初雪の中で
頬や鼻先に触れる空気の冷たさに、マイクロトフは目を覚ました。まだ起きる気配のない周りの同僚たちを起こさぬようそっと体を起こし、静かにベッドから出る。
(……雪か。道理で寒いと思ったら)
窓から見える外の景色は白く、うっすらとではあるが雪が積もっていた。今年初めての雪だ、せっかく早起きをしたのだから雪景色を眺めがてら外を歩くのもいいかと、マイクロトフはしっかりと制服を着込んで部屋を出た。
少し歩くと、誰かが一人で中庭に佇んでいるのが見えた。赤茶色の髪に赤騎士団の制服、細身の体。あまりにも見覚えのあるその姿に、マイクロトフは思わず声を上げて駆け寄る。
「カミュー!」
「ああ、マイクロトフか。こんなに朝早くからお前に出くわすなんてな」
「本当にな。……こんな所で何をしているんだ?」
マイクロトフの問いに、カミューがふふ、と笑う。
「雪というものを、初めて見たんだ。私の故郷には、降らないから」
「ああ……そうか。お前は、グラスランド出身だから」
よく見ればカミューの頬はわずかに紅潮し、琥珀色の瞳もきらきらと輝いている。初めて見る雪に興奮しているのだろう。常に冷静で年の割に大人びているカミューでもこんな顔をするのかと、マイクロトフは思わず微笑ましい気持ちになる。
カミューはその場にしゃがみ込み、手で雪に触れた。当然ながら、冷たい。次に両手で雪を掬 って、顔の近くへと持って行った。さすがにそれは黙って見ているわけには行かず、マイクロトフが慌てて止める。
「おい、何をする気だ。まさか、食べ――」
「ない。匂いを嗅いだだけだ。……うん、無臭だ。ただ冷たいだけだな」
「それはそうだろう……満足したのなら部屋に戻ったほうがいい。あまり長くここにいると、風邪を引くぞ」
体を気遣ってくれるマイクロトフに、だがカミューは「もう少しここにいたい」と答えた。カミューとしては「もう少しお前と一緒にいたい」という意味で言ったのだが、それに気付いていないマイクロトフは「駄目だ」と口にする。
「いくら俺がお前の友だからといって、俺は青騎士団の人間だ。だから、そう簡単に赤騎士団の兵舎には立ち入れない。雪遊びで風邪を引いて寝込むだなんて、お前に嫌がらせをしてくる連中に自ら隙を見せるようなものだぞ。騎士として男子として、常に毅然とした態度をだな……」
「……」
先程までの興奮気味の表情から一転、露骨に不機嫌そうな顔を向けられて、マイクロトフは大いに戸惑った。何かまずいことを言っただろうか。考えられるとしたら、一つ年上のカミューに対して説教じみていたかもしれないということくらいか。いや、たとえそうだとしても、ここまで睨まれる筋合いは。
「カ、カミュー、なぜそんな顔をする?」
「……別に。帰ればいいんだろう、帰れば。品行方正な優等生殿のありがたいアドバイスだ、きちんと聞き入れなければな」
「あ、ああ……いや、待ってくれ。何か気に障ってしまったのなら謝る。すまない」
ぷい、とそっぽを向いてその場から去ろうとするカミューへ、マイクロトフは謝罪の言葉を口にした。彼は、己 が機嫌を損ねている真の理由に気が付いていないだろう。だがそんな鈍いところがマイクロトフという男の特徴であり、勝手に拗ねているのはこちらのほうだ。カミューは最近になって親友以上の好意を抱き始めている男に向き直ると、緊張に顔を強張らせながら自身を見つめているマイクロトフへ、ふ、と笑ってみせる。
「いや、私も大人げなかったよ。せっかくこうして朝早くから会えたのにすぐにお別れだなんて、少し面白くなかっただけさ。お前といると、楽しいから」
「! カミュー……」
カミューの思わぬ言葉に、マイクロトフは感激に胸を震わせた。面白みのない男、堅物などと言われることの多い己が、誰かに、それも一番の親友だと思っているカミューに「一緒にいて楽しい」と思われている。正直なところ楽しませているという自覚はないのだが、誰に対してもクールに接するカミューが己の前では様々な表情を見せ、時にこうして思わずどきりとしてしまうようなことを言ってくる「特別感」のようなものが、マイクロトフにはたまらなく嬉しく感じたのだ。
もっと一緒にいたい。直感的にそう思ったマイクロトフは、カミューにありのままの気持ちを伝える。
「俺も、お前といる時が一番楽しい。だから、もっと話したい。だがここで長話をするのはなんだから、せめて建物の中に入ろう。……こういう時、個室がある団長たちが羨ましくなるな」
「そうだな。……いずれ青騎士団長になる気でいるんだろう? お互いに団長になったら、行き来し放題だ。その夢を叶えるためにも、頑張らないとな」
「ああ。共に頑張ろう」
マイクロトフが差し出した握り拳に、カミューも拳を握ってこつん、と軽く合わせる。
建物の中に入ったとはいえ冷たい外気が少々体に堪 えるが、心はじんわりと温かい。ちらちらと舞い始めた雪を眺めつつ二人は柱に寄り掛かり、白い息を吐き出しながらも思い出話から将来の夢まで、様々な話に花を咲かせたのだった。
(……雪か。道理で寒いと思ったら)
窓から見える外の景色は白く、うっすらとではあるが雪が積もっていた。今年初めての雪だ、せっかく早起きをしたのだから雪景色を眺めがてら外を歩くのもいいかと、マイクロトフはしっかりと制服を着込んで部屋を出た。
少し歩くと、誰かが一人で中庭に佇んでいるのが見えた。赤茶色の髪に赤騎士団の制服、細身の体。あまりにも見覚えのあるその姿に、マイクロトフは思わず声を上げて駆け寄る。
「カミュー!」
「ああ、マイクロトフか。こんなに朝早くからお前に出くわすなんてな」
「本当にな。……こんな所で何をしているんだ?」
マイクロトフの問いに、カミューがふふ、と笑う。
「雪というものを、初めて見たんだ。私の故郷には、降らないから」
「ああ……そうか。お前は、グラスランド出身だから」
よく見ればカミューの頬はわずかに紅潮し、琥珀色の瞳もきらきらと輝いている。初めて見る雪に興奮しているのだろう。常に冷静で年の割に大人びているカミューでもこんな顔をするのかと、マイクロトフは思わず微笑ましい気持ちになる。
カミューはその場にしゃがみ込み、手で雪に触れた。当然ながら、冷たい。次に両手で雪を
「おい、何をする気だ。まさか、食べ――」
「ない。匂いを嗅いだだけだ。……うん、無臭だ。ただ冷たいだけだな」
「それはそうだろう……満足したのなら部屋に戻ったほうがいい。あまり長くここにいると、風邪を引くぞ」
体を気遣ってくれるマイクロトフに、だがカミューは「もう少しここにいたい」と答えた。カミューとしては「もう少しお前と一緒にいたい」という意味で言ったのだが、それに気付いていないマイクロトフは「駄目だ」と口にする。
「いくら俺がお前の友だからといって、俺は青騎士団の人間だ。だから、そう簡単に赤騎士団の兵舎には立ち入れない。雪遊びで風邪を引いて寝込むだなんて、お前に嫌がらせをしてくる連中に自ら隙を見せるようなものだぞ。騎士として男子として、常に毅然とした態度をだな……」
「……」
先程までの興奮気味の表情から一転、露骨に不機嫌そうな顔を向けられて、マイクロトフは大いに戸惑った。何かまずいことを言っただろうか。考えられるとしたら、一つ年上のカミューに対して説教じみていたかもしれないということくらいか。いや、たとえそうだとしても、ここまで睨まれる筋合いは。
「カ、カミュー、なぜそんな顔をする?」
「……別に。帰ればいいんだろう、帰れば。品行方正な優等生殿のありがたいアドバイスだ、きちんと聞き入れなければな」
「あ、ああ……いや、待ってくれ。何か気に障ってしまったのなら謝る。すまない」
ぷい、とそっぽを向いてその場から去ろうとするカミューへ、マイクロトフは謝罪の言葉を口にした。彼は、
「いや、私も大人げなかったよ。せっかくこうして朝早くから会えたのにすぐにお別れだなんて、少し面白くなかっただけさ。お前といると、楽しいから」
「! カミュー……」
カミューの思わぬ言葉に、マイクロトフは感激に胸を震わせた。面白みのない男、堅物などと言われることの多い己が、誰かに、それも一番の親友だと思っているカミューに「一緒にいて楽しい」と思われている。正直なところ楽しませているという自覚はないのだが、誰に対してもクールに接するカミューが己の前では様々な表情を見せ、時にこうして思わずどきりとしてしまうようなことを言ってくる「特別感」のようなものが、マイクロトフにはたまらなく嬉しく感じたのだ。
もっと一緒にいたい。直感的にそう思ったマイクロトフは、カミューにありのままの気持ちを伝える。
「俺も、お前といる時が一番楽しい。だから、もっと話したい。だがここで長話をするのはなんだから、せめて建物の中に入ろう。……こういう時、個室がある団長たちが羨ましくなるな」
「そうだな。……いずれ青騎士団長になる気でいるんだろう? お互いに団長になったら、行き来し放題だ。その夢を叶えるためにも、頑張らないとな」
「ああ。共に頑張ろう」
マイクロトフが差し出した握り拳に、カミューも拳を握ってこつん、と軽く合わせる。
建物の中に入ったとはいえ冷たい外気が少々体に
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