一夜を共に
この日は『マチルダ騎士団創立◯周年記念日』で、ロックアックス中が盛り上がっていた。明るいうちは騎士団の勇壮な式典とパレードが行われ、夕方から夜にかけては騎士も城下の民も一緒くたになって談笑し、盃 を交わす。すっかりお祭りムードだ。
とはいえ白騎士団長兼マチルダ騎士団騎士団長であるゴルドーは民との余計な交流を嫌って早々に城内へと戻ってしまい、赤騎士団長カミュー、青騎士団長マイクロトフも適当な所で切り上げた。すっかり浮かれ、馴れ馴れしく触れてくる上に際限なく酒を勧めてくる人々に嫌気が差してしまったからである。
「まったく……いくら無礼講とはいえ、あれはないだろう。明らかに度を越している」
「お前と私が団長になってから初めての式典だったからな。それを祝う意味もあったのだろうが……」
「だからといって、あのように人の体をべたべたと……不快でしかない。俺たちは神仏ではなくただの人間だ、いくら触れたところでご利益などないのだぞ」
太く凛々しい眉を吊り上げて憤慨しているマイクロトフの背をカミューが軽く叩き、「いいからそろそろ落ち着け」と宥 めた。親友からのボディタッチは全く平気――どころか鎮静効果があったようで、ようやくマイクロトフは怒りを収めて溜め息を吐く。
「……やはり俺は、お前と二人で静かに飲むほうが好きだな。ああいった場は苦手だ……」
「おや、飲み直すのか?」
「ああ、ビールばかり飲まされたからな。気に入りのワインが飲みたい」
「もうこれ以上は飲まないと言うかと思いきや、珍しいこともあるものだな。まあ私もそういう気分だ、付き合おう」
「それはありがたい。では頼む」
二人の足は、マイクロトフの部屋へと向かう。青騎士たちが出払いしんと静まり返った廊下に二人分の靴音が響き渡り、扉を開閉する音が、やけに大きく聞こえた。
マイクロトフとカミューはソファーに腰掛け、静かに語り合いながらグラスを傾けた。二人にとって、至福の時間だ。
だが既にいくらか酒が入っていることもあってか、グラスが空 になった頃にはマイクロトフの意識はときおり朦朧とし始め、それに気付いたカミューに心配される羽目になった。急激に酔いが回った、という感じだ。
「……大丈夫か? マイクロトフ。水を持って来ようか」
「……すまない、カミュー。頼む……」
カミューが立ち上がり、水を汲みに行く。新しいグラスに水を入れて戻ってきたカミューが再び隣に腰掛けグラスを渡すと、マイクロトフはそれを受け取り、やや覚束 ない手つきながらもそれを一気に飲み干す。
「ああ、こぼれてる。まったく……手のかかる奴だな」
マイクロトフの口の端から伝い落ちた水を、カミューが自身のハンカチで拭ってやる。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる親友に申し訳なさと少しの喜びを感じたところで、ついに限界が訪れた。マイクロトフの意識はそこでぷつんと途切れ、彼はそのままカミューのほうへと倒れ込む。
「マイクロトフ! ……やれやれ、困ったな……まさかこんなことになるとは」
体格のいいマイクロトフに寄り掛かられてしまっては、動くに動けない。何度か呼びかけても返事はなく、マイクロトフはすう、すうと寝息を立てて眠り込んでいる。
「……仕方がない。今夜は私もここで寝るか」
親友の無防備な寝顔を見てふ、と笑ったカミューは、目を細めて愛おしそうにその頬をひと撫ですると、マイクロトフに寄り添うように体を傾け目を閉じた。
「! ――!?」
外が明るくなってきた頃にようやく目を覚ましたマイクロトフだったが、朝早くからカミューが自室にいる上、己 に全体重を預けて眠っているというこの状況に、大いに動転した。それが伝わったのかすぐにカミューも目を覚まし、「おはよう、マイクロトフ。いい朝だな」と言われて言葉に詰まる。
「カ、カミュー……なぜお前が、こんな時間から俺の部屋に……?」
「……嫌だな、覚えていないのか? 離してくれなかったのはお前だぞ?」
「なっ……」
「まさか、ベッドまで待てずにソファーでなんて……ああ、いたた……腰が痛い」
「……」
ソファーから立ち上がり腰を摩 っているカミューを見て、マイクロトフの顔が一気に青褪めた。ついに酒の勢いで一夜の過ちを犯してしまったのだろうか。互いに薄着も薄着な上に、心なしか衣服も乱れている気がする。だが自分がカミューに何をしたのかという記憶が全くない。何を言ったかさえも。
さすがに悪ふざけが過ぎたかと、カミューが笑って真実を伝えようと口を開いたのと、俯いたマイクロトフが低く絞り出すような声を出したのはほぼ同時だった。「はは、冗談だ。昨夜は何も……」というカミューの声と、「すまない、カミュー」というマイクロトフの声が重なり、カミューは「……ん?」と目を丸くする。
「なんだ、何を謝って――」
「昨夜のことは、本当に……まったく、記憶がないんだ。お前の身も心も深く傷つけてしまったことを、俺はどう詫びれば……」
「待て、勝手に思い詰めるな。だから、昨夜は何もなかったと」
「だが一度起きてしまったことは、もう……こうなった以上は、責任は俺が取る。むろん口外もしない。だからお前のことは、俺が――」
「人の話を聞け!」
よく考えたら一大告白をされている気がするが、こんな形で想いが成就するなど、冗談ではない。互いに親友以上の好意を抱きながらもカミューは今一度「何もなかった」ことを強調し、それをようやく理解したマイクロトフは大きな安堵と、ほんの少しの落胆の気持ちを覚えたのだった。
とはいえ白騎士団長兼マチルダ騎士団騎士団長であるゴルドーは民との余計な交流を嫌って早々に城内へと戻ってしまい、赤騎士団長カミュー、青騎士団長マイクロトフも適当な所で切り上げた。すっかり浮かれ、馴れ馴れしく触れてくる上に際限なく酒を勧めてくる人々に嫌気が差してしまったからである。
「まったく……いくら無礼講とはいえ、あれはないだろう。明らかに度を越している」
「お前と私が団長になってから初めての式典だったからな。それを祝う意味もあったのだろうが……」
「だからといって、あのように人の体をべたべたと……不快でしかない。俺たちは神仏ではなくただの人間だ、いくら触れたところでご利益などないのだぞ」
太く凛々しい眉を吊り上げて憤慨しているマイクロトフの背をカミューが軽く叩き、「いいからそろそろ落ち着け」と
「……やはり俺は、お前と二人で静かに飲むほうが好きだな。ああいった場は苦手だ……」
「おや、飲み直すのか?」
「ああ、ビールばかり飲まされたからな。気に入りのワインが飲みたい」
「もうこれ以上は飲まないと言うかと思いきや、珍しいこともあるものだな。まあ私もそういう気分だ、付き合おう」
「それはありがたい。では頼む」
二人の足は、マイクロトフの部屋へと向かう。青騎士たちが出払いしんと静まり返った廊下に二人分の靴音が響き渡り、扉を開閉する音が、やけに大きく聞こえた。
マイクロトフとカミューはソファーに腰掛け、静かに語り合いながらグラスを傾けた。二人にとって、至福の時間だ。
だが既にいくらか酒が入っていることもあってか、グラスが
「……大丈夫か? マイクロトフ。水を持って来ようか」
「……すまない、カミュー。頼む……」
カミューが立ち上がり、水を汲みに行く。新しいグラスに水を入れて戻ってきたカミューが再び隣に腰掛けグラスを渡すと、マイクロトフはそれを受け取り、やや
「ああ、こぼれてる。まったく……手のかかる奴だな」
マイクロトフの口の端から伝い落ちた水を、カミューが自身のハンカチで拭ってやる。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる親友に申し訳なさと少しの喜びを感じたところで、ついに限界が訪れた。マイクロトフの意識はそこでぷつんと途切れ、彼はそのままカミューのほうへと倒れ込む。
「マイクロトフ! ……やれやれ、困ったな……まさかこんなことになるとは」
体格のいいマイクロトフに寄り掛かられてしまっては、動くに動けない。何度か呼びかけても返事はなく、マイクロトフはすう、すうと寝息を立てて眠り込んでいる。
「……仕方がない。今夜は私もここで寝るか」
親友の無防備な寝顔を見てふ、と笑ったカミューは、目を細めて愛おしそうにその頬をひと撫ですると、マイクロトフに寄り添うように体を傾け目を閉じた。
「! ――!?」
外が明るくなってきた頃にようやく目を覚ましたマイクロトフだったが、朝早くからカミューが自室にいる上、
「カ、カミュー……なぜお前が、こんな時間から俺の部屋に……?」
「……嫌だな、覚えていないのか? 離してくれなかったのはお前だぞ?」
「なっ……」
「まさか、ベッドまで待てずにソファーでなんて……ああ、いたた……腰が痛い」
「……」
ソファーから立ち上がり腰を
さすがに悪ふざけが過ぎたかと、カミューが笑って真実を伝えようと口を開いたのと、俯いたマイクロトフが低く絞り出すような声を出したのはほぼ同時だった。「はは、冗談だ。昨夜は何も……」というカミューの声と、「すまない、カミュー」というマイクロトフの声が重なり、カミューは「……ん?」と目を丸くする。
「なんだ、何を謝って――」
「昨夜のことは、本当に……まったく、記憶がないんだ。お前の身も心も深く傷つけてしまったことを、俺はどう詫びれば……」
「待て、勝手に思い詰めるな。だから、昨夜は何もなかったと」
「だが一度起きてしまったことは、もう……こうなった以上は、責任は俺が取る。むろん口外もしない。だからお前のことは、俺が――」
「人の話を聞け!」
よく考えたら一大告白をされている気がするが、こんな形で想いが成就するなど、冗談ではない。互いに親友以上の好意を抱きながらもカミューは今一度「何もなかった」ことを強調し、それをようやく理解したマイクロトフは大きな安堵と、ほんの少しの落胆の気持ちを覚えたのだった。
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