同郷の誼(よしみ)

「――おや。このような夜遅くに女性が人気ひとけのない場所にお一人でいらっしゃるとは、あまり感心できませんね」
 背後から聞こえた穏やかな男の声に、一人月を眺めながら物思いに耽っていたアイリはびくりと身を強張らせて振り返った。だがそこにいたのは新同盟軍の本拠地に来てから何度も見かけたことのある人物で、つい身構えてしまったアイリは、ほっと胸を撫で下ろす。
「あんたは……カミュー、だっけ? あんたこそ、こんな所に何の用?」
「本拠地内に怪しい者が入り込んでいないか、見回っているのですよ。そうしたら、月の光に照らされて夜空を見上げているアイリ殿のお姿が見えまして。リィナ殿やボルガン殿もご一緒かと思ったのですが、どうやらお一人のようだったのでこうしてお声を掛けた次第です」
「ボルガンはもうとっくに寝てるし、アネキは酒場にいるはずさ。……あたしだって、一人になりたい時はあるんだよ」
 はあ、と溜め息を吐いて再び前を向いたアイリの隣に、カミューが立つ。しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはアイリだった。
「……なあ、あんた……確か、グラスランド出身の人だったよね」
「ええ。カマロ自由騎士団の出身です」
「そっか、あの……つまり、生まれた時から騎士だったんだね。カマロ自由騎士団のことはよく知らないけど、同じグラスランド人同士だからか、あんたにはほんの少しだけど親近感を感じるかも」
「それは光栄です。私も同じ気持ちですよ」
「……」
 再びの。故郷を同じくするカミューに少し気を許したのか、アイリはひと呼吸置いた後に小声で切り出す。
「……ねえ。頑張り過ぎている相手にひと時でも癒しを与えたい時は、どうしたらいいのかな」
「それは……」
「一人じゃないっていうのは分かる。支えてくれてる人間だって、大勢いる。この本拠地だって、一種の〝家〟みたいなもんだ。でも……何かあった時に矢面に立つのは、あいつなんだ。まだあたしとそう年は変わらないのに、周りの大人たちは何でもかんでもあいつに背負わせて……最近、あいつが笑っているところだってほとんど……」
 アイリが誰のことを気にかけているかは、一目瞭然だ。だが、一度話し始めたことですっかり気持ちが昂ってしまったアイリの感情の吐露は止まらない。
「出会った頃のあいつは、その頃から大変な身の上ではあったけど田舎の少年らしくて、優しくて、よく笑う奴だった。なのに、今のあいつは何だよ……あんなに元気だったナナミまで無理して笑って、あいつの見てない所でたまに泣きべそかいたりしててさ……おかしいよ。こんなの、絶対おかし……っ」
「アイリ殿、落ち着いて。……浅く、息を吸って。吸ったら、少しだけ止めて。そしてゆっくり、ゆっくり吐き出して――」
 興奮のあまりに過呼吸に陥りかけたアイリに、カミューは優しく声を掛けながらその背中を支えた。しばらくするとアイリの呼吸が落ち着き始め、彼女は涙目になりながら項垂うなだれる。
「……取り乱してごめん。ずっと誰にも吐き出すことができなかったから、一気に爆発しちゃって……」
「構いませんよ。私で良ければ、いつでも話を聞きましょう。それこそ、恋愛相談でも」
「れっ……!?」
 瞬時に真っ赤になって狼狽うろたえるアイリを見て、カミューが小さく吹き出す。恋する少女の、なんと可愛らしいことか。しかしアイリはぶんぶんと首を横に振って、かの少年への淡い想いを否定する。
「そっ、そんなんじゃないよ! あたしはあいつを以前から知ってる仲間として心配してるだけで……」
「ふふ。では、そういうことにしておきましょうか」
「……あんた、アネキみたいな奴だな……アネキが男たらしなら、あんたは女誑しだ。あたしはなびかないけどな!」
「ええ、あなたはあなたの想い人を大切になさってください。……アイリ殿のそのお心遣い、きっとあのお方にも届いていますよ」
 うっ、美形の笑顔は眩しい、とアイリは思わず目を細める。同時に、少しだけ気が楽になったとも思った。さすがは女性に優しいと定評のある元赤騎士団長、その魅力に夢中になる者が多いわけだ。
「……話、聞いてくれてありがとな。見回りしてるんだろ? あんまり帰りが遅いと、あんたの相棒が心配するよ」
「それもそうですね。……と、言っているそばから」
 眼下から「カミュー!」と大声で呼ぶ男の声がして、カミューは苦笑する。彼はあでやかな紫色のショートマントをひらりと翻すと、
「――夜分遅くに失礼いたしました、レディ。お体を冷やさぬうちにお部屋にお戻りくださいね」
「あんたもね。騎士の朝って早いんだろ? また機会があったら、今度はもっと明るい話をしよう」
「はい。楽しみにしております」
 再び「カミュー! どこにいる!?」と大声が響き、カミューは早足で階段を降りて行った。誰もいなくなったバルコニーで、アイリはもう一度月を見上げる。その表情は、一人きりでいた時より幾分晴れやかなものへと変わっていた。
1/1ページ