靄
男しかいない騎士団だ、〝そういう〟噂は聞いてはいたが。
角を曲がりかけたところで抱き合い口付けを交わしている赤騎士と青騎士を目撃してしまったマイクロトフは、即座に身を翻すと元来た道を引き返しながら、深い溜め息を吐いた。
最近、騎士団内の風紀が乱れてきている。夜遅くまで酒場に入り浸っているという者、女性の元へ足繁く通い朝帰りを繰り返しているという者、先程のように、人目を憚らず戯れ合う者――等々。己 の管轄である青騎士団に属する騎士ならば叱責することができるが、管轄外の赤騎士団や白騎士団に属する騎士へは口を出すことができない。目に余るようであれば各騎士団の団長にありのままを報告して、彼らの口から注意してもらうよりほかはないのだ。
(……鈍いと言われる俺でも気が付いているのだから、ここ最近の騎士団の有様は、ゴルドー様もカミューも知らないはずはないんだが)
二人とも、敢えて見て見ぬふりをしているだけなのか。ちょうど今からカミューの元へ行くところだ、あいつの見解も聞いてみよう。マチルダ騎士団の将来を本気で憂う生真面目な青騎士団長は、大股且 つ早足で親友の部屋へと向かった。
「――と、いうことがあったんだ。風紀の乱れは騎士、ひいては騎士団の沽券にかかわる。お前のところの騎士たちにも、よく言い聞かせておいてくれ」
マイクロトフからの報告を聞いて、この部屋の主である赤騎士団長・カミューは、グラスを手にしたまま向かい側に座る親友をじっと見つめた。どこか面白がっているような顔だ。
「よりにもよって、赤騎士と青騎士……団の垣根を越えた関係、か」
「?」
「まるで私たちのようじゃないか。騎士団内はもちろん、民の間でも噂になっているぞ? 団長同士がデキているから配下の騎士たちも仲睦まじいのだ、と」
「なっ……」
愉快そうに微笑みつつグラスを傾けるカミューに、マイクロトフは絶句した。目を見開いて固まっている彼を見て、カミューはグラスに入ったワインを揺らしながら続ける。
「我々のことはさておき……ほとんどの騎士たちは若い盛りだ、そういった衝動を抑えろというのは無理な話だし、駄目だと言われたら余計に燃え上がるのも人の性 だ。だから私は騎士としての務めをきちんと果たしていれば、個々のプライベートにまで口を挟むつもりはないよ」
「……」
「少なくとも、我が赤騎士団はそんな感じさ。なにせ団長の私がこうだからな。それに比べて青騎士団は禁欲を強いられて、実に窮屈そうだ。どこかにはけ口を作ってやらないと、そのうちお前に矛先が向かうかもしれないぞ?」
親友の思いもよらぬ言葉に、マイクロトフはゾッと肌を粟立てた。当のカミューはそんなマイクロトフの反応を目にして、小さく吹き出す。
「ははは、男所帯なんて所詮そんなものさ。標的にされたくなければ、もっと寛容になれよ。それにいくらお堅いお前だって、無性に人肌が恋しくなることくらいあるだろう。特にお前みたいなのは普段抑え込んでいる分、いったん爆発したら始末に負えなさそうだ」
「そ、そんなことはない! ……ともかく! お前の意見は分かった。参考にはさせてもらう。だが俺はやはり騎士というものは質実剛健、清廉潔白であるべきだと思うのだ。日頃からもう少し気を引き締めてだな……」
「はいはい、その話は終わり。せっかくのワインが不味くなる。もっと面白い話をしよう」
「……面白い話?」
訝しげな表情をするマイクロトフへ、カミューはワインを一気に飲み干してから、悪戯っぽく囁いた。
「――やはりここは話を戻して、私とお前がデキている、という件を」
「……」
「面白いだろう? 外野からはこうして酒を飲んで語らっているだけでも、あの二人は部屋に篭って激しく愛し合っているに違いないと噂される。どっち がどっち 、という〝派閥〟まであるそうだ。あと、こんな噂も聞いたな。私はゴルドー様のお気に入りで毎晩のように抱かれている、なんてのも」
「何だと!」
「本気にするな。もちろんそんな事実はない。何かと口答えの多いお前よりは気に入られているようだが。しかし、私とお前はどうだ? 毎晩のようにどちらかの部屋に入り浸り、深夜近くまで共にいる。以前、酔った勢いでお前がぼやいた言葉は覚えているぞ。『もし俺たちが同室だったならば、時間を気にせず心行くまでお前といられたのに』と」
「うわーっ!?」
マイクロトフの顔が途端に真っ赤になり、持っていたグラスを危うく落としかけた。動揺するあまりに立ち上がりかけたマイクロトフは、気まずそうに何度か咳払いを繰り返した後、どすん、と椅子に座り直す。
「思い出したか?」
「……なんとなくは……」
「あの時は、そのまま愛の告白でもされるのかと思ったよ。結局は色気のかけらもなくて、それきりお前はぐっすり寝入ってしまったが。深酒すると本音が出る、というやつか」
「もう勘弁してくれ……」
未 だ火照りの治まらない顔を片手で覆ってしまったマイクロトフを、だがカミューがそれ以上揶揄 うことはなかった。それどころかふ、と微笑んで、一つ年下の親友を優しく見つめる。
「……だが、そう思ってくれていたことは嬉しかったな」
「!」
「親友冥利に尽きる褒め言葉な上、私も同じ気持ちさ。……いっそのこと、一度朝まで共に過ごしてみるか?」
その明るい色の瞳が細められ、マイクロトフを甘く誘う。――この時マイクロトフは、ふと思い出した。雑談中の平騎士たちが「カミュー様って、なんだか色っぽいよな」と口にしていたことを。それが今、分かってしまった気がする。
(……はっ!? 同性の親友に不埒な感情を抱くなど、どうかしている! 相手はカミューだぞ。だが、なぜこんなに胸が高鳴っているんだ。今日は早く酔いが回ったか……?)
視線を逸らしたいのに、逸らせない。心臓が早鐘を打ち、一刻も早くこの沈黙と危険な空気を打ち破れと、内なる己が警告してくる。
「……いや、遠慮しておく。ただでさえ良からぬ噂が出回っているんだ、自ら誤解されるような行動を取ることは控えるべきだろう」
さすがはマチルダ騎士団随一の堅物男、理性が勝った。内心でホッと胸を撫で下ろしたマイクロトフとは対照的に、カミューはどこか残念そうだ。
「相変わらずお前はお堅いな。私がいいと言っているのに」
「駄目だ。これ以上おかしな目で見られたくはない。……今日は酔いが早く回ったようだ。そろそろ帰る」
「珍しいな。大して飲んでいなかったように見えたんだが。まあお前は誰よりも早起きだからな、酔った自覚があるのなら早めに帰って、ゆっくり休むといいさ」
「お前も、酒と夜更かしはほどほどにしろよ。――邪魔をしたな。じゃあな、おやすみ」
「ああ、おやすみ。また明日な」
扉を開けて送り出してくれたカミューに「すまない」と短く礼を言って、マイクロトフは、しっかりした足取りで去って行った。そんな親友の広い背中を見送ったカミューは開いた扉に寄りかかり、「なんだ、まだ全然余裕じゃないか」と溜め息混じりに呟いてから、扉を閉めた。
この日の眠りがやけに浅く感じたのは、決して酔いのせいだけではないだろう。
角を曲がりかけたところで抱き合い口付けを交わしている赤騎士と青騎士を目撃してしまったマイクロトフは、即座に身を翻すと元来た道を引き返しながら、深い溜め息を吐いた。
最近、騎士団内の風紀が乱れてきている。夜遅くまで酒場に入り浸っているという者、女性の元へ足繁く通い朝帰りを繰り返しているという者、先程のように、人目を憚らず戯れ合う者――等々。
(……鈍いと言われる俺でも気が付いているのだから、ここ最近の騎士団の有様は、ゴルドー様もカミューも知らないはずはないんだが)
二人とも、敢えて見て見ぬふりをしているだけなのか。ちょうど今からカミューの元へ行くところだ、あいつの見解も聞いてみよう。マチルダ騎士団の将来を本気で憂う生真面目な青騎士団長は、大股
「――と、いうことがあったんだ。風紀の乱れは騎士、ひいては騎士団の沽券にかかわる。お前のところの騎士たちにも、よく言い聞かせておいてくれ」
マイクロトフからの報告を聞いて、この部屋の主である赤騎士団長・カミューは、グラスを手にしたまま向かい側に座る親友をじっと見つめた。どこか面白がっているような顔だ。
「よりにもよって、赤騎士と青騎士……団の垣根を越えた関係、か」
「?」
「まるで私たちのようじゃないか。騎士団内はもちろん、民の間でも噂になっているぞ? 団長同士がデキているから配下の騎士たちも仲睦まじいのだ、と」
「なっ……」
愉快そうに微笑みつつグラスを傾けるカミューに、マイクロトフは絶句した。目を見開いて固まっている彼を見て、カミューはグラスに入ったワインを揺らしながら続ける。
「我々のことはさておき……ほとんどの騎士たちは若い盛りだ、そういった衝動を抑えろというのは無理な話だし、駄目だと言われたら余計に燃え上がるのも人の
「……」
「少なくとも、我が赤騎士団はそんな感じさ。なにせ団長の私がこうだからな。それに比べて青騎士団は禁欲を強いられて、実に窮屈そうだ。どこかにはけ口を作ってやらないと、そのうちお前に矛先が向かうかもしれないぞ?」
親友の思いもよらぬ言葉に、マイクロトフはゾッと肌を粟立てた。当のカミューはそんなマイクロトフの反応を目にして、小さく吹き出す。
「ははは、男所帯なんて所詮そんなものさ。標的にされたくなければ、もっと寛容になれよ。それにいくらお堅いお前だって、無性に人肌が恋しくなることくらいあるだろう。特にお前みたいなのは普段抑え込んでいる分、いったん爆発したら始末に負えなさそうだ」
「そ、そんなことはない! ……ともかく! お前の意見は分かった。参考にはさせてもらう。だが俺はやはり騎士というものは質実剛健、清廉潔白であるべきだと思うのだ。日頃からもう少し気を引き締めてだな……」
「はいはい、その話は終わり。せっかくのワインが不味くなる。もっと面白い話をしよう」
「……面白い話?」
訝しげな表情をするマイクロトフへ、カミューはワインを一気に飲み干してから、悪戯っぽく囁いた。
「――やはりここは話を戻して、私とお前がデキている、という件を」
「……」
「面白いだろう? 外野からはこうして酒を飲んで語らっているだけでも、あの二人は部屋に篭って激しく愛し合っているに違いないと噂される。
「何だと!」
「本気にするな。もちろんそんな事実はない。何かと口答えの多いお前よりは気に入られているようだが。しかし、私とお前はどうだ? 毎晩のようにどちらかの部屋に入り浸り、深夜近くまで共にいる。以前、酔った勢いでお前がぼやいた言葉は覚えているぞ。『もし俺たちが同室だったならば、時間を気にせず心行くまでお前といられたのに』と」
「うわーっ!?」
マイクロトフの顔が途端に真っ赤になり、持っていたグラスを危うく落としかけた。動揺するあまりに立ち上がりかけたマイクロトフは、気まずそうに何度か咳払いを繰り返した後、どすん、と椅子に座り直す。
「思い出したか?」
「……なんとなくは……」
「あの時は、そのまま愛の告白でもされるのかと思ったよ。結局は色気のかけらもなくて、それきりお前はぐっすり寝入ってしまったが。深酒すると本音が出る、というやつか」
「もう勘弁してくれ……」
「……だが、そう思ってくれていたことは嬉しかったな」
「!」
「親友冥利に尽きる褒め言葉な上、私も同じ気持ちさ。……いっそのこと、一度朝まで共に過ごしてみるか?」
その明るい色の瞳が細められ、マイクロトフを甘く誘う。――この時マイクロトフは、ふと思い出した。雑談中の平騎士たちが「カミュー様って、なんだか色っぽいよな」と口にしていたことを。それが今、分かってしまった気がする。
(……はっ!? 同性の親友に不埒な感情を抱くなど、どうかしている! 相手はカミューだぞ。だが、なぜこんなに胸が高鳴っているんだ。今日は早く酔いが回ったか……?)
視線を逸らしたいのに、逸らせない。心臓が早鐘を打ち、一刻も早くこの沈黙と危険な空気を打ち破れと、内なる己が警告してくる。
「……いや、遠慮しておく。ただでさえ良からぬ噂が出回っているんだ、自ら誤解されるような行動を取ることは控えるべきだろう」
さすがはマチルダ騎士団随一の堅物男、理性が勝った。内心でホッと胸を撫で下ろしたマイクロトフとは対照的に、カミューはどこか残念そうだ。
「相変わらずお前はお堅いな。私がいいと言っているのに」
「駄目だ。これ以上おかしな目で見られたくはない。……今日は酔いが早く回ったようだ。そろそろ帰る」
「珍しいな。大して飲んでいなかったように見えたんだが。まあお前は誰よりも早起きだからな、酔った自覚があるのなら早めに帰って、ゆっくり休むといいさ」
「お前も、酒と夜更かしはほどほどにしろよ。――邪魔をしたな。じゃあな、おやすみ」
「ああ、おやすみ。また明日な」
扉を開けて送り出してくれたカミューに「すまない」と短く礼を言って、マイクロトフは、しっかりした足取りで去って行った。そんな親友の広い背中を見送ったカミューは開いた扉に寄りかかり、「なんだ、まだ全然余裕じゃないか」と溜め息混じりに呟いてから、扉を閉めた。
この日の眠りがやけに浅く感じたのは、決して酔いのせいだけではないだろう。
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