秘めたる想い

 マルセルとイーディスはグリンヒル市のニューリーフ学院の学生で言えば「同学年」だが、いわゆる早生まれのイーディスは誕生日が来るのが遅いため、マルセルより一つ年下となる期間が長い。
 イーディスはマルセルのことを同年齢の親友として見ているが、一方のマルセルは、そうではなかった。今日でイーディスより先に20歳となったマルセルは、嬉々とした表情で自らのグラスへワインを注ぐ。
「ふっ、今日からワイン解禁だ! 俺はもう『大人』だからな!」
「はいはい、おめでとう。でも、ワインのお供がケーキなのはどうかと思うよ」
「うっ……こ、これはただのデザートだ。このとおり、チーズの盛り合わせも用意してある。貴殿も赤葡萄ジュースと共に食べてもいいのだぞ」
「気持ちはありがたいけれど、君も赤葡萄ジュースのままのほうがいい気がするんだよね。なんだか、嫌な予感しかしなくて」
「グラス一杯ならばさほど酔いはしないだろう。下戸であれば、この匂いだけで引っくり返っているはずだ」
「本当に大丈夫かなぁ……」
 ――かくして、イーディスの嫌な予感は当たった。グラス一杯のワインで見事に酔っ払ったマルセルは、ケーキを食べようと手にしたフォークを見事に取り落とし、それを拾おうと身を屈めた拍子にそのまま床へと転がり落ちる。
「もう……だから言ったのに。というか君、弱過ぎない?」
「うう……目が、回る……気持ち、悪い……」
「ちょっと、ここで吐かないでよ!? 今水を持ってくるから、なんとか耐えて!」
 慌ててキッチンへ水を汲みに行き、イーディスはすぐさまマルセルの元へと駆け付けた。床に突っ伏したまま動けなくなっているマルセルを抱き起こし、その口の中へ慎重に水を注ぎ込む。
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「……大丈夫? 立てる?」
「立て……ない。足に力が、入らない」
「しょうがないなぁ……ベッドまで運んであげるから、しっかり掴まってて」
 イーディスは自らの肩にマルセルの腕を回すと、その重みに苦労しつつゆっくりと立ち上がった。マルセルの背丈はイーディスよりわずかに低く体格も細身だが、彼は前線で剣を振るう騎士なだけあって、服越しに伝わってくる体の感触は、相応の筋肉がついていると推測される硬さだ。加えて至近距離で熱っぽく見つめられて変に意識してしまい、イーディスは思わず動揺する。
「その……そんなに熱心に、見つめないでくれる……?」
「……やはり貴殿は、近くで見ても綺麗だな。そして、とても良い匂いがする。もし貴殿が女性だったなら、俺はとっくに理性を失っていたかもしれない」
「私が君と同じ騎士且(か)つ男で良かったね。介抱してくれた女性に酔った勢いで無体を働いたなんてことが知られたら、君は即騎士団から追放されていたよ」
「……いや。男でも……」
「?」
 急に俯いて口ごもったマルセルに首を傾げたイーディスだったが、何かを振り切ったマルセルが自発的に歩き出したおかげで二人は難なくベッドへと辿り着き、マルセルは己(おのれ)のベッドに腰掛けた。肩を貸してくれたイーディスに短く礼を言うとイーディスは「どういたしまして。じゃあ、私は帰るね」と答え、ふわりと甘い匂いを残して去って行く。
「……危ないところだった……」
 一人きりになってからマルセルは、高鳴る胸を押さえながらぽつりと呟く。
「もう少し飲んでいたら完全に理性を失って、間違いを起こしてしまっていたかもしれない。気を付けなければ……」
 実は全てが好みのイーディスならば男でも構わないと思ってしまうあたり、かなりまずい。危険な思考を振り払うべくマルセルは立て続けに水を2杯飲んでからベッドへ突っ伏し、無理やり眠ることにしたのだった。
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