甘いおやつと甘い時間

「兄者、今日のおやつはけーきだぞ」
 くりやからお盆を持って帰ってきた膝丸の言葉に、部屋の座布団に座っていた髭切は思わず立ち上がった。お盆の上には美味しそうな二つのカップケーキと二人分のコーヒーカップが載っており、おやつは圧倒的に和菓子とお茶が多いこの本丸にしては「はいから」だ。いったい今日は、何があったのだろうか。
「ほんとだ、けーきだ。珍しいこともあるものだねえ」
「何でも長船派の刀たちが比較的新しい時代の遠征に行っていたらしく、帰り際に立ち寄った店で買ったものらしい。あの一派は、独特な雰囲気があるからな」
「あー……なんか、いつもきらきらしてるよね。きっと遠征先でもきらきらしてて、人間たちの目を眩ませていたんだろうなあ。なんとなく想像がつくよ」
「少し微笑んだり挨拶をしただけで倒れる人間が続出して、検非違使……ではないな、近代ならば〝警察〟というのか、が駆け付ける前に引き上げたのだそうだ。『多めに買ったからか、けーきのお代もかなり負けてもらった』と、燭台切光忠殿が言っていたな」
 そう言いながら膝丸は、コーヒーフィルターをセットしたカップに丁寧に湯を注ぐ。コーヒーの良い香りが室内に漂い、そばで見ている髭切もうっとりとその香りに酔いしれた。コーヒーを淹れる膝丸の手つきもスマートで、なかなかに鮮やかだ。
「――よし。では、いただこうか」
「うん。お砂糖とみるくはある?」
「ああ、ここに。……そうか、やはり兄者は両方必要だったか」
 大般若長光に「あんたのお兄さんはこれが要るんじゃないのかい?」と持たされた砂糖とミルクが、本当に役に立った。彼の機転にひそかに感謝しつつ自らは素のままのコーヒーを味わっていると、その隣で髭切が角砂糖を二つ指でつまみ、その上からどばどばとミルクを入れているのが見えた。膝丸が手を止めて唖然としていると、コーヒーを味見した髭切が、さらに角砂糖をもう一つ追加して――。
「ま、待て兄者! そんなに砂糖を入れては、こーひーの味が分からなくなってしまうではないか!」
「えー。だって、こーひーって苦いじゃない。このくらい砂糖を入れないと、苦みが消えないからさ」
「むっ……つまり兄者は、こーひーはあまり得意ではないのだな?」
「どちらかといえば紅茶のほうが好きだね。でもこーひーだって甘くすれば充分に飲めるから、お前は僕に遠慮して我慢しなくたっていいよ。お前がこーひーを淹れる姿、かっこよくて好きだし」
「……っ! な、ならば今度は、紅茶も淹れて差し上げよう。確か厨の戸棚の中に、甘い香りのするふれーばーてぃーがあったはずだ。それならば、砂糖やみるくに頼らずとも楽しめるだろう」
 何よりも大切な兄からの「かっこいい」「好き」という言葉が、砂糖よりも甘く沁み渡る。続けてケーキを嬉しそうに食べる髭切を見て、膝丸は「なんとお可愛らしい」「俺も好きだ」という言葉が今にも口を衝いて出てしまいそうになるのを、懸命にこらえたのだった。
1/1ページ