「おばけ」現る!?

「カミュー、少しいいか? お前に相談に乗ってほしいことが――うわっ!?」
 いつものようにカミューの部屋を訪ねたマイクロトフは、ソファーに座っている者の顔を見た途端に短い悲鳴を上げた。
 姿形は紛れもなくカミューなのだが、その顔は真っ白で、まるで「おばけ」だ。わけが分からず顔を引きつらせているマイクロトフへ、謎の「おばけ」はカミューの声で明るく笑う。
「『ははは、お前の親友の体はこの私が乗っ取った!』……とでも言うと思ったか? 安心しろ、私は〝おばけ〟じゃない。お前が今一番会いたいと思っていた、お前の友さ」
「……」
 少し考えてから、ようやく理解した。今のカミューは美容に気を遣う女性たちが愛用している「シートマスク」を顔に装着しているから見た目が不気味なのだ、と。容姿端麗と評判のカミューも、美容に目覚めたということなのだろうか。
「何事だ」
「まあ、そう思うのも無理はないか。私の部下に、団長もどうですかと薦められてね。なんでもお付き合いしている女性が美容を趣味としているようで、彼女につられて自分もハマったのだと言っていた。むしろ団長こそ日頃から気を遣うべきです、と力説された」
「……そうなのか」
「しかも手始めにと、化粧水やら乳液やらの試供品まで貰ってしまってな。このシートマスクもその一つだ。結構な量を貰ったから、お前もどうだ?」
「い、いや、俺はいい。お前の部下がくれたのだから、お前が全て使うべきだ」
 シートマスクをつけたまま微笑まれると、余計に不気味だ。あまりにもマイクロトフが戸惑っているからか、カミューがシートマスクを外すと見慣れた顔が現れ、しっとりと潤った肌は、つやつやと輝きを放っている。
「凄いな、まるで私の肌ではないみたいだ。ただでさえ忙しい時は荒れがちになるんだ、これを機に今後は朝晩のケアを心掛けてみよう。肌が綺麗で損はないはずだからな。――もう一度言う。お前もどうだ?」
 今度は素顔で微笑まれてマイクロトフは再度断ろうとしたが、本来は真面目な話をしに親友の部屋を訪れたのだ。何よりカミューの一見爽やかな笑顔に込められた〝圧〟に抗えず、これも経験と、マイクロトフは折れることにする。
「……一度だけだからな」
「よし。二人で、より清潔感のあるいい男を目指そうじゃないか。だがこのシートは、いきなり顔に貼るのではなく――」
 カミューはマイクロトフに丹念に顔を洗うように言い、洗顔後は化粧水をつけさせ、自らの手でシートマスクを付けてやった。第二の「おばけ」誕生だ。
「むっ……違和感が凄いな。これは、どれくらい付けていればいい?」
「10分程度だ。……しかし、お前が付けると妙な迫力があるな。子供が見たら、間違いなく大泣きしそうだ」
「この顔のまま部屋の外へは出られないだろう……そうだ、10分あるのなら本来の目的が果たせるな。我が青騎士団と、お前の赤騎士団の合同鍛錬のことで……」
 本来の目的を忘れていなかったマイクロトフは、シートマスクを付けたままの顔で真面目に話し始めた。その様がおかしくてカミューは込み上げる笑いを必死に堪えながらも、的確な助言をする。
 その最中さなかに、新たな訪問者があった。扉の外で名乗ったのは若い青騎士たちで、青騎士団内で殴り合いの喧嘩が起こっているので団長のマイクロトフに来てほしいのだと言う。
 それを聞いた途端、勢いよく立ち上がったマイクロトフがカミューの横を通り過ぎて行った。「お前、顔……!」と呼びかけたが、もう遅い。マイクロトフは扉を開け放ち、部屋の出入り口に仁王立ちになる。
「殴り合いだと!? 分かった、今すぐに――」
「ひっ、ヒィッ!?」
「わあっ、お、おおっ、おばけ……っ」
 ただでさえ勇気を振り絞って自分たちとは所属の異なる赤騎士団長の部屋を訪れたというのに、出迎えたのが迫力満点の「おばけ」だとは。若い青騎士たちは一目散に逃げ出し、あっという間に見えなくなってしまった。残されたマイクロトフはようやく我に返り、背後で堪らず笑い転げているカミューを恨めしそうに見つめる。
「……なぜ、こういう時に限って……」
「ふふっ……私はきちんと、声を掛けたぞ。それをお前が聞かずに、飛び出して、行くから……くくくっ……」
「やはり俺に美容とやらは向いていない。今回限りでいい。……まだ話は終わっていないが、まずは騒ぎを止めてくる。また後で来る」
「それはもったいないな。単にお前の不注意が招いたことじゃないか。いつも言っているだろう、衝動的な行動は慎めと。……青騎士団の騎士たちは、お前に似て熱い男が多いようだな。できるだけ穏便に済むことを願っているよ」
 シートマスクを剥がしたマイクロトフの顔はカミュー同様しっとりと潤いつやつやと輝きを放っていたが、彼は無造作にごしごしと顔をこすって湿り気を拭うと、急ぎ青騎士団の兵舎に向かって走り去って行った。「また後で来る」という言葉にどことなく可愛らしさを覚えて小さく笑いつつ、カミューはマイクロトフが戻ってくるのを待つことにしたのだった。
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