First contact ~Kai&Ted&Aldo~
思えば、不思議な出会いだった。外界との関わりを一切絶っていた少年を乗せた異次元の船が一隻の巨大船と接触し、そこから乗り込んできた〝外界の少年〟と彼の仲間たちに惹かれるように、外界を拒んでいた少年は〝人が在るべき世界〟へと導かれた。
その身に『真なる紋章』の一つを宿す少年の名は、カイ。同じ境遇でありながら逃げも隠れもしない彼の存在は、百年以上前に滅ぼされた故郷の村から託された紋章を手放そうとしてしまった己 の心に、深く刻みつけられることになった。
「君の部屋はここ。……何か不都合なことがあったら、遠慮なく言って。できる限り対処するから」
カイは、オベル王国で極秘裏に造られていた巨大船『グラン・ブルー号』を本拠地とする『カーマイン軍』のリーダーであり、真なる紋章の一つである『罰の紋章』の持ち主だった。どうやら、かなりの面倒事に巻き込まれたらしい。
異次元の船から連れ出した少年に部屋を提供すべく、カイはてきぱきと体を動かしながら続けた。
「ここの案内は明日にしようか。今日はとにかく、体を休めたほうがいい。……あ、お腹空いてない? あの船には、食べるものってなかったよね?」
「今はいい。明日になったら適当に何か食うよ。今日はもう寝かせてくれ」
「分かった。じゃあ明日の朝にまた来る。――これでいくらかすっきりしたかな。それじゃおやすみ、テッド君」
軽く手を上げて部屋を出て行くカイの背中を見送ると、「テッド君」と呼ばれた少年は、大きく溜め息を吐いて質素なベッドに座り込んだ。そしてそのまま、両手を広げて仰向けに寝転がる。
――あんな目をした奴に会ったのは初めてだ。
喋り方は淡々としていて、いかにも生真面目そうで、とにかく真剣な表情で見つめてくる。ガラス玉みたいに透き通った目であんなふうに見つめられたら嘘なんてつけそうにないし、そっと胸の中にしまい込んでいることも洗いざらい吐いてしまいそうだ。滅多に他人に語ることのない、己の過去までも。
澄んだ青空を映した海のような瞳から目が離せなくて、差し伸べられた手を取った。その手は温かくて力強く、異次元の船に閉じこもっていたままでは決して味わうことのできなかった、確かな存在感があった。やや控えめながらも凛とした響きを持つ中性的な声は、耳に心地良い。
(……150年も生きてれば、たまにはああいう不思議な奴にも会うよな。まあ、借りを作っちまったのは確かだし……少しなら協力してやってもいいか)
目を閉じてもあの碧眼に見つめられているような気がして、なんとなく落ち着かない。そんな自分に少しばかり苛 つきながらも、いつしかテッドは久方ぶりのベッドの上で心地良い眠りに落ちていった。
よほど眠りが深かったのだろう、夢を見た記憶がない。部屋の外から聞こえてくる話し声や足音で、テッドは目を覚ました。ぐっすり眠ったつもりでも疲れは取れきっていないらしく、体が鉛のように重く感じられて、すぐに起き上がることができない。
苦労しながら身を起こしてしばらくも経たないうちに、扉を叩く音が聞こえた。そして、
「おはよう、テッド君。もう起きてる?」
朝から『カーマイン軍』を率いるリーダー・カイのよく通る声。この様子だと、起きてからかなり経っていそうだ。やはりリーダーという身分上、早起きなのだろうか。
「……もう少し寝かせてくれたっていいだろ」
思わず文句を言うと、
「ごめん、午後からは予定が入ってるんだ。とりあえず開けてくれないか? 船内の案内が終わったら、また寝てもいいから」
こう返されて、渋々扉へと向かう。
不機嫌そうな表情で部屋の扉を開けたテッドの前には、きっちりと身支度を整えたカイが立っていた。相変わらず澄んだ瞳でテッドの顔を見つめた後、その視線が少し上へと逸らされ――
「……すごい寝癖」
「!!」
カイに真顔で指摘されたテッドは頭を押さえ、物凄い勢いで後退った。一気に赤面した少年を気遣ってか、カイは部屋の扉を半分だけ閉める。
「……本当に起きたばかりだったんだね。ましてや君は昨日、あの不思議な船から抜け出したばかりだったし……」
「……身支度、済ませるから。外で待っててくんねえ?」
「うん、分かった。……ああ、それと……案内、一人増えたんだ」
「はあ?」
顔を顰 めるテッドに、カイは淡々と続ける。
「アルドっていう人が、どうしても君と話してみたいんだって。昨日から気にしていたらしくてね」
「……」
「君と同じく弓を使う人だし、気が合うんじゃないかな。優しくていい人だよ。……じゃあ、僕は外で待ってるから」
昨日と同じように軽く手を上げて、カイが部屋を出て行く。部屋の扉が完全に閉まったことを確認してから、テッドは思わず小声で呟いた。
「……放っておいてくれって言ったのに。何のつもりだよ、あいつ」
アルドという人物は、長い髪を高い位置で一つに結んだ長身の青年だった。テッドを見るなり背筋を伸ばし、ぺこりと頭を下げて挨拶する。
「初めまして、テッド君。僕はアルドっていうんだ。カイさんには迷子になっていた所を助けてもらって、いつもお世話になってる。今から一緒に船の中を見て回るって聞いて、僕も同行したいってお願いしたんだ。びっくりさせちゃって、ごめんね」
柔らかい笑みを浮かべて、アルドが手を差し出してくる。握手は、挨拶の基本の一つだ。
だが、その手が握り返されることはなかった。テッドは目を逸らし、二人に背を向けて階段のあるほうへと歩き出す。
「あっ!? あのっ……!」
――こうなるとは思ってたけど。慌てふためくアルドに、カイは短く溜め息を吐いた。自分にさえ心を開いてくれないのだ。初対面の人間と、上手く接することができるわけがない。
「……彼、僕と同じように真の紋章を持っているんだ。その紋章のせいでつらい思いをたくさんしてきたみたいで、それで……」
「……」
沈痛な面持ちでテッドの背を見つめるアルドの横を、カイが通り過ぎる。振り返りもせずに歩いて行ってしまうテッドの後を追いながら、二人は続けた。
「慣れるまで少し時間がかかると思うけど……良かったら、友達になってあげてくれないかな? 彼は一人でいるのが好きなんじゃなくて、無理に人を遠ざけてるんじゃないかって思うんだ」
「もちろん! 僕で良かったら。せっかく何かの縁で出会えたのに、仲良くできないなんて寂しいよね」
「うん。……あ、テッド君待って! そっちじゃないよー」
カイの案内のもと、テッドとアルドの二人は、行く先々で人々に声をかけられながら『グラン・ブルー号』の中を歩き回った。リーダーという身分上、カイがしばらく足を止めざるを得なくなった時は、アルドが進んで話し相手を務める。
「さすが、人気者だねカイさんって。若いのに凄いなぁ……たくさん苦労しているはずなのに、いつもしっかりしてる。だから僕も、できる限り力になりたいと思うんだ」
「……」
「あっ、見て見てテッド君! 海から顔を出してるあの人、人魚なんだって。顔の横のヒレ? って言うのかな……すごく綺麗だよね。足も同じくらい綺麗な色をしてるんだよ。この船では、一番下の階でアクセサリーのお店を開いているんだ。今度、一緒に行こうよ」
「……(いちいち引っかかるなよ。午後から予定が入ってるとか言ってたクセに)」
「それで、あそこを歩いてる猫みたいな人は、ネイ島に住んでるネコボルトっていう種族の人らしいよ。……ネイ島、僕も行ってみたいなぁ……ね、テッド君」
「……(いちいちうるせえな……うっとうしい)」
「あとね、釣りができる場所もあるんだ。この前釣った魚をご馳走になったことがあるんだけど、新鮮でとっても美味しかったよ。生の魚を食べるのって初めてだったんだけど、あれはオススメだな。もし良かったら、テッド君も食べてみて。白いご飯と一緒に食べると、もっと美味しいよ」
テッドの苛々が限界間近にまで達した頃、ようやくカイが戻ってきた。わざとらしいまでにそっぽを向き、すっかり眉間に皺が寄ってしまっている少年に、『カーマイン軍』のリーダーは、肩を竦めて謝る。
「……ごめん、なるべく手短に済ませたつもりなんだけど。人が多い分、あちこちで問題が起きてるみたいで」
「本当にな。どれだけ待たせたら気が済むんだよ」
「お疲れ様、カイさん」
文句を言うテッドの横で、アルドが労いの言葉をかけた。これにはさすがのテッドも気まずくなり、俯いて口を噤 んでしまう。そんな少年を励ますように、カイは続けた。
「今日は簡単な巡回だけだから、気になる部屋があったら行ってみて。ちょっと変な……いや、個性的な部屋もあるけど、悪いことはされないと思うよ」
「思う、って……確実に安全とは言えないってことかよ」
「あの、テッド君。もし一人で不安だったら、僕も一緒に……」
「ガキじゃないんだから、一人でいい。放っておいてくれ」
「時間が空いたら、また来るから。その時に案内するよ。……次は第三甲板に行こう。施設街にある食べ物のお店がね――」
数々の美味しそうな食べ物の名前を聞いて、テッドの腹が小さく鳴る。小さな窓から外を覗けば、太陽はかなり高い位置にある。道理で、先ほどから眩暈がするわけだ。
(……あの船にいた間、食事を摂ってなかったからな。真の紋章を宿していても、人間であることに変わりはないのか……)
「テッド君、大丈夫? 顔色が良くないよ」
「うるさいな! いいから先に行ってろよ!」
心配そうに覗き込んでくるアルドに、ただでさえ苛ついていたのもあって思わず怒鳴ってしまう。眩暈の理由は、空腹だけではないようだ。
施設街でも注目を浴び、あちこちから声をかけられたために落ち着いて食事を摂ることができなかったテッドの機嫌は、ますます悪くなっていった。途中で席を立ったテッドに気を遣い、カイとアルドも残った食事を手早くまとめて席を立つ。
今は廃墟と化したイルヤ島に住んでいた夫婦自慢のまんじゅうを袋いっぱいに抱えたカイが、その中から三つほどをテッドに手渡した。黙って受け取りはしたものの、テッドは相変わらず無言だ。
「……疲れた? これ以上無理そうだったら、また明日にする?」
「……今日はもういい。あとは適当に散策しておくよ」
「じゃあ、部屋まで送るね。アルドさんはどうする?」
「この船は広いから、隅々まで歩く時は地図がいるんじゃないかな。……確か図書室に、地図をくれる人がいるんだ。ちょうどまた本を読みたいと思っていた所だし、あとで僕が取ってくるよ」
「ありがとう。お願いします」
三人で第四甲板まで戻り、アルドとは途中で別れた。テッドの部屋の前で、カイも別れようとした――のだが。
「……何なんだよ、あのアルドって奴」
「え?」
「テッド君、テッド君ってしつこいんだよ! うっとうしい。これからあいつが一緒にいる時は、俺を呼ぶなよ。もううんざりだ」
「でも、テッド君。彼は……」
「お前も! あいつと同じ呼び方はやめろよ! 仮にもリーダーなんだろ、堂々と呼び捨てしたらどうなんだよ」
「……君は、そのほうがいいの?」
「リーダーのクセして、そんなに遠慮深かったらナメられるぞ。ただでさえ若いんだから、年上の連中も従わせるくらいじゃなきゃ……って、なんで俺がこんなこと言わなきゃなんないんだ。――とにかく! 〝君〟付けはやめろ。じゃあな」
「う、うん。ありがとう、テッドく……テッド」
扉が、少々乱暴に閉められる。おそらくこれは、照れ隠しだろう。
(……やっぱり悪い人じゃない)
なんだか嬉しくなって、カイの口元がわずかに綻ぶ。
部屋の中では、うっかりお節介を焼いてしまったテッドが口を押さえて頬を染め、小さく舌打ちしていたのだった。
この後――第一甲板通路に設置されている目安箱には、テッドのアルドに対する文句の手紙と、アルドのテッドを心配する手紙が投函されていた。
また、テッドの「助言」を真摯に受け止めたカイが彼を「テッド」と呼ぶようになったのは、この日からである。
その身に『真なる紋章』の一つを宿す少年の名は、カイ。同じ境遇でありながら逃げも隠れもしない彼の存在は、百年以上前に滅ぼされた故郷の村から託された紋章を手放そうとしてしまった
「君の部屋はここ。……何か不都合なことがあったら、遠慮なく言って。できる限り対処するから」
カイは、オベル王国で極秘裏に造られていた巨大船『グラン・ブルー号』を本拠地とする『カーマイン軍』のリーダーであり、真なる紋章の一つである『罰の紋章』の持ち主だった。どうやら、かなりの面倒事に巻き込まれたらしい。
異次元の船から連れ出した少年に部屋を提供すべく、カイはてきぱきと体を動かしながら続けた。
「ここの案内は明日にしようか。今日はとにかく、体を休めたほうがいい。……あ、お腹空いてない? あの船には、食べるものってなかったよね?」
「今はいい。明日になったら適当に何か食うよ。今日はもう寝かせてくれ」
「分かった。じゃあ明日の朝にまた来る。――これでいくらかすっきりしたかな。それじゃおやすみ、テッド君」
軽く手を上げて部屋を出て行くカイの背中を見送ると、「テッド君」と呼ばれた少年は、大きく溜め息を吐いて質素なベッドに座り込んだ。そしてそのまま、両手を広げて仰向けに寝転がる。
――あんな目をした奴に会ったのは初めてだ。
喋り方は淡々としていて、いかにも生真面目そうで、とにかく真剣な表情で見つめてくる。ガラス玉みたいに透き通った目であんなふうに見つめられたら嘘なんてつけそうにないし、そっと胸の中にしまい込んでいることも洗いざらい吐いてしまいそうだ。滅多に他人に語ることのない、己の過去までも。
澄んだ青空を映した海のような瞳から目が離せなくて、差し伸べられた手を取った。その手は温かくて力強く、異次元の船に閉じこもっていたままでは決して味わうことのできなかった、確かな存在感があった。やや控えめながらも凛とした響きを持つ中性的な声は、耳に心地良い。
(……150年も生きてれば、たまにはああいう不思議な奴にも会うよな。まあ、借りを作っちまったのは確かだし……少しなら協力してやってもいいか)
目を閉じてもあの碧眼に見つめられているような気がして、なんとなく落ち着かない。そんな自分に少しばかり
よほど眠りが深かったのだろう、夢を見た記憶がない。部屋の外から聞こえてくる話し声や足音で、テッドは目を覚ました。ぐっすり眠ったつもりでも疲れは取れきっていないらしく、体が鉛のように重く感じられて、すぐに起き上がることができない。
苦労しながら身を起こしてしばらくも経たないうちに、扉を叩く音が聞こえた。そして、
「おはよう、テッド君。もう起きてる?」
朝から『カーマイン軍』を率いるリーダー・カイのよく通る声。この様子だと、起きてからかなり経っていそうだ。やはりリーダーという身分上、早起きなのだろうか。
「……もう少し寝かせてくれたっていいだろ」
思わず文句を言うと、
「ごめん、午後からは予定が入ってるんだ。とりあえず開けてくれないか? 船内の案内が終わったら、また寝てもいいから」
こう返されて、渋々扉へと向かう。
不機嫌そうな表情で部屋の扉を開けたテッドの前には、きっちりと身支度を整えたカイが立っていた。相変わらず澄んだ瞳でテッドの顔を見つめた後、その視線が少し上へと逸らされ――
「……すごい寝癖」
「!!」
カイに真顔で指摘されたテッドは頭を押さえ、物凄い勢いで後退った。一気に赤面した少年を気遣ってか、カイは部屋の扉を半分だけ閉める。
「……本当に起きたばかりだったんだね。ましてや君は昨日、あの不思議な船から抜け出したばかりだったし……」
「……身支度、済ませるから。外で待っててくんねえ?」
「うん、分かった。……ああ、それと……案内、一人増えたんだ」
「はあ?」
顔を
「アルドっていう人が、どうしても君と話してみたいんだって。昨日から気にしていたらしくてね」
「……」
「君と同じく弓を使う人だし、気が合うんじゃないかな。優しくていい人だよ。……じゃあ、僕は外で待ってるから」
昨日と同じように軽く手を上げて、カイが部屋を出て行く。部屋の扉が完全に閉まったことを確認してから、テッドは思わず小声で呟いた。
「……放っておいてくれって言ったのに。何のつもりだよ、あいつ」
アルドという人物は、長い髪を高い位置で一つに結んだ長身の青年だった。テッドを見るなり背筋を伸ばし、ぺこりと頭を下げて挨拶する。
「初めまして、テッド君。僕はアルドっていうんだ。カイさんには迷子になっていた所を助けてもらって、いつもお世話になってる。今から一緒に船の中を見て回るって聞いて、僕も同行したいってお願いしたんだ。びっくりさせちゃって、ごめんね」
柔らかい笑みを浮かべて、アルドが手を差し出してくる。握手は、挨拶の基本の一つだ。
だが、その手が握り返されることはなかった。テッドは目を逸らし、二人に背を向けて階段のあるほうへと歩き出す。
「あっ!? あのっ……!」
――こうなるとは思ってたけど。慌てふためくアルドに、カイは短く溜め息を吐いた。自分にさえ心を開いてくれないのだ。初対面の人間と、上手く接することができるわけがない。
「……彼、僕と同じように真の紋章を持っているんだ。その紋章のせいでつらい思いをたくさんしてきたみたいで、それで……」
「……」
沈痛な面持ちでテッドの背を見つめるアルドの横を、カイが通り過ぎる。振り返りもせずに歩いて行ってしまうテッドの後を追いながら、二人は続けた。
「慣れるまで少し時間がかかると思うけど……良かったら、友達になってあげてくれないかな? 彼は一人でいるのが好きなんじゃなくて、無理に人を遠ざけてるんじゃないかって思うんだ」
「もちろん! 僕で良かったら。せっかく何かの縁で出会えたのに、仲良くできないなんて寂しいよね」
「うん。……あ、テッド君待って! そっちじゃないよー」
カイの案内のもと、テッドとアルドの二人は、行く先々で人々に声をかけられながら『グラン・ブルー号』の中を歩き回った。リーダーという身分上、カイがしばらく足を止めざるを得なくなった時は、アルドが進んで話し相手を務める。
「さすが、人気者だねカイさんって。若いのに凄いなぁ……たくさん苦労しているはずなのに、いつもしっかりしてる。だから僕も、できる限り力になりたいと思うんだ」
「……」
「あっ、見て見てテッド君! 海から顔を出してるあの人、人魚なんだって。顔の横のヒレ? って言うのかな……すごく綺麗だよね。足も同じくらい綺麗な色をしてるんだよ。この船では、一番下の階でアクセサリーのお店を開いているんだ。今度、一緒に行こうよ」
「……(いちいち引っかかるなよ。午後から予定が入ってるとか言ってたクセに)」
「それで、あそこを歩いてる猫みたいな人は、ネイ島に住んでるネコボルトっていう種族の人らしいよ。……ネイ島、僕も行ってみたいなぁ……ね、テッド君」
「……(いちいちうるせえな……うっとうしい)」
「あとね、釣りができる場所もあるんだ。この前釣った魚をご馳走になったことがあるんだけど、新鮮でとっても美味しかったよ。生の魚を食べるのって初めてだったんだけど、あれはオススメだな。もし良かったら、テッド君も食べてみて。白いご飯と一緒に食べると、もっと美味しいよ」
テッドの苛々が限界間近にまで達した頃、ようやくカイが戻ってきた。わざとらしいまでにそっぽを向き、すっかり眉間に皺が寄ってしまっている少年に、『カーマイン軍』のリーダーは、肩を竦めて謝る。
「……ごめん、なるべく手短に済ませたつもりなんだけど。人が多い分、あちこちで問題が起きてるみたいで」
「本当にな。どれだけ待たせたら気が済むんだよ」
「お疲れ様、カイさん」
文句を言うテッドの横で、アルドが労いの言葉をかけた。これにはさすがのテッドも気まずくなり、俯いて口を
「今日は簡単な巡回だけだから、気になる部屋があったら行ってみて。ちょっと変な……いや、個性的な部屋もあるけど、悪いことはされないと思うよ」
「思う、って……確実に安全とは言えないってことかよ」
「あの、テッド君。もし一人で不安だったら、僕も一緒に……」
「ガキじゃないんだから、一人でいい。放っておいてくれ」
「時間が空いたら、また来るから。その時に案内するよ。……次は第三甲板に行こう。施設街にある食べ物のお店がね――」
数々の美味しそうな食べ物の名前を聞いて、テッドの腹が小さく鳴る。小さな窓から外を覗けば、太陽はかなり高い位置にある。道理で、先ほどから眩暈がするわけだ。
(……あの船にいた間、食事を摂ってなかったからな。真の紋章を宿していても、人間であることに変わりはないのか……)
「テッド君、大丈夫? 顔色が良くないよ」
「うるさいな! いいから先に行ってろよ!」
心配そうに覗き込んでくるアルドに、ただでさえ苛ついていたのもあって思わず怒鳴ってしまう。眩暈の理由は、空腹だけではないようだ。
施設街でも注目を浴び、あちこちから声をかけられたために落ち着いて食事を摂ることができなかったテッドの機嫌は、ますます悪くなっていった。途中で席を立ったテッドに気を遣い、カイとアルドも残った食事を手早くまとめて席を立つ。
今は廃墟と化したイルヤ島に住んでいた夫婦自慢のまんじゅうを袋いっぱいに抱えたカイが、その中から三つほどをテッドに手渡した。黙って受け取りはしたものの、テッドは相変わらず無言だ。
「……疲れた? これ以上無理そうだったら、また明日にする?」
「……今日はもういい。あとは適当に散策しておくよ」
「じゃあ、部屋まで送るね。アルドさんはどうする?」
「この船は広いから、隅々まで歩く時は地図がいるんじゃないかな。……確か図書室に、地図をくれる人がいるんだ。ちょうどまた本を読みたいと思っていた所だし、あとで僕が取ってくるよ」
「ありがとう。お願いします」
三人で第四甲板まで戻り、アルドとは途中で別れた。テッドの部屋の前で、カイも別れようとした――のだが。
「……何なんだよ、あのアルドって奴」
「え?」
「テッド君、テッド君ってしつこいんだよ! うっとうしい。これからあいつが一緒にいる時は、俺を呼ぶなよ。もううんざりだ」
「でも、テッド君。彼は……」
「お前も! あいつと同じ呼び方はやめろよ! 仮にもリーダーなんだろ、堂々と呼び捨てしたらどうなんだよ」
「……君は、そのほうがいいの?」
「リーダーのクセして、そんなに遠慮深かったらナメられるぞ。ただでさえ若いんだから、年上の連中も従わせるくらいじゃなきゃ……って、なんで俺がこんなこと言わなきゃなんないんだ。――とにかく! 〝君〟付けはやめろ。じゃあな」
「う、うん。ありがとう、テッドく……テッド」
扉が、少々乱暴に閉められる。おそらくこれは、照れ隠しだろう。
(……やっぱり悪い人じゃない)
なんだか嬉しくなって、カイの口元がわずかに綻ぶ。
部屋の中では、うっかりお節介を焼いてしまったテッドが口を押さえて頬を染め、小さく舌打ちしていたのだった。
この後――第一甲板通路に設置されている目安箱には、テッドのアルドに対する文句の手紙と、アルドのテッドを心配する手紙が投函されていた。
また、テッドの「助言」を真摯に受け止めたカイが彼を「テッド」と呼ぶようになったのは、この日からである。
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