両手に花

 「新しく就任した赤騎士団長と青騎士団長はまだ若い上、やけに顔がいい」。これが周囲からの評価だった。
 赤騎士団長カミューと、青騎士団長マイクロトフ――彼らは入団以来の親友同士で、揃って美青年である。足下にひざまずき、騎士団最高位の白騎士団長であるおのれに忠誠を誓う二人を見下ろした時は、さすがのゴルドーも気分が良かった。これからはこの若く美しい青年たちを従え、侍らせることになる。それだけで、優越感に浸ることができたのだ。
 だが――従順なカミューはともかくとして、マイクロトフが、なかなかに厄介な存在だった。
 彼は直情的で人一倍正義感が強く、納得の行かないことがあれば、臆せず意見してくる。保身的で面倒事を避けたい性分のゴルドーとは徹底的に相性が悪く、赤・青騎士団長が代替わりして早々に、騎士団長の間で言い争うゴルドーとマイクロトフの姿が見られるようになった。二人が衝突するたびにカミューが仲裁に入ってはマイクロトフをなだめ、ゴルドーに頭を下げるのが常だった。

「……やはり納得がいかない! 俺は何か間違ったことを言ったか!? あの方は逃げているだけだ!!」
 今日も今日とてマイクロトフはゴルドーと言い争い、いまだ興奮冷めやらぬ様子で廊下を歩いていた。そんな彼を、傍らのカミューが「いいからそろそろ落ち着け」とたしなめる。
「知ってのとおり、ゴルドー様の権威は絶大だ。なにせ三騎士団のトップだからな。どうしても従えないと言うのならば今の地位を捨て、退団するしかない。もしくはあの方を押し退けて、お前が頂点に立つか」
「……それは……」
「無理だろう? 騎士団において、序列は絶対だ。だから、耐えろ。騎士でいたいのならな」
「くっ……」
 なぜお前は素直に従うことができるのか。己の意見は、騎士の矜持はないのか。色々と言いたいことはあったがそれをぐっと堪え、マイクロトフは拳をきつく握り締めた。――分かってはいるのだ。ゴルドーに忠誠を誓った騎士である以上は彼に服従すべきで、カミューがゴルドーに楯突くことなく己を制するのも、彼なりの処世術であることはもちろん気に入らない人間を容赦なく追い出すゴルドーから自分を守ってくれているのだ、と。分かってはいるのだが。
「……それでも俺は、あの方の言動が明らかに騎士のあるべき姿から逸脱していたら、誰かが諫め正さねばならないと思っている。本来それは白騎士団に属する人間の役目のはずなのに、奴らは無駄に威張り散らしているだけで、何も動こうとはしない。このままでは、マチルダ騎士団は……」
 そこまで言いかけて、マイクロトフは口をつぐんだ。微かに首を横に振ったカミューに、目で制されたからだ。
「もうそれくらいにしておけ。お前の声はよく通るから、今までの会話も誰かに聞かれていたかもしれない。……ともかく一度部屋に戻って本を読むなりひと眠りするなりして、少し頭を冷やせ。今のお前は一つの騎士団を束ねる団長なんだ、お前の言動ひとつでお前自身だけでなく、青騎士団の今後も左右されるんだぞ」
「……」
 こうまで言われてしまっては、返す言葉がない。途轍もない歯痒さを覚えながらも、マイクロトフは身を翻して己の前を行くカミューの後に続いた。

 カミューの忠告どおりマイクロトフは一度自室に篭り心を無にしようと試みたが、最近入手した本を読もうとしても目が滑り、ベッドに横たわってもまったく眠気が訪れることはなく、途方に暮れて腰掛けたソファーの上で深く溜め息を吐いた。やはり、じっとしているのは性に合わない。こういう時は外に出て体を動かすに限ると、戻ってから一時間も経たないうちに部屋を後にする。
 鍛錬でもして汗を流すか、と思った矢先に二人の青騎士が小走りでこちらへと向かって来るのが見えた。彼らはマイクロトフを見るなり「団長!」と声を上げ、ばたばたと駆け寄って来る。
「どうした。何かあったのか?」
「そ、それが……城門で、見張りの連中と揉めている奴らがいて……」
「一般市民のようですが、何でも中に入れろ、騎士団長に会わせろと言って聞かないそうです」
「……」
 ついに来たかと、マイクロトフは思った。心当たりは大ありだ。先日の国境付近の戦いでマチルダ騎士団から受けた非情な仕打ちに、市民たちが怒りと恨みを募らせたのだろう。戦うすべを持たぬ市民たちをその場に残して引き揚げることを指示したのは他ならぬゴルドーだが、彼の決定に逆らえず民を見捨てることを選んだ己も同罪だ。マイクロトフは唇を噛みしめ、全ての責めを負う覚悟で城門へ向かおうとする。
「なっ……だ、団長! まさか……」
「どうせゴルドー様は相手になさらないだろう。ならば俺が出る。誠心誠意詫びたところで失われた者が戻って来るわけではない上に、民の心が晴れることはないとは思うが」
「そんな、どうして団長お一人が! 我々に引き揚げるよう指示したのはゴルドー団長ではありませんか! どう考えてもゴルドー団長御自らが出向かれ釈明すべきです!!」
「そうですよ、なぜ団長だけが矢面に立たねばならないのですか! 団長にもしものことがあったら、俺たちは……」
 目を潤ませて必死に引き止めようとする青騎士たちを振り切って、マイクロトフはひたすら前進する。すると前方から、カミューが歩いて来るのが見えた。そこでようやくマイクロトフが足を止め、青騎士たちは渡りに船とばかりにカミューに駆け寄る。
「……カミュー」
「カミュー団長、助けてください!」
「俺たちの団長を止めてください! このままでは、団長が……!」
「そんなことだろうと思った。仕方がない、私も出よう。ゴルドー様からも『うるさくて敵わん、早く黙らせろ』と言われたことだしな」
「くっ……やはりご自分は動こうとはなさらないのか! あの方はどこまで……!」
「いや、下手に動かれても火に油を注ぐ羽目になるだけだ。ならば我々だけで対処したほうがまだマシだろう。だがあの時のことを、どう釈明すれば納得してもらえるか――」
 その時、城門から一際大きな悲鳴と怒号が聞こえたかと思うと、城内に一人の男が転がり込んだ。その男は素早く立ち上がると、脇目も振らずに騎士団長の間へと向かって行く――。
「何っ!?」
「! まずい!」
 騎士団長の間へと続く扉を蹴り開け奥への侵入を果たした男の後を、マイクロトフとカミューが追う。いくら侵入者の男が一般人にしては身のこなしが俊敏とはいえ現役の騎士であるゴルドーが無抵抗で斬り伏せられることはないだろうが、危機的状況であることに変わりはない。
「な、何だ、お前は! どうやってここまで……」
「ゴルドー、貴様のせいで私は、私の家族は……! 母の、妻の、我が子の仇……!!」
 広間に男の凛とした声が響き、彼は服の下に隠し持っていた長剣を取り出すと、ゴルドーめがけて突進した。まさかの事態に反応が遅れたゴルドーは腰元の剣に手を掛けたが間に合わず、ひぃっと無様な悲鳴を上げながら男の剣をギリギリのところで躱す。
「ゴルドー様!」
「無礼者! 貴様の行いは万死に値するぞ!!」 
 床に尻もちをついたゴルドーへカミューが駆け寄り、その前に飛び出したマイクロトフが男の剣を受け止めた。彼の愛剣・ダンスニーと男の長剣が擦れ合って嫌な音を立て、やがてマイクロトフが力で圧倒し、男を跪かせる。
「……ふっ、さすがだな。貴殿が現在の青騎士団長殿か」
「……何?」
「向こうにいるのが新たな赤騎士団長殿で……だが、白騎士団長は変わらずか。よくもまあ、今も続いているものだ」
「あ、あなたはいったい……」
 観念した男が長剣を床に横たえ、低く笑う。「カミュー、その男を牢にぶち込め!」と怒鳴るゴルドーを「お待ちを。彼にも何か事情があるようです」とカミューが制し、男を静かに見つめる。
「なに、大したことではないさ。私が白騎士団の副長を務めていたのは昔の話で、騎士団を追放されてからは、ただの一市民として生きていた。ゆえに今の私は、ただの無法者に過ぎない」
「元白騎士団、副長殿……」
「ええい、わしはそんな奴など知らん! 何であれ、このわしに剣を向けたのだ。御託はいらん、さっさと牢へ連れて行け!」
 唖然とするマイクロトフとカミューをよそに、未だ立ち上がることができないゴルドーが再び怒鳴る。
「私は全てを失った。よって、もう何も怖くはない。……さあ、私を地下牢へ。騎士団長殿の言うとおりにしなければ、君たちが罰せられるぞ」
「し、しかし……」
「……神聖なる騎士団長の間を、罪人の血で汚したいのか?」
 突如男が長剣を再び手に取り、自らの首に当てた。何も失うものが無くなったこの男ならば、本当にやり兼ねない。マイクロトフはゴルドーとカミューに目配せしてから男を連れて、騎士団長の間を後にする。
 城の入口には見張りの騎士が増えていて、侵入者を阻んでいる。外から聞こえる市民たちの叫び声を背に、マイクロトフは外に控えていた青騎士たちと共に地下牢へと向かった。

「……ゴルドー様、大丈夫ですか? 立てますか?」
 一方騎士団長の間ではカミューが跪いてゴルドーを気遣わしげに覗き込み、ゴルドーもまた、自力で立ち上がろうと試みていた。だが男の剣を避け床に崩れ落ちた拍子に負傷したのか右足首にズキンと痛みが走り、彼はウッ、と低く呻いて再び尻もちをつく。
「ぐっ……なぜわしが、このような目に……」
「……マイクロトフが戻り次第、医務室へ行きましょう。城の外に集まっている市民たちは、後ほど我々が直接出向き説得します。今は赤・青副長が抑えてくれていますが、団長である私たちが顔を見せなければお帰りいただけないと思うので」
「ふん……愚民どもが。躾のなっていない犬のようにギャンギャンわめきおって、不愉快極まりない。あの無礼千万な男も含め、全員首を刎ねてやりたいわ」
「……」
 ――どこまでも傲岸不遜で、救いようのない男だ。柔和な態度の裏でカミューは、ゴルドーに対して何度目か分からない嫌悪感を抱いた。それでもこの男は騎士団のトップであり、何があっても従わねばならない人間だ。自身はもちろん何かと衝突の多いマイクロトフを失墜させないためにも、堪えなければならない。
 痛みにうめくゴルドーにカミューが穏やかに声を掛けて慰めていると、マイクロトフが一人きりで戻って来た。カミューはすぐに事情を説明し、マイクロトフも了承する。
「分かった。……ではゴルドー様、左腕を俺の肩へ。しっかり掴まってください」
 普段はそりが合わず言い争いばかりしているが、このような非常時にはきちんと割り切ることができるらしい。己が腕を回しやすいように身を屈めたマイクロトフは忠実な部下そのもので、背が高く体格もがっしりしていることもあって、非常に頼もしい。
「……」
 生意気なこの男に頼ることに躊躇ためらいはあったが、見目麗しい青年二人に甘やかされて悪い気はしない。「剣は私がお持ちいたしましょう」とカミューにも言われ、ゴルドーはカミューに剣を預けた後、マイクロトフの左肩に腕を回す。
 くじいた右足を引き摺っているゴルドーに合わせてマイクロトフはゆっくりと歩を進め、二人を先導するようにカミューが前を行く。彼らを慕うロックアックス城下の女たちが見たらさぞ嫉妬に狂うであろう眺めに、ゴルドーは微かに口元を歪めた。

 ゴルドーが痛めた右足首には、「軽度の捻挫」という診断が下された。十日程度安静にしていれば治るだろうと言われ、ゴルドー本人はもちろんマイクロトフとカミューも安堵する。
「ひとまず、骨折ではなかったようで何よりです。とはいえ捻挫でもお辛いでしょうから、痛みが引くまでは我々もできる限りお支えします」
「我々が不在の間は、白騎士団の者たちに。ゴルドー様の忠実なしもべである彼らならば、きっと我々以上に力になってくれるでしょう」
 医務室の椅子に座っているゴルドーの前にカミューが跪き、テーピングを施されたその右足にうやうやしく靴を履かせる。その後再びマイクロトフがゴルドーに肩を貸し、三人は騎士団長の間へと戻って来た。ゴルドーが玉座に腰掛けたのを確認してから、マイクロトフは凛と、カミューは優雅に一礼して去って行く。
「……ふん。口答えさえしなければ可愛げがあるものを」
 常時穏和なカミューはともかく、マイクロトフが彼の部下たちから熱烈に慕われている理由が分かった気がする。
 彼らはこれから城門に赴き、市民たちの不満のけ口となるのだろう。騎士団のトップであるゴルドー直々じきじきの説明を求める声もあるだろうが、あいにく彼にはまったくその気がなく、民を鎮められるとも思っていない。己はいつ如何いかなる時もどっしりと構えていればいいのだと、ゴルドーは玉座の背凭れに寄り掛かり、深く息を吐き出す。
 やがてどう釈明したのか城の外から聞こえていたどよめきが徐々に治まり、ロックアックス城にようやく平穏が訪れた。地下牢に捕らえた元白騎士団副長に対してはゴルドーは「首を刎ねろ」と命じたが、マイクロトフとカミューが助命を嘆願したため、今回ばかりは彼らの働きに免じて釈放することとなった。ゴルドーが見送りに出て来なかったことが幸いし、三人は街の出入り口で別れの挨拶を交わす。
「……私を生かしておいてどうする。白騎士団長への恨みは晴れていないのだ、また同様の騒ぎを起こすかもしれないぞ」
「あなたは、白騎士団の副長にまで上り詰めたお方です。そのような方を斬刑に処すのは、あまりに惜しい。そしてこれは、俺の勝手な推測なのですが……あなたが騎士団を追われたのは、ゴルドー団長に幾度も諫言なさったからではありませんか? 現在の白騎士団はあの方に従順つ傲慢な人間ばかりで、話にならない。俺にはそれが歯痒くてならず、つい、いつも……」
「そのせいで、都度私が取り成さなければならないわけですが。まったく、この男の短気さには困ったものです。ですが、歯痒い気持ちは私にも分かります。この騎士団に、ゴルドー様を止められる者はいないので」
「……そうか、君たちも苦労しているのか。あの男が騎士団長の座に居座っている限り、現状打破は困難を極めるだろうな。反逆者とそしられ追放された私にはもう何もしてやることはできないが、元白騎士団副長として、いつの日かマチルダ騎士団が良い方向に生まれ変わることを願っているよ」
 元白騎士団副長の言葉に、マイクロトフとカミューが頭を下げる。
「ありがとうございます。そのお言葉だけで、少し救われた気がします。――どうか、お命を大切に。叶うことならばあなたとは一度、じっくり話がしてみたい」
「ははは、嬉しいことを言ってくれる。私なんぞの経験が君たちの役に立つかは分からんが、再びどこかで会うことがあれば、その時は酒でも酌み交わしながら話そう。君たちのような現状を変えたいと思っている若者がいるだけでも、マチルダ騎士団の今後にはまだ希望が持てそうだ」
 元白騎士団副長が身を翻し、二人の若き騎士団長に背を向けて歩き出す。
「――どうか、その時までお元気で」
 マイクロトフに続いて声を掛けたカミューに元白騎士団副長は軽く手を挙げることで答え、一度も振り返らずに去って行った。だがその後彼と再会することはなく、生死はおろか消息すら掴むことができなかった。

 この数年後、ゴルドーの横暴に堪え兼ねたマイクロトフとカミューが彼らの部下の約半数と共にマチルダ騎士団を離反し、ハイランド王国に降伏したゴルドーは非道な行いによって新同盟軍のリーダーとハイランド皇王に討たれることになるわけだが、それはまた別のお話。
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