俺の、私の想い人
「あの……マイクロトフ様。これを、受け取ってくださいまし」
ロックアックス城へと戻る最中 、物陰で待ち構えていた若い女性から差し出された封書に、マイクロトフは大いに戸惑った。いくら恋愛に疎 いマイクロトフと言えど、この封書の意味が分からないわけではない。騎士となってから初めて貰ったそれを拒否するわけにもいかず、「あ、ありがとうございます」とぎこちなく言って受け取る。
自らの思い切った行動を恥じたのか女性はぱたぱたと走り去って行き、後には途方に暮れるマイクロトフが残された。女性の扱いが上手く人気もあるカミューならばいざ知らず、なぜ自分が? と思わずにはいられなかった。
「……で? なぜ私が、お前が貰った恋文についての相談を受けなければならないんだ?」
すっかり困り果てたマイクロトフは真っ先に、こういったことに慣れていそうな親友・カミューの元へと向かった。心底呆れたといった表情のカミューへ、マイクロトフはもごもごと口ごもる。
「い、いや。お前ならば、こういう時にどうすればいいか知っているだろうと思って……」
「どうすればいいかも何も、お前自身はどうしたいんだ?文 を読んで少しでも心を動かされたのならば、付き合ってみるのもありなんじゃないか?」
「……その気はまったく無い。だから、どうお断りすればいいかを訊 きに来たんだ」
あまりにも真っ直ぐな目で言われ、カミューは苦笑する。
「そもそもお前はどんな女性が相手でもどんな文であっても、お付き合いする気はないんだろう。ならば正直に、その旨 を伝えればいいじゃないか。今は誰とも付き合うつもりはない、もしくは既に意中の人がいると――いや、それはさすがに無いか」
「……」
カミューが口にした「意中の人」という言葉に、マイクロトフの胸がどくん、と鳴った。意中の人なら、いる。出会ってからそれほど経たないうちに好意を抱き、現在進行形でひそかに想い続けている人が。急に黙り込んでしまったマイクロトフに、カミューは冗談交じりに尋ねる。
「……なんだ。まさかとは思うが、実はもう好きな人が?」
「……いる」
「えっ」
絶句したカミューは珍しく動揺したのか少しの間目を泳がせた後、身を乗り出してマイクロトフの顔をまじまじと見つめた。「ち、近い」とたじろいだマイクロトフには構わず、カミューは「詳しく」と詰め寄る。
「水臭いな、どうして今まで黙っていたんだ。堅物で有名なお前に、既に付き合っている女性がいたなんて」
「……付き合っては、いない」
「付き合っていない? では、片想い中ということか?」
「……ああ」
「はは、奥手なお前らしいな。だがひそかに想っているだけでは、そのうち他の男に取られてしまうぞ? そういう時こそ、持ち前の勇気を出すべきだろう。……どんな人なんだ?」
カミューの問いに、マイクロトフは慎重に言葉を選びながら答える。
「……聡明で、美しい人だ」
「ふぅん? ……それから?」
「それから……よく、笑う人だ。静かに微笑んだ時の|淑《しと》やかさもいいが、屈託なく笑った時の顔は、とても……可愛らしい」
「ベタ惚れじゃないか。お前がそこまで心惹かれているレディだなんて、私も見てみたくなったぞ。やはり思い切ってアタックすべきだ。……友として、一肌脱ぐか。お前は女性慣れしていないから、私が彼女をそれとなく誘い出して――」
「し、しなくていい! やめてくれ! 告白する気はないんだ。俺はまだ、それができる立場にない」
すっかり〝やる気〟になっているカミューをマイクロトフが慌てて遮ると、カミューは不思議そうな顔をした後でああ、と一人納得する。
「立場? 私たちは『騎士』になったんだぞ。恋の一つや二つをして何が悪いんだ。もちろん恋ばかりに現 を抜かすのは――そうか、お前はそれが怖いのか」
「あ、ああ、そうだ。もし付き合うことにでもなったら、自制できる自信がない。だから、今のままでいいんだ。『騎士』だからこそ、日々の務めを疎 かにしてはならない」
「……」
これ以上、この件にカミューを関わらせるわけにはいかない。なぜなら、マイクロトフが想っている相手とは――……。
一方でカミューは、マイクロトフにそこまで想われている女性がいるなんてと、笑顔の裏で暗い気持ちを抱いた。
その後もマイクロトフはたびたび女性から恋文を贈られたが、カミューのアドバイスどおり「今は誰とも付き合うつもりはない」「既に想い人がいる」と断り、カミューも同様の理由で女性たちの誘惑を躱した。美青年と名高い彼らの想い人がどこの誰なのか突き止めようとする者もいたが、どれだけ探っても二人に特定の女性の影は無く、一緒にいることの多いマイクロトフとカミューが想い人同士なのではないかという噂が広まり始めた。この噂はほどなく本人たちの耳にも入り、二人は反射的に顔を見合わせた後、カミューがふ、と笑う。
「ははは、そんな噂が出てしまうほど私たちは共にいる時間が多いということだな。……いっそのこと、本当に付き合ってしまおうか」
「なっ……!? 何を、言って……」
「どうせ『想い人』とは、あれから少しも進展していないんだろう? なら問題ないじゃないか」
妖しく微笑みながら誘ってくるカミューに、マイクロトフは大いに動揺した。彼は、本気で言っているのだろうか。もしここで己 が交際を承諾し、『想い人』の正体を明かしたら――。
(いや、駄目だ……何を考えている。いつもの軽口だ、本気にするな)
瞬時に理性を働かせたマイクロトフは、ゴホン、と咳払いすることで平静を装ってから、溜め息混じりに返す。
「……冗談はよせ。お前ほどの人間がよりにもよって同性の俺を選んだりしたら、お前を慕う女性たちが悲しむぞ。そもそも、俺がパートナーでは楽しくないだろう」
「何を言っているんだ、絶対に楽しいだろう。お前は堅物だからな、女性は物足りなく感じるかもしれないが、男の私からしてみれば見ていて飽きないし、付き合いが長い分、肩肘張らずに済む。変わらずお前を傍 で助けられるしな」
「それなら別に今の関係のままで充分じゃないか。ただでさえ俺たちは、あらぬ噂が絶えないというのに」
「何でも好きに言わせておけばいいさ。並んだら絵になる、お似合いともよく言われているんだ……どうだ? あらぬ噂を真実にしてしまうというのは」
耳元で甘く囁かれ、マイクロトフは思わず生唾を飲み込んだ。もしやカミューは、本当に……? 本当に、応えてしまってもいいのだろうか。応えた、その後は? カミューが、俺の「恋人」に――?
「……っふ、はっ」
拳を握り締め、覚悟を決めて口を開きかけたマイクロトフを見たカミューが、堪え切れずに吹き出した。まさかのカミューの反応に、マイクロトフは愕然とする。
「な、なぜ笑う!?」
「ふふ、迫真の演技だっただろう。相変わらずお前は、揶揄 い甲斐のある男だな。その顔、至極真面目に応えるつもりだったな?」
「……」
「……想っている女性がいるんだろう? さすがの私でも、そんな健気な男を本気で自分のものにしようとは思わんよ。しかし私にさえこうなのだから、美女から誘惑された場合にどうなるかが心配だな。どうやらお前は恋愛にまったく興味がないというわけでは無さそうだし……」
やはり、揶揄われていたのだ。このやり場のない気持ちを、どう発散すればいいのだろうか。いっそのこと開き直って「俺の気持ちを弄んだお前が悪い、責任は取ってもらう」と強気な態度に出られれば良かったのだろうが、それはマイクロトフの望むところではない。よって彼は唇を噛んで堪え、湧き上がる様々な感情を抑え込みながら、低い声で言う。
「カミュー……お前という奴は……」
「お、っと……そんなに怖い顔をするな。悪かったよ、マイクロトフ。まさかお前がああまで真剣に考えるとは思っていなくてな。誠実なお前のことだ、友とはいえ私の心をなるべく傷つけないように、じっくり言葉を選んで――」
「……断るのなら、すぐに断っている。熟考などしない」
「……うん?」
「い、いや、なんでもない。……用事を思い出した。また後で話そう」
逃げるように走り去って行ってしまったマイクロトフの後ろ姿を、カミューは唖然と見つめる。
「……熟考……?」
では、あの「間」は単なる戸惑いではなく、己との交際を真剣に考えていたということなのだろうか? もし己が自身の気持ちを偽ることなく、マイクロトフも応えてくれていたなら。実はマイクロトフも、私のことを……?
(……いや、そんな都合のいいことがあるわけがない。あいつにはもう想い人がいるんだ。ならば友として、その女性との恋路を応援してやるべきだろう)
そう思った途端に、カミューの胸がずきん、と痛む。
だがこの後もマイクロトフは、カミューが余計な世話を焼くことを恐れたのか『想い人』を紹介してくれることはなく、次第にその話もしなくなっていった。その女性の正体を知りたい気持ちは消えなかったが、マイクロトフ本人が話したがらないものを気にしても仕方がない、むしろ己が傷つくだけだとカミューは考え、その話題に触れることはしなかった。
††
「ところで……数年前の話になるが、城下に想い人がいると言っていたことがあっただろう。お前は紹介すらしてくれなかったが、どんな女性だったんだ?」
グラスランドに属するとある小さな村の宿で、突然カミューが、向かい側に横たわり己を抱きしめているマイクロトフに尋ねた。マイクロトフは腕の中の美しい恋人を見下ろし、苦笑する。
「……また随分昔の話を蒸し返してきたな」
「さすがにもう教えてくれてもいいだろう。今の私ならば、その女性に嫉妬することもないからな。……当時は、やきもきしたんだぞ」
ぼそりと本音を呟いたカミューがいつになく可愛らしくて、マイクロトフは思わずその明るい色の髪をくしゃりと撫でた。確かに、もう教えてやってもいいだろう。今はこうして、晴れて恋仲となったのだから。
「……お前ならば、すぐに気付くと思っていたんだがな。だいぶぼかしはしたが」
「気付く? ぼかす? ……どういうことだ?」
「俺が本気で恋情を抱いた人間は、後にも先にもただ一人だ。それは、あの頃から変わらない。……もう分かっただろう?」
「あの頃から、変わらない……? ではその想い人というのは、……私……なのか?」
「ああ。だから、お前に紹介するわけにはいかなかったんだ。それに俺は、一言も〝女性〟だとは言わなかっただろう?」
「……」
カミューの琥珀色の瞳が驚きに揺れ、マイクロトフの暗茶色の瞳が、笑みに細められた。――まさかの失態。当時の自分はマイクロトフの想い人を勝手に女性だと思い込み、あろうことか、自分自身に嫉妬していたのだ。カミューは眉間に皺を寄せ、わずかに口を尖らせる。
「……あの時の言葉、まだ覚えているぞ。淑やかだの、可愛らしいだの……明らかに男に使う言葉ではないだろう。お前は私をそういう目で見ていたのか?」
「すまない、あの時はそう表現するしかなかったんだ。……お前の笑顔が好きだというのは変わっていないぞ? もちろん笑顔だけではないが」
蕩けるような甘い笑顔を向けられて、咄嗟に取り繕うことができなかったカミューは、耳まで真っ赤になってしまった。人前だと不器用極まりないくせに、二人きりになった途端にこれ だ。しかもこの男は私を揶揄うつもりではなく「素」でやっているものだから質 が悪い。火照 った顔をこれ以上見られたくなくて目の前の逞しい胸に押し付けると、マイクロトフの手がカミューの頭をそっと撫でる。
「……もう、本心を偽る必要はないんだ。これからは周りに流されず、正直に生きていい。今後も様々な困難や危機に直面すると思うが、二人で手を取り合って乗り越えて行こう。今の俺たちならば、どんなことがあってもきっと大丈夫だ」
「……そうだな」
低く落ち着いた声で語られる、力強い言葉が心地良い。――いつだって私は、お前を。
愛する者の匂いと温もりに包まれながらカミューは満足そうに微笑み、そんなカミューを、マイクロトフも愛おしそうに見つめたのだった。
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自らの思い切った行動を恥じたのか女性はぱたぱたと走り去って行き、後には途方に暮れるマイクロトフが残された。女性の扱いが上手く人気もあるカミューならばいざ知らず、なぜ自分が? と思わずにはいられなかった。
「……で? なぜ私が、お前が貰った恋文についての相談を受けなければならないんだ?」
すっかり困り果てたマイクロトフは真っ先に、こういったことに慣れていそうな親友・カミューの元へと向かった。心底呆れたといった表情のカミューへ、マイクロトフはもごもごと口ごもる。
「い、いや。お前ならば、こういう時にどうすればいいか知っているだろうと思って……」
「どうすればいいかも何も、お前自身はどうしたいんだ?
「……その気はまったく無い。だから、どうお断りすればいいかを
あまりにも真っ直ぐな目で言われ、カミューは苦笑する。
「そもそもお前はどんな女性が相手でもどんな文であっても、お付き合いする気はないんだろう。ならば正直に、その
「……」
カミューが口にした「意中の人」という言葉に、マイクロトフの胸がどくん、と鳴った。意中の人なら、いる。出会ってからそれほど経たないうちに好意を抱き、現在進行形でひそかに想い続けている人が。急に黙り込んでしまったマイクロトフに、カミューは冗談交じりに尋ねる。
「……なんだ。まさかとは思うが、実はもう好きな人が?」
「……いる」
「えっ」
絶句したカミューは珍しく動揺したのか少しの間目を泳がせた後、身を乗り出してマイクロトフの顔をまじまじと見つめた。「ち、近い」とたじろいだマイクロトフには構わず、カミューは「詳しく」と詰め寄る。
「水臭いな、どうして今まで黙っていたんだ。堅物で有名なお前に、既に付き合っている女性がいたなんて」
「……付き合っては、いない」
「付き合っていない? では、片想い中ということか?」
「……ああ」
「はは、奥手なお前らしいな。だがひそかに想っているだけでは、そのうち他の男に取られてしまうぞ? そういう時こそ、持ち前の勇気を出すべきだろう。……どんな人なんだ?」
カミューの問いに、マイクロトフは慎重に言葉を選びながら答える。
「……聡明で、美しい人だ」
「ふぅん? ……それから?」
「それから……よく、笑う人だ。静かに微笑んだ時の|淑《しと》やかさもいいが、屈託なく笑った時の顔は、とても……可愛らしい」
「ベタ惚れじゃないか。お前がそこまで心惹かれているレディだなんて、私も見てみたくなったぞ。やはり思い切ってアタックすべきだ。……友として、一肌脱ぐか。お前は女性慣れしていないから、私が彼女をそれとなく誘い出して――」
「し、しなくていい! やめてくれ! 告白する気はないんだ。俺はまだ、それができる立場にない」
すっかり〝やる気〟になっているカミューをマイクロトフが慌てて遮ると、カミューは不思議そうな顔をした後でああ、と一人納得する。
「立場? 私たちは『騎士』になったんだぞ。恋の一つや二つをして何が悪いんだ。もちろん恋ばかりに
「あ、ああ、そうだ。もし付き合うことにでもなったら、自制できる自信がない。だから、今のままでいいんだ。『騎士』だからこそ、日々の務めを
「……」
これ以上、この件にカミューを関わらせるわけにはいかない。なぜなら、マイクロトフが想っている相手とは――……。
一方でカミューは、マイクロトフにそこまで想われている女性がいるなんてと、笑顔の裏で暗い気持ちを抱いた。
その後もマイクロトフはたびたび女性から恋文を贈られたが、カミューのアドバイスどおり「今は誰とも付き合うつもりはない」「既に想い人がいる」と断り、カミューも同様の理由で女性たちの誘惑を躱した。美青年と名高い彼らの想い人がどこの誰なのか突き止めようとする者もいたが、どれだけ探っても二人に特定の女性の影は無く、一緒にいることの多いマイクロトフとカミューが想い人同士なのではないかという噂が広まり始めた。この噂はほどなく本人たちの耳にも入り、二人は反射的に顔を見合わせた後、カミューがふ、と笑う。
「ははは、そんな噂が出てしまうほど私たちは共にいる時間が多いということだな。……いっそのこと、本当に付き合ってしまおうか」
「なっ……!? 何を、言って……」
「どうせ『想い人』とは、あれから少しも進展していないんだろう? なら問題ないじゃないか」
妖しく微笑みながら誘ってくるカミューに、マイクロトフは大いに動揺した。彼は、本気で言っているのだろうか。もしここで
(いや、駄目だ……何を考えている。いつもの軽口だ、本気にするな)
瞬時に理性を働かせたマイクロトフは、ゴホン、と咳払いすることで平静を装ってから、溜め息混じりに返す。
「……冗談はよせ。お前ほどの人間がよりにもよって同性の俺を選んだりしたら、お前を慕う女性たちが悲しむぞ。そもそも、俺がパートナーでは楽しくないだろう」
「何を言っているんだ、絶対に楽しいだろう。お前は堅物だからな、女性は物足りなく感じるかもしれないが、男の私からしてみれば見ていて飽きないし、付き合いが長い分、肩肘張らずに済む。変わらずお前を
「それなら別に今の関係のままで充分じゃないか。ただでさえ俺たちは、あらぬ噂が絶えないというのに」
「何でも好きに言わせておけばいいさ。並んだら絵になる、お似合いともよく言われているんだ……どうだ? あらぬ噂を真実にしてしまうというのは」
耳元で甘く囁かれ、マイクロトフは思わず生唾を飲み込んだ。もしやカミューは、本当に……? 本当に、応えてしまってもいいのだろうか。応えた、その後は? カミューが、俺の「恋人」に――?
「……っふ、はっ」
拳を握り締め、覚悟を決めて口を開きかけたマイクロトフを見たカミューが、堪え切れずに吹き出した。まさかのカミューの反応に、マイクロトフは愕然とする。
「な、なぜ笑う!?」
「ふふ、迫真の演技だっただろう。相変わらずお前は、
「……」
「……想っている女性がいるんだろう? さすがの私でも、そんな健気な男を本気で自分のものにしようとは思わんよ。しかし私にさえこうなのだから、美女から誘惑された場合にどうなるかが心配だな。どうやらお前は恋愛にまったく興味がないというわけでは無さそうだし……」
やはり、揶揄われていたのだ。このやり場のない気持ちを、どう発散すればいいのだろうか。いっそのこと開き直って「俺の気持ちを弄んだお前が悪い、責任は取ってもらう」と強気な態度に出られれば良かったのだろうが、それはマイクロトフの望むところではない。よって彼は唇を噛んで堪え、湧き上がる様々な感情を抑え込みながら、低い声で言う。
「カミュー……お前という奴は……」
「お、っと……そんなに怖い顔をするな。悪かったよ、マイクロトフ。まさかお前がああまで真剣に考えるとは思っていなくてな。誠実なお前のことだ、友とはいえ私の心をなるべく傷つけないように、じっくり言葉を選んで――」
「……断るのなら、すぐに断っている。熟考などしない」
「……うん?」
「い、いや、なんでもない。……用事を思い出した。また後で話そう」
逃げるように走り去って行ってしまったマイクロトフの後ろ姿を、カミューは唖然と見つめる。
「……熟考……?」
では、あの「間」は単なる戸惑いではなく、己との交際を真剣に考えていたということなのだろうか? もし己が自身の気持ちを偽ることなく、マイクロトフも応えてくれていたなら。実はマイクロトフも、私のことを……?
(……いや、そんな都合のいいことがあるわけがない。あいつにはもう想い人がいるんだ。ならば友として、その女性との恋路を応援してやるべきだろう)
そう思った途端に、カミューの胸がずきん、と痛む。
だがこの後もマイクロトフは、カミューが余計な世話を焼くことを恐れたのか『想い人』を紹介してくれることはなく、次第にその話もしなくなっていった。その女性の正体を知りたい気持ちは消えなかったが、マイクロトフ本人が話したがらないものを気にしても仕方がない、むしろ己が傷つくだけだとカミューは考え、その話題に触れることはしなかった。
††
「ところで……数年前の話になるが、城下に想い人がいると言っていたことがあっただろう。お前は紹介すらしてくれなかったが、どんな女性だったんだ?」
グラスランドに属するとある小さな村の宿で、突然カミューが、向かい側に横たわり己を抱きしめているマイクロトフに尋ねた。マイクロトフは腕の中の美しい恋人を見下ろし、苦笑する。
「……また随分昔の話を蒸し返してきたな」
「さすがにもう教えてくれてもいいだろう。今の私ならば、その女性に嫉妬することもないからな。……当時は、やきもきしたんだぞ」
ぼそりと本音を呟いたカミューがいつになく可愛らしくて、マイクロトフは思わずその明るい色の髪をくしゃりと撫でた。確かに、もう教えてやってもいいだろう。今はこうして、晴れて恋仲となったのだから。
「……お前ならば、すぐに気付くと思っていたんだがな。だいぶぼかしはしたが」
「気付く? ぼかす? ……どういうことだ?」
「俺が本気で恋情を抱いた人間は、後にも先にもただ一人だ。それは、あの頃から変わらない。……もう分かっただろう?」
「あの頃から、変わらない……? ではその想い人というのは、……私……なのか?」
「ああ。だから、お前に紹介するわけにはいかなかったんだ。それに俺は、一言も〝女性〟だとは言わなかっただろう?」
「……」
カミューの琥珀色の瞳が驚きに揺れ、マイクロトフの暗茶色の瞳が、笑みに細められた。――まさかの失態。当時の自分はマイクロトフの想い人を勝手に女性だと思い込み、あろうことか、自分自身に嫉妬していたのだ。カミューは眉間に皺を寄せ、わずかに口を尖らせる。
「……あの時の言葉、まだ覚えているぞ。淑やかだの、可愛らしいだの……明らかに男に使う言葉ではないだろう。お前は私をそういう目で見ていたのか?」
「すまない、あの時はそう表現するしかなかったんだ。……お前の笑顔が好きだというのは変わっていないぞ? もちろん笑顔だけではないが」
蕩けるような甘い笑顔を向けられて、咄嗟に取り繕うことができなかったカミューは、耳まで真っ赤になってしまった。人前だと不器用極まりないくせに、二人きりになった途端に
「……もう、本心を偽る必要はないんだ。これからは周りに流されず、正直に生きていい。今後も様々な困難や危機に直面すると思うが、二人で手を取り合って乗り越えて行こう。今の俺たちならば、どんなことがあってもきっと大丈夫だ」
「……そうだな」
低く落ち着いた声で語られる、力強い言葉が心地良い。――いつだって私は、お前を。
愛する者の匂いと温もりに包まれながらカミューは満足そうに微笑み、そんなカミューを、マイクロトフも愛おしそうに見つめたのだった。
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