Pignus amoris

「こんな小さな村なのに、妙に賑わっていると思ったら。行商人が来ているのか」
 カミューとマイクロトフが旅の途中で立ち寄った小さな村は今、十名程度の行商人と、彼らが敷物の上に並べた珍しい品の数々を見てはしゃぐ村人たちで溢れ返っていた。当然二人も興味を惹かれ、行商人たちのテントを順番に覗いて行くことにする。
 売られている品は懐かしく感じるものから見たことのないものまで、実に様々だった。そんな中、「マイクロトフになんとなく似ているから」という理由でよく分からない置物に手を伸ばしかけたカミューを「路銀は限られているのだから無駄遣いは禁物だ」とマイクロトフが遮り、案の定不満を漏らしたカミューへ、「こんな何の役にも立たないものを買ってどうするんだ、余計な荷物になるだけだろう」と諭すという一幕もあった。そもそも俺はこれ・・が俺に似ているとは思わない上に、仮にもし似ていたとしても目の前に本物がいるだろう、それでは不満なのか、という言葉は飲み込んだわけだが。
 二人がさらに移動して行くと、女性たちが群がっているテントがあった。アクセサリー類を売っているテントだ。金や銀、色とりどりの宝石が所狭しと並び、恰幅の良い宝石商が、彼女たちがきらきらと目を輝かせながらアクセサリーを試着している様をにこやかに見つめている。
「でもこういうのって、お高いんでしょう? 私のお給金じゃ、とても買えないわ」
「なぁに、お姉さん方はお綺麗だから、特別に負けてあげますよ。このお値段でいかが?」
「ええーっ、負けてこのお値段!? 無理よ、無理!」
「もう少しだけ! お願い!」
「うむむ……じゃあ、これでどうだ!」
「……こ、これなら……貯めに貯めたへそくりを使えば、なんとか……」
「でもここで今使ったら、この先の生活が確実に苦しくなっちゃう……」
「むむむむ……ならば、最終価格! これならどうだ!」
「――そのお値段なら! 買うわ!」
「本当に買うの!? ……くっ、あんたは自由きままな独り身だからできるのよね。育ち盛りの子供がいるあたしには、やっぱり無理だわ。たまにはお洒落の一つもしたいと思ったのに……」
 見るからに勝気そうな女性が所持金の七~八割と言ってもいいくらいの金を差し出し、購入したアクセサリーを宝石商から受け取ると、今にも舞い踊りそうな雰囲気を醸し出しながらそれを身に付け始めた。周囲の女性たちは買うだけの余裕が無かったのか勝気そうな女性を羨ましそうに見つめた後、肩を落としてとぼとぼと去って行く。
 その様子を後ろで見ていたカミューとマイクロトフは何も買えなかった女性たちにやや同情したものの、肩代わりしてやるわけにもいかなかったので、自分たちは自分たちで見物させてもらうことにした。さっそく宝石商がニコニコと微笑みながら、二人の青年に応対する。
「おおっ!? お兄さんたち、イイ男ですねぇ! この辺じゃ滅多に見かけない美男子だ。どこからいらっしゃったんで?」
「デュナン国のマチルダ騎士団領からです」
「マチルダの! 聞きましたよ、あそこの騎士団、一時は大変なことになってたって話じゃないですか。それを赤・青騎士団の団長さん方が、ごく短期間で再建しなすったらしいですね。にもかかわらず、団長さん方はいずこかへと旅立ってしまわれたのだとか。お二方に、いったい何があったんでしょうなぁ?」
「さあ……団長ともなれば色々な物事を見てきたのでしょうから、何かよほどの事情があったのでしょう」
「……」
 宝石商の言う「団長さん方」は目の前にいるわけだが、無論それを口にすることはない。「少し商品を拝見させていただけますか」とカミューが言うと、宝石商はデレデレと鼻の下を伸ばしながら「どうぞどうぞ」と答える。
「……とは言ったものの、誰かさんに無駄遣いをするなと釘を刺されたばかりだからな。どれも先程の置物よりはるかに高価だし、私自身も、特に着飾る趣味はないし……」
 そう言って曲げていた腰を伸ばしたカミューを宝石商が慌てて引き止め、お得意の価格交渉を持ちかけ始めた。カミューの少し後ろに立っていたマイクロトフがすかさず間に入ってそれを止めようとしたが、ふと目に飛び込んできた「あるもの」を見た途端、彼はまるで雷にでも打たれたかのように、一切の動きを止める。
 マイクロトフに背を向けて宝石商と話し込んでいるカミューはそんな恋人の様子に気付いていなかったが、やがて我に返ったマイクロトフが本来の目的を思い出し、目の前の二人の〝交渉〟を中断させると、「失礼した」と礼儀正しく頭を下げて、カミューと共にその場を後にした。

††

 二人はこの村の宿に一泊し、同じベッドで朝を迎えた。
 上半身を起こしかけたマイクロトフの腕に、カミューが「まだ起きるな」と言わんばかりに低く唸って縋りつく。カミューの肌のそこかしこに散った紅い花弁が昨夜の情交の記憶を生々しく蘇らせ、マイクロトフは溜め息を吐いてから、おのれの胸に顔をうずめてくる恋人をいたわるように抱き寄せた。やり過ぎてしまった自覚は大有りだ。
 だがいつまでもこうしているわけにはいかず、どちらかが動き出さなければならない。マイクロトフは優しくカミューの背をさすると、囁くように呼び掛ける。
「……カミュー。起きるのが辛いのなら、お前はもう少し寝ていてもいい。だが、俺まで寝ているわけにはいかない。朝の買い出しと朝食を部屋に持ってくるのは俺がやるから、待っていてくれ」
「ん、んん……確かに、途轍もなくだるい、な……」
「無理をさせた自覚はある。すまない。……すぐに戻る」
 カミューの額に口付けを落としてからマイクロトフは体を起こし、ベッドから出た。逞しい背中に自らが付けた指の跡が見え、それが真っ青な衣服の下に隠れて行くのを、カミューはベッドの中からぼんやりと見つめる。
 マイクロトフの象徴である青い騎士服が外套に覆われ、すっかり服装を整えた彼は、水を汲んだコップをベッドの側のサイドテーブルに置いた。そして、
「行ってくる」
 ひと声掛けて、部屋を出て行った。一方で残されたカミューは、
「あいつ……随分変わったものだと思っていたが、生真面目なところだけはまったく変わっていないな」
 どこまでも律儀な恋人を想い、ふふ、と小さく笑った。

 宿の外へ出るなり、マイクロトフは真っ先に宝石商のテントへと向かった。まだ時間が早いせいか幸い客はおらず、宝石商は退屈そうにあくびをし、今にも居眠りをしてしまいそうな雰囲気だ。
 そこへ早足つ大股でやってきたマイクロトフを見て、すぐに姿勢を正した宝石商は「おお、昨日のお兄さん」と笑顔になった。続けて「もう一人のお兄さんはどうしたんです?」との質問には、「彼は朝が弱いもので、宿でまだ寝ています」と答える(カミューも特に朝が弱いわけではないのだが、当然本当の理由は言えないのでそういうことにしておいた)。
「にしても、男前なお兄さん。昨日はあまり乗り気ではなかったようでしたのに、どうしてまたここへ?」
「……少し、見せていただきたいものがあるのです」
「おおっ? 何かお気に召した商品でもありましたかね?」
 大丈夫、己が目を付けた商品は、昨日と同じ場所に陳列されている。マイクロトフはその場にしゃがむと、デザインこそ素朴だが小さな青い石と赤い石が嵌め込まれた指輪を真剣に見つめた。その視線に気付いた宝石商に「ぜひお手に取ってご覧くださいな」と勧められ、マイクロトフは「かたじけない」と短く礼を言って、指輪を二つ手に取り眺め始める。
「……もしや、ペアリングをご所望で? お兄さんイイ男ですから絶対にイイ人がいるだろうとは思ってましたが、それなら最初から言ってくださいよ。お相手の方は、どんな女性ひとなんです?」
 宝石商の問いに、マイクロトフはやや考えてから正直に答える。
「美しい人です。しなやかだが常に凛としていて、俺をよく支えてくれる」
「ほう」
「一見涼しげだが、確固たる信念と情熱を内に秘めていて……俺が人生最大の転機を迎えた時にも、それまで積み上げてきた全てを投げ打ってついてきてくれた。如何いかなる時も共に在った、とても大切な人です」
「ほうほう……お兄さんは、本当にその方を愛していらっしゃるのですなぁ。キリッと凛々しいお顔がつい緩んでしまうほどに。いやはや、若いっていいですなぁ~」
「……」
 そんなに緩んでいただろうか。頬を赤らめて思わず咳払いをしたマイクロトフだったが、彼の決意は変わらない。マイクロトフは二つ持った指輪の片方を自らの薬指に嵌め、もう片方の指輪を何度か触って自身の指に嵌めたものより少しサイズの小さいものを選ぶと、意を決してふところから金の入った巾着袋を取り出した。宝石商はやや驚きながらも、マイクロトフが手にしている少しサイズの小さい指輪に対して助言する。
「お兄さん、いくらサイズダウンしたからといって、そちらの指輪は女性の指には少し大きいと思いますよ。手が大きめの女性であれば話はまた別ですが」
「いえ、女性ではありませんのでご心配なく」
「……へっ?」
 一瞬何を言われたのか分からずぽかんとした宝石商へ、だがマイクロトフは「いくらですか?」と冷静に尋ねた。しばらくして我に返った宝石商の脳裏に、昨日マイクロトフと共にいた美しい青年の顔が浮かび、それでようやく合点が行く。
「あ、ああ~、もしや、昨日の……! 確かにあの美人さんならうっかり転んでしまっても仕方がないですな、ハハハ……って、えっ? じゃあ、宿でまだ寝ているっていうのは――」
「……いくらですか?」
「こ、これは失礼。お兄さんたち類を見ないイイ男ですし、お二方の今後の幸せを願って、特別にお安くさせていただきますよ!」
「それはありがたい。……このご恩は、いつか必ず」
 片膝をついて頭を下げたマイクロトフに、宝石商は「いやいや、とんでもありません! どうかお顔を上げてください」と慌てた後、商人らしく実に鮮やかな手つきでそろばんをはじき始めた。そうして提示された金額を見て相当負けてもらったことにマイクロトフは改めて感謝しつつ、共用の路銀ではなく彼個人の金で揃いの指輪を購入する。
 「サプライズが成功するよう私もお祈りしておりますよ!」と明るく見送ってくれた宝石商に礼を言い、マイクロトフはカミューの待つ宿へと急いだ。

 マイクロトフが部屋に戻ると、ベッドの上に腰掛けたごく薄着のカミューが、引き出しに入っていたと思われる本を読んでいた。彼は恋人が戻るなり顔を上げ、本を閉じて穏やかに微笑む。
「やあ、戻ったか」
「ああ。……もう体を起こして大丈夫なのか?」
「私を誰だと思っている。元マチルダ騎士団赤騎士団長だぞ。お前ほど頑丈ではないがそれなりに鍛えているし、回復だって、常人よりは早い。だからこそ、お前の〝無茶〟にも付き合えるんだ」
「ゴ、ゴホン! ともかく、もう回復したんだな? それなら――」
「?」
 不意にマイクロトフは懐に手を突っ込むと、小さな袋を取り出した。彼は袋の口を結んでいたリボン状の紐を解き、中からこれまた小さな箱を取り出す。
 マイクロトフはカミューの隣に腰掛け、彼によく見えるように小箱をそっと開いてみせた。その中身を目にした途端、カミューは驚きに目を見開く。
「……これ、は……」
「お前は気付いていなかったようだが、昨日立ち寄った店に売っていた物だ。赤い石と青い石が、一つの指輪に……まるで俺たちを象徴しているかのようだろう? 一目見て、買うしかないと思ったんだ。そしてどうせなら揃いで身に付けたい、とも。ちょうどお前に何か贈り物をしたいとも思っていたからな」
「……」
 絶句しているところを見るに、「サプライズ」は大成功のようだ。しかしマイクロトフはそれを喜ぶどころか、やや申し訳なさそうな表情で続ける。
「今は旅の最中さなかだからこういった物しか用意できなかったが……この旅を終えて向こうに戻ったら、改めてきちんとした指輪を贈らせてくれ。だから、それまでは。――右手を」
 マイクロトフの言葉にカミューはようやく我に返り、自身の右手を恋人に差し出す前に尋ねる。
「……左手ではなく?」
「こういう指輪は、右手の薬指につけるのが一般的だと聞いたことがある。だから左手は、『その時』が来るまで取っておいてほしい。俺のこだわりを押し付けてしまうようで申し訳ないが」
「なるほど。筋道を踏んで事を進めるあたりが実にお前らしいな。……だが嬉しいよ。ありがとう、マイクロトフ」
 蕩けるような笑みを浮かべたカミューが、右手をマイクロトフに差し出す。白手袋をしていないカミューの手は紛れもなく男のそれだが、己より小さく、ほっそりとした作りの指が美しい。マイクロトフはカミューの右手を取るとその薬指へ指輪を着け、満足そうに頷く。
「……良かった。サイズは合っていたようだな」
「凄いな。私のリングサイズなんて、よく分かったな。勘か?」
「いや……それは、その……触れ合った時の感覚で、なんとなく……」
「……ああ! つまり、ベッドで指を絡めた時の――」
「わざわざ言わなくていい!!」
 まったくこの恋人は、綺麗な顔をして恥じらいというものが欠けている。頬を染めて盛大に溜め息を吐いたマイクロトフだったが、すぐに気を取り直すと、自身の右手の薬指にも指輪を着けた。二人の指で揃いの指輪が輝きを放ち、より絆が強固になったような感覚を覚える。
「……しかし指輪を着けたのはいいが、普段は手袋の下に隠れてしまうのが難点だな。いっそのこと、これからは手袋をせずにいるか……?」
「外套を羽織るとはいえ、騎士の服で素手はおかしいだろう。常に剥き出しの状態にしていればそれだけ劣化が早く、何かの拍子に紛失しないとも限らない。だからそれは、俺が次の指輪を贈るまで――」
「……私は別に、この指輪だけでもいいんだがな。付き合い始めてから初めてお前がくれた贈り物だから」
「それでは俺の気が済まないんだ。……言ってしまえばこの指輪は露店で買った物に過ぎず、他の誰かが身に付けていてもおかしくはない。だがしかるべき店であつらえた指輪は、世界で一つだけのものになる。俺はそれを、お前に贈りたい」
 どこまでも真摯な男だ。マイクロトフの真剣な表情に、カミューはふ、と甘く微笑む。
「――じゃあ、その日を楽しみにしているよ」
「ああ」
 マイクロトフも微かに微笑み、カミューを愛おしそうに見つめる。二人はどちらからともなく顔を近付けると、窓から射し込む朝の光の中で、柔らかく唇を重ねたのだった。

 それから、数年後――
 旅を終えロックアックスへと帰還したマイクロトフは、約束通り『世界に一つだけの指輪』を誓いの言葉と共にカミューへ贈ったわけだが、それはまた別の話である。
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