フェティシズム

 風呂から上がった髭切の髪をドライヤーで乾かすのは、膝丸の役目。今日も膝丸は兄のやや黄みがかった白く柔らかな色合いと感触の髪を手に取り、丁寧に櫛で梳かしながらドライヤーをかける。
「……いつも思うんだけどさ」
「ん?」
 気持ち良さそうに目を細めてされるがままになっていた髭切が、膝丸に話しかける。
「僕にはこうして時間をかけて丁寧に乾かしてくれるのに、お前は短い時間で、ささっと終わらせてるよね。お前だって僕と同じように、髪の手入れが必要なんじゃない?」
「俺は別にいいのだ。だが兄者には常に美しく、凛々しくあってほしい。それが弟心というもの」
「うーん……そんな言葉、聞いたことないけどね? 僕だってお前には常に気高く凛としていてほしいし、そんな弟を持っていることを誇りに思っているんだけどなあ」
「兄者……」
 兄者が俺を、そんなふうに思ってくださっている。感動で目の前が霞みそうになるのを必死にこらえ、膝丸は兄の髪を乾かすことに集中する。
「うむ、こんなものか。もういいぞ、兄者。冷蔵庫に冷たい緑茶が入っているから、しっかり水分補給を……」
「おや、いつの間にかあの〝とげとげ〟が。お前のこれ・・、何なんだろうね?」
 急に髭切が近付いてきて、膝丸の髪の「とげとげ」に触れた。つい先程まで鳴りを潜めていたはずなのに、時間の経過によって「とげとげ」が復活している。わしわしと揉むように触れてくる髭切の手を振り払うわけにもいかず、膝丸はくすぐったそうに肩を竦める。
「あ、兄者。俺のことはいいから、水分補給を」
「でも、このとげとげがあってこそのお前だよねえ。見た目は硬そうだけど意外と柔らかくて、触り心地がいいんだよね。僕もそこそこ癖毛だけど、これ・・は無いから不思議だなあ。うん、やっぱり可愛いね」
 この「とげとげ」を可愛いと言うのは、おそらく兄者くらいだ。口には出さないが、俺とて兄者のふんわりと丸みを帯びた頭部のシルエットやしなやかな肢体、艶やかな唇から紡ぎ出される高く澄んだ声をお可愛らしいと思っているのだぞ。それに、あれやそれも――いつの間にか妄想の世界に浸り出した膝丸の薄緑色の髪を、髭切は愛おしそうに指で梳き、くるくると弄んだのだった。
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