君の隣で

 マイクロトフは、焦っていた。先程から捜し回っているにもかかわらず、カミューの姿が一向に見当たらないからだ。    
 グラスランド人である彼が一部の騎士から差別や嫌がらせを受けていることは知っているし、目撃するたびにおのれが盾となり撃退しているが、属する騎士団が異なる二人は、当然ながら常に一緒にいられるわけではない。己の目の届かないところで酷い仕打ちを受けて嫌気が差し、とうとう逃げ出してしまったのではないかと不安に駆られる。
(カミュー、どこにいる!? 約束したじゃないか、生まれに関係なく二人で赤・青騎士団長になって、お前を見下す奴らを見返してやろう、と)
 自然と大股つ早足になる。他にカミューが行きそうな場所と言えば。
(城内にいないとなると、城下か? それとも……)
 もはや、なりふり構っていられない。マイクロトフはすぐさま城下へと下り、人々にカミューの目撃情報をいて回ることにした。すると鬼気迫る表情のマイクロトフを見て只事では無さそうだと思ったのか、住民のほうから声を掛けてくる。
「おや、マイクロトフ坊や。今日は一人かね? あの綺麗な子は一緒じゃないのかい」
「今、そいつを捜しているのです。見ませんでしたか?」
「いやあ、見なかったねえ。しかしあんたたちが一緒にいないなんて珍しいね。ケンカでもしたのかい?」
「喧嘩はしていません。喧嘩をするほど激しく言い争ったこともありませんから」
「あら、マイクロトフ君じゃないの。例のあの子を捜してるの? 私見たわよ」
「本当ですか!?」
 一人の女性の言葉に、マイクロトフがぱっと顔を輝かせた。洗濯物を干していた女性は手を止めると、街の入口を指差す。
「何があったのか知らないけど、あの子なら馬を引いて街の外に出て行ったわよ。でも持ってたのは剣一本だけで、ちょっと遠乗りにでも行くっていう雰囲気……」
「かたじけない!!」
 マイクロトフは女性の言葉を最後まで聞くことなく、街の外へと向かって走り去って行った。だが女性は特に気を悪くしたふうもなく、「あらあらあの子ったら、すっかりお友達にお熱ね」と笑っただけだった。

「……ふう」
 やはり、外の空気は心地が良い。乗っていた馬からひらりと降りたカミューは、やや遠くに見えるロックアックス城を眺めながら、吹き抜ける風に目を細めた。――心地は良いが、グラスランドの風や空気とは違う。カマロの推挙もあったとはいえ己の意思でここへとやって来たのに、こんな時に郷愁に駆られるなんてと、カミューは苦笑する。
(こんなだから異国人、蛮族などとそしられるんだな。私なりに馴染もうと、日々努力はしているんだが)
 だが故郷をどんなに懐かしく思っても、今帰るわけにはいかない。己を軽んじていた父や兄はともかく、最後まで自身を慈しみ姿が見えなくなるまで見送ってくれた母の面子を潰してしまうことにもなるからだ。何よりカミュー自身が、諦めたくなかった。親友とも約束したのだ。
(……マチルダ騎士団に入団していなかったら、あいつとも出会っていなかった。初めて心から『友』と呼べる男に)
 しかし異国人である己を庇うせいで、あいつまでが。あいつは純粋なロックアックスの人間だと言うのに、私のせいで浮いた存在になっている――そう考えるだけでカミューの表情は曇り、果たしてこのままでいいのだろうか、という気持ちにさせられる。
 その時だった。不意に何者かが猛烈な勢いで近付いてくる音がして、我に返ったカミューの腕が強く掴まれたのは。
「カミュー! やっと見つけた」
「……マイクロトフ」
 息を切らしながらもカミューの腕を掴んで離さないその人物は、他でもないマイクロトフだった。見たところ、馬は連れていない。友の姿がないことに慌て、城からここまで身一つで走ってきたのだろうとすぐに分かる。
「随分捜したぞ。まさか、こんな所にいたとは。どうせ団長から外出許可は得ていないんだろう? 勝手な行動は慎め」
「……」
「だが大丈夫だ、俺も許可は得ていない。戻ったらどうせ怒られるんだ、だったらここで少し長めに休んで行こう」
 そう言って珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべたマイクロトフに引っ張られ、カミューがつんのめる。そこでようやくいつもの調子を取り戻したカミューは、込み上げる心強さと嬉しさを隠しながら、
「痛い、引っ張るな。脱臼したらどうする」
「突然いなくなるお前が悪い。……心配したんだぞ」
「悪かったよ。別に逃げようとか騎士を辞めようとか、そんなことを考えたわけじゃない。ただ……少し、窮屈だっただけさ。色々と考えていたら、すっかり行き詰まってしまってね。だから外の空気を吸って、頭を冷やしたかったんだ」
「ならば、なおさら気分転換が必要だな。お前が満足するまで付き合うぞ」
「なんだ。私をダシにして、優等生で知られるお前もたまにはサボってみたくなったか」
 カミューの言葉に、マイクロトフが「そうかもな」と朗らかに答える。
 眩しいのはきっと、照りつける太陽のせいだけではない。マイクロトフの手が己の腕から離れて行ったことを少し名残惜しく感じながらも、カミューの心は今、この上なく満たされていた。
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