青騎士たちは団長の恋路を応援したい
マチルダ騎士団青騎士団長・マイクロトフは、気が気でなかった。
容姿端麗な上にレディーファーストを重んじる親友・カミューが主に若い女性に人気があることは、周知の事実だ。彼が女性たちに囲まれて笑顔を振りまいている光景など日常茶飯事だし、それゆえにあらぬ噂を立てられることが多いものの、そのどれもがあくまでも噂でしかないことをマイクロトフは知っている。あいつの本当の顔を知っているのは俺だけだ、という自負すらあるほどだ。
しかし――今、それが覆されようとしていた。なぜならここ数日、カミューが一人の同じ女性と何やらいい雰囲気で話しているところを目撃してしまったからだ。
三日目までは我慢し特に言及はしなかったが、四日目ともなるとさすがに耐えられなくなり、「お前が最近毎日会って話している女性は何者なんだ」と尋ねてみた。ところがカミューは「秘密だ」とだけ答え、それきり件の女性について話すことはなかった。つまり、はぐらかされてしまったのである。
今日もカミューは、あの女性の所へ行っているのだろう。俺と過ごす時間を減らしてまで。好物の肉料理を前にしながら口もつけずに深い溜め息を吐いているマイクロトフを、青騎士たちがおろおろと気遣う。
「団長、お体の具合でも悪いのですか? 先程からひと口もお召し上がりに……」
「あの、お疲れのようでしたら、無理はなさらずお部屋でお休みください。団長に倒れられでもしたら、我々は……」
「俺たちは大丈夫です。団長がお休みになられている間も、鍛錬は怠りません」
「……皆、すまない。俺はまだまだ未熟だ……」
「何かあったんですか? 我々で良ければ、微力ではありますがぜひお力に――」
そこへ新たな青騎士がやってきて、マイクロトフを見るなり軽やかに駆け寄ってきた。マイクロトフたちよりさらに若い彼は皿の上に特大ステーキを二枚載せており、いかにもやんちゃそうな顔をしている。
「あ、団長! 聞きましたか? カミュー様に、ついに彼女ができたらしいですよ! 今、街中はこの話で持ちきりです!」
「!!」
やんちゃそうな青騎士の〝追い打ち〟によってマイクロトフの頭の中で「カミューに彼女ができた」という言葉がこだまのように響き渡り、彼はしばらく固まるとやがてがっくりと肩を落とし、組んだ両手の間に顔を伏せてしまう。
――め、めちゃくちゃ落ち込んでるー!
――団長の元気がなかった理由って、これかぁ~!
一瞬で状況を理解した青騎士たちと、特大の負のオーラを醸し出し始めたマイクロトフをよそに、やんちゃそうな青騎士はさらに続ける。
「街の女の子たちも大騒ぎでしたよ。カミュー様、モテますからねえ。でもウチのマイクロトフ様だってモテっぷりは負けてませんし、きっとすぐにカミュー様に追いついて……」
「お前はもう黙れ! 空気を読め! 読めないのならここから出て行け!!」
「団長、きっとこれは何かの間違いです。団長を誰よりも大切になさっているカミュー様に限ってそんなこと……」
「そ、そうですよ! 俺たちは昔も今も、お二人を応援していますからね! どこぞの馬の骨なんかにお二人は渡しませんよ!」
『団長親衛隊/赤・青騎士団長の仲を応援し隊』な青騎士たちがやんちゃそうな、改め空気の読めない若い青騎士をしっしっと追い払い、激しく落ち込んでいるマイクロトフを懸命に慰め始めた。当のマイクロトフは、ショックのあまりに己 がカミューに親友以上の感情を抱いているのを自らバラしてしまったことに気付いていない(尤 も本人は隠しているつもりでも、周囲にはとっくにバレバレなわけだが)。
これから俺は、カミューにどんな顔をして会えばいい? 友として祝福……できるだろうか? いや、どう考えても無理だ。こんなことならば、いっそのこと先に――いやいや、何を考えている。ああ、駄目だ。すっかり頭が混乱して――……
青騎士たちの声さえ、遠くに聞こえる。結局食事にはひと口も手を付けないまま、マイクロトフは青い顔で自室へと戻って行った。
その日の夜、渦中のカミューがマイクロトフの部屋を訪ねた。「今日は誰にも会いたくない。帰ってくれ」と面会謝絶状態のマイクロトフの声に、だがカミューは引き下がることなく声を掛け続ける。
「お前の部下たちに泣き付かれたぞ。あのマイクロトフ団長が生きる気力を失っている、とな。……私が原因なのだろう? ならば誤解を解くためにも、私の話を聞いてくれないか」
「……」
カミューの説得に、ようやくマイクロトフは扉を開けて出てきた。その顔には生気がなく、まるで別人のようだ。
「……なんて顔をしてるんだ」
ふ、と困ったように笑い、カミューは脇に退いたマイクロトフの腕を軽く小突くと、彼の部屋へと入った。つい先程までベッドに横になっていたのか室内は暗く、カミューはマイクロトフへ照明を点けるように促す。
「――単刀直入に言おう。件の女性と私は、恋愛関係にあったわけではない」
ソファーに腰掛けるなり、カミューは言った。どういうことだ、と目で訊 いてくるマイクロトフに、カミューは続ける。
「あの女性には、家同士が決めた結婚話が持ち上がっていたようでな。だが彼女は結婚に全く乗り気ではなく、ある時、全てに嫌気が差して家出をした。比較的裕福な家庭の生まれである彼女は金には困っていなかったらしく、馬車を借りてミューズ市国へと向かった。しかしその道中で野盗に襲われて護衛が殺され、彼女の身もあわや……というところで、一人の男に助けられた。その男はグラスランドにあるシックスクランの一つ、カラヤクランの戦士で、彼らは一目で恋に落ちたという。だがさすがにその場で駆け落ちするわけにはいかず、二人は再会を約束して一旦別れた。女性はこの街へ戻ってきたもののあの男のことが忘れられず、次に会うまでにもっと彼の国のことを知りたいと、グラスランド人である私に相談を持ちかけてきた。知ってのとおり私はシックスクラン出身者ではないが、言語や文化的なものの共通点が無いわけではない。だから、教えられる限りのことを教えて差し上げていたのさ。果たしてそれが役に立つかどうかは分からないが」
「……そう、だったのか」
「ああ。そして再会の約束を交わした日が今日だったんだろう、彼女は約束の場所へ迎えに来た男と共に、今朝の早い時間に旅立って行った。頑張って早起きして、直接見送ることができて良かったよ」
「……つまりお前は、それなりの家柄の女性の駆け落ちに手を貸したというわけだな?」
「まあ、結果的にはそうなるな」
ははは、と笑ったカミューに呆れ顔を向けたマイクロトフだったが、正直なところ、かなり安堵していた。件の女性には既に想い人がいたことと、カミューにも他意は無かったこと。残された女性の家族のことが少し心配ではあるが、その辺りは機転の利くカミューがうまくやるだろう。
はあー……と大きく溜め息を吐いたマイクロトフに、カミューは悪戯っぽく笑いながら言う。
「ところで……お前は、なぜそんなに落ち込んでいたんだ? 他の人間に私を取られたと思ったからか?」
「! い、いや……! それはお前がすぐに真実を話してくれなかったからで……」
「……ふぅん?」
「なんだその顔は! 俺は、友である俺に何の説明もなかったことに落ちこ……怒っているんだ! 水臭いにもほどがあるだろう! なぜ黙っていたんだ」
「あの時は、まだ話すべきではないと思ったからだ。件の女性には幸せになってほしかったし、今朝会ってみて分かったんだがカラヤの男はいかにも誠実そうで、雰囲気がお前に少し似ていた。間接的にではあるが、彼らの駆け落ちに手を貸したことは後悔していない。……もうこの件は終わったんだ、すぐに騒動も下火になるだろう。お前をやきもきさせる日々も、これで終 いだ。これからはまた『お前だけの私』であり続けるさ」
「なっ、何を言って……」
明らかに動揺し目を泳がせるマイクロトフに、カミューはふふ、とおかしそうに笑う。
この時マイクロトフの部屋の外では、先程の青騎士たちが盗み聞きは良くないと分かっていながらも聞き耳を立て、団長たちが無事和解しいい雰囲気になっていることを知って、安堵の涙を流していたのだった。
容姿端麗な上にレディーファーストを重んじる親友・カミューが主に若い女性に人気があることは、周知の事実だ。彼が女性たちに囲まれて笑顔を振りまいている光景など日常茶飯事だし、それゆえにあらぬ噂を立てられることが多いものの、そのどれもがあくまでも噂でしかないことをマイクロトフは知っている。あいつの本当の顔を知っているのは俺だけだ、という自負すらあるほどだ。
しかし――今、それが覆されようとしていた。なぜならここ数日、カミューが一人の同じ女性と何やらいい雰囲気で話しているところを目撃してしまったからだ。
三日目までは我慢し特に言及はしなかったが、四日目ともなるとさすがに耐えられなくなり、「お前が最近毎日会って話している女性は何者なんだ」と尋ねてみた。ところがカミューは「秘密だ」とだけ答え、それきり件の女性について話すことはなかった。つまり、はぐらかされてしまったのである。
今日もカミューは、あの女性の所へ行っているのだろう。俺と過ごす時間を減らしてまで。好物の肉料理を前にしながら口もつけずに深い溜め息を吐いているマイクロトフを、青騎士たちがおろおろと気遣う。
「団長、お体の具合でも悪いのですか? 先程からひと口もお召し上がりに……」
「あの、お疲れのようでしたら、無理はなさらずお部屋でお休みください。団長に倒れられでもしたら、我々は……」
「俺たちは大丈夫です。団長がお休みになられている間も、鍛錬は怠りません」
「……皆、すまない。俺はまだまだ未熟だ……」
「何かあったんですか? 我々で良ければ、微力ではありますがぜひお力に――」
そこへ新たな青騎士がやってきて、マイクロトフを見るなり軽やかに駆け寄ってきた。マイクロトフたちよりさらに若い彼は皿の上に特大ステーキを二枚載せており、いかにもやんちゃそうな顔をしている。
「あ、団長! 聞きましたか? カミュー様に、ついに彼女ができたらしいですよ! 今、街中はこの話で持ちきりです!」
「!!」
やんちゃそうな青騎士の〝追い打ち〟によってマイクロトフの頭の中で「カミューに彼女ができた」という言葉がこだまのように響き渡り、彼はしばらく固まるとやがてがっくりと肩を落とし、組んだ両手の間に顔を伏せてしまう。
――め、めちゃくちゃ落ち込んでるー!
――団長の元気がなかった理由って、これかぁ~!
一瞬で状況を理解した青騎士たちと、特大の負のオーラを醸し出し始めたマイクロトフをよそに、やんちゃそうな青騎士はさらに続ける。
「街の女の子たちも大騒ぎでしたよ。カミュー様、モテますからねえ。でもウチのマイクロトフ様だってモテっぷりは負けてませんし、きっとすぐにカミュー様に追いついて……」
「お前はもう黙れ! 空気を読め! 読めないのならここから出て行け!!」
「団長、きっとこれは何かの間違いです。団長を誰よりも大切になさっているカミュー様に限ってそんなこと……」
「そ、そうですよ! 俺たちは昔も今も、お二人を応援していますからね! どこぞの馬の骨なんかにお二人は渡しませんよ!」
『団長親衛隊/赤・青騎士団長の仲を応援し隊』な青騎士たちがやんちゃそうな、改め空気の読めない若い青騎士をしっしっと追い払い、激しく落ち込んでいるマイクロトフを懸命に慰め始めた。当のマイクロトフは、ショックのあまりに
これから俺は、カミューにどんな顔をして会えばいい? 友として祝福……できるだろうか? いや、どう考えても無理だ。こんなことならば、いっそのこと先に――いやいや、何を考えている。ああ、駄目だ。すっかり頭が混乱して――……
青騎士たちの声さえ、遠くに聞こえる。結局食事にはひと口も手を付けないまま、マイクロトフは青い顔で自室へと戻って行った。
その日の夜、渦中のカミューがマイクロトフの部屋を訪ねた。「今日は誰にも会いたくない。帰ってくれ」と面会謝絶状態のマイクロトフの声に、だがカミューは引き下がることなく声を掛け続ける。
「お前の部下たちに泣き付かれたぞ。あのマイクロトフ団長が生きる気力を失っている、とな。……私が原因なのだろう? ならば誤解を解くためにも、私の話を聞いてくれないか」
「……」
カミューの説得に、ようやくマイクロトフは扉を開けて出てきた。その顔には生気がなく、まるで別人のようだ。
「……なんて顔をしてるんだ」
ふ、と困ったように笑い、カミューは脇に退いたマイクロトフの腕を軽く小突くと、彼の部屋へと入った。つい先程までベッドに横になっていたのか室内は暗く、カミューはマイクロトフへ照明を点けるように促す。
「――単刀直入に言おう。件の女性と私は、恋愛関係にあったわけではない」
ソファーに腰掛けるなり、カミューは言った。どういうことだ、と目で
「あの女性には、家同士が決めた結婚話が持ち上がっていたようでな。だが彼女は結婚に全く乗り気ではなく、ある時、全てに嫌気が差して家出をした。比較的裕福な家庭の生まれである彼女は金には困っていなかったらしく、馬車を借りてミューズ市国へと向かった。しかしその道中で野盗に襲われて護衛が殺され、彼女の身もあわや……というところで、一人の男に助けられた。その男はグラスランドにあるシックスクランの一つ、カラヤクランの戦士で、彼らは一目で恋に落ちたという。だがさすがにその場で駆け落ちするわけにはいかず、二人は再会を約束して一旦別れた。女性はこの街へ戻ってきたもののあの男のことが忘れられず、次に会うまでにもっと彼の国のことを知りたいと、グラスランド人である私に相談を持ちかけてきた。知ってのとおり私はシックスクラン出身者ではないが、言語や文化的なものの共通点が無いわけではない。だから、教えられる限りのことを教えて差し上げていたのさ。果たしてそれが役に立つかどうかは分からないが」
「……そう、だったのか」
「ああ。そして再会の約束を交わした日が今日だったんだろう、彼女は約束の場所へ迎えに来た男と共に、今朝の早い時間に旅立って行った。頑張って早起きして、直接見送ることができて良かったよ」
「……つまりお前は、それなりの家柄の女性の駆け落ちに手を貸したというわけだな?」
「まあ、結果的にはそうなるな」
ははは、と笑ったカミューに呆れ顔を向けたマイクロトフだったが、正直なところ、かなり安堵していた。件の女性には既に想い人がいたことと、カミューにも他意は無かったこと。残された女性の家族のことが少し心配ではあるが、その辺りは機転の利くカミューがうまくやるだろう。
はあー……と大きく溜め息を吐いたマイクロトフに、カミューは悪戯っぽく笑いながら言う。
「ところで……お前は、なぜそんなに落ち込んでいたんだ? 他の人間に私を取られたと思ったからか?」
「! い、いや……! それはお前がすぐに真実を話してくれなかったからで……」
「……ふぅん?」
「なんだその顔は! 俺は、友である俺に何の説明もなかったことに落ちこ……怒っているんだ! 水臭いにもほどがあるだろう! なぜ黙っていたんだ」
「あの時は、まだ話すべきではないと思ったからだ。件の女性には幸せになってほしかったし、今朝会ってみて分かったんだがカラヤの男はいかにも誠実そうで、雰囲気がお前に少し似ていた。間接的にではあるが、彼らの駆け落ちに手を貸したことは後悔していない。……もうこの件は終わったんだ、すぐに騒動も下火になるだろう。お前をやきもきさせる日々も、これで
「なっ、何を言って……」
明らかに動揺し目を泳がせるマイクロトフに、カミューはふふ、とおかしそうに笑う。
この時マイクロトフの部屋の外では、先程の青騎士たちが盗み聞きは良くないと分かっていながらも聞き耳を立て、団長たちが無事和解しいい雰囲気になっていることを知って、安堵の涙を流していたのだった。
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