傷
狂皇子ルカ・ブライトの殺意にぎらついた目が、標的を捉えた。彼はその標的に向かって、狂気の笑みを浮かべる。
舐められたものだと、カミューは思った。ルカはおそらく、己 ならば容易に殺せると思ったのだろう。しかしカミューは生まれながらの騎士であり、それもマチルダ騎士団の元赤騎士団長である。剣を用いた戦いでそう簡単に敗れることなど、己のプライドが許さない。普段は涼やかな琥珀色の瞳に烈 しい闘志が宿り、彼は愛剣・ユーライアを構えて自身に飛び掛かってきたルカを迎え撃つ。
「……くっ!」
ギィン! ガキィン! と剣と剣がぶつかり合う激しい音が響き、その尋常ではない力と勢いにカミューは数歩後退 った。ルカの一撃を受け止めた両腕が一瞬で痺れ、感覚が無くなる。それでも剣は握り続けたが、息もつかせぬ猛攻にこちらから仕掛けることが一向にできず、防戦一方になってしまう。
「! カミュー!!」
突如聞こえてきた激しい剣戟音に、白狼軍の兵を相手にしていたマイクロトフが顔色を変えて振り返った。だが、まずは自身の戦いを終えてからでなければ救援はできない。瞬時にそう判断したマイクロトフはすぐに視線を正面に戻し、雄叫びを上げながら眼前の敵を斬り伏せる。
まだ兵は残っているが、それどころではない。すぐさま身を翻し、マイクロトフがルカと戦うカミューの元へと駆け付け――ようとした、その時だった。
「ふははははは! 弱い、弱いぞ、虫けらが!! 死ね!!!!」
前方へ突き出されたルカの凶刃が、カミューの脇腹を貫いた。肉を裂く鈍い音。飛び散る鮮血。その口からかはっ、と声にならない声が漏れ、彼の赤い騎士服はみるみるうちに赤黒く染まって行く。
糸の切れた人形のように力なく地面に倒れた親友を、マイクロトフは茫然と見つめた。だが次の瞬間、一気に頭に血が上り、激怒したマイクロトフは獣の如く吼 える。
「……貴様あぁぁぁっ!!!!」
「よせ、マイクロトフ!」
フリックの制止もむなしく猛然と駆け出したマイクロトフの剣をルカが受け止め、ガギイィィン! ギリギリギリ……と金属同士が擦れ合う嫌な音が響いた。ルカの凄まじい腕力がマイクロトフを圧倒し、彼の愛剣・ダンスニーをたわませる。
「ぐっ……!!」
「マイクロトフ! どけ!!」
雷の紋章を発動し白狼軍の兵たちを一掃したフリックはマイクロトフを突き飛ばすと、ルカの一瞬の隙を突いて早口且 つ大声で指示を出す。
「あんたはカミューを連れてホウアンの元に向かえ! そいつは、もう戦える状態じゃない。すぐに傷を塞がないと死ぬぞ!」
「し、しかし……!」
「ここで躊躇してたんじゃ一生後悔することになるぞ! それでもいいのか!?」
「……分かりました。では、あとは頼みます……!」
「ああ、行け!」
フリックの剣が自身に振り下ろされたルカの剣を弾き返し、彼は振り返らずに叫ぶ。今は何よりも、友を救うことが先決だ。マイクロトフは瀕死のカミューを抱き上げると、脇目も振らず一直線にホウアン医師が控えているテントへと走った。
何もかもが、桁外れの存在だった。巨漢と呼べるほどの堂々たる体躯はもちろんのこと、その巨体に見合った巨大な剣に圧倒的な腕力、速さ、多少傷ついたところでまったく動じない肉体と精神、限りなく邪悪でありながらこの世の全てに激しい憎悪を抱いた者特有の、昏 い瞳。あの男の剣を受けた時の凄まじい衝撃を思い出し、マイクロトフの体は今更ながら恐怖に震え出す。
「……くそっ!!」
「あのルカ・ブライトを相手にしたのです、場数を踏んでいる騎士様と言えど、さぞ恐ろしかったでしょう。……にしても、フリックさんの指示は的確でしたね。あと少し遅れていたら、カミューさんは……」
「……」
ホウアンの言葉に、マイクロトフは改めてゾッとする。部隊に加わらなかった仲間の回復紋章の力も用いた治療を施されて一命は取り留めたものの、カミューは高熱にうなされ、意識が朦朧としていた。彼の額や首筋に浮かんだ汗をマイクロトフが拭い、時折毛布をきつく掴むその手を、包み込むように握ってやる。
「大丈夫だ、カミュー。俺はここにいる。ずっと、お前のそばにいる」
マイクロトフが呼びかけると、それに応えるようにカミューが身動ぎし、うっすらと目を開けた。ぼんやりとした視界に見慣れた顔を捉え、カミューはか細い声で友の名を呼ぶ。
「マイ、クロ……ト、フ……」
「カミュー! ああ、俺だ。俺はここにいるぞ」
「……」
意識は取り戻したものの、声を出すこと自体が億劫そうだ。マイクロトフもそれを理解して、無理に話させることはしなかった。騎士の矜持はずたずただが、ルカ・ブライトの剣を受けながら、二人揃って生きている。今はそれだけでいい。フリック殿には合わせる顔がないな、後で二人で丁重に礼を言わねばと、マイクロトフは思う。
そこへ、新たな情報が入った。三つに展開していた部隊がルカ・ブライトを打ち負かし、かの者を森の奥へ追い込んだ、と。
「あと少しのようですね。勝利を信じて待ちましょう」
「途中離脱となってしまったのは無念ですが、リオウ殿にビクトール殿、フリック殿が向かったのならば大丈夫でしょう。先程の話を聞いた限り、今の奴は袋の鼠。それにこちらには、シュウ殿もいる。決着は今夜中につき、我らの勝利が確定するはずです」
力強く言うマイクロトフの言葉にホウアンが頷き、ベッドに横たわるカミューも安心したように口元を綻ばせる。
この後、ついに逃げ場が無くなったルカが最後の足掻きとして新同盟軍のリーダーであるリオウに一騎打ちを挑んだものの敗北、シュウの策によって凄絶な最期を迎えたとの情報で、この戦いは締め括られた。仲間たちが上げる勝鬨にマイクロトフとカミューは静かに目を閉じ、自軍の勝利の喜びと、騎士として貢献できなかった無念さを噛み締める。
「……できることなら、共に勝鬨を上げたかったな」
この頃にはいくらか意識がはっきりし始めたカミューが悔しそうに呟くと、
「そうだな。だがルカ・ブライトの強さは、今まで経験したことのないものだった。あの剣をまともに受けたせいで、お前は深手を負わされて……俺は騎士の誇りを傷つけられたことより、お前を失わずに済んだことが何よりも……」
「……マイクロトフ」
「ルカ・ブライトへの畏怖とお前を失ってしまうかもしれないという恐怖で、震えが止まらなかったんだ。元青騎士団長がこのざまとは、なんとも情けない……」
暗い顔で項垂 れるマイクロトフに、カミューは苦笑する。
「情けないのは私のほうさ。あの男にまったく歯が立たず死にかけた上に、お前まで巻き込んでしまった。……不安にさせて、すまなかったな」
「……っ」
伸ばされたカミューの手がマイクロトフの頬を撫でると、マイクロトフはその手を自身の両手で握り締めて俯く。きつく目を閉じて肩を震わせ、懸命に安堵の涙を堪えるマイクロトフを、カミューは慈しむような表情で見つめた。
今回の件をきっかけに新同盟軍の本拠地では、もはや名物ともなっていた青騎士団の早朝鍛錬に、時折赤騎士団も加わることとなった。だが隣で思わずあくびを漏らしたカミューを、朝から元気なマイクロトフが軽く叱る。
「元赤騎士団長ともあろうものが、鍛錬の最中にあくびをするとは何事だ。お前も部下たちと共に走ってきたらどうだ」
「お前は毎日、どうしてそんなに朝から元気なんだ……」
「走るのが嫌なら手合わせだ。俺が目を覚まさせてやる」
さすがは元青騎士団長、鍛錬に関しては容赦がない。マイクロトフから放り投げられた訓練用の木剣を渋々受け取ったカミューだったが、「行くぞ!」と掛け声を上げた親友の真っ直ぐな構えに奮い立ったのか木剣を凛と構えると、二人同時に地を蹴ったのだった。
舐められたものだと、カミューは思った。ルカはおそらく、
「……くっ!」
ギィン! ガキィン! と剣と剣がぶつかり合う激しい音が響き、その尋常ではない力と勢いにカミューは数歩
「! カミュー!!」
突如聞こえてきた激しい剣戟音に、白狼軍の兵を相手にしていたマイクロトフが顔色を変えて振り返った。だが、まずは自身の戦いを終えてからでなければ救援はできない。瞬時にそう判断したマイクロトフはすぐに視線を正面に戻し、雄叫びを上げながら眼前の敵を斬り伏せる。
まだ兵は残っているが、それどころではない。すぐさま身を翻し、マイクロトフがルカと戦うカミューの元へと駆け付け――ようとした、その時だった。
「ふははははは! 弱い、弱いぞ、虫けらが!! 死ね!!!!」
前方へ突き出されたルカの凶刃が、カミューの脇腹を貫いた。肉を裂く鈍い音。飛び散る鮮血。その口からかはっ、と声にならない声が漏れ、彼の赤い騎士服はみるみるうちに赤黒く染まって行く。
糸の切れた人形のように力なく地面に倒れた親友を、マイクロトフは茫然と見つめた。だが次の瞬間、一気に頭に血が上り、激怒したマイクロトフは獣の如く
「……貴様あぁぁぁっ!!!!」
「よせ、マイクロトフ!」
フリックの制止もむなしく猛然と駆け出したマイクロトフの剣をルカが受け止め、ガギイィィン! ギリギリギリ……と金属同士が擦れ合う嫌な音が響いた。ルカの凄まじい腕力がマイクロトフを圧倒し、彼の愛剣・ダンスニーをたわませる。
「ぐっ……!!」
「マイクロトフ! どけ!!」
雷の紋章を発動し白狼軍の兵たちを一掃したフリックはマイクロトフを突き飛ばすと、ルカの一瞬の隙を突いて早口
「あんたはカミューを連れてホウアンの元に向かえ! そいつは、もう戦える状態じゃない。すぐに傷を塞がないと死ぬぞ!」
「し、しかし……!」
「ここで躊躇してたんじゃ一生後悔することになるぞ! それでもいいのか!?」
「……分かりました。では、あとは頼みます……!」
「ああ、行け!」
フリックの剣が自身に振り下ろされたルカの剣を弾き返し、彼は振り返らずに叫ぶ。今は何よりも、友を救うことが先決だ。マイクロトフは瀕死のカミューを抱き上げると、脇目も振らず一直線にホウアン医師が控えているテントへと走った。
何もかもが、桁外れの存在だった。巨漢と呼べるほどの堂々たる体躯はもちろんのこと、その巨体に見合った巨大な剣に圧倒的な腕力、速さ、多少傷ついたところでまったく動じない肉体と精神、限りなく邪悪でありながらこの世の全てに激しい憎悪を抱いた者特有の、
「……くそっ!!」
「あのルカ・ブライトを相手にしたのです、場数を踏んでいる騎士様と言えど、さぞ恐ろしかったでしょう。……にしても、フリックさんの指示は的確でしたね。あと少し遅れていたら、カミューさんは……」
「……」
ホウアンの言葉に、マイクロトフは改めてゾッとする。部隊に加わらなかった仲間の回復紋章の力も用いた治療を施されて一命は取り留めたものの、カミューは高熱にうなされ、意識が朦朧としていた。彼の額や首筋に浮かんだ汗をマイクロトフが拭い、時折毛布をきつく掴むその手を、包み込むように握ってやる。
「大丈夫だ、カミュー。俺はここにいる。ずっと、お前のそばにいる」
マイクロトフが呼びかけると、それに応えるようにカミューが身動ぎし、うっすらと目を開けた。ぼんやりとした視界に見慣れた顔を捉え、カミューはか細い声で友の名を呼ぶ。
「マイ、クロ……ト、フ……」
「カミュー! ああ、俺だ。俺はここにいるぞ」
「……」
意識は取り戻したものの、声を出すこと自体が億劫そうだ。マイクロトフもそれを理解して、無理に話させることはしなかった。騎士の矜持はずたずただが、ルカ・ブライトの剣を受けながら、二人揃って生きている。今はそれだけでいい。フリック殿には合わせる顔がないな、後で二人で丁重に礼を言わねばと、マイクロトフは思う。
そこへ、新たな情報が入った。三つに展開していた部隊がルカ・ブライトを打ち負かし、かの者を森の奥へ追い込んだ、と。
「あと少しのようですね。勝利を信じて待ちましょう」
「途中離脱となってしまったのは無念ですが、リオウ殿にビクトール殿、フリック殿が向かったのならば大丈夫でしょう。先程の話を聞いた限り、今の奴は袋の鼠。それにこちらには、シュウ殿もいる。決着は今夜中につき、我らの勝利が確定するはずです」
力強く言うマイクロトフの言葉にホウアンが頷き、ベッドに横たわるカミューも安心したように口元を綻ばせる。
この後、ついに逃げ場が無くなったルカが最後の足掻きとして新同盟軍のリーダーであるリオウに一騎打ちを挑んだものの敗北、シュウの策によって凄絶な最期を迎えたとの情報で、この戦いは締め括られた。仲間たちが上げる勝鬨にマイクロトフとカミューは静かに目を閉じ、自軍の勝利の喜びと、騎士として貢献できなかった無念さを噛み締める。
「……できることなら、共に勝鬨を上げたかったな」
この頃にはいくらか意識がはっきりし始めたカミューが悔しそうに呟くと、
「そうだな。だがルカ・ブライトの強さは、今まで経験したことのないものだった。あの剣をまともに受けたせいで、お前は深手を負わされて……俺は騎士の誇りを傷つけられたことより、お前を失わずに済んだことが何よりも……」
「……マイクロトフ」
「ルカ・ブライトへの畏怖とお前を失ってしまうかもしれないという恐怖で、震えが止まらなかったんだ。元青騎士団長がこのざまとは、なんとも情けない……」
暗い顔で
「情けないのは私のほうさ。あの男にまったく歯が立たず死にかけた上に、お前まで巻き込んでしまった。……不安にさせて、すまなかったな」
「……っ」
伸ばされたカミューの手がマイクロトフの頬を撫でると、マイクロトフはその手を自身の両手で握り締めて俯く。きつく目を閉じて肩を震わせ、懸命に安堵の涙を堪えるマイクロトフを、カミューは慈しむような表情で見つめた。
今回の件をきっかけに新同盟軍の本拠地では、もはや名物ともなっていた青騎士団の早朝鍛錬に、時折赤騎士団も加わることとなった。だが隣で思わずあくびを漏らしたカミューを、朝から元気なマイクロトフが軽く叱る。
「元赤騎士団長ともあろうものが、鍛錬の最中にあくびをするとは何事だ。お前も部下たちと共に走ってきたらどうだ」
「お前は毎日、どうしてそんなに朝から元気なんだ……」
「走るのが嫌なら手合わせだ。俺が目を覚まさせてやる」
さすがは元青騎士団長、鍛錬に関しては容赦がない。マイクロトフから放り投げられた訓練用の木剣を渋々受け取ったカミューだったが、「行くぞ!」と掛け声を上げた親友の真っ直ぐな構えに奮い立ったのか木剣を凛と構えると、二人同時に地を蹴ったのだった。
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