酔っ払い賛歌

 共に騎士団長となり、かねてから憧れていた個室を持つことができたことで、珍しく浮かれていたのかもしれない。
 赤騎士団長カミューは、ワインを手に上機嫌でやってきた青騎士団長マイクロトフを自室に迎え入れた。団長となってまだ間もないので室内は前赤騎士団長が使っていた時ほぼそのままといった感じだが、これから自分好みにカスタマイズしていくつもりだ。マイクロトフもきっと同じで、二人が団長である限り、毎日のように互いの部屋を行き来することになるのだろう(現に明日の夜はカミューがマイクロトフの部屋を訪れる約束をしている)。ひそかに想いを寄せている親友と二人きりで過ごす時間は、一日の最大の楽しみになるに違いない。
 棚から二脚のワイングラスを取り出すと、カミューは部屋の主より先に着席することを遠慮したのか立ったままのマイクロトフに座るよう促した。カミューがソファーに腰掛け、マイクロトフはテーブルを挟んで向かい側の椅子に座る。
「ふふ、珍しいな。お前がそんな顔をしているなんて」
「……そんな顔?」
「嬉しくてたまらない、という顔をしている。やあ、そこまで楽しみにしてくれていたとは、実に光栄だ」
 カミューの指摘に急に恥ずかしくなったマイクロトフは、熱くなった頬に思わず手を当てた。ゴホン、と咳払いをした後、気を取り直した彼は持参したワインを開けると、テーブルの上に置かれたグラスにそれを注ぐ。
「まあ、楽しみにしていたのは私も同じさ。だから、今夜は存分に楽しもう。――乾杯」
「ああ。――乾杯」
 グラスを掲げ、ワインを味わう。葡萄の芳醇な香りとまろやかな味わいが口いっぱいに広がり、二人はしばし上等なワインに酔いしれた。この日のために、マイクロトフが奮発して買ったものだ。
「うん、美味い。しかし、随分奮発したな。ロックアックスでも指折りの高級ワインじゃないか」
「以前から少しずつ貯めていた金で買ったんだ。初日はとっておきのワインで、と決めていたからな。団長就任祝いも兼ねている」
「団長に就任したのはお互い様だろう。お前にだけ祝わせるわけにはいかない、明日は何か私もお返しを……」
「いや、気にしなくていい。俺は、お前とこうして過ごせるだけで充分だ」
 朗らかに言うマイクロトフに、カミューはどきりと胸を高鳴らせた。やはり、相当浮かれているようだ。もしも、このままいい雰囲気になったりしたら――。
(……何を考えている、マイクロトフは友人だ。奥手も奥手なこの男が、同性である私にそんな感情を抱くわけがないだろう)
 「はは、大した口説き文句だ。もう酔ったのか?」と笑ったカミューへ、マイクロトフは「俺はそこまで弱くはない」と反論する。だがその実、彼も自身が勢いで放ってしまった「口説き文句」に内心動揺し、おのれが親友に対してひそかに抱いているただならぬ想いを振り払うように、一杯目のワインをあおった。

「――そもそも、ゴルドー様は! 騎士の何たるかが何も分かっていない!」
 ドン! と両拳をテーブルに叩きつけて、マイクロトフが力強く言い放った。彼が持ってきたワインボトルと二人のグラスは既にからになっており、すっかり出来上がってしまっている状態だ。
「お前もそう思うだろう、カミュー! あの人は自分の気に入らない騎士たちを次々に失墜させ、己に忠実に従う者たちだけで周りを固めている。そのせいで今の白騎士団には、ろくな奴がいない。特にあのクラントという男はお前と同じ火の紋章の使い手なだけに、お前を露骨に敵視している。今はお前のほうが立場が上になったというのに、傲岸不遜にもほどがある!」
「まあ、そう熱くなるな。別にあの男は私を敵視しているのではなく、所詮は白騎士団より立場が下の赤騎士団の団長でしかない私を見下しているだけさ。相手にしないのが一番だ」
「しかし、現に以前嫌がらせを受けただろう! お前の手柄をあいつが奪ったあげく、ゴルドー様は俺たちを無能扱いした! 白騎士団よりも前線に立って戦っていたというのに!!」
「いつものことだ。手柄なんてどうでもいい。大事なのは結果だ。騎士の務めを果たし、己に恥じない働きができたか。それだけさ」
「しかし……!」
「いいからもう落ち着け。私は、もっと楽しい話がしたい」
 カミューの静かな言葉と視線に、マイクロトフは数度深呼吸をして昂った気持ちを落ち着けた。だが「楽しい話」とは? と目でいてくるマイクロトフへ、カミューは少し考えてから口を開く。
「そうだな……そうだ。少し前に、土産物屋でこんなものを買ったんだが」
 そう言ってカミューはソファーから立ち上がり、棚から何かを取り出して戻ってきた。その手には自身の愛剣「ユーライア」とマイクロトフの愛剣「ダンスニー」を模した可愛らしい玩具おもちゃの剣が握られており、ご丁寧にも樹脂製とぬいぐるみバージョンがあった。愛剣のグッズが売られているという話は聞いていたが、まさか親友が持っていたとは思わず、マイクロトフは驚く。
「……わざわざ買ったのか?」
「ああ。可愛らしいだろう? 樹脂製のほうは割とリアルだが、ぬいぐるみは、この愛らしいフォルムと質感が――」
 カミューがぬいぐるみ製の剣のつかを握った途端、「キュー」という何とも言えない音が響き渡った。突然のことにマイクロトフは目を丸くし、カミューも音が鳴ることを今初めて知ったのかしばし目を瞬いた後、もう一度柄を握って再度音を鳴らす。
「……音まで鳴るのか。さすが子供向けの玩具だな……」
「……ぷっ」
 突如カミューが吹き出し、口元を手で覆って肩を震わせた。さらに二、三度柄を押すと、玩具の剣が「キュッ、キュッ、キュー」と間の抜けた音を立て、ついに耐え切れなくなったカミューは声を上げて笑い出してしまう。
「はっ、はははっ、はははは……! お前と私の剣が、鳴き声を……! あははははっ」
「……」
 どうやら、ツボに入ってしまったらしい。腹を抱えて笑っているカミューを、マイクロトフは唖然としながら見つめる。これの何がそんなにおかしいのだろうか。己が酔っている自覚はあるが、実はカミューも十分に酔っているのでは……?
「ふっ、ふふふ、ははは、ははははっ……」
「……カミュー、お前……」
 カミューの意外な一面を知ってすっかり酔いが醒めてしまったマイクロトフだったが、いつも冷静な親友が自分にだけ様々な表情を見せてくれることにやがてふ、と口元を緩め、じんわりとした嬉しさと愛おしさ、そして少しの優越感を覚えたのだった。
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