忘れられない温度

 「マイクロトフが負傷し戦線離脱した」と聞かされた時は、背筋が凍る思いだった。一刻も早く駆けつけたかったが、カミューは赤騎士団の団長である。私情は捨てて赤騎士たちを率い、おのれに課せられた責務を果たさなければならない。よって彼は平静を装い、自身より動揺を露わにする部下たちをたしなめつつその場に留まって防衛に専念することに決めた。
 その甲斐あってか、戦況は意外に早く好転した。赤騎士たちの尽力はもちろん、団長を傷つけられて激怒した青騎士たちが一斉に突撃し、見事敵軍を打ち破ったというのだ。さすがはマイクロトフ率いる熱血青騎士団だなとカミューが感心半分、呆れ半分の溜め息を吐いた直後、赤騎士副団長が早足で近付いてくる。
「ここはもう大丈夫でしょう。増援が来るとの情報も入っていません。カミュー様、後のことは我々に任せてマイクロトフ様の元へお急ぎください。お顔の色が優れませんよ」
「……まいったな。そんなにひどいか?」
「はい。大切な人の安否が分からない時は、誰だって動揺を隠しきれなくなるものです。さあ、お早く」
 副団長をはじめ、平騎士たちも力強く頷いている。つくづく、良い部下を持ったものだ。
「皆、気を遣わせてしまってすまない。ではしばらくの間、副団長の指示に従ってくれ。青騎士団長の無事を確認次第、すぐに戻る」
「いえ、カミュー様はマイクロトフ様のお側にいて差し上げてください。お帰りもゆっくりでいいですよ」
「……分かった。ならば、後は頼む」
 今はとにかく、時間が惜しい。副団長の提案を素直に受け入れて足早に去って行くカミューの後ろ姿を、赤騎士副団長と赤騎士たちは穏やかな表情で見送った。

「まったく……団長ともあろう者が、部下を庇って負傷するとは。考え無しにもほどがあるぞ」
 マイクロトフの裸の上半身に手際よく包帯を巻きながら、事情を聞いたカミューは溜め息混じりに言った。そんな彼の言葉にマイクロトフは、痛みに顔を顰めつつ不満そうに答える。
「何を言う、俺は騎士だ。そして団長だからこそ、目の前で殺されかけていた部下を助けたんだ。いや、部下でなくとも守るべき対象であればこの身を挺して――」
「その結果がこの怪我だ。こんなことを繰り返していたら、命がいくつあっても足りないぞ。団長だからこそ、もっと己の立場や責任を考えろ」
「では、むざむざ見捨てろと言うのか!! ……っ、う……」
 激高したことで傷に響いたのか苦痛に体を折り曲げたマイクロトフを、カミューが正面から支えた。直後、彼は友の耳に顔を近付け、そっと囁く。
「そういうところが多くの者から慕われる所以ゆえんなんだろうが……お前が戦線離脱したと聞かされた時の私の気持ちも考えてくれ」
「!」
 弾かれたように顔を上げたマイクロトフはカミューを見ようとしたが、己を心配させた罰だとばかりにきつく包帯を締められ、「いっ……!」と声を上げて飛び上がった。その仕打ちに彼はカミューを恨めしそうに睨んだが、友の心境を考えると文句は言えず、生来実直な性格のマイクロトフは即座に己の非を認め、謝罪の言葉を口にする。
「……そうだな。残される者の気持ちを考えずに、俺は……心配をかけてすまなかった、カミュー。もし立場が逆であったなら俺もお前同様不安と焦燥に駆られ、それらの感情をぶつけていただろう。これからは、気を付ける」
「口ではそう言っているが、すぐにカッとなるお前のことだ。どうせまた同じことを繰り返すんだろう? ……まったく、これだから青騎士団長殿は危なっかしくて、放っておけないんだ」
 包帯を巻き終えすっくと立ったカミューに見下ろされて、マイクロトフは言葉に詰まった。返す言葉がない。カミューの言うとおり同じことを繰り返し、彼に呆れられる未来が見える。
 すっかり黙り込んでしまったマイクロトフに、カミューは溜め息を吐きつつ続ける。
「くれぐれも、命は大事にしてくれよ? 私がいつも駆け付けられるとは限らないんだからさ。……立てるか?」
「……ああ。これしきの傷でへこたれる俺では、な……っ」
 腰掛けていた木箱から立ち上がりかけたマイクロトフだったが、その拍子に鋭い痛みに見舞われ、ぐらりとよろめいた。前方へ大きく傾いだマイクロトフの体を彼の正面にいたカミューが咄嗟に受け止めたことで、二人はまるで抱き合っているような形になる。
「……」
「あ……すまない、カミュー……」
「……重い。ロックアックスに着くまで肩を貸してやろうと思ったが、その役目は私よりもっとたくましい者、それこそお前のところの騎士たちに託したほうが良さそうだな」
「……」
「……ん? 何だその顔は。不満か?」
「い、いや。確かに、そうしたほうがいいだろうな。これ以上お前に負担を強いるのは……」
「だが、お前の愛剣を持つくらいはしよう。それなら負担にならない。あとはお前が私にその価値を見出しているかどうかだが」
「何を言う! 我がダンスニーを預けられる人間はお前くらいだ。しかし、帰り道にそれを使う機会がないことを願いたいな」
「そうだな。……さて、そろそろ離れようか。私たちがいつまでもいちゃいちゃとくっついているせいで、外にいる青騎士たちが困っているようだ」
「!」
 カミューの言葉にマイクロトフは狼狽し、慌てて友から離れた。耳元で囁かれる声が、服越しに伝わってくる体温が心地良くて離れ難かっただなんて、絶対に言えない。それはお互い様ではあったのだが。

「皆、もう入って来てくれても大丈夫だ。団長殿を連れ帰るのは皆に任せた。私は彼の剣だけ預かって、青騎士団が安全に帰還できるよう先導する。……団長殿の傷は浅くはない。決して急がず、慎重にな」
「は、はい! ありがとうございます、カミュー様!」
「団長に救われた命です。必ずや最後までお守りいたします」
「最後などと、縁起でもない。俺は当然のことをしたまでだ。だから、悔やむな。悔やむ時間があったら、今まで以上に鍛錬に励め。動けるようになったら、俺が手ずから稽古をつけてやる」
「はっ! ありがたき幸せ!」
 マイクロトフの前で一斉にこうべを垂れる青騎士たちに背を向け、カミューはマイクロトフの愛剣『ダンスニー』を抱えて青騎士団のテントを後にする。
 友が負傷したことは想定外だったが、対等な立場の友人であり唯一無二の親友でもあるマイクロトフに、彼の騎士の魂が宿る剣を任される――それがどれほど光栄で嬉しいことかお前は知るまいと、カミューは『ダンスニー』をそっと胸に抱きしめる。
 無論それを知る由もないマイクロトフだったが、彼は彼でカミューの温もりが忘れられず、両側から青騎士たちに支えられて帰路に就いている間も一人悶々とすることになったのだった。
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