初めての嫉妬心
女性に耐性のないマイクロトフが、初対面のはずの女性に対して珍しく気後 れしていない。今夜宿泊する宿の女主人だけでなくその娘とも和やかに話し重い荷物を運び込む手伝いまで引き受けている光景に、カミューは目を丸くした。娘のほうはまだ幼いが、女主人は己 やマイクロトフと同世代くらいだろうか。目鼻立ちのはっきりした美人で女性にしては背が高く、スレンダーでありながら胸が大きいという抜群のスタイルの持ち主だ。マイクロトフが女性に不慣れであるとは知らない宿泊客たちが、笑いながら言う。
「ああ、あの兄ちゃんもここのおかみに魅了されたクチか。美人でスタイル抜群な上に、明るくて働き者。男なら惹かれちまうのも無理はないねえ」
「なんでも旦那を早くに亡くして、宿を取り仕切るかたわら女手一つで娘さんを育てているそうだ。彼女の新しい旦那の座を狙っている男は多いよ。実は俺もひそかに狙ってる」
「だが、あんなにイイ男が出てきちまったんじゃなぁ……おかみとあの男前なお兄さん、イイ雰囲気じゃないか。あれはひょっとしたら……」
「ポッと出の旅人ごときに掻っ攫われちまうなんて冗談じゃない! 今まで何度アタックしたと思ってるんだ。俺は諦めないぞ」
少し離れていた間に、こんなことに。宿泊客たちの話を、そしてマイクロトフと宿の女主人が何やら楽しげに話している姿を、カミューはやや離れた場所からぼんやりと見聞きする。
『男なら惹かれてしまうのも無理はない』『いい雰囲気』――つまり、マイクロトフもその一人だったということか。ようやく女性に臆せず接することができるようになったのだから、ここは祝福すべきではないか? なのに、どうしてそんな気持ちになれないのだろう。
「捜したぞ、カミュー! 疲れているのか? それならそう言ってくれれば良かったものを」
ベッドに腰掛けて剣を磨いていたカミューへ、宿の女主人の手伝いを終えて戻ってきたマイクロトフが大股で近付いた。彼が隣に腰掛けるとぎし、とベッドが軋み、これから始まるであろう甘い時間を予感させる。
だがカミューは、反射的にマイクロトフから離れた。まさかの〝拒絶〟にマイクロトフは目を見開き、行き場を無くした手を宙に浮かせたままおそるおそる尋ねる。
「……どうしたんだ、カミュー? ああ、もしや俺が汗臭いから――」
「別に汗臭いとは思わない。お前は女性を手伝ってきたんだ、それで汗を掻いたのならむしろ褒められるべきだろう。男として騎士として、立派な働きをしたんだからな」
「そう言っている割には、いつもと態度が……」
「見て分からないか? 私は今、ユーライアの手入れをしている。離れたのは、単純に危ないからだ。お前だってダンスニーの手入れをしている最中に私が不用意に近付いてきたら、注意を促すだろう」
淡々と話してはいるものの、やはりいつもと何かが違う。妙に刺々しいというか、苛立ちのようなものすら含んでいるような――訳が分からずすっかり困り果ててしまったマイクロトフに、カミューは続ける。
「お前もようやく女性に臆せず接することができるようになったようだな。喜ばしい限りだ。宿泊客が噂していたぞ、ここの主人がお前に取られるんじゃないか、とな。つまり第三者にはそれくらい親密に見えたということだ。やればできるじゃないか」
「……」
抑揚のない喋り方のせいか、まったく褒められている気がしない。いったいカミューはどうしてしまったのだろうかと途方に暮れかけたが、とある一つの可能性に思い当たり、それきりしばらく続いた沈黙を、マイクロトフが破る。
「……カミュー……怒っているのか?」
「……怒っている? 何にだ?」
「俺がお前に断りを入れずにここの主人の仕事に手を貸していたことを、だ。お前が先に部屋に入ったことにも気付かなかったくらいに手伝いに没頭していたから……」
「それでなぜ私が怒っていることになるんだ?」
「いや、手伝っていたこと自体が問題なのではないな。――俺が、ここの主人と親しくしていたから」
「……!」
マイクロトフの言葉に、カミューの体がびくりと反応した。まさかの反応にマイクロトフは驚き、カミュー本人はもっと驚いたといった様子で目を泳がせる。
「……まさかとは思うが、お前……嫉妬、して……?」
「そんなわけがないだろう。……そんな、わけ……」
覗き込んでくるマイクロトフの顔を見られない。顔を上げられない。この私が、見ず知らずの女性に嫉妬……? そんなわけが。
混乱してついには顔を背けてしまったカミューに、マイクロトフは胸が震えるような喜びとたまらない愛おしさを覚えた。カミューと親しくしている女性に己が嫉妬したことはあったが、まさかカミューからもそのような感情を向けられるとは。その肩をマイクロトフがそっと抱き寄せると今度は拒まれず、カミューはされるがままになる。
「悪かった。どうやらお前にあらぬ誤解を与えてしまっていたようだ。――ここの主人は、実はご両親が宿屋の経営者で、俺の幼なじみなんだ。子供の頃の彼女は男勝りで、たびたび共に剣の稽古をしていた。だが彼女は女性だから、当然騎士団に入団することはできない。成長するにつれて俺とは腕力や体力、体格差が開いて行くことを嘆いていたが、ある日彼女は一人の騎士と恋に落ち、ほどなくして子供が生まれた。しかし騎士は、ある時の戦 で戦死してしまった。彼との思い出が詰まったロックアックスにいるのが辛 くなった彼女は生まれた子供と共にグラスランドへと旅立ち、自分たちを迎え入れてくれたこの村で、年老いた元主人から宿屋を引き継いだ――俺が彼女と親しくしていたのは昔馴染みだったからで、他意は一切ない。彼女は、俺とお前の仲を一目で見破ったくらいだからな。心配は要らないぞ」
「……」
それでも顔を上げないカミューへ、マイクロトフは優しく呼びかける。
「……カミュー。愛する者が自分以外の人間と親しくしているところを見て嫉妬してしまうのは、ごく自然なことだと思っている。何も恥じることはない。俺はそんなお前を、心から愛おしく思う」
「……マイクロトフ」
「おそらく、俺のほうがお前よりはるかに何度もやきもきしてきたからな。分かるんだ。……これ以上の長話はよそう。今はただ、お前を抱きたい」
マイクロトフの熱っぽい囁きにカミューはようやく顔を上げ、間近にある暗茶色の瞳を見つめ返す。
「……まだ外は明るいぞ?」
「それでも、だ。嫌なら今は我慢するが……」
「……嫌なわけがないだろう……ただし、手加減はしてくれよ? 本番は、やはり夜だからな」
カミューの手の上にマイクロトフの大きな手が重ねられ、指と指を絡め合う。それを合図に二人は唇を重ね、やがて二つの体はシーツの海へと沈んで行ったのだった。
「ああ、あの兄ちゃんもここのおかみに魅了されたクチか。美人でスタイル抜群な上に、明るくて働き者。男なら惹かれちまうのも無理はないねえ」
「なんでも旦那を早くに亡くして、宿を取り仕切るかたわら女手一つで娘さんを育てているそうだ。彼女の新しい旦那の座を狙っている男は多いよ。実は俺もひそかに狙ってる」
「だが、あんなにイイ男が出てきちまったんじゃなぁ……おかみとあの男前なお兄さん、イイ雰囲気じゃないか。あれはひょっとしたら……」
「ポッと出の旅人ごときに掻っ攫われちまうなんて冗談じゃない! 今まで何度アタックしたと思ってるんだ。俺は諦めないぞ」
少し離れていた間に、こんなことに。宿泊客たちの話を、そしてマイクロトフと宿の女主人が何やら楽しげに話している姿を、カミューはやや離れた場所からぼんやりと見聞きする。
『男なら惹かれてしまうのも無理はない』『いい雰囲気』――つまり、マイクロトフもその一人だったということか。ようやく女性に臆せず接することができるようになったのだから、ここは祝福すべきではないか? なのに、どうしてそんな気持ちになれないのだろう。
「捜したぞ、カミュー! 疲れているのか? それならそう言ってくれれば良かったものを」
ベッドに腰掛けて剣を磨いていたカミューへ、宿の女主人の手伝いを終えて戻ってきたマイクロトフが大股で近付いた。彼が隣に腰掛けるとぎし、とベッドが軋み、これから始まるであろう甘い時間を予感させる。
だがカミューは、反射的にマイクロトフから離れた。まさかの〝拒絶〟にマイクロトフは目を見開き、行き場を無くした手を宙に浮かせたままおそるおそる尋ねる。
「……どうしたんだ、カミュー? ああ、もしや俺が汗臭いから――」
「別に汗臭いとは思わない。お前は女性を手伝ってきたんだ、それで汗を掻いたのならむしろ褒められるべきだろう。男として騎士として、立派な働きをしたんだからな」
「そう言っている割には、いつもと態度が……」
「見て分からないか? 私は今、ユーライアの手入れをしている。離れたのは、単純に危ないからだ。お前だってダンスニーの手入れをしている最中に私が不用意に近付いてきたら、注意を促すだろう」
淡々と話してはいるものの、やはりいつもと何かが違う。妙に刺々しいというか、苛立ちのようなものすら含んでいるような――訳が分からずすっかり困り果ててしまったマイクロトフに、カミューは続ける。
「お前もようやく女性に臆せず接することができるようになったようだな。喜ばしい限りだ。宿泊客が噂していたぞ、ここの主人がお前に取られるんじゃないか、とな。つまり第三者にはそれくらい親密に見えたということだ。やればできるじゃないか」
「……」
抑揚のない喋り方のせいか、まったく褒められている気がしない。いったいカミューはどうしてしまったのだろうかと途方に暮れかけたが、とある一つの可能性に思い当たり、それきりしばらく続いた沈黙を、マイクロトフが破る。
「……カミュー……怒っているのか?」
「……怒っている? 何にだ?」
「俺がお前に断りを入れずにここの主人の仕事に手を貸していたことを、だ。お前が先に部屋に入ったことにも気付かなかったくらいに手伝いに没頭していたから……」
「それでなぜ私が怒っていることになるんだ?」
「いや、手伝っていたこと自体が問題なのではないな。――俺が、ここの主人と親しくしていたから」
「……!」
マイクロトフの言葉に、カミューの体がびくりと反応した。まさかの反応にマイクロトフは驚き、カミュー本人はもっと驚いたといった様子で目を泳がせる。
「……まさかとは思うが、お前……嫉妬、して……?」
「そんなわけがないだろう。……そんな、わけ……」
覗き込んでくるマイクロトフの顔を見られない。顔を上げられない。この私が、見ず知らずの女性に嫉妬……? そんなわけが。
混乱してついには顔を背けてしまったカミューに、マイクロトフは胸が震えるような喜びとたまらない愛おしさを覚えた。カミューと親しくしている女性に己が嫉妬したことはあったが、まさかカミューからもそのような感情を向けられるとは。その肩をマイクロトフがそっと抱き寄せると今度は拒まれず、カミューはされるがままになる。
「悪かった。どうやらお前にあらぬ誤解を与えてしまっていたようだ。――ここの主人は、実はご両親が宿屋の経営者で、俺の幼なじみなんだ。子供の頃の彼女は男勝りで、たびたび共に剣の稽古をしていた。だが彼女は女性だから、当然騎士団に入団することはできない。成長するにつれて俺とは腕力や体力、体格差が開いて行くことを嘆いていたが、ある日彼女は一人の騎士と恋に落ち、ほどなくして子供が生まれた。しかし騎士は、ある時の
「……」
それでも顔を上げないカミューへ、マイクロトフは優しく呼びかける。
「……カミュー。愛する者が自分以外の人間と親しくしているところを見て嫉妬してしまうのは、ごく自然なことだと思っている。何も恥じることはない。俺はそんなお前を、心から愛おしく思う」
「……マイクロトフ」
「おそらく、俺のほうがお前よりはるかに何度もやきもきしてきたからな。分かるんだ。……これ以上の長話はよそう。今はただ、お前を抱きたい」
マイクロトフの熱っぽい囁きにカミューはようやく顔を上げ、間近にある暗茶色の瞳を見つめ返す。
「……まだ外は明るいぞ?」
「それでも、だ。嫌なら今は我慢するが……」
「……嫌なわけがないだろう……ただし、手加減はしてくれよ? 本番は、やはり夜だからな」
カミューの手の上にマイクロトフの大きな手が重ねられ、指と指を絡め合う。それを合図に二人は唇を重ね、やがて二つの体はシーツの海へと沈んで行ったのだった。
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