絶体絶命
「カミュー。今夜、わしの部屋に来い」
不意に白騎士団長ゴルドーに呼び止められ、つい先日赤騎士団長の座に就いたばかりのカミューは、内心の驚きを極力表に出さぬよう、努めて冷静に振り返った。背後の玉座に腰掛けたゴルドーはいつにない欲を孕んだ目でカミューを見つめており、つまりはそういう 誘いなのだと確信する。
まさかマチルダ騎士団で最も偉い立場の人間が、己 をそのような目で見ていたとは。――さて、どう対応しようか。カミューは穏やかな笑みを浮かべ、言葉を選びながらゴルドーと相対 する。
「……何か内々のお話でも? 私のような若輩者ではあまりお力にはなれないかと存じますが」
カミューの言葉に、ゴルドーは焦れたように肘掛けを数度叩いてふんぞり返った。そして、
「わしはわざわざお前を指名しておるのだ。この役目は、お前にしか務まらん。いいから黙って従え。これは命令だ」
居丈高に言い放ったゴルドーに、だがカミューが屈することはなかった。柔和な表情は崩さぬまま、彼は毅然と返す。
「ですが、せめてどのようなお役目なのかお教えいただけませんか? ゴルドー様直々のご指名の上、やはりお引き受けする以上は事前にしっかりと準備を行い、最善を尽くしたいのです。私にも、騎士の矜持はありますから」
「……」
普段は穏和で従順な青年だが、自身に迫る身の危険を察したのか、今回ばかりは素直に聞き入れる気は無いらしい。ならば、最終手段を使うまで。不遜な笑みを浮かべたゴルドーは、カミューの弱点を突く作戦に出る。
「ふむ……確かお前は、口答えばかりするあの生意気な男と懇意な間柄だったな」
「!」
「わしは、あの男が気に入らん。事あるごとに己の正義を振りかざし、長 であるわしに逆らおうとする。本来ならば、今すぐにでもあやつから青騎士団長の座を剥奪してしまいたいところだが……」
「……それは……」
「わしは寛大だからな、お前に免じて我慢してやっているのだ。……聡 いお前ならば分かるであろう? わしの命令を拒んだらどうなるか。あやつの首が飛んでも良いのか? んん?」
「……」
親友を盾にするとは、なんと卑劣な――否、ある程度予想はできていたが。笑みを消したカミューは、短く溜め息を吐いて観念する。
「……今夜ですね。分かりました。いつ頃お伺いすればよろしいでしょうか」
「11時頃だ。ただし、わしに呼ばれたことは誰にも口外するでないぞ。――下がれ」
「はい……」
しおらしく下がって行くカミューのすらりとした後ろ姿を、ゴルドーは舐めるように凝視しながら見送った。
夜11時。約束どおり、カミューはゴルドーの私室にやってきた。呼びかけに応じたゴルドーはカミューを強引に室内へと引っ張り込み、すぐさま扉を閉めて施錠する。
「……ふん、一応気は利かせたようだな。まずは酌をしろ。お楽しみはそれからだ」
「はい。ゴルドー様のお口に合うか分かりませんが、やはり手土産の一つは用意すべきかと思いまして。酒の名産地として有名なカナカン産の高級ワインを持参いたしました」
カミューが持参したワインの話を聞いて、ゴルドーはいくらか気を緩めたようだった。何もせずただソファーの上でふんぞり返っているゴルドーの眼前のグラスにワインを注ぎ、カミューは、自らのグラスにも同じものを注ぐ。
一口ワインを口に含んだゴルドーは、じっくり味わって飲み込んでから頷いた。どうやら気に入ったらしく、「うむ、悪くない」と珍しく前向きな感想を漏らしたゴルドーへ、カミューは「それは良かった」と柔らかく微笑む。
その後もゴルドーは順調にグラスを空 け続け、徐々に顔が紅潮し始めた。同時に気分も高揚してきたようで、カミューのグラスに注がれたワインがほとんど減っていないことには気付いていない。
「今日のわしは気分がいい。もっと近くに寄るが良い」
「いえ、それはさすがに。こうしてゴルドー様の私室にお招きいただいただけでも恐れ多いというのに、それ以上のことは」
「わしがいいと言っておるのだ。つべこべ言わずに来い」
「あっ……」
強引に腰を抱かれ、引き寄せられた。ゴルドーの無遠慮な手はカミューのしなやかな腰のラインを幾度かなぞり、やがて後方へ回されたかと思うと尻を撫で上げ、その感触を確かめるように揉み始める。
「……っ」
これには然 しものカミューも眉間に皺を寄せ、歯を食いしばって気色の悪さに耐えた。だがゴルドーは却 ってそれがそそられたのか、カミューの尻を揉みしだく手を止めずに言い放つ。
「ふん、いくらお前の容姿が優れていようと、やはり女のような弾力や柔らかさは無いな。だが……中身はどうだろうな? 下手をすれば、並の女よりも男泣かせの体の持ち主であるやもしれん」
「……」
「本来男は趣味ではないが、お前のような美しい男を組み敷き善 がらせるのも、また一興よ。どうせあの男とは、清い関係のままなのだろう? ならばあの男よりも先に、わしが――」
突如ゴルドーの視界が揺らぎ、その巨体が大きく傾いだ。カミューの尻からも手が離れ、ほどなくしてゴルドーはそのまま後ろに倒れ込んで眠ってしまう。
カミューはゴルドーの顔を覗き込み、確実に眠っていることを確認すると、ようやく安堵のため息を吐いた。危ないところだったが、なんとか間に合った。腰や尻を執拗に揉まれた不快な感覚はまだ残っているが、身を汚されたわけではないからと、嫌な気分を無理やり振り払う。
(もしもの時のためにと、とある町の闇市で手に入れた『冥夢の秘薬』……まさか、こんなことに使う羽目になるとは。だが、仕込んでおいて正解だった。あの薬は無味無臭で、よほどの名医でない限り混入していることは見破れないと聞いた。どう見てもこの男は、過度の飲酒で眠り込んでいるようにしか見えない。――しかし微量とはいえ私も飲んでしまった以上、じきに抗いがたい眠気に見舞われるだろう。まだ意識があるうちに、急ぎ自室へ戻らなければ)
襲い来る睡魔に、じわじわと肉体を蝕まれているかのようだ。一歩、また一歩と踏み出すたびに眩暈 に見舞われ、少しでも気を抜けば、その場に崩れ落ちてしまいそうになる。
ゴルドーの私室の扉を開け、カミューは室外へと出た。壁に手をつきながら覚束ない足取りで廊下を進み、己の部屋を目指す。
深夜も深夜だからか誰とも出くわさなかったことがありがたかったが、なんとか辿り着いた自室の前に背の高い人影を見つけて、カミューは瞬時に姿勢を正した。この時間に、このような場所に佇んでいるその人物とは――。
「カミュー! こんな時間に、どこへ行っていたんだ」
「……マイクロトフ」
「何度呼びかけても返事がない上に鍵まで掛かっていたから心配したんだぞ。副長に尋ねてみたが、分からないの一点張りだった。……もう一度訊 く。どこへ行っていた?」
「……」
マイクロトフが心配してくれているのは嬉しいが、言いたくない。だが今は立っているのがやっとで、これ以上はその実、己のことをよく見ている親友の目を欺くことはできないだろう。
しかし、真実を話すわけにはいかない。カミューは普段より回らない頭で当たり障りのない話を組み立て、なんとか口を開く。
「ゴルドー様に呼ばれていたのさ。半分くらいは真面目な話だったが、もう半分はお前の悪口で、もうヘトヘトだ。思っていた以上に神経がすり減ってしまった」
「別に俺はどう思われていても気にはしないが……お前は、ゴルドー様の言うことを何でも聞き過ぎなんだ。それがお前なりの処世術なんだろうが、たまにはそれとなく受け流してもいいんだぞ。……少し話でもと思ったが、ひどく疲れているのなら今日のところは帰ったほうが良さそうだな」
「ああ……すまないな。せっかく待っていてくれたのに。……少しでもお前に会えて嬉しかったよ。明日はいつもどおり、二人で過ごそう」
「……」
鍵を差し込み、自室の扉を開けて部屋の中へ入って行くカミューを見送ったマイクロトフだったが、何を思ったのか彼も共に室内へと踏み込み、扉を閉めた。ばたん、という音にカミューは驚いて振り向き、目の前に立つマイクロトフを唖然と見つめる。
「……マイクロトフ? どうした――」
「前言撤回だ。お前、何か隠し事をしているだろう」
「……!」
「他人の悪口を聞いただけで、こうまでへとへとになるものか。体調が優れないのなら正直に言えと、何度も言っただろう。――肩を貸してやるから掴まれ。俺がベッドまで運んでやる」
マイクロトフの言葉に、カミューは、ゴルドーとの〝密会〟がばれていなかったことに安堵したと同時に驚く。
「いや、さすがにそこまでは」
マイクロトフは有無を言わさずカミューを引き寄せると、自らの肩にその腕を回した。半ば引きずられるように部屋の奥のベッドへ向かうと、今までの強引さが嘘のようにそっと下ろされる。
「これ以上お前が無理をしないように、しばらく見張らせてもらう。俺にしてほしいことがあったら、遠慮なく言ってくれ」
「……待て。この状況で、私が眠れると思うか? お前は何を考えて……」
「もう目を開けているのもつらいんだろう? 眠れるさ。具合が悪い時は、悪夢も見やすい。だから、俺が傍 にいてやると言っているんだ」
これは、己に都合の良い夢ではなかろうか。自分はまだゴルドーの部屋にいて、身を汚されている中現実逃避をしているだけなのでは? 茫然としているカミューへ、マイクロトフはふ、と口元を緩める。
「ほら、早く横になれ。明日の朝も早いんだぞ。少しでも寝て、体力回復に努めるんだ」
マイクロトフに両肩を押されると、カミューの体はいとも簡単にベッドに倒れ込んだ。横たわった途端に体がどこまでも沈み込んで行く感覚に見舞われ、ついには耐え切れなくなって目を閉ざす。
「……すまないな」
小声で囁くように礼を言ってから、カミューは意識を手放した。マイクロトフが自身の手をカミューの手の上に重ねると、ふ、と安心したかのように彼の全身から力が抜ける。
マイクロトフは、誰にも見せたことのない心底愛おしそうな表情で、カミューの寝顔を見下ろした。この胸に秘めている想いを告げられたら、どれだけいいだろう。お前が時折俺に見せる甘い表情や態度に、期待してしまってもいいのだろうか。カミューの手を両手で包み込みながら、マイクロトフは親友の最も傍に在れる幸せと、正直な気持ちを伝えられないもどかしさという相反する感情を噛みしめた。
翌日、自室のソファーの上で目覚めたゴルドーは、カミューにしてやられたことを思い出してはらわたが煮えくり返る思いだったが、己がカミューを個人的に寝所に呼びつけたことを公 にするわけにはいかず、またカミュー本人も普段どおりの涼しい顔で接してきたため、昨夜の件は自然と〝無かったもの〟として扱われることとなった。
この日以降もゴルドーがカミューを部屋に呼びつけることはあったものの、当のカミューは何かと理由をつけてはそれを躱し、逆に親友のマイクロトフとの仲をますます深めて行った。
ゴルドーからの風当たりは強くなったもののカミューとマイクロトフの仲を裂くことは誰にもできず、ゴルドーをはじめ各騎士団の騎士たちは、ある者は二人が騎士団を離反するまで、またある者は離反後も彼らの仲の良さを見せつけられることになるのである。
不意に白騎士団長ゴルドーに呼び止められ、つい先日赤騎士団長の座に就いたばかりのカミューは、内心の驚きを極力表に出さぬよう、努めて冷静に振り返った。背後の玉座に腰掛けたゴルドーはいつにない欲を孕んだ目でカミューを見つめており、つまりは
まさかマチルダ騎士団で最も偉い立場の人間が、
「……何か内々のお話でも? 私のような若輩者ではあまりお力にはなれないかと存じますが」
カミューの言葉に、ゴルドーは焦れたように肘掛けを数度叩いてふんぞり返った。そして、
「わしはわざわざお前を指名しておるのだ。この役目は、お前にしか務まらん。いいから黙って従え。これは命令だ」
居丈高に言い放ったゴルドーに、だがカミューが屈することはなかった。柔和な表情は崩さぬまま、彼は毅然と返す。
「ですが、せめてどのようなお役目なのかお教えいただけませんか? ゴルドー様直々のご指名の上、やはりお引き受けする以上は事前にしっかりと準備を行い、最善を尽くしたいのです。私にも、騎士の矜持はありますから」
「……」
普段は穏和で従順な青年だが、自身に迫る身の危険を察したのか、今回ばかりは素直に聞き入れる気は無いらしい。ならば、最終手段を使うまで。不遜な笑みを浮かべたゴルドーは、カミューの弱点を突く作戦に出る。
「ふむ……確かお前は、口答えばかりするあの生意気な男と懇意な間柄だったな」
「!」
「わしは、あの男が気に入らん。事あるごとに己の正義を振りかざし、
「……それは……」
「わしは寛大だからな、お前に免じて我慢してやっているのだ。……
「……」
親友を盾にするとは、なんと卑劣な――否、ある程度予想はできていたが。笑みを消したカミューは、短く溜め息を吐いて観念する。
「……今夜ですね。分かりました。いつ頃お伺いすればよろしいでしょうか」
「11時頃だ。ただし、わしに呼ばれたことは誰にも口外するでないぞ。――下がれ」
「はい……」
しおらしく下がって行くカミューのすらりとした後ろ姿を、ゴルドーは舐めるように凝視しながら見送った。
夜11時。約束どおり、カミューはゴルドーの私室にやってきた。呼びかけに応じたゴルドーはカミューを強引に室内へと引っ張り込み、すぐさま扉を閉めて施錠する。
「……ふん、一応気は利かせたようだな。まずは酌をしろ。お楽しみはそれからだ」
「はい。ゴルドー様のお口に合うか分かりませんが、やはり手土産の一つは用意すべきかと思いまして。酒の名産地として有名なカナカン産の高級ワインを持参いたしました」
カミューが持参したワインの話を聞いて、ゴルドーはいくらか気を緩めたようだった。何もせずただソファーの上でふんぞり返っているゴルドーの眼前のグラスにワインを注ぎ、カミューは、自らのグラスにも同じものを注ぐ。
一口ワインを口に含んだゴルドーは、じっくり味わって飲み込んでから頷いた。どうやら気に入ったらしく、「うむ、悪くない」と珍しく前向きな感想を漏らしたゴルドーへ、カミューは「それは良かった」と柔らかく微笑む。
その後もゴルドーは順調にグラスを
「今日のわしは気分がいい。もっと近くに寄るが良い」
「いえ、それはさすがに。こうしてゴルドー様の私室にお招きいただいただけでも恐れ多いというのに、それ以上のことは」
「わしがいいと言っておるのだ。つべこべ言わずに来い」
「あっ……」
強引に腰を抱かれ、引き寄せられた。ゴルドーの無遠慮な手はカミューのしなやかな腰のラインを幾度かなぞり、やがて後方へ回されたかと思うと尻を撫で上げ、その感触を確かめるように揉み始める。
「……っ」
これには
「ふん、いくらお前の容姿が優れていようと、やはり女のような弾力や柔らかさは無いな。だが……中身はどうだろうな? 下手をすれば、並の女よりも男泣かせの体の持ち主であるやもしれん」
「……」
「本来男は趣味ではないが、お前のような美しい男を組み敷き
突如ゴルドーの視界が揺らぎ、その巨体が大きく傾いだ。カミューの尻からも手が離れ、ほどなくしてゴルドーはそのまま後ろに倒れ込んで眠ってしまう。
カミューはゴルドーの顔を覗き込み、確実に眠っていることを確認すると、ようやく安堵のため息を吐いた。危ないところだったが、なんとか間に合った。腰や尻を執拗に揉まれた不快な感覚はまだ残っているが、身を汚されたわけではないからと、嫌な気分を無理やり振り払う。
(もしもの時のためにと、とある町の闇市で手に入れた『冥夢の秘薬』……まさか、こんなことに使う羽目になるとは。だが、仕込んでおいて正解だった。あの薬は無味無臭で、よほどの名医でない限り混入していることは見破れないと聞いた。どう見てもこの男は、過度の飲酒で眠り込んでいるようにしか見えない。――しかし微量とはいえ私も飲んでしまった以上、じきに抗いがたい眠気に見舞われるだろう。まだ意識があるうちに、急ぎ自室へ戻らなければ)
襲い来る睡魔に、じわじわと肉体を蝕まれているかのようだ。一歩、また一歩と踏み出すたびに
ゴルドーの私室の扉を開け、カミューは室外へと出た。壁に手をつきながら覚束ない足取りで廊下を進み、己の部屋を目指す。
深夜も深夜だからか誰とも出くわさなかったことがありがたかったが、なんとか辿り着いた自室の前に背の高い人影を見つけて、カミューは瞬時に姿勢を正した。この時間に、このような場所に佇んでいるその人物とは――。
「カミュー! こんな時間に、どこへ行っていたんだ」
「……マイクロトフ」
「何度呼びかけても返事がない上に鍵まで掛かっていたから心配したんだぞ。副長に尋ねてみたが、分からないの一点張りだった。……もう一度
「……」
マイクロトフが心配してくれているのは嬉しいが、言いたくない。だが今は立っているのがやっとで、これ以上はその実、己のことをよく見ている親友の目を欺くことはできないだろう。
しかし、真実を話すわけにはいかない。カミューは普段より回らない頭で当たり障りのない話を組み立て、なんとか口を開く。
「ゴルドー様に呼ばれていたのさ。半分くらいは真面目な話だったが、もう半分はお前の悪口で、もうヘトヘトだ。思っていた以上に神経がすり減ってしまった」
「別に俺はどう思われていても気にはしないが……お前は、ゴルドー様の言うことを何でも聞き過ぎなんだ。それがお前なりの処世術なんだろうが、たまにはそれとなく受け流してもいいんだぞ。……少し話でもと思ったが、ひどく疲れているのなら今日のところは帰ったほうが良さそうだな」
「ああ……すまないな。せっかく待っていてくれたのに。……少しでもお前に会えて嬉しかったよ。明日はいつもどおり、二人で過ごそう」
「……」
鍵を差し込み、自室の扉を開けて部屋の中へ入って行くカミューを見送ったマイクロトフだったが、何を思ったのか彼も共に室内へと踏み込み、扉を閉めた。ばたん、という音にカミューは驚いて振り向き、目の前に立つマイクロトフを唖然と見つめる。
「……マイクロトフ? どうした――」
「前言撤回だ。お前、何か隠し事をしているだろう」
「……!」
「他人の悪口を聞いただけで、こうまでへとへとになるものか。体調が優れないのなら正直に言えと、何度も言っただろう。――肩を貸してやるから掴まれ。俺がベッドまで運んでやる」
マイクロトフの言葉に、カミューは、ゴルドーとの〝密会〟がばれていなかったことに安堵したと同時に驚く。
「いや、さすがにそこまでは」
マイクロトフは有無を言わさずカミューを引き寄せると、自らの肩にその腕を回した。半ば引きずられるように部屋の奥のベッドへ向かうと、今までの強引さが嘘のようにそっと下ろされる。
「これ以上お前が無理をしないように、しばらく見張らせてもらう。俺にしてほしいことがあったら、遠慮なく言ってくれ」
「……待て。この状況で、私が眠れると思うか? お前は何を考えて……」
「もう目を開けているのもつらいんだろう? 眠れるさ。具合が悪い時は、悪夢も見やすい。だから、俺が
これは、己に都合の良い夢ではなかろうか。自分はまだゴルドーの部屋にいて、身を汚されている中現実逃避をしているだけなのでは? 茫然としているカミューへ、マイクロトフはふ、と口元を緩める。
「ほら、早く横になれ。明日の朝も早いんだぞ。少しでも寝て、体力回復に努めるんだ」
マイクロトフに両肩を押されると、カミューの体はいとも簡単にベッドに倒れ込んだ。横たわった途端に体がどこまでも沈み込んで行く感覚に見舞われ、ついには耐え切れなくなって目を閉ざす。
「……すまないな」
小声で囁くように礼を言ってから、カミューは意識を手放した。マイクロトフが自身の手をカミューの手の上に重ねると、ふ、と安心したかのように彼の全身から力が抜ける。
マイクロトフは、誰にも見せたことのない心底愛おしそうな表情で、カミューの寝顔を見下ろした。この胸に秘めている想いを告げられたら、どれだけいいだろう。お前が時折俺に見せる甘い表情や態度に、期待してしまってもいいのだろうか。カミューの手を両手で包み込みながら、マイクロトフは親友の最も傍に在れる幸せと、正直な気持ちを伝えられないもどかしさという相反する感情を噛みしめた。
翌日、自室のソファーの上で目覚めたゴルドーは、カミューにしてやられたことを思い出してはらわたが煮えくり返る思いだったが、己がカミューを個人的に寝所に呼びつけたことを
この日以降もゴルドーがカミューを部屋に呼びつけることはあったものの、当のカミューは何かと理由をつけてはそれを躱し、逆に親友のマイクロトフとの仲をますます深めて行った。
ゴルドーからの風当たりは強くなったもののカミューとマイクロトフの仲を裂くことは誰にもできず、ゴルドーをはじめ各騎士団の騎士たちは、ある者は二人が騎士団を離反するまで、またある者は離反後も彼らの仲の良さを見せつけられることになるのである。
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