母からの手紙

「カミュー団長。団長宛てに、お手紙が届いております」
 赤騎士団長・カミューの居室。
 赤騎士がうやうやしく両手で差し出してきた封筒に、「ああ、もうそんな時期か」と呟いたカミューは、短く礼を言ってそれを受け取った。室内には彼の親友である青騎士団長・マイクロトフもいて、二人はチェスに興じていたところだった。二人の団長の邪魔にならぬよう、赤騎士は頭を下げるや否や素早く去って行く。
「故郷からか?」
「ああ。毎年恒例だが、団長になってからはこれが初めてだな。こちらからふみを送る前に届いてしまったが、向こうにも騎士団の組織情報は行き渡っているんだろうか」
 懐かしそうに目を細めながら、カミューはペーパーナイフを使って丁寧に封を開けた。中から出てきたのは二枚の手紙と繊細な草花の刺繍が施された小さなお守りで、送り主がカミューを大切に思っていることが分かる。
「……どうだった?」
 カミューがしばし手紙に目を通し、それを折り畳んで封筒に戻す中、マイクロトフが待ちきれずに尋ねた。身を乗り出している友を見てカミューはふ、と小さく笑い、しかしどこか愁いを帯びた表情で答える。
「相変わらずさ。手紙の差出人はいつもどおり母で、私がマチルダ騎士団の赤騎士団長になったことも知っていた。新しく作ったこのお守りは団長就任祝いだ、と。父や兄も、特に変わりはないようだ。だが……」
「?」
「父は元々、長男である兄にばかり目を掛けていたからな。家督を継げない次男坊の私など、はなから目に入っていなかったんだ。兄からも召使い同然に扱われて、どうせいつかは家を出て行く者、と軽んじられていた」
「……」
「だから実質、私の味方だったのは母だけさ。母は一見従順だったが、父や兄の目が届かないところで、私に惜しみない愛情を注いでくれた。それが父にバレて叱られ兄に軽蔑されても、母は私の居場所を――と、すまん。こんな辛気臭い話、お前に聞かせるべきではなかったな」
 毎年の手紙の差出人が母であることは知っていたし、父も存命、兄が一人いる、ということも知ってはいたが。そんな複雑な事情があったのかと、マイクロトフはカミュー本人以上にしんみりしてしまった。「はは、なんて顔をしてるんだ」と笑うカミューへ、だがマイクロトフは真剣な表情で言う。
「いや、いい。むしろ俺の前だから話してくれたんだろう? それだけ信頼されているのだと、かえって嬉しく思ったぞ」
「……マイクロトフ」
「母君はお前を愛し、お前も愛されているという自覚がある。それでいいじゃないか。それに、今のお前は団長にまでなったんだぞ。口には出さずとも父君や兄君もお前を認め、誇りに思ってくださっているはずだ。例えそうではなかったとしても俺はお前と共に騎士団長となり、そんなお前と友であることを誇りに思っている。俺が認めている男なんだ、寂しさなど感じている暇はないぞ」
 マイクロトフなりの激励なのだろう。こいつは一人っ子な上にこの性格だ、さぞ両親から愛されて育ったのだろうなと、カミューは思う。そして彼のこんな所におのれは救われ惹かれているのだな、とも。出会ったばかりの頃は「とにかく熱くて面白い男」くらいの認識だったが、今は。
「……そうだな。お前といると飽きないし、面白いものも多く見られる。次は何をしでかして私がどうフォローすればいいか、と考えを巡らせていれば、ネガティブな感情を抱いている暇も無さそうだ」
「うっ……それは、その……毎回世話をかけてすまないとは思っている。思ってはいるんだが、いざその時になると、考えるより先に体が動いてしまってな……」
「安心しろ、突っ走る人間のフォローは私の得意分野だ。ただおとなしく強者きょうしゃに従っていたわけじゃない。そこから学ぶことも多かった、ってことさ。――さて、ゲームを再開するか。確か、もう少しで私の勝利が確定するところだったな?」
 湧き上がる甘い気持ちを抑えて不敵に笑ってみせるカミューに、マイクロトフはこめかみを押さえつつ答える。
「ここ最近、勝てた試しがないぞ……やはり俺には机の上で戦うより、実際に体を動かすほうが遥かに向いている。ゲームはもうお前の勝ちでいいから、久しぶりに手合わせでもしないか? 頭を使ったせいか、今度は体を動かしたい」
「ええ……お前の馬鹿力と底なしの体力に付き合えと? そういうのは青騎士たちだけにしてくれ。私を含めた我々赤騎士団は〝そこそこ頑張る〟を信条としているんだ」
「……」
「そんな顔をするな。どうしても体を動かしたいのなら、遠乗りにでも行こう。そのほうがよほど気分転換になるし、のんびり過ごせるだろう。私はそっちのほうがいいな」
「……分かった、ではそうしよう。最近遠乗りに出かける頻度が上がっていて、団長としてどうなのかと思わなくもないが」
 そう言いながらもマイクロトフの足は訓練場ではなく馬小屋のある方角へと向き、その後ろから、カミューがついていく。
(……ああ、私はひとりじゃないんだな)
 前を行くその広く頼もしい背中を見つめながら、カミューは、親友に抱き始めている甘い感情を改めて自覚したのだった。
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