弟の好きなところ

 ぼすん、と何かが背中に当たった感触に、深い眠りに落ちていた膝丸の意識は一気に現実に引き戻された。
 なんとか顔だけを後ろに向ければ、隣の布団で眠っていたはずの兄・髭切がおのれの布団の中に侵入したあげく背後から抱きつき、顔をうずめているではないか。さては寝惚けているなと膝丸は思い、髭切の手をとんとん、と叩く。
「兄者、ここは俺の布団だ。自分の布団へ戻るのだ」
「んー」
 髭切は唸り、ますます膝丸にぎゅうぎゅうとしがみついてくる。これは困ったことになったぞ、と膝丸は途方に暮れ、ゴホン! と咳払いをしてもう一度、根気強く語りかける。
「兄者。そう強く抱きつかれては、落ち着いて眠れない。寝不足は明日の活動に支障を――」
「……好き」
「んん!?」
 突然の告白に、膝丸は仰天して大きく体を跳ね上がらせた。今、確かに「好き」と。全身がかっと熱くなり、心の臓がどくどくと激しく脈打つ。どのような意味の「好き」なのだろうか。応えていいのだろうか。いや、ただの寝言かもしれないし、そもそもが聞き間違いやも。などとめまぐるしく考えていると、髭切がさらにぽつりと呟く。
「……お前の広い背中、好きだなあ……」
「……」
 日々鍛えているこの体のことを褒めてくれたのは素直に嬉しい。嬉しいのだが。淡い期待が空振りに終わり、膝丸は泣いてはない、泣いてはないぞ、と自身に言い聞かせたのだった。
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