De fideli
マチルダ騎士団の本拠地、ロックアックス。
城下の宝石店から「ご注文の品が出来上がりました」との文 を受け取ったマイクロトフは、ついにこの日が来たかと拳を握り締めた。
緊張する必要などないはずなのに心臓が早鐘を打ち、動きがぎこちなくなる。何度か深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせると、彼は宝石店へと向かうべく執務室を後にした。
親友であると同時に恋人でもあるカミューの故郷・グラスランドを巡る旅を終えてから、三年が経とうとしている。その間に二人の仲はさらに深まり、ともすれば二度と戻って来なかったかもしれないカミューと共に、マイクロトフはロックアックスへと帰還した。彼らが揃って帰ってきたことに部下の騎士たちや城下の民は大喜びし、その日の晩はロックアックスを挙げてのお祭り騒ぎとなった。それまで赤・青騎士副団長が団長代行を務めていたが、事前の約束どおり赤騎士団長の座はカミューへ、青騎士団長の座はマイクロトフへ返還された。ロックアックス出身者であり騎士の鑑 のような男でもあるマイクロトフには「ぜひ騎士団を統括する次期騎士団長に」という声が多かったが、彼は頑なに「青騎士団長」でいることにこだわり、騎士団長の座に就こうとはしなかった。むろん、カミューも同様だ。
「団長が二人いるんだ、ならば二人で治めていけばいい」とマイクロトフは言ったものの、最近は彼らの性格上、自然と団長がマイクロトフ、彼を補佐する副団長がカミューという構図になりつつあった。そんな彼らを赤・青騎士副団長や騎士たちがさらに支え、騎士たちの結びつきはますます強いものとなっていった。
外部の者からは当然のように騎士団の代表者として扱われ、正直なところ、マイクロトフは少なからず困惑していた。本来ならば青騎士団より赤騎士団のほうが上位であるのだが、カミューはあの性格だ。騎士団長の座を薦めたとしてもあっさり辞退して、己 の補佐役を続けることを望むだろう。つまりは実質、既に自身が『総騎士団長』に押し上げられてしまったも同然で、実に多忙な日々が続いている。そして「不本意だが、こうなってしまった以上は腹を決めるしかないか」と思っていた矢先に、件 の文を受け取ったのである。
マイクロトフは、一人きりで宝石店を訪れた。店内に入ると「マイクロトフ様、お待ちしておりました」と丁重に迎えられ、奥へと通される。ロックアックス帰還後すぐに注文し、約一ヶ月の期間を経て完成した〝それ〟は眩く輝き、神聖さすら感じた。――これで、準備は整った。あとは、恋人に贈るだけだ。
「今日も一日お疲れ様。まだ正式に就任したわけではないにもかかわらず、すっかり騎士団長の姿が板についてきたな」
「やめてくれ。騎士団の地位的に、本来ならば俺よりもお前がなるべきなんだぞ」
「……私が騎士団の行く末を誰よりも案じているお前を差し置いて、わざわざトップの座に就くとでも?」
「……」
やはり予想したとおりだった。カミューは、あくまでも己の補佐役に徹するつもりのようだ。
仕事終わりの、いつもの夜。この後二人でワインを飲み、徐々に甘い雰囲気になったところでベッドへと向かうところなのだが、今夜はそれはもう少しお預けだ。しばし真面目な話をし合い、互いに気を緩めて和やかな空気になったところで、マイクロトフは静かに切り出す。
「カミュー、話がある」
「……うん? なんだ、急に改まって」
不意にマイクロトフが立ち上がり、ソファーに浅く腰掛けているカミューの向かい側に立った。それも束の間、突如目の前で跪 いたマイクロトフを見て、カミューは目を瞬かせる。
マイクロトフは懐 から小さな箱を取り出すと、カミューに向けてそれを開いた。中に入っていたのは、一つの指輪。小さなダイヤモンドが敷き詰められたその指輪は旅の最中 にマイクロトフが露店で買って贈ってくれた指輪よりはるかに高級感に溢れ、強い輝きを放っている。
「――カミュー。俺の生涯の伴侶になってほしい」
驚きに目を見開くカミューを真っ直ぐに見上げ、マイクロトフは、この言葉をはっきりと口にした。そして、さらに続ける。
「これからも、お前と同じ景色を見たい。共に生きて行きたい。騎士である間も、騎士を引退したその後も。――俺の全てをお前に捧げると、ここに誓う。この胸の誇りにかけて」
「……」
ソファーから立ち上がったカミューは、真剣な表情で己を見つめるマイクロトフを見下ろした。しばしの沈黙の後、彼はようやくぽつりと呟く。
「……まさか、本当に用意するとは」
「言っただろう、戻ったら改めてきちんとした指輪を贈る、と。その時に、正式にお前に求婚しようと決めていたんだ」
カミューは目を閉じ、一気に込み上げた様々な感情を無理やり抑え込んだ。いつものように努めて冷静に、彼は再びぽつり、ぽつりと話し出す。
「……知ってのとおり、私は男だ。それゆえにお前に何も残してやることはできないが、それでもいいのか?」
「何を言う。俺はお前が相手だから、こうしてプロポーズしたんだ。もうお前以外は考えられない上に、お前以外は要らない。二人で手を取り合って生きて行ければ、それでいい」
「お前はそれで良くとも、ご両親は」
「それなら心配は要らない。ここに戻って来てから、すぐに話した。むろん驚かれたが、以前からお前と親しかったことを知っていたこともあってか、最終的には好きにしたらいいと言ってくれた。例え猛反対されたとしても、考えを変える気はなかったが」
「……私は、父から勘当を言い渡された。お前も聞いていただろう? 二度とこの地に足を踏み入れるな、と」
「それは……」
確かに、マイクロトフも目の前で見ていた。カミューが自身の家族に、己を長年の親友であると同時に恋人同士の関係でもあることを明かした時、何度か手紙のやりとりをしていた母はなんとなく察していたのか息子の意思を尊重したが、カマロの騎士である父と兄は大変驚き、カミューに厳しい視線と言葉を投げつけたことを。『二度とこの地に足を踏み入れるな』――カミューの父が放ったこの言葉が、彼の心に深い影を落としていたのだ。
だが実はこの言葉が表向きのものであることを、マイクロトフだけが知っていた。カミューの父や兄には口止めされたものの、やはり本人には真実を伝えねばならないと、マイクロトフは決意する。
すっくと立ち上がったマイクロトフは、指輪の入った小箱を自身の手の中に包み持ちながら、暗い顔で俯いているカミューに語りかける。
「……それは違うんだ、カミュー。その話には、続きがある」
「……何?」
「実は……カマロを出発する日の早朝も早朝に外を歩いていたら、お前の兄上に呼び出されたんだ。何事かと行ってみたら、そこにお父上もいらっしゃってな。『息子はああ見えて、一度言い出したら聞かない強情さがある。今回の件も、我々がいくら反対したところで聞く耳を持たないだろう。君は〝あれ〟が選んだ人間であり、見たところ、君にならば我が息子を託すことができそうだ。――マイクロトフ殿、カミューを頼む。向こうで出会った人間と生きることを選んだ以上、そう簡単には帰って来るな』――これが、お父上がおっしゃっていた言葉の全てだ」
「……」
「そして、兄上からも『我が弟を頼む。元気でやれよ、君たちの幸せを願っている』と。お二方には申し訳ないが、言わずにはいられなかった」
マイクロトフが話を終えた途端、俯いたままのカミューの長い睫毛が、肩が震えた。次の瞬間、カミューの伏せられた瞳から大粒の涙が溢れ、頬を伝い落ちて行く。
「……カミュー」
「……なぜそれを、私にも素直に……強情なのは、どっちなんだ……」
堰を切ったように溢れ続ける涙、嗚咽交じりの弱々しい声。マイクロトフは泣いているカミューをそっと抱き寄せ、その頭をくしゃりと撫でる。
「案外お前とお前のお父上、兄上は似た者同士なのかもしれないな。顔立ちはお母上に似たようだが」
「お前も、お前だ……なぜ今の今まで、私に、黙っていた……」
「口止めされていたからだ。だが今回ばかりは、お前にも伝えなければならないと判断した。聞いて良かっただろう?」
「……」
己を優しく抱きしめてくれるマイクロトフの温もりと匂いに包まれて、カミューは少しずつ気持ちを落ち着かせて行く。うっかり感情を爆発させてしまったが、マイクロトフはそれを笑うことなく、ただただ穏やかに包み込んでくれた。――もう、不安は無い。今こそ「答え」を出す時だ。
「……マイクロトフ」
「ん?」
「先程の、プロポーズの返事なんだが」
「あ、ああ」
慌てて抱擁を解き、二人は向かい合う。カミューの頬には未 だ涙が伝っていたが、その表情は明るく、笑みさえ浮かんでいた。彼は真っ直ぐにマイクロトフを見つめ、自身の気持ちをはっきりと口にする。
「……こんな私で良ければ、喜んで。これからも、共に生きて行こう。私も――私の全てをお前に捧げると、ここに誓う。この胸の誇りにかけて」
「カミュー……ありがとう。……指輪を着けてもいいか?」
「ああ。だができれば今度は私だけではなく、〝きちんとした〟揃いの指輪を着けたいな。そう遠くないうちに」
「!」
つまり、それは。弾かれたように顔を上げたマイクロトフを見て、カミューが笑う。泣き顔も美しかったが、やはり愛する人には笑っていてほしい。そう思いながら、そして「そう遠くない未来」を思い浮かべながら、マイクロトフはカミューのために誂 えた世界に一つだけの指輪を、恋人が差し出した左手の薬指に着けた。その指輪の内側には、このような刻印が入っている――『誓いとともに 』と。
翌日――元青騎士団長・マイクロトフが新生マチルダ騎士団騎士団長に、元赤騎士団長・カミューが同騎士団副騎士団長に就任することを正式に宣言した。そして、二人の左手薬指に揃いの指輪が輝くまでそう長くかからなかったのは、言うまでもない。
城下の宝石店から「ご注文の品が出来上がりました」との
緊張する必要などないはずなのに心臓が早鐘を打ち、動きがぎこちなくなる。何度か深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせると、彼は宝石店へと向かうべく執務室を後にした。
親友であると同時に恋人でもあるカミューの故郷・グラスランドを巡る旅を終えてから、三年が経とうとしている。その間に二人の仲はさらに深まり、ともすれば二度と戻って来なかったかもしれないカミューと共に、マイクロトフはロックアックスへと帰還した。彼らが揃って帰ってきたことに部下の騎士たちや城下の民は大喜びし、その日の晩はロックアックスを挙げてのお祭り騒ぎとなった。それまで赤・青騎士副団長が団長代行を務めていたが、事前の約束どおり赤騎士団長の座はカミューへ、青騎士団長の座はマイクロトフへ返還された。ロックアックス出身者であり騎士の
「団長が二人いるんだ、ならば二人で治めていけばいい」とマイクロトフは言ったものの、最近は彼らの性格上、自然と団長がマイクロトフ、彼を補佐する副団長がカミューという構図になりつつあった。そんな彼らを赤・青騎士副団長や騎士たちがさらに支え、騎士たちの結びつきはますます強いものとなっていった。
外部の者からは当然のように騎士団の代表者として扱われ、正直なところ、マイクロトフは少なからず困惑していた。本来ならば青騎士団より赤騎士団のほうが上位であるのだが、カミューはあの性格だ。騎士団長の座を薦めたとしてもあっさり辞退して、
マイクロトフは、一人きりで宝石店を訪れた。店内に入ると「マイクロトフ様、お待ちしておりました」と丁重に迎えられ、奥へと通される。ロックアックス帰還後すぐに注文し、約一ヶ月の期間を経て完成した〝それ〟は眩く輝き、神聖さすら感じた。――これで、準備は整った。あとは、恋人に贈るだけだ。
「今日も一日お疲れ様。まだ正式に就任したわけではないにもかかわらず、すっかり騎士団長の姿が板についてきたな」
「やめてくれ。騎士団の地位的に、本来ならば俺よりもお前がなるべきなんだぞ」
「……私が騎士団の行く末を誰よりも案じているお前を差し置いて、わざわざトップの座に就くとでも?」
「……」
やはり予想したとおりだった。カミューは、あくまでも己の補佐役に徹するつもりのようだ。
仕事終わりの、いつもの夜。この後二人でワインを飲み、徐々に甘い雰囲気になったところでベッドへと向かうところなのだが、今夜はそれはもう少しお預けだ。しばし真面目な話をし合い、互いに気を緩めて和やかな空気になったところで、マイクロトフは静かに切り出す。
「カミュー、話がある」
「……うん? なんだ、急に改まって」
不意にマイクロトフが立ち上がり、ソファーに浅く腰掛けているカミューの向かい側に立った。それも束の間、突如目の前で
マイクロトフは
「――カミュー。俺の生涯の伴侶になってほしい」
驚きに目を見開くカミューを真っ直ぐに見上げ、マイクロトフは、この言葉をはっきりと口にした。そして、さらに続ける。
「これからも、お前と同じ景色を見たい。共に生きて行きたい。騎士である間も、騎士を引退したその後も。――俺の全てをお前に捧げると、ここに誓う。この胸の誇りにかけて」
「……」
ソファーから立ち上がったカミューは、真剣な表情で己を見つめるマイクロトフを見下ろした。しばしの沈黙の後、彼はようやくぽつりと呟く。
「……まさか、本当に用意するとは」
「言っただろう、戻ったら改めてきちんとした指輪を贈る、と。その時に、正式にお前に求婚しようと決めていたんだ」
カミューは目を閉じ、一気に込み上げた様々な感情を無理やり抑え込んだ。いつものように努めて冷静に、彼は再びぽつり、ぽつりと話し出す。
「……知ってのとおり、私は男だ。それゆえにお前に何も残してやることはできないが、それでもいいのか?」
「何を言う。俺はお前が相手だから、こうしてプロポーズしたんだ。もうお前以外は考えられない上に、お前以外は要らない。二人で手を取り合って生きて行ければ、それでいい」
「お前はそれで良くとも、ご両親は」
「それなら心配は要らない。ここに戻って来てから、すぐに話した。むろん驚かれたが、以前からお前と親しかったことを知っていたこともあってか、最終的には好きにしたらいいと言ってくれた。例え猛反対されたとしても、考えを変える気はなかったが」
「……私は、父から勘当を言い渡された。お前も聞いていただろう? 二度とこの地に足を踏み入れるな、と」
「それは……」
確かに、マイクロトフも目の前で見ていた。カミューが自身の家族に、己を長年の親友であると同時に恋人同士の関係でもあることを明かした時、何度か手紙のやりとりをしていた母はなんとなく察していたのか息子の意思を尊重したが、カマロの騎士である父と兄は大変驚き、カミューに厳しい視線と言葉を投げつけたことを。『二度とこの地に足を踏み入れるな』――カミューの父が放ったこの言葉が、彼の心に深い影を落としていたのだ。
だが実はこの言葉が表向きのものであることを、マイクロトフだけが知っていた。カミューの父や兄には口止めされたものの、やはり本人には真実を伝えねばならないと、マイクロトフは決意する。
すっくと立ち上がったマイクロトフは、指輪の入った小箱を自身の手の中に包み持ちながら、暗い顔で俯いているカミューに語りかける。
「……それは違うんだ、カミュー。その話には、続きがある」
「……何?」
「実は……カマロを出発する日の早朝も早朝に外を歩いていたら、お前の兄上に呼び出されたんだ。何事かと行ってみたら、そこにお父上もいらっしゃってな。『息子はああ見えて、一度言い出したら聞かない強情さがある。今回の件も、我々がいくら反対したところで聞く耳を持たないだろう。君は〝あれ〟が選んだ人間であり、見たところ、君にならば我が息子を託すことができそうだ。――マイクロトフ殿、カミューを頼む。向こうで出会った人間と生きることを選んだ以上、そう簡単には帰って来るな』――これが、お父上がおっしゃっていた言葉の全てだ」
「……」
「そして、兄上からも『我が弟を頼む。元気でやれよ、君たちの幸せを願っている』と。お二方には申し訳ないが、言わずにはいられなかった」
マイクロトフが話を終えた途端、俯いたままのカミューの長い睫毛が、肩が震えた。次の瞬間、カミューの伏せられた瞳から大粒の涙が溢れ、頬を伝い落ちて行く。
「……カミュー」
「……なぜそれを、私にも素直に……強情なのは、どっちなんだ……」
堰を切ったように溢れ続ける涙、嗚咽交じりの弱々しい声。マイクロトフは泣いているカミューをそっと抱き寄せ、その頭をくしゃりと撫でる。
「案外お前とお前のお父上、兄上は似た者同士なのかもしれないな。顔立ちはお母上に似たようだが」
「お前も、お前だ……なぜ今の今まで、私に、黙っていた……」
「口止めされていたからだ。だが今回ばかりは、お前にも伝えなければならないと判断した。聞いて良かっただろう?」
「……」
己を優しく抱きしめてくれるマイクロトフの温もりと匂いに包まれて、カミューは少しずつ気持ちを落ち着かせて行く。うっかり感情を爆発させてしまったが、マイクロトフはそれを笑うことなく、ただただ穏やかに包み込んでくれた。――もう、不安は無い。今こそ「答え」を出す時だ。
「……マイクロトフ」
「ん?」
「先程の、プロポーズの返事なんだが」
「あ、ああ」
慌てて抱擁を解き、二人は向かい合う。カミューの頬には
「……こんな私で良ければ、喜んで。これからも、共に生きて行こう。私も――私の全てをお前に捧げると、ここに誓う。この胸の誇りにかけて」
「カミュー……ありがとう。……指輪を着けてもいいか?」
「ああ。だができれば今度は私だけではなく、〝きちんとした〟揃いの指輪を着けたいな。そう遠くないうちに」
「!」
つまり、それは。弾かれたように顔を上げたマイクロトフを見て、カミューが笑う。泣き顔も美しかったが、やはり愛する人には笑っていてほしい。そう思いながら、そして「そう遠くない未来」を思い浮かべながら、マイクロトフはカミューのために
翌日――元青騎士団長・マイクロトフが新生マチルダ騎士団騎士団長に、元赤騎士団長・カミューが同騎士団副騎士団長に就任することを正式に宣言した。そして、二人の左手薬指に揃いの指輪が輝くまでそう長くかからなかったのは、言うまでもない。
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