少年の如く
小高い丘にやってきて、風に吹かれながら眼下を見下ろす。遠乗りに出かけた時の醍醐味だ。
あとはいつものように途中の湖に立ち寄って、自分たちは適当に体を休めつつ馬たちに水を飲ませてやればいい。二人にとっては、これだけでも充分にリフレッシュになるのである。
「できれば、毎日でもこういう時間を作りたいものだな」
「それはさすがに無理があるだろう。今の俺たちは団長だぞ。やるべきことは山ほどある上に、今日だって無理を言って出てきたんだ。そう頻繁に副団長に留守を任せるわけにはいかない」
「なんだ、お前のところの副団長殿は留守を任せられるのが苦手なのか。私のところの副団長は、友と出かけたいと言うと『どうぞどうぞ、ごゆっくり行ってらっしゃいませ』と笑顔で送り出してくれるぞ?」
カミューの言葉に、マイクロトフは途端に難しい顔になった。己 のところの副団長も「留守を頼む」と言えば素直に預かってくれるが、赤騎士副団長のように笑顔で送り出してはくれない。むしろ「俺を置いて行ってしまわれるのですか……?」と、まるで子犬のような目で見上げてくるのだ。それだけ慕われているということなのだろうが、ほぼ毎回そんな感じなので、どうしたって罪悪感に見舞われる。
「……ああ。お前の言うとおり、俺のところの副団長は留守番は得意ではない。だから……」
あの悲しげな表情を思い浮かべながら答えると、カミューはうーん、と顎に手を当てながら提案する。
「ならば、一人で留守番できるように躾けないとな。副団長がそれでは、先が思いやられるぞ。彼は私のところの副団長と仲がいいから、帰ったら伝えておこう」
「犬か」
「お前の話だと、主人に懐いている飼い犬とそう変わらないように思えるんだが」
話しているうちに、二人は湖のほとりに着いた。下馬したマイクロトフとカミューはここまで連れて来てくれた馬たちを労いながら湖へと誘導し、しばらく好きにさせてやることにする。
「ふう……暑いな。私も少し水に浸かるかな」
「いいな。ここにいる人間はお前だけだ、少々解放的になってもいいだろう」
二人でブーツを脱ぎ、裸足になって湖に足を浸す。冷たく澄んだ水が、とても気持ちがいい。本当は服も一枚脱いで軽装になってしまいたかったが、いつどこから敵が攻めて来るか分からない今、解放的になり過ぎるわけにはいかない。周囲に警戒しつつも、二人はしばし水の冷たさを楽しむ。
「……こうしていると、日々騎士としての任務に明け暮れているのが嘘のようだな」
「……そうだな」
「ここはのどかだ。人間同士のギスギスとした腹の探り合いがないし、剣と剣がぶつかり合う音も、血の匂いもしない。何もかもが、自然のままだ」
「……」
「……今日は気分がいい。せっかくの機会だ、もっと解放的になるか」
突然何を言い出すのだ。いや、まさか。何を想像したのか焦ったマイクロトフが傍 らのカミューに目を向けたと同時に、冷たい液体が顔を直撃した。足元の水を掛けられたのだと気付くのに、少しの時間を要する。
「なっ……何をするんだ、カミュー!」
「ははは! たまにはこういうのもいいだろう? 今日は日頃のしがらみなど忘れて、思いっきり楽しもうじゃないか。解放的になってもいいか、と言ったのはお前だぞ?」
「確かに言ったが、限度が……うわっ」
再び水が容赦なく浴びせられ、マイクロトフはあっという間にぐしょ濡れになってしまった。こんなことをされて黙っているマイクロトフではない。彼は拳を握り締めて凛々しい眉を吊り上げると、カミューに向かって大量の水を浴びせる。
「わっ! ……ははは、やったな!」
「お前こそ!」
「そら、お返しだ!」
「何を! 俺を見くびるなよ!」
カミューは子供のようにはしゃぎながら、マイクロトフはムキになりながらばしゃばしゃと水を掛け合う。両者共にすっかりずぶ濡れになり、全身が冷えてきた頃にようやくそれは終わった。愉快そうに笑うカミューの隣で、マイクロトフは深い溜め息を吐く。
「……子供か……」
「なんだ、お前だって本気だっただろう。たまには童心に帰って全力で楽しむのも大事だぞ? だが……これは、帰ったら大目玉を食らいそうだな」
「……この濡れ具合では、明日まで乾かんな。まったく……」
再度溜め息を吐いて眉間を揉むマイクロトフから離れ、湖から出たカミューは草の上に腰を下ろした。そんな彼の隣にマイクロトフもやってきて、どすん、と腰を下ろす。
「……だが少し頭がすっきりした、気がする」
「だろう? ここのところ、お前は根を詰め過ぎていたようだったからな。ストレス解消になったのなら良かった」
「にしても、今回はさすがに羽目を外し過ぎだ。発散の仕方を考えるにしても、次はもう少しマシなものにしてくれ」
「ああ。この方法は暑い日じゃないと使えないからな。寒い日の発散方法は……っくしゅん!」
「ほら見ろ! こんなことで風邪を引いて倒れでもしたら、騎士の名折れもいいところだぞ!」
慌てるマイクロトフの隣で、カミューは濡れた服の冷たさに体を震わせながらも、どこか満足そうに微笑んだのだった。
この数時間後――
赤・青騎士団長である二人を叱る者はなかったが、何があったのかと本気で心配する者、呆れを隠そうとしない者、二人の仲の良さを羨む者等反応はさまざまで、ロックアックス城下の民たちの間でも、マイクロトフとカミューの仲は以前にも増して誤解されることになったのだとか。
あとはいつものように途中の湖に立ち寄って、自分たちは適当に体を休めつつ馬たちに水を飲ませてやればいい。二人にとっては、これだけでも充分にリフレッシュになるのである。
「できれば、毎日でもこういう時間を作りたいものだな」
「それはさすがに無理があるだろう。今の俺たちは団長だぞ。やるべきことは山ほどある上に、今日だって無理を言って出てきたんだ。そう頻繁に副団長に留守を任せるわけにはいかない」
「なんだ、お前のところの副団長殿は留守を任せられるのが苦手なのか。私のところの副団長は、友と出かけたいと言うと『どうぞどうぞ、ごゆっくり行ってらっしゃいませ』と笑顔で送り出してくれるぞ?」
カミューの言葉に、マイクロトフは途端に難しい顔になった。
「……ああ。お前の言うとおり、俺のところの副団長は留守番は得意ではない。だから……」
あの悲しげな表情を思い浮かべながら答えると、カミューはうーん、と顎に手を当てながら提案する。
「ならば、一人で留守番できるように躾けないとな。副団長がそれでは、先が思いやられるぞ。彼は私のところの副団長と仲がいいから、帰ったら伝えておこう」
「犬か」
「お前の話だと、主人に懐いている飼い犬とそう変わらないように思えるんだが」
話しているうちに、二人は湖のほとりに着いた。下馬したマイクロトフとカミューはここまで連れて来てくれた馬たちを労いながら湖へと誘導し、しばらく好きにさせてやることにする。
「ふう……暑いな。私も少し水に浸かるかな」
「いいな。ここにいる人間はお前だけだ、少々解放的になってもいいだろう」
二人でブーツを脱ぎ、裸足になって湖に足を浸す。冷たく澄んだ水が、とても気持ちがいい。本当は服も一枚脱いで軽装になってしまいたかったが、いつどこから敵が攻めて来るか分からない今、解放的になり過ぎるわけにはいかない。周囲に警戒しつつも、二人はしばし水の冷たさを楽しむ。
「……こうしていると、日々騎士としての任務に明け暮れているのが嘘のようだな」
「……そうだな」
「ここはのどかだ。人間同士のギスギスとした腹の探り合いがないし、剣と剣がぶつかり合う音も、血の匂いもしない。何もかもが、自然のままだ」
「……」
「……今日は気分がいい。せっかくの機会だ、もっと解放的になるか」
突然何を言い出すのだ。いや、まさか。何を想像したのか焦ったマイクロトフが
「なっ……何をするんだ、カミュー!」
「ははは! たまにはこういうのもいいだろう? 今日は日頃のしがらみなど忘れて、思いっきり楽しもうじゃないか。解放的になってもいいか、と言ったのはお前だぞ?」
「確かに言ったが、限度が……うわっ」
再び水が容赦なく浴びせられ、マイクロトフはあっという間にぐしょ濡れになってしまった。こんなことをされて黙っているマイクロトフではない。彼は拳を握り締めて凛々しい眉を吊り上げると、カミューに向かって大量の水を浴びせる。
「わっ! ……ははは、やったな!」
「お前こそ!」
「そら、お返しだ!」
「何を! 俺を見くびるなよ!」
カミューは子供のようにはしゃぎながら、マイクロトフはムキになりながらばしゃばしゃと水を掛け合う。両者共にすっかりずぶ濡れになり、全身が冷えてきた頃にようやくそれは終わった。愉快そうに笑うカミューの隣で、マイクロトフは深い溜め息を吐く。
「……子供か……」
「なんだ、お前だって本気だっただろう。たまには童心に帰って全力で楽しむのも大事だぞ? だが……これは、帰ったら大目玉を食らいそうだな」
「……この濡れ具合では、明日まで乾かんな。まったく……」
再度溜め息を吐いて眉間を揉むマイクロトフから離れ、湖から出たカミューは草の上に腰を下ろした。そんな彼の隣にマイクロトフもやってきて、どすん、と腰を下ろす。
「……だが少し頭がすっきりした、気がする」
「だろう? ここのところ、お前は根を詰め過ぎていたようだったからな。ストレス解消になったのなら良かった」
「にしても、今回はさすがに羽目を外し過ぎだ。発散の仕方を考えるにしても、次はもう少しマシなものにしてくれ」
「ああ。この方法は暑い日じゃないと使えないからな。寒い日の発散方法は……っくしゅん!」
「ほら見ろ! こんなことで風邪を引いて倒れでもしたら、騎士の名折れもいいところだぞ!」
慌てるマイクロトフの隣で、カミューは濡れた服の冷たさに体を震わせながらも、どこか満足そうに微笑んだのだった。
この数時間後――
赤・青騎士団長である二人を叱る者はなかったが、何があったのかと本気で心配する者、呆れを隠そうとしない者、二人の仲の良さを羨む者等反応はさまざまで、ロックアックス城下の民たちの間でも、マイクロトフとカミューの仲は以前にも増して誤解されることになったのだとか。
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