静かなる焔(ほのお)

 ――まただ! 視線の先でカミューが複数人の騎士たちに取り囲まれているのを見つけ、マイクロトフは一目散に駆け出した。グラスランド人でありながら異例の早さで従騎士から騎士へと昇格したカミューは、他の騎士たちからの羨望と嫉妬の対象だったのだ。
「そこで何をしている!」
 マイクロトフの大声に、カミューを囲んでいた騎士たちが一斉に振り返った。だが彼らに驚いている様子はなく、それどころか「チッ、またあいつか」と忌々しそうに舌打ちする。もはや、お馴染みの光景だ。
「またお前か。生粋のロックアックス人のクセして、相変わらずこの異国人に付き纏っているんだな。そんなにこいつが好きなのか?」
「女を寄せ付けないのは、こいつに惚れているからか? お前のことだ、どうせ手の一つも繋いだことがないんだろう。それで俺のもの扱いはどうなんだ? 悔しかったら、今ここで抱き合ってキスでもしてみろよ」
 騎士たちのあざけりの言葉に、マイクロトフは怒りに震えながら拳をきつく握り締めた。乱暴に背を押され突き出されたカミューへマイクロトフが咄嗟に腕を伸ばして抱き留めると、騎士たちから冷やかしの声が浴びせられる。
「……大丈夫か? カミュー。怪我はないか?」
「……マイクロトフ……」
 か細い声で名を呼んでぎゅっとしがみついてきたカミューに、マイクロトフは大いに戸惑った。こんなにしおらしいカミューは見たことがない――よほど酷いことを言われたかされたかしたのだろうか。こちらを見てせせら笑っている騎士たちに再び怒りが込み上げ立ち向かおうとしたマイクロトフを、カミューがそっと制止する。
「……今回も、お前が来てくれた。それで充分だ。いつも巻き込んでしまってすまないな」
「何を言う! 悪いのは嫌がらせをする奴らであって、お前に一切非は無いだろう」
「私のせいで、お前まで悪く言われているのが嫌なんだ。それが私には一番耐えられない……」
「カ、カミュー……」
「ははは! そいつはすっかり〝その気〟のようだぞ? ほら、早くキスしろよ!」
 野次を飛ばしてきた騎士たちをキッと睨み付けたものの、今は普段とは様子の違うカミューを守ることが先決だ。そう考えたマイクロトフは、この場から離れることを選択した。「逃げるのか? 腰抜けめ!」という声を背に、二人は足早に立ち去った。

 二人きりになった途端、カミューは「あれは演技さ。あの程度の嫌がらせには慣れているし、いちいち気にしていられるか」と笑ったが、マイクロトフの気分が晴れることはなかった。大切な友人が毎日のようにねたまれ差別と嫌がらせに遭っている、それ自体が我慢ならないからだ。
 しかし今のおのれにはどうすることもできないという無力感を抱いたまま、翌日を迎えた。今日は、三騎士団合同の模擬戦が行われる日だ。沈んでいる場合ではないとマイクロトフは自身の頬を叩き、気合を入れる。
 ふと、カミューは大丈夫だろうかと心配になった。昨日の、いつにないしおらしい態度が頭から離れない。本人は演技だなどと言っていたが、その実深く傷ついていて、本領を発揮できないのではないか? もし対戦相手があいつを良く思っていない連中だったら、ここぞとばかりに――。
「……無理はするなよ、カミュー。心の状態は、自分が思っている以上に太刀筋に出やすいんだ。大怪我をする前に、棄権や早めの降参を宣言することも視野に入れて――」
「大丈夫だ。お前のほうこそ私の心配ばかりして心を乱していたら、みじめな負け方をするだけだぞ? お互い最善を尽くそう」
「……」
 押し黙ってしまったマイクロトフの背中を軽く叩いて、カミューが横を通り抜けて行く。騎士にしてはほっそりとしたその後ろ姿を、マイクロトフは不安そうな表情で見つめた。

 マイクロトフの嫌な予感は当たった。昨日の騎士たちが、対戦相手にわざわざカミューを指名してきたのだ。
 彼らは皆カミューより年上で体格が良く、騎士としてのキャリアも長い。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる一人の騎士と対峙するカミューの静かな表情からは感情が読み取れず、それが余計にマイクロトフの不安を煽る。
 「いざという時は助けに入ることも考えよう」とマイクロトフがひそかに決意した直後、「始め!」という掛け声が響いた。いよいよ試合開始だ。
 先に地面を蹴ったのは、騎士のほうだった。力強い上に、速い。誰もがカミューの反応が遅れたと思い、彼が一撃のもとに叩き伏せられるところを想像した。
 しかし、カミューの俊敏さはそれ以上だった。ギリギリまで騎士を誘い込んだかと思うと舞うように身を躱し、残像を残しながら相手の死角へと回り込む。
 華麗にして奔放、しなやかつ大胆。カミューの剣の切っ先は一瞬で相手の首筋を捕らえ、騎士は何が起こったのか分からないまま地面に膝をつき、うめくように「ま、参った……」と降参の言葉を口にした。首に冷たい刃を当てられ茫然と項垂うなだれる先輩騎士を、カミューは無言で見下ろす。
 途端に沸き起こる、歓声とどよめき。マイクロトフも目を見張り、興奮のあまりに体を震わせながらカミューを凝視した。一見無表情に見えるが、彼を最も近くで見ているマイクロトフには分かる――あれは、勝ち誇った顔だ。
「な、なんだ今のは!? 騎士のクセして、邪道な戦い方をしやがって!」
「あれがグラスランド流だっていうのか!? これだから蛮族は! マチルダ騎士としてのプライドはないのか!!」
「団長、あんな戦い方を勝ちだと認めるのは納得が行きません! もう一度やり直すべきです!!」
 くだんの騎士たちの非難の声に、だが赤騎士団長はカミューを見つめたまま、至極冷静に答える。
「……いや、やり直す必要はない。実際に戦う相手が皆、正攻法で攻めてくるとは限るまい? 我々は誇り高きマチルダ騎士であることを重視するあまりに、どうしても正道に偏りがちだ。ゆえにカミューのような柔軟な発想を持つ人間を排除するのは損にしかならない。――私はね、彼を高く買っているのだよ。彼の友であるあの青騎士の青年と共に、この騎士団に新たな風を吹き込む存在となるのではないかとね」
「そ、それでも、俺は……俺たちは……」
 悔しそうに肩を震わせる騎士たちへ、赤騎士団長は涼しげな顔で、
「ならば今度は君たちがカミューに挑んでくるといい。ただし……あの様子を見るに、今の彼は相当手強いぞ? 特に君たちに対してはな」
 口元にうっすらと笑みを浮かべながら言われ、自分たちの嫌がらせがしっかりばれていたことと赤騎士団長の底知れなさはもちろん、こちらを振り返ったカミューの限りなく冷たい眼差しに対する恐怖心に、騎士たちは身を竦ませる。
「これで分かっただろう? ああいうタイプの人間を怒らせてはいけないと。――次は無いぞ。今後は己の言動に気を付けるように」
「は、はい……」
 すっかり戦意を喪失した騎士たちが、カミューに一瞬で敗北した騎士と共にその場からとぼとぼと去って行く。彼らと入れ替わりにマイクロトフが階段を降りてきたカミューの元へと駆け付け手放しで褒めると、カミューの琥珀色の瞳に宿っていた冷たい炎が消え、その美しい顔にいつもどおりの穏やかさが戻って行った。

 この後マイクロトフは「王道」の剣技で見事な勝利を収め、これをきっかけにカミューとマイクロトフの両者は騎士の次の階級、騎士隊長へとこれまた異例の早さで昇格したのだった。
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