無垢な君に祝福を

 とある既婚の部下に子供が産まれたという話を聞き、マイクロトフはその青騎士を祝福するべく彼の自宅へ向かおうとしていた。だが色々と考えた結果その足はロックアックス城下ではなく、おのれとは属する騎士団が異なる親友の部屋の前に辿り着く。
「カミュー、俺だ。今いいか?」
「ああ、鍵は開いている。入っていいぞ」
 了承を得て、マイクロトフはカミューの部屋の扉を開けた。室内ではカミューが机の上に積み上がった書類に目を通してはサインを入れ、まさに仕事中といった様子だ。
「どうした? マイクロトフ」
「忙しいところすまない。少し、相談したいことがある」
「なんだ、改まって。仕事上の話か?」
「いや、どちらかというと私的なことだ。初めてのことだから、俺一人ではどうしていいか分からなくてな」
 親友の何やら思わせぶりな言葉に、一旦ペンを置いたカミューは無言で先を促した。それを受けて、マイクロトフは再び口を開く。
「部下に、子供が産まれたんだ。休暇中の今、ぜひ会いに来てほしいと言われたんだが、手ぶらで行ってもいいものなのか、何らかの品を用意すべきか迷っている。だが、だとしたら何を贈れば負担にならないだろうか? お前の意見を聞きたい」
「それはめでたいな。お前を慕っている部下なのだから、お前が直接行って祝福の言葉を掛けるだけでも喜ぶと思うんだが……まあ贈り物として最も喜ばれるのは、やはり現金だろう。下手に不要な物を貰うよりもその金で自分たちの好きな物を買えるほうが、よほど助かるはずだ」
「……なるほど」
 金か……と呟いて、マイクロトフは難しい顔になってしまった。騎士団内でも清廉と名高い彼のことだ、いまいち納得が行っていないのだろう。「現実なんてそんなものさ」と笑い、脚を組んで椅子の背もたれに背を預けたカミューへ、だがマイクロトフはなおも続ける。
「贈り物の件は分かった。確かに実用的だ。だが、もう一つ懸念事項がある」
「懸念事項?」
「ああ。……俺は子供の相手をするのが上手くはないから、怖がらせてしまう恐れがある。だから、その……できればお前にも、ついてきてほしい」
 マイクロトフの言葉にカミューはしばし目を丸くした後、ぷっ、と吹き出した。予想どおりの反応だったが、それでもマイクロトフは「笑うな!」と顔を赤くしながら、笑っているカミューを不満そうに見下ろす。
「お前もさんざん見てきただろう! 俺と目が合うだけで泣き出した子供たちを」
「そうだな、何度も見たな。いつも言っているだろう、もっと表情筋を緩めろと。……仕方がない、お前の部下のご家族に免じて同行してやろう。赤ん坊はおろかレディまで威圧して泣かせるようなことでもあったら、威風堂々たる青騎士団長殿も形無しだからな」
 やれやれ、と椅子から立ち上がったカミューに、マイクロトフは「すまない」と礼を言った。己の苦手分野をカバーしてくれる親友の存在は、とてもありがたい。何かと巻き込むのは良くないと思いつつも、ついつい頼ってしまうのだ。

「マイクロトフ団長! に、カミュー団長まで! 来てくださって嬉しいです!」
 くだんの青騎士宅を訪ねると、喜色満面といった様子の青騎士が二人の団長に深々と頭を下げてから、自らの妻を呼びに行った。ほどなくして青騎士と、家の奥から産まれたばかりの赤ん坊を抱いた青騎士の妻が現れ、マイクロトフとカミューを見るなり頬を赤らめて会釈をした。彼女の腕に抱かれた赤ん坊はつぶらな瞳をぱちぱちと瞬き、近付いてきた初対面の青年たちを不思議そうに見上げる。
「息子です。もし良ければ、抱いてやってください。団長方のように強く凛々しく、美しく育つように」
 青騎士の妻から赤ん坊を差し出され戸惑うマイクロトフの代わりに、カミューが腕を差し伸べた。優しく包み込むように赤ん坊を腕に抱く姿は様になっていて、その表情も慈愛に満ちている。
「ふふ、可愛らしいな。久しぶりに赤ん坊を抱いた。……君は、どんな子に育つんだろうな? 将来はお父上同様、騎士になるのだろうか」
「……」
 ふとカミューが視線に気付いて顔を上げると、明らかに驚きの表情を浮かべているマイクロトフと目が合った。青騎士も青騎士の妻もぽかんとしていて、その場にいる者たちの視線が、一斉にカミューに注がれている。
「……カミュー、お前……」
「カ、カミュー団長って、ご結婚されてませんよね……? でも今、〝久しぶり〟って……」
「実はもうご家庭があって、お子さんもいらっしゃるとか……?」
 三人の問いに、カミューがはは、と笑った。彼は腕に抱いた赤ん坊をあやしながら、囁くように答える。
「私は独身ですよ。結婚していたことはありませんし、妻はもちろん愛人もいません。ただ単に、故郷にいた頃に赤ん坊を抱く機会が多かっただけです。グラスランドは仲間内の繋がりが強く、幼子の世話を複数の家族で、ということも珍しくはありませんでしたから」
「なんだ、そういうことか……」
「なるほど……だから手慣れていらっしゃったんですね。いやあ、びっくりしました」
「けれどカミュー様なら、きっと素敵なお父様になれますわ。もちろん、マイクロトフ様も」
 うっとりと呟いた青騎士の妻の言葉に、カミューは「そうでしょうか」と笑顔で返してからマイクロトフに視線を移した。「ほら、お前も抱いてみろ」と言われ、マイクロトフはおそるおそる赤ん坊を受け取る。
「こ、こんな感じだろうか……?」
「ややぎこちなくはあるが、初めてにしては上出来だ。――未来の部下になるかもしれない子だぞ。大先輩から、何か一言声を掛けてやるといい」
 カミューに言われて、マイクロトフは小さく咳払いをした。そして。
「……君が本当に我が騎士団に入団するかは、まだ分からないが。今はただ多くの人々から愛され、健やかに育つよう願っている。――君と君のご両親に、幸多からんことを」
「マイクロトフ様、カミュー様……」
「マイクロトフ団長、カミュー団長……ありがとうございます」
 感激に目を潤ませている青騎士と青騎士の妻に、カミューは穏やかな笑みを浮かべ、マイクロトフもわずかに口元を綻ばせて頷く。マイクロトフの腕に抱かれた赤ん坊も声を発することはなかったものの、その温もりに安心したのかうとうととし始め、それを見た青騎士の妻が慌てて我が子を引き取って頭を下げた。終始和やかな空気の中で、二人の団長と青騎士一家は別れた。

「……どうだ? 赤ん坊を初めて抱いた感想は」
 城への帰り道にカミューから問われ、マイクロトフは少し考えてから答える。
「不思議な感覚だった。今でこそこんな体をしているが、生まれた時は俺たちもあれくらいの小ささと軽さだったんだな、と」
「はは、悪くはない経験だっただろう? ……いずれ我が子を抱く日が来るかもしれないんだ。それまでに、自然に笑顔を向けられるようになっておけよ」
「……」
 そう言ったカミューは既に目を逸らし、その横顔には曖昧な笑みが浮かんでいる。どこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。普段とは異なる微笑の理由が気になりながらも、マイクロトフも喉まで出かかった否定の言葉を敢えて飲み込んだのだった。
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