューがマイクロトフに視線を移すと、マイクロトフもカミューを見つめ返した。だが部下たちに惚気のろけを聞かせたくないからか、その表情はやや硬い。
「……現在のお二人の関係性は、こ、恋仲で、よろしいのですよね……?」
 ややあって勇気を振り絞った一人の青騎士が尋ねると、カミューは穏やかな笑みを浮かべてさらりと返す。
「ああ。その認識で合っているよ」
「や、やはり……! おめでとうございます!」
「おめでとうございます! お二人ならばいつかは、とずっと思ってました!」
「長らく応援していた甲斐があった……! 我が事のように嬉しいです!」
「……お前たち……」
 盛り上がる部下たちに困惑するマイクロトフに、カミューは「まあ、いいじゃないか」と笑う。これで勢いづいたのか、二人の仲の進展を最も喜んだ一人の青騎士が、最も気になっていたことを口にする。
「では、その……ご結婚は……」
「ば、馬鹿! いきなり踏み込み過ぎだ!」
「おっ、お前だって気にしてたじゃないか! 気になるだろう! 今お訊きしないでいつ訊くんだ!?」
「……」
 一気に遠慮の無くなった彼らを、団長としてたしなめるべきか。マイクロトフの思案をよそにカミューはゆっくりと左の白手袋を外し、そっとテーブルに置いた。あらわになった彼の左手の薬指できらりと輝きを放つ〝それ〟に、青騎士たちは釘付けになる。
「……えっ?」
「カ、カミュー様、それは、もしや……」
「そのもしや、だ。マリッジではなく、エンゲージのほうだけれどね。つまり君たちの団長は、私の婚約者ということさ」
「!!」
 あんぐりと口を開けて真っ赤になった青騎士たちと、「婚約者」と呼ばれたことで口元に拳を当てて小さく咳払いをしたマイクロトフの反応に、カミューはふ、と吹き出した。すぐに我に返った青騎士たちは顔を紅潮させたまま身を乗り出し、両拳を握り締めて二人を祝う。
「おめでとうございます! ううっ……ついに団長が、カミュー様にプロポーズまで……」
「では……では近い将来、ご結婚されるということですねっ!? 式の日取りはお決まりですか?」
「い、いや、そこまでは……」
「団長、まさか指輪のご購入だけで終わらせるおつもりですか? それは駄目です、やはり挙式をなさいませんと! お二人のためならば、俺たちは全力で協力しますよ!」
「そうですよ! お二人の一世一代の晴れの舞台なんですから、ぱーっと派手にやりましょう!」
 勝手に盛り上がり始めた青騎士たちにマイクロトフは再び困惑し、カミューはマイクロトフをじっと見つめた。二人は自然と顔を見合わせる形になり、室内がしん、と静まり返る。
「挙式、か」
「……」
「……どうする?」
「……お前はしたいのか?」
「またとない機会だからな、できるものなら。お前は?」
「俺、は……」
 マイクロトフには、迷いがあった。いくらカミューを愛しているとはいえ彼は己と同じ男性であり、同性同士のカップルに嫌悪感を抱く人間が少なくないのも事実だ。ましてや今のマイクロトフとカミューは新生マチルダ騎士団の騎士団長と騎士団副長であり、恋人どころか「夫夫ふうふ」となるのだ。どれだけの人間が受け入れ、祝福してくれるのだろうかと考えてしまう。
 だが最も重要なのは、「自身はどうしたいか」――ならば、答えは一つしかない。マイクロトフはカミューを真っ直ぐに見据え、自らの思いを口にする。
「――俺も、お前と同意見だ。万人には祝福されずとも、俺はお前にきちんとした形で誓いを立てたい。そういう一日があっても、いいと思う」
「そ、それじゃあ……!」
「挙式なさるのですね! ではこれから、我々と共に準備を進めて行きましょう! その合間に団長とカミュー様は、お衣装や結婚指輪のご準備を!」
「あ、ああ……しかし、なぜお前たちはそんなに張り切っているんだ」
 部下たちの異様な張り切りようにたじろぐマイクロトフへ、青騎士たちは思わず本音をぶちまける。
「そりゃあ張り切りますよ! 俺たちがどれだけ団長たちの仲を応援してきたと思っているんですか!」
「ううっ、長かった……ここまで、物凄く長かった……けれどこうしてお二人の恋が無事実り、ゴールインまで見届けられる喜びよ……」
「おい、泣くのはまだ早いだろ……涙は挙式当日までに取っておけって……ぐすっ……」
「赤騎士団にも伝えましょう。彼らもカミュー様のためならば、喜んで協力してくれるはずです」
「……そうだな。じゃあ、それは君たちにお任せするよ」
「はい、お任せください!」
 びしっと敬礼し、大事な「使命」を背負って退室して行った青騎士たちを、マイクロトフは茫然と、カミューはにこやかに見送った。しばしの沈黙の後、マイクロトフは溜め息を吐いてぼそりと呟く。
「……これは大事おおごとになりそうだな……」
「さすがお前の部下たちだ、やる気に満ち溢れているな。だが私の部下たちも、ああ見えて熱いところがあるからな。きっと、よく動いてくれるだろう。これからますます忙しくなるぞ?」
「……ああ」
 青騎士たちの勢いに押される形になったとはいえ、彼らとて、愛する者との挙式を夢見ていなかったわけではない。しかもそれを、信頼できる部下たちの協力を得て実現できるのならば。
 この日の夜、二人はいつもどおりの甘い時間を過ごした後に、思い出話やこれからのことをじっくり語り合った。

 それからは、とんとん拍子に決まって行った。
 青騎士たちだけでなく赤騎士たちも全面的に協力し、式場はロックアックス近郊のチャペルを借り切って参列者は騎士団の者のみに限定、教会式ではなく人前式で行おうということになった。よって立会人は参列者全員、マイクロトフ側の立会人代表に青騎士団副長、カミュー側の立会人代表兼司会者に赤騎士団副長を任命、「基本的に白手袋を着用するのだから、指輪のデザインはごくシンプルなものにしよう」「衣装は同じものを着るのではなく、それぞれの体型に合ったものつ騎士の制服を意識したものにしよう」と二人で話し合い、日々の仕事の合間に店に通っては試着を重ねた。衣装は既製品を借りることを選んだが、結婚指輪はそうはいかない。完成を楽しみに、根気強く待つしかなかった。
 指輪完成の知らせを受けたのは、挙式することを決めてから約一ヶ月が経った頃だった。――これで、全ての準備が整った。敬愛する新郎二人のために奔走した青騎士たちと赤騎士たちは歓喜に沸き、当の新郎たちは準備期間のあまりの短さに、少なからず驚いていた。もし相手が同じ騎士であるお互いではなかったら、こうはいかなかっただろう。
「団長、いよいよ挙式の日が迫っていますね。残り一週間を切っていますよ」
 鍛錬を終えたタイミングで話しかけてきた青騎士に、マイクロトフが頷く。
「そうだな。こうも早くその日を迎えることができるのは、お前たちのおかげだ。感謝している」
「感謝だなんて……元はと言えば、俺たちが挙式をゴリ押ししたからであって……」
「俺たちが、団長とカミュー様が永遠の愛を誓い合うところを見たいんです。なんたってお二人は、俺の〝推し〟ですから」
「……『オシ』?」
「あっ、な、何でもありません! ともかく、お二人が幸せならOKです!」
「だよな! 幸せなお二人が見たい、ただそれだけです!」
「そ、そうか」
 またしてもたじろぐマイクロトフを見て、かたわらにいたカミューが笑う。
「はは、それは光栄だな。幸い今の両騎士団には我々の結婚に反対する者はいないようだから、憂いなく当日を迎えることができそうだ。――私からも礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
「そんな、恐縮です! お二人に挙式をお勧めしたのは、我々の欲望を叶えるようなもので……」
「動機は何だっていいさ。挙式を諦めていた私たちにこうして機会をくれたのは、他ならぬ君たちだ。もちろん、私のところの騎士たちもね。……挙式日まであと五日、か。二日前くらいになったら、副長たちと軽くリハーサルでもするか」
 のんびりと言ったカミューとは逆に、マイクロトフは早くも緊張に表情を強張らせた。

 そして――ついに、挙式の日がやってきた。
 この日のために諸々の予定を調整して一日空け、新生マチルダ騎士団の騎士たちは一丸となって新郎二人の着付けはもちろん、チャペル内の飾りつけを行った。青と赤のバルーンに白や淡い色彩の花々で彩られた会場は、実に華やかだ。
「ああ……なんて麗しく凛々しいお姿。俺たちの団長が、いつも以上に尊い……」
 純白のフロックコートに青色のネクタイを身に付けたマイクロトフを見て、青騎士たちがうっとりと溜め息を吐く。
「さすがはカミュー様、タキシードもよくお似合いです。マイクロトフ様のご反応が楽しみですね」
 純白のタキシードに赤色の蝶ネクタイを身に付けたカミューを見て、赤騎士たちがうっとりと微笑む。
「団長、そんなに緊張なさらないでください。カミュー様に笑われてしまいますよ」
「むっ……そう、言われてもな……」
「カミュー様、マイクロトフ様はあの性格上相当緊張なさっていると思いますので、上手くリードして差し上げてください。慣れればきっと誰よりも凛々しく堂々とした花婿殿になると思いますが」
「そうだな。きっと今頃ガチガチに緊張していて、入場する時に手と足が同時に出たりするだろうな。……列席者は身内だけのようなものだし、花婿も勝手知ったる私なんだ。リラックスするよう言い聞かせておくよ」
 それぞれの控え室でそれぞれの部下たちとやりとりをした後、列席者である青騎士たちと赤騎士たちが一足先に会場へと入って行った。彼らが両側にずらりと整列したのを見届けてから、青騎士団副長が新郎二人を呼びに来る。
 控え室を出たマイクロトフとカミューは、互いの晴れ姿を初めて目にしてしばし言葉を失った。頭から爪先までまじまじと見つめ合い、ほんのりと頬を染める。
「……綺麗だ……」
「綺麗って、お前な。……知ってはいたがお前はやはり、とびきりいい男だな。格好いい、という一言で言い表すのがもったいないくらいに。やあ、惚れ直したぞ」
「さあ、参りましょう。皆がお二方のご入場を待っています」
 青騎士団副長に促されて、新郎二人は頷いた。マイクロトフから差し出された手にカミューが自らの手を乗せ、しっかりと繋ぐ。案の定手と足が同時に出かかっているマイクロトフに「リラックス。リラックスだ」とカミューが小声で囁くと、マイクロトフは何度か深呼吸を繰り返してから前方に足を踏み出した。二人はゆっくりと歩き出し、司会役を務める赤騎士団副長の新郎入場の合図のもと、騎士たちの待つ会場内へと入る。
 姿を現した新郎二人に騎士たちがわあっと沸き、会場は拍手と歓声に包まれた。中には感動して泣き出し、まだ早いぞと窘められている者もいる。
 二人が所定の位置に着いたことを確認してから、赤騎士団副長が開式を宣言する。
「皆様、静粛に。これより我がマチルダ騎士団団長・マイクロトフ様、及び同騎士団副長・カミュー様の挙式を執り行います。――ご存知のとおり本日のこの式は、新郎のお二方が皆様の前でご結婚を誓う『人前式』というものです。つまり、ここにいる皆様全員がお二方のご結婚の証人となります。どうぞ皆様、お二方のご結婚の誓いを最後までしっかりと見届けてくださいますようお願いいたします」
 ここでいったん言葉を切り、ひと呼吸置いてから赤騎士団副長は続けた。
「お二方のご紹介についてはここにお集まりの皆様はよくご存知でしょうから、省かせていただきます。よってさっそくではありますが、マイクロトフ様、カミュー様、誓いの言葉をお願いいたします」
「むっ……早いな」
「はは、まだ緊張しているのか。しょうがないな、私が先に言おう」
 相変わらずガチガチに固まっているマイクロトフの背を軽く叩き、カミューが参列者たちに向かって宣誓する。
「皆、今日は集まってくれてありがとう。今の私たちがあるのは、君たちが支えてくれたからに他ならない。――我々は今日から〝夫夫〟になるわけだが、騎士の務めは変わらず果たすつもりだ。だから、これからもついてきてくれると嬉しい。……私、カミューとマイクロトフの両名は、病める時も健やかなる時も生涯変わらぬ愛を約束し、共に生きて行くことをここに誓う」
 カミューの言葉を聞いて奮い立ったマイクロトフも、後に続く。
「ゴホン! ――三年前に俺がカミューと共に旅立つことができたのも、長らく秘めていた想いを告げられたのも、今日こうして挙式し誓いを立てることができるのも、全て皆のおかげだ。改めて、俺からも礼を言う。今後も変わらず騎士団長、騎士団副長として務める所存だ。……俺はこの性格ゆえに昔も今もカミューに苦労ばかりかけているが、彼のことを、心から愛している。これからは対等な友として、そして伴侶として、生涯を共にすることをここに誓う」
 先程までの緊張した様子はどこへやら、実に堂々としたマイクロトフの宣誓に、騎士たちはほう……と感嘆の溜め息を吐いた。傍らで聞いていたカミューも、うっとりと目を細めたほどだ。
「お二方の深い愛が伝わってきましたね。ありがとうございました。では次に、指輪の交換を」
 赤騎士団副長の指示でまずは一人の青騎士が前に進み出て、マイクロトフにリングピローを差し出した。指輪を手にしたマイクロトフはカミューの手を取り、そのほっそりとした左手の薬指に指輪を嵌める。次に一人の赤騎士が前に進み出てカミューにリングピローを差し出し、カミューが己より大きなマイクロトフの手を取ると、その節くれ立った左手の薬指に指輪を嵌めた。「それでは、誓いのキスを」の一声に、マイクロトフはぎょっとする。
「こ、ここでか!?」
「団長、恥ずかしがらずに!」
「指輪交換と誓いのキスは、結婚式のクライマックスですよ!」
 すかさず飛んできた野次にますます動揺するマイクロトフに、カミューも「いやぁ、さすがの私でも人前でキスをするのは恥ずかしいな」と照れ笑いを浮かべた。それでも体をマイクロトフに向けてその顔をじっと見つめると、覚悟を決めたのかマイクロトフもカミューと向かい合い、ふう、と息を吐き出す。
「……これは想定外だった」
「そうか? お前の部下が言っていたとおり、指輪交換と誓いのキスは結婚式で一番盛り上がるところだぞ。どうしても抵抗があるというのなら、やめてもいいが」
「いや。やる」
 まったく、思い切りがいいんだか悪いんだか。ふ、と優しく微笑んだカミューにマイクロトフは堪らない愛おしさを覚え、自然とその両肩に手が伸びた。目で合図し合ってから二人は距離を詰め、そっと目を閉じたカミューの唇へ、マイクロトフは己のそれを柔らかく重ねる。
 再び沸き起こる、拍手と歓声。五秒ほど経ってから二人はゆっくりと顔を離し、恥ずかしそうに笑った。にこにこと微笑みながら拍手する赤騎士団副長とは対照的に青騎士団副長はよほど感動したのか、何度も鼻を啜って懸命に涙を堪えている。
「青騎士団副長殿、しっかり。――次は新郎のお二方、続けて立会人代表としてわたくし、そして青騎士団副長殿に、こちらの結婚証明書にご署名をいただきます。では、お願いします」
 赤騎士団副長が指し示した結婚証明書にマイクロトフとカミューが、次に両騎士団副長が署名する。
「ありがとうございます。確かにご署名いただきました。――皆様、お二方のご結婚を承認いただけますでしょうか。承認いただける方は、拍手をお願いいたします」
 赤騎士団副長の言葉に、「立会人」である騎士たちが一際ひときわ大きな拍手をした。割れんばかりの拍手が響く中、赤騎士団副長は声を張り上げて宣言する。
「ありがとうございます。皆様のご承認を得て、このたび正式にマイクロトフ様とカミュー様のご結婚が成立いたしました。ご結婚おめでとうございます!」
「団長、カミュー様、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「うおー! マイクロトフ様ー、カミュー様ー、ばんざーい!!」
「ううっ……なんて素晴らしい日なんだ……」
「俺の推しカップルが尊い……」
 固い絆で結ばれた部下たちからの祝福を受け、マイクロトフとカミューは顔を見合わせて微笑む。
 その後赤騎士団副長が式の閉会を宣言しても、新郎二人が退場しても、拍手はしばらく鳴り止まなかった。

††

「……ふう。結婚、してしまったな」
 「さすがに疲れたからひと息吐きたい」と挙式後に開かれた食事会から二人で抜け出し、カミューは、傍らに立つマイクロトフに囁いた。マイクロトフもまだどこか夢心地といった様子で、ぼんやりと答える。
「……ああ。まさかお前と、挙式まですることになるとはな」
「しかも部下たちの前で、堂々とキスまで」
「あれは……あの場の雰囲気に流されたのと、お前に恥をかかせないためにしたことだ」
「そうなのか? その割には初々しくも甘いキスだったが」
「……その話はもういい。顔から火が出そうだ」
 赤くなった顔を背けたマイクロトフに、カミューは小さく吹き出した。部屋で二人きりの時やベッドの上ではあれだけ情熱的だというのに、人前でいちゃつくのを苦手とするところは相変わらずだ。愛情と少しの揶揄からかいを込めてぴたりと寄り添うと、案の定その逞しい体がびくりと強張る。
「外だぞ」
「少しくらいいいだろう。私たちは〝新婚夫夫〟だぞ。……しばらく、こうしていたいんだ」
「……」
 どうやら、今は甘えたい気持ちらしい。服越しにほんのりと伝わってくるカミューの温もりが愛おしくて、やがてマイクロトフも、わずかに体を傾けた。二人はしばし寄り添い合い、穏やかで優しいひと時を楽しむ。
「マイクロトフ」
「何だ?」
「これからも、末永くよろしく頼むよ」
「……ああ。俺のほうこそ今後も何かと苦労をかけると思うが、よろしく頼む」
 互いの温もりを感じながら見つめ合う二人の間に甘い空気が流れ、相手に口付けたいという欲望が生まれた。触れ合った手を繋ぎ、指を絡め、二人の顔は自然と近付いて――……
「団長、副長。お取り込み中申し訳ありませんが、そろそろお戻りください。本日の主役であり我々を導く存在でもあるあなた方がいらっしゃらないと、やはり締まりませんので」
 いつまでも戻らない新郎二人を呼びに来た赤騎士団副長の淡々とした声に、マイクロトフはカミューから慌てて離れた。「わ、分かった。すぐに戻る」と返したマイクロトフに、赤騎士団副長はにこりと微笑み一礼してから去って行く。
「……あれは確実に、話しかけるタイミングを見計らっていたな」
「……」
「お楽しみは、夜まで取っておくとしようか。――戻ろう。部屋に帰るまでが結婚式だ」
 カミューがマイクロトフの手を取り、再びしっかりと繋がれる。
 二人の左手薬指に嵌められた揃いの指輪マリッジリングが、日の光を受けてきらきらと輝いた。
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