根っこの町にて

「ヌ、ヌサカーン様!?」
「まさか、あなた様がここへお戻りになられるとは!」
「お帰りなさいませ、ヌサカーン様。ご帰還を心より歓迎いたします」
 ファシナトゥール・根っこの町。ヌサカーンの姿を見た途端にどこからともなく異形の下級妖魔たちが次々に現れ、一斉にひざまずいた。だが当のヌサカーンは、どこか面倒臭そうに彼らを一瞥するのみだ。
「……ところで、その人間は?」
「おい、やめろ。失礼だぞ」
 無遠慮に尋ねた下級妖魔の一人を、かたわらにいた者が小声でたしなめた。それでも口をつぐんだままのヌサカーンの代わりに、彼の隣にいた人間――ブルーが、礼儀正しく名乗り出る。
「私はブルー。マジックキングダムの術士です。ゴサルス殿のお力をお借りしたく、ここへ参りました。用件を済ませましたら、すぐに立ち去ります」
「ゴサルスの? 人間が、何の……ヒィッ!」
 ヌサカーンのひと睨みで、ブルーに食ってかかろうとした下級妖魔がひれ伏した。ここで初めて、ヌサカーンが口を開く。
「私の連れに無礼な真似は許さん。消されたくなければ去れ。我らがここで何をしようと、お前たちには関係のないことだ」
 ヌサカーンの言葉に、すっかり怯えた下級妖魔たちは慌てて姿を消した。何もああまで冷たい態度を取らなくても、とでも言いたげなブルーに、ヌサカーンは淡々と返す。
「彼らは、人間というだけで君のことを完全に見下していた。だが君は私が認め、旅の終わりまで同行することを決めた存在。掃いて捨てるほどいる下級妖魔など、目ではない。私がそばにいる以上、君は必要以上にへりくだることはせず、毅然としていればいい」
「……」
 妖魔の世界では、格による上下関係は絶対だと聞いてはいたが。本人は特に何も言っていなかったが、やはりこの男は他者を圧倒する上級妖魔なのだと、ブルーは改めて実感する。そのくせ、人間であるおのれにはこの態度。ますます分からない。
「……まだ何か言いたそうだな?」
「何でもない。ゴサルス殿の店はどこだ?」
「あの建物だ。――ゴサルスの店で、クレジットは使えない。どの品も他にはない一級品だが、それらを得るには、生命力が必要となる。君にその犠牲を払う覚悟はあるか?」
 ヌサカーンの問いに、ブルーは迷いなく頷いた。そして、
「砂の器を得なければ、時間妖魔の元へ辿り着くことはできないのだろう? ならば、多少の犠牲は覚悟の上だ。時術を使いこなすことができれば、奴に負ける気はしない」
 真剣な表情で拳を握り締めるブルーの横顔を見つめ、ヌサカーンはふ、と溜め息を吐く。
 頑強とはいえない彼の生命力を削ることに賛同はできないが、ブルーの歩みが止まることは、決してない。誇り高く美しいがやや危ういこの青年を時に助け、時に揶揄からかう日々が楽しい。人間よりもはるかに長い時を生きる妖魔医師は、目の前で揺れる淡い金の髪に触れたい衝動に駆られながらも、青年の後に静かに続いたのだった。
1/1ページ