ダブルリーダーの歩み寄り

 長年旅をしていれば様々な出会いがあるが、どうやら、予想以上の大物と関わることになったらしい。
 旅の目的が目的だけに当然のことかもしれないが、力を貸してくれる者たちのほとんどが、二年前に終結した大きな戦いに参加していたのだという。一人の少年を筆頭に、群島諸国を脅かしていたクールーク皇国と戦い続け、その軍事拠点であった『エルイール要塞』を陥落させた戦士たちなのだ、と。

「……隣、いい?」
「あ、キリルくん。少し待ってて」
 夜の闇の中に、炎が赤々と燃えている。
 腕いっぱいに木の枝を抱え、それらを焚き火の中に投げ込んでいた少年は、不意に声を掛けてきた少年――キリルを振り返った。赤色やオレンジ色を基調とした服は炎に照らされ、彼自身の姿を燃え上がらせているかのようだ。
 キリルは、てきぱきと準備を進める少年の横に腰を下ろした。艶やかな黒髪とは対称的な琥珀色の瞳を炎に向け、両膝を抱えてうずくまる。そんなキリルの隣に、ひととおり木の枝を放り込み終えた少年も座った。短い丈のズボンからすらりと伸びた足を投げ出し、両手を地面についてふう、とひと息吐いた少年へ、キリルは申し訳なさそうに肩をすくめながら話しかける。
「わざわざごめん。久しぶりに会う人が多いって言ってたのに、カイを独り占めしちゃったみたいで悪かったかな」
「そんなことないよ。僕も、君とはじっくり話してみたいと思ってたし。子供の頃にも、ラズリルの裏通りで一緒に戦った仲じゃないか」
「うん。あの時は、薪で戦うなんてすごい子だなぁって思った」
「キリルくんこそ。自分の体より大きい武器を、軽々と使いこなしてて……戦い方も慣れた感じだったし、僕もいつかああなりたいって思ってたよ」
 「カイ」と呼ばれた少年が、澄んだ海色の瞳を向けてくる。同時に赤い鉢巻が揺れ、火明かりに照らされて翻った。幼い頃から変わらないのはその色彩だけで、こちらへ向けられた表情には、当時のあどけなさは無い。
 顔を上げたキリルは、『群島諸国を救った英雄』を真っ直ぐに見つめ返した。凛々しく整った顔にどこか愁いを含んだ笑みを浮かべ、視線を足下に落としてから続ける。
「そっか。お互いに、憧れの人だったんだね」
「?」
「昔は、君が僕に。今は、僕が君に。だってカイは、群島諸国の英雄だもの。……カイがリーダーだって知ってたらすぐに駆けつけて、一緒に戦いたかったな」
「そうだね。もしどこかで会えてたら、僕は迷わず君を誘ったと思う」
「あの時はほんの少しの間しか一緒にいられなかったから、名前を聞く暇もなかったけど。無人島で君を見た時、なんだか懐かしい感じがしたんだ。あの時は気のせいだと思ってたけど、もう一度ラズリルの裏通りに行って、スノウさんとも一緒に戦って……君に言われてから、僕もすぐに思い出したよ。〝僕たちは小さい頃に会っている〟って」
 嬉しそうに微笑んだキリルへ、カイは笑いこそはしなかったものの穏やかな表情で頷き返す。――しばしの沈黙。二人は無言で炎を見つめ、それぞれの過去に思いを馳せる。
 カイは、キリルが再び口を開くのを待った。今夜はおそらく、彼のほうから切り出してくるだろう。あの日から自分たちが再会するまで、どこで何をしていたのか。二本の薪を武器に奮闘したおのれを褒めてくれたキリルの父親・ウォルターは、なぜ一緒ではないのか。そもそも、年齢にそぐわない戦闘力と雰囲気を纏っていたキリル自身に、いったい何があったのか。
「……ねえ、カイ。少し長くなるけど……僕の話、聞いてくれる?」
「もちろん。今日は、そのつもりで来たんだよね」
「うん。君には話しておきたいんだ。今までの旅の中で見聞きしたこと、僕たちの旅の理由……話せる限りのことを」
「僕で良ければ、いくらでも聞くよ。これからしばらく一緒に旅をするんだし、できる限り力になれたらと思ってる。……世界はまだまだ、僕たちを解放してはくれなさそうだから」
 そう言ってカイは、手袋越しに左手の甲を見つめた。……確か、あの下には。
「……紋章?」
「『罰の紋章』。この紋章にはさんざん苦労させられたけど、今の僕なら、命を削ることなく使いこなせる。きっと、この旅の役に立つと思う。……この紋章がある限り僕は争いのない世界では生きられないから、今も戦っている君たちに協力しようと決めたんだ。この先必ず、人の力だけではどうしようもないことだってあるだろうから」
「……カイ……」
 手袋を取ったカイの左手の甲には、禍々まがまがしい形の紋章がくっきりと刻まれている。力を解放していない今は〝少し変わった模様〟程度に見えるが、紋章が発動される時、それは人間の断末魔の叫びにも似た音と共に赤い光を発し、敵を恐怖に陥れると同時にその姿を跡形もなく消し去ってしまう。無人島で出会った時にその力の一端を目にしたが、キリルはもちろん、彼の従者であるアンダルクやセネカも禍々しく凄まじい力を恐れ、圧倒された。以前の戦いに参加していた者たちは、一様に複雑な表情を浮かべていたものだ。
 わずかに身を寄せて『罰の紋章』を覗き込んでくるキリルに、カイはしばらく好きにさせてやる。こんな反応は、初めてではない。
「……大丈夫。僕は、この紋章と共に生きて行くことを決めたんだ。僕が手放さない限り紋章が暴走することはないし、絶対にさせない。――今日は僕は聞き役だから、話はこれで終わり。長々とごめん」
「あ、僕のほうこそごめん……じゃあ、次回はカイの番だよ? クールークと戦ってた時の話が聞きたいんだ」
「うん。これから暇を見つけて、少しずつ話すよ。一晩で語りきれる話じゃないからね」
 再び手袋をはめたカイは、胡座を掻いて話を聞く態勢に入った。それを見たキリルが、曲げていた足と背中を伸ばし、カイを真似て胡座を掻く。
「僕も、一晩で全部話せるとは思ってない。それにあまり遅くまで起きてると、アンダルクに心配をかけちゃうから。彼、物凄い心配性なんだ。……じゃあ今日は、今までのことを大まかに話すね。細かいことは、これから少しずつ」
 炎の勢いは衰えず、無数の火の粉を撒き散らしながらも、二人の少年を明るく照らす。
 静かに話す少年たちの後ろ姿を、今は亡きキリルの父親・ウォルターが連れていた『使い魔』のヨーンが、木陰からそっと見守っていた。

 翌日の早朝――
 「カイと少し話してくる」と言ったきり一度も戻って来なかったキリルを心配したアンダルクとセネカが、探しに行った先で彼を見つけ、「あっ」と同時に声を上げた。
 毛布代わりの薄い布に包まって、キリルとカイが仲良く寄り添って眠っていた。人の気配にも気付かないほど深く眠っているということは、かなり遅くまで話し込んでいたのだろう。年齢の割に大人びているはずの少年たちの寝顔は、今はあまりにも無防備で、あどけなささえ感じさせる。その微笑ましい光景に、アンダルクは詰めていた息を吐き出し、セネカは思わず頬を緩めた。彼女には悪いが、その顔はすっかり〝母親〟じみている。
「……やっぱり男の子って、いつまでたっても可愛いものねえ」
「とりあえず、何事もなかったようで良かった……魔物にでも襲われていたらどうしようかと」
「何言ってるのよ。そばにカイ君がいるんだから、よっぽどのことがない限り心配いらないわよ」
「し、しかし。我々のいない所でそんなことがあっては、従者としての――」
「キリル様は、同じ年頃のお友達がほしかったのよ。私たちじゃ、〝お友達〟にはなれないでしょう? ……カイ君なら、きっといいお友達になってくれるわ。小さい頃にも会ってるわけだし……もしかしたら、私たち以上に良い理解者になってくれるかもしれない。キリル様ご本人も慕っていらっしゃるみたいだし、ね」
「……そうだな。それで少しでも笑ってくださるのならば、我々はこのまま見守るべきなのだろうな」
「あら、何? キリル様が親離れしちゃうみたいで寂しいって言うの?」
「なっ……!? な、何を言っているんだ。誰がそんなことを……!」
「顔にはハッキリそう書いてあるわよ? ……まあ、ね。正直、私だって寂しくないわけじゃないけど。でも〝お姉さん〟としてキリル様が唯一無二のお友達を見つけたことは、非常に喜ばしいわね。カイ君はいい子だし、なんたって可愛いし、これからますます楽しみだわ」
 うきうきと少年たちの周囲を歩き回るセネカに、アンダルクは呆れ顔を向けた。だが、彼女の言ったことは当たっていると思う。――まだまだ幼い言動は多いが、様々な出会いや経験を積んで、少しずつ、確実に成長していらっしゃるのだから。
「さて、無事を確認したところで戻りましょ。まだ活動し出すには早過ぎる時間だしね」
「少々肌寒くないか? もう一枚、毛布か何かを用意して差し上げたほうが……」
「大丈夫だってば。……まったく、いつまでも過保護なんだから」
 相変わらず何かと世話を焼こうとするアンダルクの腕を引っ張って、セネカは来た道を戻って行った。そして、夜通し少年たちの交流を見守っていたヨーンもキリルに対等の友ができたことに安堵し、カイに対して好意と信頼感を抱いたのだとか。
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