罰と魂

 ――ああ、まただ。この先に、誰かの〝影〟がうずくまっている。
 紋章の記憶は、どこまでも残酷だ。宿主の命を削るだけでなく、命を落としていったかつての宿主たちの深い悲しみや無念さを、現在の宿主に見せるのだ。
 誰もが、死してもなお紋章の呪縛から逃れられないことを嘆き、『解放』を求めて現れる。何の力も持たないかつての宿主たちを『解放』するのは、現宿主の役目。それがまったく知らない者であっても、よく知る者であっても、『解放』された過去の宿主たちは皆、安らかな言葉をのこして永遠の眠りにつくのだ。そして紋章は力を増し、現宿主の命はさらに削られて行く。

「……誰かと思ったら。カイか」
 不意に後ろから声を掛けられ、甲板で夜風に当たっていたカイは、やや気怠そうに振り返った。常ならば強い光を宿した碧眼には力がなく、動作の一つ一つもぎこちない。
 カイから少し離れた所に立っている声の主は、仲間の一人であるテッドだった。彼もカイと同じように『真の紋章』をその身に宿し、百年以上に渡って不老の呪いを受けている。
 紋章がもたらす不幸から、普段は他人を寄せつけないようにしているテッドだが、自分を救ってくれた恩人であり、同じ真の紋章を宿す者として、カイにはいくらか心を許しているようだった。懸命に無愛想を決め込んではいるものの、ときおり本来の性格が出てしまうこともあり、そのたびに後悔を繰り返しているのだが。
「……テッドも風に当たりに来たの?」
 予想外の掠れ声に、テッドは眉をひそめた。その声からカイがひどく消耗しているのは明らかだが、生真面目なカイの性格からするに、明日も普段どおりの生活を送るだろう。お節介だとは思いつつも、つい口を出してしまう。
「お前、休むって言葉を知らないのか? リーダーが万全じゃなかったら、周りも迷惑するんだ。こんな所でボーッとしてないで、さっさと寝ろよ」
「大丈夫、すぐに戻るから。……僕、ここにいたら邪魔?」
「ああ、邪魔だね。……すぐ戻るんだろ。それまで待っててやるから早くしろよな」
「ごめん、じゃあ戻る」
 素直に戻ろうと身を翻して歩き出すカイだったが、二、三歩足を踏み出したところで、その体が大きく傾いだ。低く呻いてその場にくずおれるカイに、テッドは咄嗟に走り寄る。
「だから、こんな所にいないで早く寝ろって言っただろ、このバカ! ――ッ!? ……お前、体が……」
 冷たい。生きているとは思えないほどに。
 下から担ぐようにして支えたカイの体重が肩にかかり、テッドは歯を食いしばった。お世辞にも腕力に自信があるとは言えず、体格もカイのほうが確実に勝っている。軽い木の弓を武器にしているテッドには、人一人を支えるのは無謀だ。
 しかし、今はそんなことも言っていられない。懸命に踏みとどまって、テッドはカイの腕を自分の首に回した。彼の耳元で、カイが弱々しく謝る。
「……ごめん。ここまで力が入らないなんて、初めてで。またみんなに迷惑をかけてしまう……」
「お前、ほんっとにバカだな! みんなじゃなくて、今は自分の心配をしろよ! このままじゃ死ぬかもしれないんだぞ!? 迷惑かけたくないって思うんならとにかく休んで、元通りの元気な姿を見せるのがリーダーってもんだろ!」
「……そう、だね。またテッドに怒られちゃったな……」
 目を細めて囁くように呟くカイの横顔から、我に返ったテッドは慌てて目を逸らした。「また怒られた」と言われるほど、俺は口を出していたか? ……思い返してみると、決して少ないとは言えないかもしれない。真面目であまり多くを語らない性格ゆえに、何でも一人で抱え込んでしまうカイが危なっかしくて、いつも見ていられなくなってしまうのだ。
 カイと知り合ってから、テッドは口数が多くなった。口をついて出るのは文句や憎まれ口ばかりだが、それでも、カイが離れて行くことはなかった。毎日必ず一度は顔を出しに来て、テッドが見ていない所では、彼をよく思っていない者たちに代わりに謝り、彼には複雑な事情があってそうせざるを得ないということを言って聞かせていたらしい。
 この話をカイの友人から聞いたのは、つい最近のこと。リーダーという立場にありながら自分一人のために奔走している少年に、さすがに罪悪感を覚えずにはいられなかった。その場では「知ったことか」と、またもや憎まれ口を叩いてしまったのだが。
 足を引き摺りながら、二人はカイの部屋へと向かう。が、やはり文句を言わずにはいられない。
「……こう見えても、俺はお前より長く生きてるんだ。年長者の忠告をちゃんと聞き入れるのも、リーダーの務めだぞ」
「……うん。テッドは、僕の先輩だからね……」
「すぐに働こうなんて思うな。一人でまともに歩けるようになるまでおとなしくしてろ。俺が手を貸してやるのも今日限りだ、分かったな」
「……分かってる。でも……ひとつだけ、お願いしていいかな……?」
「?」
 ようやく部屋の扉の前に辿り着いたところで、足を止める。――カイのお願いとは。
「……時々でいいから、僕が寝ている間……そばにいてほしいんだ。もし僕がうなされたら、〝こちら側〟に引き戻してほしい」
「……俺が?」
「こんなこと、君にしか頼めないよ。勝手で悪いけど……お願い」
「何、ガキみたいなこと――ゴホン。……本当に時々、だからな」
「……ありがとう」
 再び逸らされたテッドの横顔が、明らかに紅潮している。耳まで真っ赤だ。
 (――ありがとう)
 その横顔へ、カイは心の中でもう一度、感謝の言葉を述べたのだった。
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