兄のぱんつはいいぱんつ

 おのれと兄の部屋の床に、何かが落ちている。首を傾げながら落とし物を手に取り、それの正体を知った途端に、膝丸は我が目を疑った。
 それは、どう見ても女性物の下着――可憐なフリルのついた、微かな黄みを帯びた〝ぱんてぃー〟だった。なぜ俺たちの部屋にこんなものが。そもそもこの本丸には、男しかいないはずなのに。否、男であってもこういう下着を身に付けている仲間がいないとは限らない。人(刀)の趣味などそれぞれだ、なんとなく該当しそうな仲間の顔を思い浮かべてそっと届けてやるべきなのか思案していると、兄である髭切がどこからか戻ってきた。髭切はパンティーを握り締めて座り込んでいる弟を見るなり「ありゃ」と声を上げ、その声に膝丸は我に返る。
「ちっ、違う! 違うのだ兄者! これは我らの部屋に偶然落ちていたもので、決して俺にやましい気持ちは……!」
「そこに落としちゃってたかぁ。ねたばれ、って言うんだっけ? こういうの」
 ……ん? 何が「ねたばれ」なのだ? きょとんと見上げてくる膝丸へ、髭切はとんでもない爆弾発言をする。
「見つかってしまっては仕方がない。僕が不注意で落としたのが悪いんだものね。……それ、今夜僕が履く予定だったぱんつだよ。粟田口の……えーと、なんて名前だったかな……ど忘れしちゃったけど、短刀の子が遠征先で見つけたらしくて、髭切さんに似合いそうだからぷれぜんとするね! たまには趣向を変えてみたらいつもより盛り上がっちゃうかもしれないよ! って。なんでも、履いた状態で両側の紐を焦らすようにゆっくりほどくとむーど満点なんだって。そうなの?」
「……」
 おそらく、髭切に入れ知恵をしたのは乱藤四郎だ。そしてなんとなくだが、そこに居合わせたのは彼一人ではない気がする。己と兄の関係を知っている何名かが、面白がって買ったのだろう。確かに、しなやかな体躯の兄者にはよく似合うだろうが……いや、そうではなく。はあー……と溜め息を吐いて顔を覆いながら、膝丸は低く呟く。
「……彼らはいったい何を考えているのだ……」
「んー、駄目かい?」
「駄目ではない。ないのだが、いらぬ世話というか……下着などどうせすぐに脱ぐのだから、何を履いても同じではないか」
「ええー、それ言っちゃう? でもあの子、まんねり防止にもなるかもって言ってたよ? ……まんねりかぁ。僕はお前との一夜はいつでも刺激的だと思ってるんだけどなあ」
「そ、そうか。それは良かった……ではなく! ともかく、俺たちは源氏の重宝なのだ。あまり妙な影響を受けぬようにだな……」
 ――出た、「源氏の重宝」。これは弟が無理やり欲望を抑え込んでいる時に出る言葉だ。すかさず、髭切は畳み掛ける。
「……じゃあこれ、使わずに処分しちゃう?」
「! そ、それは……」
「僕もこれを身に付けることに戸惑いがないわけではないけど、いつもとちょっと違う楽しみ方ができるのならやぶさかではないよ。ましてや相手がお前なら。……それでも嫌?」
「……嫌では、ない」
「ふふ、真っ赤になっちゃって。お前は本当に可愛いね」
 断じて俺の趣味ではない。ないのだが、常とは異なる兄者の姿を見ることができると思えば。髭切に頭を撫でられながら、膝丸は早くも今宵の閨事に思いを馳せたのだった。

 案の定、その日の夜は兄の艶姿とやや恥じらう様に膝丸の自制心は見事に飛んでしまい、いつも以上に盛り上がったのだとか。
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