三騎士団副長、再びの集い
「――よし。書類仕事はいったんここまでにして、少し休憩を挟むとしようか」
赤騎士団副長(以下、赤副長)の言葉を聞いた途端、青騎士団副長(以下、青副長)がペンを手放し、はあ~、と盛大に息を吐き出した。彼は書類の山を隅に寄せると、机の上に崩れ落ちるようにして突っ伏す。
「はあ~、疲れた……やはり、こういう地味な作業は苦手だ……」
「あれでも君には私の半分以下の量しか回していないんだよ? 君だって副長なんだ、この程度で音 を上げていたら、マイクロトフ様に叱られてしまうよ」
「団長……ああ、団長にお会いしたい。あと半月以上もお帰りを待たなければならないなんて、俺はおかしくなってしまいそうです……」
青副長のマイクロトフへの思慕の念は凄まじい。マイクロトフがまだ一介の騎士だった頃から惚れ込み、彼の従騎士にと自ら志願したほどだ。ひたすらマイクロトフに尽くしそのまま青騎士団副長の地位に就いたわけだが、そのあまりの慕いっぷりに周囲の者、特に白騎士団の者たちからは「青騎士団長の犬」と揶揄され、それが現在進行形で続いている。彼の同期であり親友でもある赤副長からも呆れられている始末だ。
赤副長とてカミューを慕っていないわけではないが、冷静沈着な性格の彼はマイクロトフとカミューの仲を邪魔しないよう、常に一定の距離を保って接することを心掛けている。「マイクロトフへの愛が重過ぎる」青副長の良きブレーキ役でもあるのだ。
「まったく、君は本当にマイクロトフ様が大好き過ぎるよね。でも悲しいかな、あの方は昔からカミュー様一筋だからね。……いつか横取りしてやろうなんて考えてないだろうね?」
「まさか! 俺は団長をお慕いしてはいるが、恋愛感情を抱いているわけではない。ただただついていきたい、少しでもお力になりたい。それだけなのだ」
「ふうん? まあ青騎士団の人たちってみんな暑苦し……アツいからねえ。ああいう人だから一生ついていきたいって気持ちも分かるけども。うちのカミュー様も惚れるわけだよね」
「そう、誰もが惚れざるを得ない方なのだ! まず、第一に――」
あ、しまったこれは絶対長くなるやつだと得意げに胸を反らした青副長に赤副長がストップをかけようとしたその時、部屋の外から己 を呼ぶ声が聞こえ、赤副長は即座に「仕事モード」へと戻った。青副長も小さく咳払いをし、椅子の上で姿勢を正す。
「鍵は開いているよ。どうぞ」
「ありがとうございます。では、失礼して」
扉を開けて入ってきたのは、一人の若い赤騎士だった。彼は赤副長、青副長を交互に見遣ると、やや困惑気味に用件を述べる。
「どうしたんだい?」
「城門に、元白騎士団副長を名乗る男がおりまして。私は見覚えのない人物なのですが……」
「!」
元白騎士団副長(以下、白副長)。赤副長と青副長は顔を見合わせ、同時に立ち上がった。知らせに来た若い赤騎士はピンと来ていないようだが、赤副長と青副長にはどのような人物なのか、すぐに分かる。白騎士団長ゴルドーが治めていた頃のマチルダ騎士団が事実上の瓦解をしてから行方知れずとなっていた、あの男だ。
「白副長殿が! 行こう、赤副長殿!」
「知らせに来てくれてありがとう。彼の名を騙 る偽物でなければ、その人は我々の先輩にあたる方でね。顔を見れば本物かどうかすぐに分かるから、安心していいよ」
白副長が一般騎士の記憶にないのも無理はないと、赤副長は思う。当時存在していた白騎士団はナンバー2である白副長を差し置いてクラントという男がゴルドーの右腕を務め、その周囲にも取り巻きの白騎士たちが存在していて、物静かで控えめな性格の白副長の影は限りなく薄かった。クラントが白騎士団副長だと思っていた者も少なくなかったほどだ。
そんな白副長が約三年の時を経て、古巣をわざわざ訪ねて来たのだ。きっと積もる話があるのだろうと青副長に続いて赤副長も執務室を後にし、どこかうきうきとした様子の彼らを、若い赤騎士は未だ困惑の表情を浮かべたまま見送った。
赤副長と青副長が城門へ向かうと、質素な服に身を包んだ背の高い男が佇んでいた。間違いない、元白騎士団副長――白副長その人だ。
「白副長殿!」
「おお、青副長殿。相変わらず元気そうで何よりだ」
「白副長殿、お久しぶりです。またお会いできて良かった」
「赤副長殿も。ああ……久しぶりだな。あの時の混乱に乗じて退団してから、片田舎でひっそりと生きていたよ」
まずは互いの無事を喜び、三人でロックアックス城内へと入った。白副長を怪訝そうな顔で見つめてくる通りすがりの騎士たちには「この人は自分たちの旧友だ」と説明し、赤副長の提案で、彼の私室で話をすることにする。
「噂は聞いているよ。現在の騎士団長は青騎士団長殿で、副長を赤騎士団長殿が務めている、と」
「はい」
「それだけではない。お二人はデュナン統一戦争が終わった後に三年もの間グラスランドを旅し、帰ってきて間もなくご結婚までされたのだとか。まさか、そんなことになっていたとはな」
「外部にもしっかり広まってしまっているのですね。ちなみに、現在のお二人は新婚旅行中です。いらっしゃるのがあと半月早ければ、直接お祝いのお言葉を掛けられたかもしれませんね。あの方々のことですから、きっと喜んでくださったでしょう」
「それはどうかな。ただでさえ印象の薄かった俺の顔など覚えているかどうか」
苦笑する白副長に、それまで黙ってティーカップを傾けていた青副長がテーブルをばんと叩き、「何をおっしゃるのです!」と身を乗り出した。「ちょっと青副長殿、今唾が飛んできたよ」と眉を寄せる向かい側の赤副長のことなど気にも留めず、青副長はやや興奮気味に続ける。
「以前、カミュー様が団長に話しているところを聞きましたぞ。『白騎士団の副長殿は今の白騎士団には勿体ない人材だ、なんとかして引き抜けないものか』と。この話に対して団長も同感だ、とおっしゃっていて……つまり貴殿は、団長とカミュー様も認めるお方なのです。だから、もっとご自分に自信を持ってくだされ」
「そうなのか? だが今更そのようなことを言われてもな……このとおり俺は、もう騎士を引退した身だ。今はどこにでもいる、ただの一般人さ」
「俺もそれは勿体ないと思う人間の一人です。どうです、新しくなった騎士団に戻られるというのは?」
青副長から向けられる強い視線を、白副長はしばし無言で受け止める。だが彼はふっと息を吐き出すと、青副長と赤副長を交互に見遣ってから微かに首を横に振った。「戻る気はない」という意思表示だ。
「魅力的な誘いではあるのだがな。俺は、今の暮らしに満足しているのだ。ひっそりと生きるのが性に合っていると、再認識したのだよ」
「……現在は、どこでどのような暮らしを?」
赤副長の問いに、白副長は静かに答える。
「ミューズ市にほど近い小さな村で、気ままな一人暮らしさ。剣の腕が鈍 らぬよう、片手間に護衛の仕事を引き受けている程度だ。自己都合でマチルダ騎士団を辞めた手前、ミューズ市内にある実家に帰るわけにもいかない。家族には手紙で俺が無事であることと騎士団を辞めたことは伝えてあるが、職を失った30超えの男が家に戻るのも格好がつかないだろう」
「そうでしょうか。あなたのような方がご実家に戻られたら、ご家族も心強いのではないかと思うのですが」
「やめてくれ。俺はもう、何にも縛られずに生きると決めたのだ。幸い、手先は器用なほうだから――」
そう言って白副長は懐 から小さな袋を取り出し、赤副長と青副長に手渡した。「まだまだプロには遠く及ばないが、開けてみてくれ」と言われ、赤副長と青副長は袋の中身を取り出す。
「こ、これは……!」
「マチルダ騎士団のエンブレム……の、刺繍ですね。これは、あなたが?」
「ああ。刺繍や編み物は、昔からの趣味でな。騎士団にいた頃はよく女々しいなどと揶揄 われたが、今はそのようなことを言ってくる人間はいない。村人たちにも好評だよ」
「そうなのですか……手芸が趣味だったとは、意外ですな」
「私は意外には思わなかったけれどね。何はともあれ白副長殿が望んだ生き方が出来ているのなら、それで良いのでは? 一人静かに暮らしたいという気持ちも分かりますよ。騎士として生きることを選べば、否が応でも戦場へ駆り出されることになりますからね」
「まさしく。鳴かず飛ばずのまま戦場で散りたくないと思ったのも、騎士を辞めた理由の一つだ。若かりし頃は街に来ていた騎士に憧れて入団したものだが、俺は元来臆病者で、死ぬのが怖い。血を見るのも嫌いだ。こんな人間が再び騎士になるなど、とんだお笑い種だろう。だから三年前に青騎士団長殿が起こしたあの事件は、結果的に己の生き方を見つめ直すいい機会になったのさ。そもそもがゴルドー様のやり方に、まったく賛同できていなかったからな」
ふう、と息を吐き出して、白副長は少し冷めた紅茶を一気に飲み干した。「猫舌にはこれくらいの温度がちょうどいい」と言う白副長のティーカップへ、赤副長が再び紅茶を注ぐ。
「……白副長殿。団長と副長がお戻りになられたら、我々からそちらを訪ねてもよろしいでしょうか?」
「ああ。本当に何もない村だが、お前たちなら歓迎するよ。では帰ったらさっそく、団長殿と副長殿への結婚祝いの品の制作に取り掛かるとするか」
「これは大作になる予感がしますな! 俺も楽しみです」
「名案ですね。完成の暁には私どもが団長と副長に取り次ぎますので、ぜひロックアックスへいらして直接お渡しください。お二人はあなたのこともしっかり覚えておられると思いますので」
赤副長の言葉に白副長は顎に手を当ててふむ……と唸 り、思ったことをそのまま口にする。
「俺はお前たちに託すつもりでいたのだが、直接渡せと来たか。ゴルドー様の時代には考えられなかったことだな。少々不用心なのではないか?」
「あなただからですよ。騎士団と無関係の人間はこれまでどおり、不用意に近付けさせはしません。とはいえ団長も副長も気さくな方ですし新居も城下にあるものですから、城下の人々とは積極的に交流なさっているのですけれどね」
「なんと……既に新居まであるのか。騎士団は全力で、団長殿と副長殿をお支えしているのだな」
「むろん! 騎士団の誰もが団長とカミュー様の幸せを心から願っておりますからな! 今後も変わらずお支えしていく所存です」
純真な子供のようにきらきらと目を輝かせる青副長に、赤副長も静かに頷く。どうやら新生マチルダ騎士団は以前の騎士団のようにギスギスすることなく、うまくやれているようだ。白副長も我が事のように嬉しくなり、自然と顔を綻ばせた。

それからも三人はしばらく語り合い、気が付けばすっかり夕方近くになっていた。「もうこんな時間か。俺はそろそろ……」と席を立った白副長を見送るべく、赤副長と青副長も立ち上がる。
「街の出入り口まで一緒に行きましょう。いいよね? 青副長殿」
「もちろん! 俺も共に行きますぞ。実に有意義なひと時でしたな」
「すまないな、二人とも。俺は本当にいい後輩……友人を持ったものだ」
この街特有の坂と階段を下り続け、三人は街の出入り口へと辿り着いた。「ではまた、必ず会おう」と一度は去りかけた白副長だったが、何を思ったのか不意に足を止め、赤副長と青副長を振り返る。
「――ところで。お前たちは、どうなのだ?」
「?」
「どう、とは?」
「団長殿と副長殿がゴールインしたのだ。ならば次は、お前たちの番ではないかとな」
「えっ……?」
「はは、嫌だなあ。青副長殿と私は、ただの友人ですよ。そういう白副長殿こそ、いい人はいないんですか?」
「今はいないな。まあ、自然の流れに身を任せるとするよ。――ではな。もしお前たちが互いに運命を感じたその時は、ぜひ俺にも後押しさせてくれ」
再び背を向け、軽く手を挙げて去って行く白副長を、青副長は茫然と、赤副長は複雑な思いで見つめる。
「……」
「……応援、されてしまったね……?」
「応援されたところで貴殿は友人であって、決してそのような仲では……」
「だよね。君もそう思ってくれていて良かった。……よく『30までに結婚していなかったら云々 』って言うけれど、私たち、タイムリミットまであと2年しかないんだよね。それまでに、女性のパートナーは見つかると思う?」
「……見つからないと思う」
「だよね~。……私は今の仕事が気に入っているし君との関係も心地良くて好きだから、このままでいいかなと思ってる。仕事と友人関係が充実し過ぎているというのも、考えものなのかもしれないね」
「……」
「……さ、もうこの話はやめよう! 団長と副長が帰って来るまでまだ日があるんだから、やらなければいけないことは山積みだよ」
くるりと踵 を返して街中へと戻って行った赤副長の後を、青副長が「そ、そうだな!」と返して慌てて追う。通りを行き交う人々へにこやかに挨拶をしつつ、赤副長と青副長は心の内で互いへ抱いている感情を今一度「親友である」と結論付け、今後も良き友人として付き合って行こうと改めて誓ったのだった。
――これは「夫夫」となった現騎士団長マイクロトフと現騎士団副長カミューが新婚旅行からロックアックスへ帰還するまでの間に起こった、赤・青騎士団副長と元白騎士団副長たちのささやかなお話。
赤騎士団副長(以下、赤副長)の言葉を聞いた途端、青騎士団副長(以下、青副長)がペンを手放し、はあ~、と盛大に息を吐き出した。彼は書類の山を隅に寄せると、机の上に崩れ落ちるようにして突っ伏す。
「はあ~、疲れた……やはり、こういう地味な作業は苦手だ……」
「あれでも君には私の半分以下の量しか回していないんだよ? 君だって副長なんだ、この程度で
「団長……ああ、団長にお会いしたい。あと半月以上もお帰りを待たなければならないなんて、俺はおかしくなってしまいそうです……」
青副長のマイクロトフへの思慕の念は凄まじい。マイクロトフがまだ一介の騎士だった頃から惚れ込み、彼の従騎士にと自ら志願したほどだ。ひたすらマイクロトフに尽くしそのまま青騎士団副長の地位に就いたわけだが、そのあまりの慕いっぷりに周囲の者、特に白騎士団の者たちからは「青騎士団長の犬」と揶揄され、それが現在進行形で続いている。彼の同期であり親友でもある赤副長からも呆れられている始末だ。
赤副長とてカミューを慕っていないわけではないが、冷静沈着な性格の彼はマイクロトフとカミューの仲を邪魔しないよう、常に一定の距離を保って接することを心掛けている。「マイクロトフへの愛が重過ぎる」青副長の良きブレーキ役でもあるのだ。
「まったく、君は本当にマイクロトフ様が大好き過ぎるよね。でも悲しいかな、あの方は昔からカミュー様一筋だからね。……いつか横取りしてやろうなんて考えてないだろうね?」
「まさか! 俺は団長をお慕いしてはいるが、恋愛感情を抱いているわけではない。ただただついていきたい、少しでもお力になりたい。それだけなのだ」
「ふうん? まあ青騎士団の人たちってみんな暑苦し……アツいからねえ。ああいう人だから一生ついていきたいって気持ちも分かるけども。うちのカミュー様も惚れるわけだよね」
「そう、誰もが惚れざるを得ない方なのだ! まず、第一に――」
あ、しまったこれは絶対長くなるやつだと得意げに胸を反らした青副長に赤副長がストップをかけようとしたその時、部屋の外から
「鍵は開いているよ。どうぞ」
「ありがとうございます。では、失礼して」
扉を開けて入ってきたのは、一人の若い赤騎士だった。彼は赤副長、青副長を交互に見遣ると、やや困惑気味に用件を述べる。
「どうしたんだい?」
「城門に、元白騎士団副長を名乗る男がおりまして。私は見覚えのない人物なのですが……」
「!」
元白騎士団副長(以下、白副長)。赤副長と青副長は顔を見合わせ、同時に立ち上がった。知らせに来た若い赤騎士はピンと来ていないようだが、赤副長と青副長にはどのような人物なのか、すぐに分かる。白騎士団長ゴルドーが治めていた頃のマチルダ騎士団が事実上の瓦解をしてから行方知れずとなっていた、あの男だ。
「白副長殿が! 行こう、赤副長殿!」
「知らせに来てくれてありがとう。彼の名を
白副長が一般騎士の記憶にないのも無理はないと、赤副長は思う。当時存在していた白騎士団はナンバー2である白副長を差し置いてクラントという男がゴルドーの右腕を務め、その周囲にも取り巻きの白騎士たちが存在していて、物静かで控えめな性格の白副長の影は限りなく薄かった。クラントが白騎士団副長だと思っていた者も少なくなかったほどだ。
そんな白副長が約三年の時を経て、古巣をわざわざ訪ねて来たのだ。きっと積もる話があるのだろうと青副長に続いて赤副長も執務室を後にし、どこかうきうきとした様子の彼らを、若い赤騎士は未だ困惑の表情を浮かべたまま見送った。
赤副長と青副長が城門へ向かうと、質素な服に身を包んだ背の高い男が佇んでいた。間違いない、元白騎士団副長――白副長その人だ。
「白副長殿!」
「おお、青副長殿。相変わらず元気そうで何よりだ」
「白副長殿、お久しぶりです。またお会いできて良かった」
「赤副長殿も。ああ……久しぶりだな。あの時の混乱に乗じて退団してから、片田舎でひっそりと生きていたよ」
まずは互いの無事を喜び、三人でロックアックス城内へと入った。白副長を怪訝そうな顔で見つめてくる通りすがりの騎士たちには「この人は自分たちの旧友だ」と説明し、赤副長の提案で、彼の私室で話をすることにする。
「噂は聞いているよ。現在の騎士団長は青騎士団長殿で、副長を赤騎士団長殿が務めている、と」
「はい」
「それだけではない。お二人はデュナン統一戦争が終わった後に三年もの間グラスランドを旅し、帰ってきて間もなくご結婚までされたのだとか。まさか、そんなことになっていたとはな」
「外部にもしっかり広まってしまっているのですね。ちなみに、現在のお二人は新婚旅行中です。いらっしゃるのがあと半月早ければ、直接お祝いのお言葉を掛けられたかもしれませんね。あの方々のことですから、きっと喜んでくださったでしょう」
「それはどうかな。ただでさえ印象の薄かった俺の顔など覚えているかどうか」
苦笑する白副長に、それまで黙ってティーカップを傾けていた青副長がテーブルをばんと叩き、「何をおっしゃるのです!」と身を乗り出した。「ちょっと青副長殿、今唾が飛んできたよ」と眉を寄せる向かい側の赤副長のことなど気にも留めず、青副長はやや興奮気味に続ける。
「以前、カミュー様が団長に話しているところを聞きましたぞ。『白騎士団の副長殿は今の白騎士団には勿体ない人材だ、なんとかして引き抜けないものか』と。この話に対して団長も同感だ、とおっしゃっていて……つまり貴殿は、団長とカミュー様も認めるお方なのです。だから、もっとご自分に自信を持ってくだされ」
「そうなのか? だが今更そのようなことを言われてもな……このとおり俺は、もう騎士を引退した身だ。今はどこにでもいる、ただの一般人さ」
「俺もそれは勿体ないと思う人間の一人です。どうです、新しくなった騎士団に戻られるというのは?」
青副長から向けられる強い視線を、白副長はしばし無言で受け止める。だが彼はふっと息を吐き出すと、青副長と赤副長を交互に見遣ってから微かに首を横に振った。「戻る気はない」という意思表示だ。
「魅力的な誘いではあるのだがな。俺は、今の暮らしに満足しているのだ。ひっそりと生きるのが性に合っていると、再認識したのだよ」
「……現在は、どこでどのような暮らしを?」
赤副長の問いに、白副長は静かに答える。
「ミューズ市にほど近い小さな村で、気ままな一人暮らしさ。剣の腕が
「そうでしょうか。あなたのような方がご実家に戻られたら、ご家族も心強いのではないかと思うのですが」
「やめてくれ。俺はもう、何にも縛られずに生きると決めたのだ。幸い、手先は器用なほうだから――」
そう言って白副長は
「こ、これは……!」
「マチルダ騎士団のエンブレム……の、刺繍ですね。これは、あなたが?」
「ああ。刺繍や編み物は、昔からの趣味でな。騎士団にいた頃はよく女々しいなどと
「そうなのですか……手芸が趣味だったとは、意外ですな」
「私は意外には思わなかったけれどね。何はともあれ白副長殿が望んだ生き方が出来ているのなら、それで良いのでは? 一人静かに暮らしたいという気持ちも分かりますよ。騎士として生きることを選べば、否が応でも戦場へ駆り出されることになりますからね」
「まさしく。鳴かず飛ばずのまま戦場で散りたくないと思ったのも、騎士を辞めた理由の一つだ。若かりし頃は街に来ていた騎士に憧れて入団したものだが、俺は元来臆病者で、死ぬのが怖い。血を見るのも嫌いだ。こんな人間が再び騎士になるなど、とんだお笑い種だろう。だから三年前に青騎士団長殿が起こしたあの事件は、結果的に己の生き方を見つめ直すいい機会になったのさ。そもそもがゴルドー様のやり方に、まったく賛同できていなかったからな」
ふう、と息を吐き出して、白副長は少し冷めた紅茶を一気に飲み干した。「猫舌にはこれくらいの温度がちょうどいい」と言う白副長のティーカップへ、赤副長が再び紅茶を注ぐ。
「……白副長殿。団長と副長がお戻りになられたら、我々からそちらを訪ねてもよろしいでしょうか?」
「ああ。本当に何もない村だが、お前たちなら歓迎するよ。では帰ったらさっそく、団長殿と副長殿への結婚祝いの品の制作に取り掛かるとするか」
「これは大作になる予感がしますな! 俺も楽しみです」
「名案ですね。完成の暁には私どもが団長と副長に取り次ぎますので、ぜひロックアックスへいらして直接お渡しください。お二人はあなたのこともしっかり覚えておられると思いますので」
赤副長の言葉に白副長は顎に手を当ててふむ……と
「俺はお前たちに託すつもりでいたのだが、直接渡せと来たか。ゴルドー様の時代には考えられなかったことだな。少々不用心なのではないか?」
「あなただからですよ。騎士団と無関係の人間はこれまでどおり、不用意に近付けさせはしません。とはいえ団長も副長も気さくな方ですし新居も城下にあるものですから、城下の人々とは積極的に交流なさっているのですけれどね」
「なんと……既に新居まであるのか。騎士団は全力で、団長殿と副長殿をお支えしているのだな」
「むろん! 騎士団の誰もが団長とカミュー様の幸せを心から願っておりますからな! 今後も変わらずお支えしていく所存です」
純真な子供のようにきらきらと目を輝かせる青副長に、赤副長も静かに頷く。どうやら新生マチルダ騎士団は以前の騎士団のようにギスギスすることなく、うまくやれているようだ。白副長も我が事のように嬉しくなり、自然と顔を綻ばせた。

それからも三人はしばらく語り合い、気が付けばすっかり夕方近くになっていた。「もうこんな時間か。俺はそろそろ……」と席を立った白副長を見送るべく、赤副長と青副長も立ち上がる。
「街の出入り口まで一緒に行きましょう。いいよね? 青副長殿」
「もちろん! 俺も共に行きますぞ。実に有意義なひと時でしたな」
「すまないな、二人とも。俺は本当にいい後輩……友人を持ったものだ」
この街特有の坂と階段を下り続け、三人は街の出入り口へと辿り着いた。「ではまた、必ず会おう」と一度は去りかけた白副長だったが、何を思ったのか不意に足を止め、赤副長と青副長を振り返る。
「――ところで。お前たちは、どうなのだ?」
「?」
「どう、とは?」
「団長殿と副長殿がゴールインしたのだ。ならば次は、お前たちの番ではないかとな」
「えっ……?」
「はは、嫌だなあ。青副長殿と私は、ただの友人ですよ。そういう白副長殿こそ、いい人はいないんですか?」
「今はいないな。まあ、自然の流れに身を任せるとするよ。――ではな。もしお前たちが互いに運命を感じたその時は、ぜひ俺にも後押しさせてくれ」
再び背を向け、軽く手を挙げて去って行く白副長を、青副長は茫然と、赤副長は複雑な思いで見つめる。
「……」
「……応援、されてしまったね……?」
「応援されたところで貴殿は友人であって、決してそのような仲では……」
「だよね。君もそう思ってくれていて良かった。……よく『30までに結婚していなかったら
「……見つからないと思う」
「だよね~。……私は今の仕事が気に入っているし君との関係も心地良くて好きだから、このままでいいかなと思ってる。仕事と友人関係が充実し過ぎているというのも、考えものなのかもしれないね」
「……」
「……さ、もうこの話はやめよう! 団長と副長が帰って来るまでまだ日があるんだから、やらなければいけないことは山積みだよ」
くるりと
――これは「夫夫」となった現騎士団長マイクロトフと現騎士団副長カミューが新婚旅行からロックアックスへ帰還するまでの間に起こった、赤・青騎士団副長と元白騎士団副長たちのささやかなお話。
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