桜と美男子

「見ろよ、藍湛ランジャン! でっかい桜の木だ!」
 野に咲く花々を愛でながらの散歩道。目の前に現れた桜の大木を見て、魏無羨ウェイウーシェンおのれの少し後ろを歩く藍忘機ランワンジーをくるりと振り返り、無邪気ともいえる声音で呼びかけた。黒衣の青年は飛び跳ねる兎の如く大股で大木の真下に入り、へえー、おおー、と感嘆の声を上げながら満開の桜を見上げる。対する藍忘機はどこまでも冷静に、歩行速度を上げることもなくゆったりと魏無羨のそばまでやってくる。
「これだけ立派な木だったら他に見物客がいてもおかしくないのに、誰もいないな。……もしかして、この木自体がまやかしだったりして――」
 そう言って魏無羨は、ふとかたわらを見た。だが藍忘機は一心不乱といった様子で桜を見上げており、白を基調とした衣服と白皙の美貌も相まって、儚げにすら見える。魏無羨の口から無意識のうちに溜め息が漏れ、彼は思ったことをそのまま口にした。
「……お前、綺麗だな。今にも桜に攫われてしまいそうだ」
「その言葉は、君のほうが当てはまる」
「いやいや、俺はそんな柄じゃないって。お前、一見すると深窓の令嬢って感じだもんな。実際は俺よりデカいし案外ゴツいし怪力だけど」
「反面、君は細くしなやかだ。自由奔放で誰よりも強そうでいて、その実危うく脆い。だから君のほうがよほど儚げで、突然私の前から消えてしまいそうだと不安な気持ちになる」
 真剣な顔で答える藍忘機に、魏無羨ははあ、と今度はやや困ったように溜め息を吐いて頭を掻いた。相変わらず含光君は己に過保護で、極度の心配性だ。
 ふ、と笑って、魏無羨は不意に体の力を抜いた。すかさず背後から藍忘機の両手が伸びてきて、魏無羨の細くしなやかな体を腕の中に包み込む。
魏嬰ウェイイン
「……ん?」
「口づけが、したい」
「ここ、外だぞ? どこで誰が見てるか分から――んむっ」
 そして意外と、衝動的な行動が少なくない。あっという間に口づけが深まり、舌を絡め取られて早くも息が上がり始める。
「ら、んっ、んん……ッ!」
「っふ、魏、嬰……体が、熱い……」
「おま……っ、こんな時に欲情するなよ! いくら俺でも青×はさすがに……」
「では、早く帰ろう」
「待て待て。こんな凄い木はなかなか無いんだ、もうしばらく花見をして行こう。だからあと少し我慢、な? 帰ったらたっぷり楽しませてやるからさ」
「分かった。でも、君を抱きしめてはいたい」
 そもそもはなから離す気なんて無いだろうと、魏無羨は自分を力強く抱き込む腕の中で小さく笑う。新居に帰ったらすぐさま寝所に連れて行かれ、普段の冷静沈着な態度から一変、激しく貪られ、全身のそこかしこに無数の花弁はなびらを散らされるのだろう。そんな藍忘機をなだめた魏無羨の体も期待に満ち、既に熱くなり始めている。
 白と黒の青年は、改めて頭上を見上げる。薄桃色の可憐な花弁たちが、伴侶となった二人を祝福するかのようにはらりはらりと舞ったのだった。
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