紋章師の助言

「もし。そこの騎士様」
 通りを歩いていた所へ声を掛けられ、マイクロトフとカミューは同時にそちらを見た。声を掛けてきたのはこの本拠地で紋章師を務めるジーンで、カミューはすぐさま「これはジーン殿。いかがお過ごしですか」とにこやかに会釈したが、一方のマイクロトフは素早く目を逸らし、極力ジーンを視界に入れないようにしている。
「ところで、我々に何かご用でしょうか」
「ええ……赤い服のあなたに。カミューさん、と言ったかしら? 左手がいていますよ」
「?」
 何のことか分からず首を傾げるカミューへ、ジーンは妖艶に微笑みながら言葉を足す。
「左手に新たな紋章を宿すことができるようになっていますよ、とお伝えしたかったの。お気付きのようではなかったから」
「左手に……そうなのですね。教えていただきありがとうございます。これで私も、ようやく……」
 感慨深げに白手袋越しの左手を見つめてから、カミューはジーンに尋ねる。
「紋章師である貴女から見て、私には何の紋章がお勧めでしょうか?」
「そうね……あなたが右手に宿している烈火の紋章はあなたの身に深く馴染んでいて、自由に付け外しができないようね。火魔法との相性も悪くはないけれど、あなたと最も相性のいい紋章は『風』よ」
「風……ですか」
「火の紋章は、どちらかといえばそちらの青い服のあなた、マイクロトフさんのほうが相性がいいわね。まるで、あなたたちの気性そのものを表しているかのよう……」
「なるほど……」
「その時の状況によって付け替えるといいでしょう。補助に優れた土の紋章との相性も悪くはないし、烈火の紋章と土の紋章を同時に宿せば『焦土』という強力な組み合わせ魔法も使えるわ。魔法紋章以外がいいと言うのなら、また話は別だけれど」
「……ジーン殿。では、その……俺も、左手に紋章を宿すことができるのでしょうか」
 話を聞いていて我慢ができなくなったのか、ジーンの説明に耳だけを傾けていたマイクロトフが視線を戻し、だが顔から下は頑なに見ないようにして尋ねた。しかしジーンは首を緩やかに横に振り、再び妖艶に微笑む。
「いいえ。あなたはもう少し先ね」
「そ、そうですか……」
「ちなみにマイクロトフさんは魔法紋章よりは特殊攻撃紋章、もしくは補助効果紋章を宿したほうがいいでしょう。左手にも宿せるようになったら、ぜひいらしてくださいね。ご相談にも乗るわ」
「は、はあ」
「ありがとうございます。ではひとまず、今回は風の紋章をお願いします。ちょうど回復手段が欲しいと思っていたので」
「大切なご友人のためですね。分かりました。では……」
 ジーンは風の封印球を取り出すと、白手袋を外したカミューの左手に自身のたおやかな手を添えた。彼女が呪文を唱えると封印球が輝いて風の紋章のシンボルが浮かび上がり、光と共にカミューの左手の甲へと吸い込まれて行く。
「これで風の魔法が使えますよ。今後は、より戦略の幅も広がるでしょう。ただし、使用回数には気を付けてくださいね。よほど魔力の高い方ではない限り、すぐに枯渇してしまいますから」
「よく存じております。そしてご助言いただきありがとうございました。――行くぞ、マイクロトフ」
「! ああ! ――では、俺も失礼いたします」
 カミューに呼ばれ、落ち着きなく視線をさまよわせていたマイクロトフが慌ててジーンに頭を下げる。終始冷静だったカミューと肩を並べて去って行くマイクロトフの後ろ姿に、ジーンはフフフ、とおかしそうに笑った。

「……なぜお前はあの人を直視できるんだ」
 別の区画に来るなりぼそりと本音を漏らしたマイクロトフに、カミューは呆れ半分、おかしさ半分といった表情で答える。
「私は普通に接していただけだが? いくらお前がウブだからといって、女性にああいう態度を取るのはあまりにも失礼だぞ。まあ、隅々まで食い入るように見られても困るが」
「できるか!!」
 ジーンの服――というよりは、極端に面積の少ない「布」を纏った豊満な肉体を思い出してしまったのか、マイクロトフが一気に顔を紅潮させる。女性に対してどこまでも奥手な親友にカミューが思わず吹き出すと、マイクロトフは「笑うな!」と怒りながら失礼な相棒を小突いたのだった。
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