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面倒だな、と思った。ただ廊下を歩いていただけなのに進路を塞がれ、ねっとりとした視線と嘲笑を向けられる。その正体は、マチルダ騎士団最高位である白騎士団の白騎士たちだ。
「これはこれは、赤騎士団のカミュー殿。お一人とは珍しいですな」
「こんにちは。一介の騎士に過ぎない私の名を覚えてくださっていたとは光栄です。……そんなに珍しいでしょうか?」
「それはもう。貴殿は赤騎士団の騎士であるのに、いつも青騎士団のあの青年とばかりつるんでおられる。立場は我々のほうが上とはいえ、我らが白騎士団とも少しは仲良くしていただきたいものですなぁ」
「いえ、そんな。あなた方のことは敬いこそすれ、仲良くだなんて恐れ多いですよ」
笑顔で答えるカミューに、白騎士たちはなおも畳み掛ける。
「まあ、そう言わずに。せっかくですから、これを機に親睦を深めませんか? 以前から貴殿とは、じっくりお話してみたいと思っていたのです。グラスランドの話、カマロ自由騎士団の話……是非とも聞かせていただきたく」
「そうそう。立ち話はなんですから、場所を変えませんか? 我々がよく集まる、秘密基地のような部屋があるのです。今日は特別に、貴殿をそこへご招待いたしましょう」
――明らかに、雲行きが怪しくなってきた。カミューには分かる。白騎士たちは己 に邪 な目を向けていて、集団で手籠めにしようとしているのだ、と。
(……さて、どうしたものか。こちらは一人、相手は四人。あまり波風を立てたくはないんだが)
カミューが俯いて黙り込んだのを、怯えていると勘違いしたらしい。白騎士たちはにやにやと笑いながらカミューを取り囲み、その中でもリーダー格と見られる男が、馴れ馴れしく腰に触れてきた。――あまりの気色の悪さに、鳥肌が立つ。
「……さすがにそれは遠慮しておきます。白騎士団の皆さんの〝秘密基地〟に、私のような者が立ち入るわけには」
「我々が良いと言っているのです、遠慮などせずに。さあさあ」
剣で全員叩き伏せるのは無理だ。すぐにそう悟ったカミューは右手に宿した『烈火の紋章』を発動させようと、ひそかに力を込めた。多少騒ぎにはなるかもしれないが、身を汚されるよりはマシだ。彼らの頭領であるゴルドーには「襲われるような隙を見せるほうが悪い」と一蹴されそうだが、自身が最も親しみを覚え、信頼を置いているあの男ならば――。
「そこで何をしているのです!」
突如響き渡った大声に、カミューはもちろん白騎士たちが驚いて振り返る。
廊下の奥から大股で近付いてきたのは、今まさにカミューが思い浮かべた人物、マイクロトフだった。彼の顔は引き攣っており、一人の白騎士が親友の腰を抱いているのを見た途端に怒りの形相になる。
「……これは一体、どういうことでしょう? 俺の友人に何をしようとしていたのです?」
隙をついてカミューがリーダー格の白騎士から逃れ、マイクロトフの傍 らへと走る。マイクロトフはカミューを庇うように前に立ち、白騎士たちを正面から睨み付けた。だが我に返った白騎士たちは、再びにやにやといやらしい笑みを浮かべながら二人の青年を揶揄する。
「……友人? 恋人の間違いじゃないのか?」
どっと笑い出した白騎士たちに、マイクロトフは決して怯まなかった。それどころかますます怒りを露わにし、彼は敢然と立ち向かう。
「あなた方は、我々をどれだけ愚弄すれば気が済むのだ……! いくら白騎士団の者でも、同じ騎士に対する度を超えた侮辱行為は決して許されることではありませんぞ!」
「愚弄? 侮辱? 事実を言って何が悪い。どうせそのグラスランド人は〝処女〟ではないのだろう? そのお綺麗な顔と体で、いったい何人の男を誑 かしてきたのだろうな!」
「……貴様らぁ……っ!!」
「待て、マイクロトフ」
今にも白騎士たちに飛び掛かって行きそうなマイクロトフを、カミューが制止する。当然マイクロトフは、納得が行かない様子だ。
「なぜ止める、カミュー! 俺たちはあいつらに……」
「お前が来てくれただけで充分だ。……もう、いいんだ」
「何がいいんだ!! こいつらは――」
「……皆さん、友人が大変失礼いたしました。あとでこの男には目上の方に対する口の利き方について、よく言って聞かせます。そして皆さんのご厚意を無下にしてしまった私の非礼も、どうかお許しを。今回の件は、ゴルドー様にはご内密に」
「ふん……すっかり興が削がれたが、まあいい。異国人のほうが、よほど礼儀を弁 えていると見える」
「やはり青騎士団の人間は暑苦しい上に目障りだな。いつかそいつが団長になったらと思うと、他人事 ながらさすがに同情を禁じ得んよ」
「その時が来るまで命があればいいがな!」
「こいつが青騎士団の団長に? それは無いだろう。剣の腕はそれなりのようだが、どう見てもそんな器じゃない。後先考えぬこの喧嘩っ早さじゃあ、いつかどこかで野垂れ死ぬだろうさ」
白騎士たちの嘲りの言葉に、それまで下手 に出ていたカミューの態度が一変した。柔らかな笑みは浮かべたままだったが怒りに震えるマイクロトフの前へと進み出ると、彼は毅然と言い放つ。
「あなた方は、彼が現青騎士団長殿から特別に目を掛けられていることをご存知ないようですね。確かに友人はやや頑固で血気盛んなところはありますが、剣の腕前はもちろん騎士としての在り方や正義感の強さ、いざという時の判断力、決断力は他の誰にも引けを取りません。私は、次期青騎士団長は彼だと確信しています」
「カミュー、突然何を」
「ほぉ~う、恋人ゆえの贔屓目か。これは将来が楽しみだな」
「貴殿の予想が当たるとは思えんな。それにもしそこの生意気な男が騎士団長になどなれば、今のように隣に並び立つことはできなくなるぞ」
「ならば、私も精進するのみです。私同様よそから志願しマチルダ騎士となった者たちの先鋒となりましょう」
「大した自信だな。まあ、せいぜい頑張るんだな!」
「万が一貴殿らが揃って騎士団長になるようなことがあれば、我々白騎士団も団を挙げて祝ってやるよ」
「はい。楽しみにしております」
笑いながら去って行く白騎士たちを、カミューは礼儀正しく頭を下げて見送った。その姿が完全に見えなくなると、マイクロトフがカミューの両肩を掴んでその顔を心配そうに覗き込む。
「大丈夫か。あの様子だと、何かおかしなことをされたんじゃないのか」
「されかけていた、が正しいな。私は無事だ。お前が助けに来てくれなかったら、うっかりひと騒動起こすところだったが」
「ひと騒動?」
「なにせ誘拐されかけていたものでね。剣で全員を相手にするのはさすがに無謀だから、少し紋章の力を借りようかと」
「誘拐!? あいつら、どこまで……! しかし紋章、って……火の紋章ならまだしも、お前のそれは烈火の紋章だろう。少し焦がして怖がらせるどころの話じゃなくなるぞ」
「だから余計にお前に感謝しているのさ。まさにお前は騎士の中の騎士であり、私のヒーローだ。だが私とて騎士の端くれだ、お前が危機に陥った時は、私が助けに行くからな」
「端くれ、などと謙遜するな。俺も次期赤騎士団長はお前だと確信しているんだぞ。だから、カミュー……いつか必ず二人で団長になって、さっきのあいつらをぎゃふんと言わせてやろう。白騎士団ばかりに大きな顔をさせないように、俺たちの手で騎士団を変えて行こう」
「……マイクロトフ……」
――やはり、私の目は間違っていない。目の前の男は必ず青騎士団長の座に上り詰め、多くの騎士たちから慕われる存在になるだろう。私は、その傍らに並び立ちたい。お前の隣で、同じ景色が見たい――カミューもまた絶対に赤騎士団長の座に就いてみせると、固く決意する。
「……ところで、お前はどうしてここに?」
カミューの問いに、マイクロトフは「ああ、ちょうどお前を探していたところだったんだ」と言ってから、気に入りの店の限定ランチを食べに行かないか、と誘った。なんだそんなことか、とカミューが笑うとマイクロトフも少し照れ臭そうに笑い、楽しそうな話し声と共に、二人の姿は廊下の向こうへと消えて行った。
この数年後、異例の早さと若さで二人は赤騎士団長、青騎士団長に就任して見事あの時の白騎士たちを驚かせたわけだが、当然「団を挙げて祝う」という約束が守られることはなく、白騎士団と赤・青騎士団の確執はますます深まって行くことになったのだった。
「これはこれは、赤騎士団のカミュー殿。お一人とは珍しいですな」
「こんにちは。一介の騎士に過ぎない私の名を覚えてくださっていたとは光栄です。……そんなに珍しいでしょうか?」
「それはもう。貴殿は赤騎士団の騎士であるのに、いつも青騎士団のあの青年とばかりつるんでおられる。立場は我々のほうが上とはいえ、我らが白騎士団とも少しは仲良くしていただきたいものですなぁ」
「いえ、そんな。あなた方のことは敬いこそすれ、仲良くだなんて恐れ多いですよ」
笑顔で答えるカミューに、白騎士たちはなおも畳み掛ける。
「まあ、そう言わずに。せっかくですから、これを機に親睦を深めませんか? 以前から貴殿とは、じっくりお話してみたいと思っていたのです。グラスランドの話、カマロ自由騎士団の話……是非とも聞かせていただきたく」
「そうそう。立ち話はなんですから、場所を変えませんか? 我々がよく集まる、秘密基地のような部屋があるのです。今日は特別に、貴殿をそこへご招待いたしましょう」
――明らかに、雲行きが怪しくなってきた。カミューには分かる。白騎士たちは
(……さて、どうしたものか。こちらは一人、相手は四人。あまり波風を立てたくはないんだが)
カミューが俯いて黙り込んだのを、怯えていると勘違いしたらしい。白騎士たちはにやにやと笑いながらカミューを取り囲み、その中でもリーダー格と見られる男が、馴れ馴れしく腰に触れてきた。――あまりの気色の悪さに、鳥肌が立つ。
「……さすがにそれは遠慮しておきます。白騎士団の皆さんの〝秘密基地〟に、私のような者が立ち入るわけには」
「我々が良いと言っているのです、遠慮などせずに。さあさあ」
剣で全員叩き伏せるのは無理だ。すぐにそう悟ったカミューは右手に宿した『烈火の紋章』を発動させようと、ひそかに力を込めた。多少騒ぎにはなるかもしれないが、身を汚されるよりはマシだ。彼らの頭領であるゴルドーには「襲われるような隙を見せるほうが悪い」と一蹴されそうだが、自身が最も親しみを覚え、信頼を置いているあの男ならば――。
「そこで何をしているのです!」
突如響き渡った大声に、カミューはもちろん白騎士たちが驚いて振り返る。
廊下の奥から大股で近付いてきたのは、今まさにカミューが思い浮かべた人物、マイクロトフだった。彼の顔は引き攣っており、一人の白騎士が親友の腰を抱いているのを見た途端に怒りの形相になる。
「……これは一体、どういうことでしょう? 俺の友人に何をしようとしていたのです?」
隙をついてカミューがリーダー格の白騎士から逃れ、マイクロトフの
「……友人? 恋人の間違いじゃないのか?」
どっと笑い出した白騎士たちに、マイクロトフは決して怯まなかった。それどころかますます怒りを露わにし、彼は敢然と立ち向かう。
「あなた方は、我々をどれだけ愚弄すれば気が済むのだ……! いくら白騎士団の者でも、同じ騎士に対する度を超えた侮辱行為は決して許されることではありませんぞ!」
「愚弄? 侮辱? 事実を言って何が悪い。どうせそのグラスランド人は〝処女〟ではないのだろう? そのお綺麗な顔と体で、いったい何人の男を
「……貴様らぁ……っ!!」
「待て、マイクロトフ」
今にも白騎士たちに飛び掛かって行きそうなマイクロトフを、カミューが制止する。当然マイクロトフは、納得が行かない様子だ。
「なぜ止める、カミュー! 俺たちはあいつらに……」
「お前が来てくれただけで充分だ。……もう、いいんだ」
「何がいいんだ!! こいつらは――」
「……皆さん、友人が大変失礼いたしました。あとでこの男には目上の方に対する口の利き方について、よく言って聞かせます。そして皆さんのご厚意を無下にしてしまった私の非礼も、どうかお許しを。今回の件は、ゴルドー様にはご内密に」
「ふん……すっかり興が削がれたが、まあいい。異国人のほうが、よほど礼儀を
「やはり青騎士団の人間は暑苦しい上に目障りだな。いつかそいつが団長になったらと思うと、
「その時が来るまで命があればいいがな!」
「こいつが青騎士団の団長に? それは無いだろう。剣の腕はそれなりのようだが、どう見てもそんな器じゃない。後先考えぬこの喧嘩っ早さじゃあ、いつかどこかで野垂れ死ぬだろうさ」
白騎士たちの嘲りの言葉に、それまで
「あなた方は、彼が現青騎士団長殿から特別に目を掛けられていることをご存知ないようですね。確かに友人はやや頑固で血気盛んなところはありますが、剣の腕前はもちろん騎士としての在り方や正義感の強さ、いざという時の判断力、決断力は他の誰にも引けを取りません。私は、次期青騎士団長は彼だと確信しています」
「カミュー、突然何を」
「ほぉ~う、恋人ゆえの贔屓目か。これは将来が楽しみだな」
「貴殿の予想が当たるとは思えんな。それにもしそこの生意気な男が騎士団長になどなれば、今のように隣に並び立つことはできなくなるぞ」
「ならば、私も精進するのみです。私同様よそから志願しマチルダ騎士となった者たちの先鋒となりましょう」
「大した自信だな。まあ、せいぜい頑張るんだな!」
「万が一貴殿らが揃って騎士団長になるようなことがあれば、我々白騎士団も団を挙げて祝ってやるよ」
「はい。楽しみにしております」
笑いながら去って行く白騎士たちを、カミューは礼儀正しく頭を下げて見送った。その姿が完全に見えなくなると、マイクロトフがカミューの両肩を掴んでその顔を心配そうに覗き込む。
「大丈夫か。あの様子だと、何かおかしなことをされたんじゃないのか」
「されかけていた、が正しいな。私は無事だ。お前が助けに来てくれなかったら、うっかりひと騒動起こすところだったが」
「ひと騒動?」
「なにせ誘拐されかけていたものでね。剣で全員を相手にするのはさすがに無謀だから、少し紋章の力を借りようかと」
「誘拐!? あいつら、どこまで……! しかし紋章、って……火の紋章ならまだしも、お前のそれは烈火の紋章だろう。少し焦がして怖がらせるどころの話じゃなくなるぞ」
「だから余計にお前に感謝しているのさ。まさにお前は騎士の中の騎士であり、私のヒーローだ。だが私とて騎士の端くれだ、お前が危機に陥った時は、私が助けに行くからな」
「端くれ、などと謙遜するな。俺も次期赤騎士団長はお前だと確信しているんだぞ。だから、カミュー……いつか必ず二人で団長になって、さっきのあいつらをぎゃふんと言わせてやろう。白騎士団ばかりに大きな顔をさせないように、俺たちの手で騎士団を変えて行こう」
「……マイクロトフ……」
――やはり、私の目は間違っていない。目の前の男は必ず青騎士団長の座に上り詰め、多くの騎士たちから慕われる存在になるだろう。私は、その傍らに並び立ちたい。お前の隣で、同じ景色が見たい――カミューもまた絶対に赤騎士団長の座に就いてみせると、固く決意する。
「……ところで、お前はどうしてここに?」
カミューの問いに、マイクロトフは「ああ、ちょうどお前を探していたところだったんだ」と言ってから、気に入りの店の限定ランチを食べに行かないか、と誘った。なんだそんなことか、とカミューが笑うとマイクロトフも少し照れ臭そうに笑い、楽しそうな話し声と共に、二人の姿は廊下の向こうへと消えて行った。
この数年後、異例の早さと若さで二人は赤騎士団長、青騎士団長に就任して見事あの時の白騎士たちを驚かせたわけだが、当然「団を挙げて祝う」という約束が守られることはなく、白騎士団と赤・青騎士団の確執はますます深まって行くことになったのだった。
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