ゆうべはおたのしみでしたか?
「おーい、ヌサカーン! 俺だ、ヒューズだ。朝っぱらから悪いなー」
クーロン裏通りにひっそりと佇 むヌサカーンの病院の扉を、ヒューズと名乗った男がドンドンドンと叩く。しかし、反応はない。獲物を見つけて急降下してきた鳥類系モンスターどもを容赦なく撃ち落としてから、ヒューズは、不思議そうに首を傾げる。
「鍵も閉まってやがる。外出中か?」
「残念ながら、今日は休診だ」
「うおっ!?」
突如背後から聞こえた声に、ヒューズは驚きのあまり飛び上がった。見れば病院の手前にある赤い扉の前に、当のヌサカーンが立っている。どうやら〝自宅〟にいたらしい。
「なんだ、家にいたのか。脅 かすなよ。しかし、休診なんて珍しいな。何かあったのか?」
「特に何も。ただ、いくら趣味でやっているとはいえ、働き過ぎは良くないと思ってな。私とて、たまには心穏やかに過ごしたい時もある」
「へえ……? 何か他にやりたいことでもできたのか?」
「まあ、ある意味そうかもしれんな」
そう答えて、ヌサカーンは意味ありげな微笑を浮かべた。「ある意味」? それはいったいどういうことなのだろう。妖魔医師の背後、開いた扉の奥を覗き込むと、何かが横切って行くのが見えた。――人だ!
「!?」
部屋の中は薄暗く顔までは見えなかったが、髪の長い人物であることだけは分かった。その人影はゆったりとした服を纏い、足を止めて部屋の奥からこちらをじっと窺 っている。――これは、一大スクープ。間違いない。ヒューズはニヤニヤと笑いながらヌサカーンに体を寄せ、彼の耳元でひそひそと囁 く。
「……ほほーう。淡泊そうに見えて、お前さんもやっぱり男だった、と。まさか、自宅に女を連れ込んでるとはなあ。ここからじゃ顔はよく見えないが、相当な美人の気配がするぜ。まったく、隅に置けないなぁ。このっこのっ」
「……」
ヌサカーンは何も答えず、動揺している様子もない。やがて入口で体を密着させてひそひそ話をしている男二人が気になったのか、部屋の奥の人影がのそりと動き、こちらへと近付いてくるのが見えた。――徐々に明らかになる、その姿。解 いた長く淡い金髪に青い瞳、白い肌の細身の美女――否、美人ではあるが、男だ!
「……へっ? 女じゃ、ない……?」
「……誰が女だ」
不機嫌そうな声も若い男のそれで、ヒューズの頭はますます混乱する。いや、その前にこの顔、どこかで。
「……あっ! もしかして、あの時の……!」
「何だ。知り合いか?」
「うーん、知り合いっつーか、ただの通りすがりっつーか。キグナスがリージョン海賊に襲撃された時に客室にいたポニーテールの青い術士サマで、間違いないよな? ブルー。レッドの名前が嫌いだからって、俺たちに協力することを拒んだ……」
「……」
「そのようなことがあったのか。まったく……いくら『あか』の名を持つ兄弟が宿敵だからといって、殊更に忌避する必要はないだろうに」
そう言ってヌサカーンは、傍 らのブルーの髪を優しく梳いた。……あれ? このちょっと甘い雰囲気って、もしかして。ヒューズはヌサカーンとブルーを交互に見回すと、おそるおそる尋ねる。
「……な、なあ。まさかとは思うが、お前ら、ゆうべはおたのしみだったりした?」
「!」
「フフ……ご想像にお任せするとしようか」
「おいおい、マジかよ……このスケベ医師め。術一筋のお堅くて無垢な子猫ちゃんになんてことを」
「安心しろ。一夜を共にはしたが、まだ未遂だ」
「まだって何だ、まだって! 将来的にはヤるつもりか!」
「下品だな、君は。少しは婉曲表現を使おうと思わないのかね。――彼はここのところ、毎日のように悪夢に悩まされていたようでな。よく眠れる薬を処方し、誰の邪魔も入らない静かな環境に置くことにしたのだ。それに、私の腕の中ではよく眠れると――」
「そ、そんなことは言っていないし、思ってもいない! こいつ……いや、この男が勝手に……!」
「……ふうーん……見返りはちゃあんと貰ってるワケね。やっぱりスケベ医師じゃねーか。でも、本当に嫌ならきちんと拒みなさいよー? キミは成人済みの男の子なんだし、コイツが上級妖魔だからって遠慮してると、そのうち本当に初めてを奪われちゃうからねー?」
ぽんぽん、とブルーの肩を叩き、ヒューズはヌサカーンをジト目で見つめた。だがヌサカーンは妖しく微笑むだけで、まったく動じていない。
「ったく……なんだかんだ言って仲良しかよ。俺、完全にお邪魔虫」
「そういえば君は、何か用事があって訪ねて来たのではないか? 君とはそれなりに長い付き合いだ。聞くだけ聞くぞ」
すっと無表情に戻ったヌサカーンを見て、ヒューズも本来の目的を思い出して真顔になった。自分には無関係そうだとその場を去ろうとするブルーを、ヒューズが止める。
「待て。ついでだから、ブルーも手伝ってくれ。よく寝て、気力も体力も回復しただろ? ……ムスペルニブルの朱雀の山に、指名手配中の連中が逃げ込んだらしくてな。それを追って山に入ったウチの隊員見習いどもが、こてんぱんにされて帰ってきた。まずは隊員どもを回復してやってから、犯人たちをとっちめたい。それには、お前さんたち二人の力が必要だ。報酬は多めに出す。朝の軽い運動だと思って、一つ頼まれてくれないか?」
ヒューズの頼みに、ブルーは少し考えてから頷く。そして、
「朱雀の山か……面倒だな。だが、術士としての力を求められたのなら仕方がない。今回は協力してやろう」
「軽い運動どころでは済まない気がするがな。まあ、いいだろう。元々は私への依頼だからな」
「ありがたい! もちろん俺も行くぜ。ウチの将来有望なかわいい後輩どもを可愛がってくれたこと、後悔させてやる。……あ、でもブルーの準備は女子並みにかかりそうね? なんか色々ジャラジャラつけてたし」
「確かに。手伝うか?」
「いらん! 自分の身支度くらい、一人でする!」
「……やっぱりお前ら、アヤシイなぁ……服を着せたり脱がせたりくらいは、とっくにしちゃってるんじゃねーの?」
妖魔(しかも上級)の知人は、今やすっかり一人の人間(美人だが男)とバカップルになっていました。そんなナレーションを脳内に流しながら、ヒューズはこれ以上のバカップルっぷりを見せつけられないよう、心の中でそっと祈ったのだった。
クーロン裏通りにひっそりと
「鍵も閉まってやがる。外出中か?」
「残念ながら、今日は休診だ」
「うおっ!?」
突如背後から聞こえた声に、ヒューズは驚きのあまり飛び上がった。見れば病院の手前にある赤い扉の前に、当のヌサカーンが立っている。どうやら〝自宅〟にいたらしい。
「なんだ、家にいたのか。
「特に何も。ただ、いくら趣味でやっているとはいえ、働き過ぎは良くないと思ってな。私とて、たまには心穏やかに過ごしたい時もある」
「へえ……? 何か他にやりたいことでもできたのか?」
「まあ、ある意味そうかもしれんな」
そう答えて、ヌサカーンは意味ありげな微笑を浮かべた。「ある意味」? それはいったいどういうことなのだろう。妖魔医師の背後、開いた扉の奥を覗き込むと、何かが横切って行くのが見えた。――人だ!
「!?」
部屋の中は薄暗く顔までは見えなかったが、髪の長い人物であることだけは分かった。その人影はゆったりとした服を纏い、足を止めて部屋の奥からこちらをじっと
「……ほほーう。淡泊そうに見えて、お前さんもやっぱり男だった、と。まさか、自宅に女を連れ込んでるとはなあ。ここからじゃ顔はよく見えないが、相当な美人の気配がするぜ。まったく、隅に置けないなぁ。このっこのっ」
「……」
ヌサカーンは何も答えず、動揺している様子もない。やがて入口で体を密着させてひそひそ話をしている男二人が気になったのか、部屋の奥の人影がのそりと動き、こちらへと近付いてくるのが見えた。――徐々に明らかになる、その姿。
「……へっ? 女じゃ、ない……?」
「……誰が女だ」
不機嫌そうな声も若い男のそれで、ヒューズの頭はますます混乱する。いや、その前にこの顔、どこかで。
「……あっ! もしかして、あの時の……!」
「何だ。知り合いか?」
「うーん、知り合いっつーか、ただの通りすがりっつーか。キグナスがリージョン海賊に襲撃された時に客室にいたポニーテールの青い術士サマで、間違いないよな? ブルー。レッドの名前が嫌いだからって、俺たちに協力することを拒んだ……」
「……」
「そのようなことがあったのか。まったく……いくら『あか』の名を持つ兄弟が宿敵だからといって、殊更に忌避する必要はないだろうに」
そう言ってヌサカーンは、
「……な、なあ。まさかとは思うが、お前ら、ゆうべはおたのしみだったりした?」
「!」
「フフ……ご想像にお任せするとしようか」
「おいおい、マジかよ……このスケベ医師め。術一筋のお堅くて無垢な子猫ちゃんになんてことを」
「安心しろ。一夜を共にはしたが、まだ未遂だ」
「まだって何だ、まだって! 将来的にはヤるつもりか!」
「下品だな、君は。少しは婉曲表現を使おうと思わないのかね。――彼はここのところ、毎日のように悪夢に悩まされていたようでな。よく眠れる薬を処方し、誰の邪魔も入らない静かな環境に置くことにしたのだ。それに、私の腕の中ではよく眠れると――」
「そ、そんなことは言っていないし、思ってもいない! こいつ……いや、この男が勝手に……!」
「……ふうーん……見返りはちゃあんと貰ってるワケね。やっぱりスケベ医師じゃねーか。でも、本当に嫌ならきちんと拒みなさいよー? キミは成人済みの男の子なんだし、コイツが上級妖魔だからって遠慮してると、そのうち本当に初めてを奪われちゃうからねー?」
ぽんぽん、とブルーの肩を叩き、ヒューズはヌサカーンをジト目で見つめた。だがヌサカーンは妖しく微笑むだけで、まったく動じていない。
「ったく……なんだかんだ言って仲良しかよ。俺、完全にお邪魔虫」
「そういえば君は、何か用事があって訪ねて来たのではないか? 君とはそれなりに長い付き合いだ。聞くだけ聞くぞ」
すっと無表情に戻ったヌサカーンを見て、ヒューズも本来の目的を思い出して真顔になった。自分には無関係そうだとその場を去ろうとするブルーを、ヒューズが止める。
「待て。ついでだから、ブルーも手伝ってくれ。よく寝て、気力も体力も回復しただろ? ……ムスペルニブルの朱雀の山に、指名手配中の連中が逃げ込んだらしくてな。それを追って山に入ったウチの隊員見習いどもが、こてんぱんにされて帰ってきた。まずは隊員どもを回復してやってから、犯人たちをとっちめたい。それには、お前さんたち二人の力が必要だ。報酬は多めに出す。朝の軽い運動だと思って、一つ頼まれてくれないか?」
ヒューズの頼みに、ブルーは少し考えてから頷く。そして、
「朱雀の山か……面倒だな。だが、術士としての力を求められたのなら仕方がない。今回は協力してやろう」
「軽い運動どころでは済まない気がするがな。まあ、いいだろう。元々は私への依頼だからな」
「ありがたい! もちろん俺も行くぜ。ウチの将来有望なかわいい後輩どもを可愛がってくれたこと、後悔させてやる。……あ、でもブルーの準備は女子並みにかかりそうね? なんか色々ジャラジャラつけてたし」
「確かに。手伝うか?」
「いらん! 自分の身支度くらい、一人でする!」
「……やっぱりお前ら、アヤシイなぁ……服を着せたり脱がせたりくらいは、とっくにしちゃってるんじゃねーの?」
妖魔(しかも上級)の知人は、今やすっかり一人の人間(美人だが男)とバカップルになっていました。そんなナレーションを脳内に流しながら、ヒューズはこれ以上のバカップルっぷりを見せつけられないよう、心の中でそっと祈ったのだった。
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