甘やかし、甘やかされ
膝丸が二人分のおやつを持って戻ってくると、兄の髭切は部屋の中ではなく縁側に座っていた。兄者、と呼びかけようとして、膝丸は我が目を疑う。
髭切の膝の上には粟田口の短刀、五虎退と秋田藤四郎が横たわっていた。彼らは安心したように目を瞑り、髭切に優しく撫でられている。
「ああ、お帰り。……何事だ? って顔だね。なんでもこの子たちのお兄さんが、丸一日遠征でいないらしくてね。ただでさえ寂しい思いをしていたところに僕がこの子(五虎退)の虎をかまってたら、こうなっちゃったってわけ」
「……そうなのか」
確かに粟田口の短刀たちは、彼らのまとめ役であり兄でもある一期一振を慕っている。特に体が小さく幼い見た目の者は、それが顕著だ。膝丸自身も、幼い短刀たちが一期一振に群がり甘えている様をよく見かけていた。そんな彼が丸一日いないとなれば、寂しいのも当然だろう。その気持ちは、己 にもよく分かる。
ここは共に短刀たちを見守るかと兄の隣に移動しかけたところで、髭切は五虎退と秋田藤四郎の肩をぽんぽん、と軽く叩いた。そして、
「弟が戻ってきたから、僕はこれで。少しはくつろげたかい?」
「は、はい……! あの、ありがとうございました!」
「はい! 髭切さん、ありがとうございました! 髭切さんのお膝、とっても温かかったです」
素直に髭切から離れ、ぺこりと頭を下げて去って行った五虎退と秋田藤四郎に、髭切は笑顔で手を振った。なんとも微笑ましいひと幕に、膝丸もわずかに表情を緩めた。
普段ならば真っ先におやつに手を伸ばす髭切だったが、今回は違った。弟の隣に座るなり彼をじっと見つめ、その視線に膝丸は思わずたじろぐ。
「? な、何だ? 兄者」
「ほら、お前も。――おいで、弟」
「!?」
両腕まで広げて、突然何を言い出すのだ。そもそも、「おいで」とは? 予期せぬ事態に、膝丸は目を見開いて固まる。
「……あ、兄者……?」
「お前、ちょっと羨ましそうというか、複雑そうな顔をしていただろう。僕としても赤の他人のあの子たちにやってあげて、お前にしない道理はないと思ってね。――抱っこしてあげる、って言ってるの。おいで、膝丸 」
正しく名を呼ばれた上に、無償で抱きしめてくれるとは。「俺は子供ではないのだぞ」という心の声が、髭切の慈愛に満ちた笑顔を見た途端、いとも簡単に消え去る。
「ゴホン! ……では……失礼、する」
「失礼しなくていいんだよ。お前は僕の弟なんだから」
膝丸がおそるおそる兄の腕の中に入ると、髭切の腕がふわりと膝丸を抱きしめた。膝丸の心は得も言われぬ幸福感に包まれ、その衝動のままに、彼はがっちりと兄のしなやかな体を抱きしめ返す。
「……おお……ふふ。よしよし、いい子いい子」
ぽんぽん、と頭を撫でられると膝丸がいっそう密着してきて、その腕にますます力が入る。そんな弟の己より少し逞しい体を、髭切もまた、しっかりと抱きしめたのだった。
髭切の膝の上には粟田口の短刀、五虎退と秋田藤四郎が横たわっていた。彼らは安心したように目を瞑り、髭切に優しく撫でられている。
「ああ、お帰り。……何事だ? って顔だね。なんでもこの子たちのお兄さんが、丸一日遠征でいないらしくてね。ただでさえ寂しい思いをしていたところに僕がこの子(五虎退)の虎をかまってたら、こうなっちゃったってわけ」
「……そうなのか」
確かに粟田口の短刀たちは、彼らのまとめ役であり兄でもある一期一振を慕っている。特に体が小さく幼い見た目の者は、それが顕著だ。膝丸自身も、幼い短刀たちが一期一振に群がり甘えている様をよく見かけていた。そんな彼が丸一日いないとなれば、寂しいのも当然だろう。その気持ちは、
ここは共に短刀たちを見守るかと兄の隣に移動しかけたところで、髭切は五虎退と秋田藤四郎の肩をぽんぽん、と軽く叩いた。そして、
「弟が戻ってきたから、僕はこれで。少しはくつろげたかい?」
「は、はい……! あの、ありがとうございました!」
「はい! 髭切さん、ありがとうございました! 髭切さんのお膝、とっても温かかったです」
素直に髭切から離れ、ぺこりと頭を下げて去って行った五虎退と秋田藤四郎に、髭切は笑顔で手を振った。なんとも微笑ましいひと幕に、膝丸もわずかに表情を緩めた。
普段ならば真っ先におやつに手を伸ばす髭切だったが、今回は違った。弟の隣に座るなり彼をじっと見つめ、その視線に膝丸は思わずたじろぐ。
「? な、何だ? 兄者」
「ほら、お前も。――おいで、弟」
「!?」
両腕まで広げて、突然何を言い出すのだ。そもそも、「おいで」とは? 予期せぬ事態に、膝丸は目を見開いて固まる。
「……あ、兄者……?」
「お前、ちょっと羨ましそうというか、複雑そうな顔をしていただろう。僕としても赤の他人のあの子たちにやってあげて、お前にしない道理はないと思ってね。――抱っこしてあげる、って言ってるの。おいで、
正しく名を呼ばれた上に、無償で抱きしめてくれるとは。「俺は子供ではないのだぞ」という心の声が、髭切の慈愛に満ちた笑顔を見た途端、いとも簡単に消え去る。
「ゴホン! ……では……失礼、する」
「失礼しなくていいんだよ。お前は僕の弟なんだから」
膝丸がおそるおそる兄の腕の中に入ると、髭切の腕がふわりと膝丸を抱きしめた。膝丸の心は得も言われぬ幸福感に包まれ、その衝動のままに、彼はがっちりと兄のしなやかな体を抱きしめ返す。
「……おお……ふふ。よしよし、いい子いい子」
ぽんぽん、と頭を撫でられると膝丸がいっそう密着してきて、その腕にますます力が入る。そんな弟の己より少し逞しい体を、髭切もまた、しっかりと抱きしめたのだった。
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